理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

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この6月末から、8月頭までは、仕事が忙しくて、なかなか、ブログの更新もできず、頂いている、メールやコメントのお返事もあまりできず。

仕事が忙しいのは、良いことだとは思うので愚痴るつもりはないのだが、さすがにピークを超えたら、疲れていたことに気がついたので、それを癒やす意味でも、今回は、かなりのバカ話を書いてみたいと思った。

だから、すごく気軽に読んで欲しい。


私のパンストフェチの話は、このブログでは、かなり開放している感じではある(それでも恥ずかしいけれども)のだが、

東京に居たころは、自分の奴隷にも、明確には言わない(でも、わからせるようにする)でいたので、奴隷以外の人に言うということは、殆どなかった。

ただ、私は、あのころ、幾つかの少し話題の違う、複数の掲示板に出入りしていたことから、色々とマニアックな性癖を持つ人と、ネットや、リアルでも、お話をしたことがある。

その中に、やはりというか、なんというか、パンストフェチも何人か、居たわけで…。

そんな一人、仮に、正広としよう。

彼とのやり取りから起きた、とても悲惨な話。


正広は、掲示板上で堂々と、自分がパンストフェチであることを公言する、ある意味、潔いというか、清々しいというか、暑(苦し)いというか、そういう御主人様だった。

私は、それとは正反対に、パンストフェチを隠していたから、掲示板上での会話として、正広が作るパンストの話題のスレッドに、絡んだことはあまりなかったように、記憶している。

正広は、写真を撮影するのも好きで、どちらかと言えば、私は、彼とそういう話をすることがあったように思う。

といっても、すごく親しいというわけではなく、掲示板に、正広が、カメラで、奴隷を撮影するときのことなんかを書いていたときに、それに、私も反応するという程度の付き合いだった。

そんな掲示板のオフ会が開かれたので、私も行ってみた。別に、正広に会いたかったからというわけではなく、その掲示板の管理人さんが、親しくしてくれていたし、普通に、SM関連の掲示板なので、出てみたということ。

その時は、私は、奴隷を連れて行った。

人数としては、10人位だったように思うが、例のごとく、料理屋の個室を借りて、そこで、料理を食べながら、お酒を飲みながら、話をするというオフ会。

ノーマルな方々とか、こういうオフ会に参加したことがない方は、SM関連のオフ会というと、SMプレイを見せ合うとか、プレイのやり方を実際に奴隷を使って見せながら、詳しい人が解説するとか、乱交するとか、そういうイメージを持たれているように、メールなどいただくと感じることもあるのだが、実際には、それは違う。

すくなくとも、私は、掲示板で”オフ会”と言われて、そういう類のものだったことは、ほとんど無く、普通に飲食しながら、談笑するという会だった。

逆に、そういうことをする場合には、しっかりとその旨を説明してから、開催されるものであると、私は認識している。

ただ、今のように函館に住んでいると、こちらでオフ会が開かれるなんてこともないし、あのときは、掲示板が主流だったが、今はチャットとか、twitterとか、その他のSNSとか、そういうものから始まる繋がりも多いのだろうから、最近のオフ会事情は、私は知らないので、今も同じかどうかはわからない。

話を戻す。

オフ会の会場に到着すると、私と奴隷は、何故か知らないが、正広と、その奴隷の向かいに座ることになった。

これも、偶然の巡り合わせなのか、フェチ神様からの、必然のお導きなのか、わからないが…。

正広とは、そのとき、初めてリアルでお会いしたのだが、ごく普通の青年だった。私よりも若く、聞けば、まだ大学生だった(成人はしていた)。

すごくスリムで、背が高い。

その奴隷も、隣りにいたが、そちらも、スタイルは良かった。

この外見が、後々、問題になるのだが…。


二人とも、普通にしていたら、SMをしているような感じには見えない、ごく普通の青年だった。

とにかく、そんな感じの二人と、私と奴隷との、4人で、主に、話をしていた。

たまに、他の人とも話をするが、この4人でいつの間にか、グループのようになっていた。

といっても、奴隷たちは、話に加わることは少なく、私と、正広の話に耳を傾けているという感じ。

最初は、やっぱりカメラの話をしていた。

今でこそ、カメラの付いていないスマホは、ほぼ無いと思うが、あの頃、携帯電話(スマホではない)には、カメラが付いているものと、付いていないものがあって、それなりに高い機種にだけ、カメラが付いていた。

だから、写真を撮るということになると、デジカメを買って、それをパソコンに取り込んで、印刷するとか、パソコン上から、メールに添付して誰かに送る、ホームページのネタにするという、環境。

コンパクトデジカメが、女性でも気軽に扱えるくらいに、小さく軽くなって、一気に普及してきた頃だったように思う。

今のようにスマホで撮影して、そのままアプリでSNSに投稿、なんてことはできなかった。

とはいっても、あの頃、デジタルカメラというだけで、すごく楽だと思ったものだ。

最初から写真が電子データ(ファイル)であり、それを加工するのも、ホームページに使うのも、パソコンの中でできてしまうことは、すごく楽に感じていたが、今は、それですら面倒に思えるのだから、身の周りの機器の進化というのはすごいものだ。

また話がそれた。


そんな中で、正広とは、一眼レフの話をした。

あの頃は、ミラーレスも、(たぶん)なかった。

今でこそ、一眼レフは、レンズが付いても、5万円を切るものも、多くあるが、10万を超えるものが、主流の時代。

だから、そういうカメラを持っている人というのは、少なく、一眼レフは、本気で何かを撮ろうという人が、主に持つものであり、その話は、必然的に、マニアックなものになる。

カメラの話の詳しいところについては、割愛するが、よくあるカメラ談義をした。

そして、話は、被写体の話題になっていく。

当然の流れかもしれない。

私は、その頃、一番撮影していたのが、奴隷だった。

つまり調教写真。

だから、そういう話でも、別に困ることはなかった。

そして、正広も、奴隷を撮ることが多いという話になり、そのあたりでは、お互いにどうやって撮るのが好きとか、そういうことで、楽しく話をしていたのだが、

そんな中、正広が、こんなことを言い出した。

「奴隷でも、やっぱり、僕は、脚の写真がいいですね」

と。

私は、脚?と、一瞬、身構えた。

正広が、脚といえば、どう考えても、パンスト脚の話になるのは、予測できる。

でも、一応、私は、その掲示板上では、パンストフェチを隠していたから、この話題の振りに、どう対応しようかと、考えた。

でも、その間に、正広は話を進める。

「僕、パンスト好きじゃないですか? だから、脚写真、たくさん撮るんですよ!」

正広は、掲示板上で、パンストフェチを公言している、潔くも、暑(苦し)い男だ。リアルで会っても、掲示板上のイメージそのままの、さわやかな、好青年だ。

パンストを語る笑顔に屈託がない。もちろん、躊躇もない。

だから、やっぱり、私の予想通りに、話が展開していく。

ある意味、フェチというのは、わかりやすい。

その人の、好きなことの話しかしないので、そっちに行くのは、あからさまに予測できるから。

予測したところで、止められないのも、また事実ではあるけれども…。

「ああ、そう言えば、正広さん、パンストお好きでしたね…」

と、私は、トボケ気味に、控えめに、言ってみる。

それを、横で聞いている、奴隷は、そんな私のことを、「御主人様もパンストフェチなのに…」と、内心は、思っているのだろうと思うと、かなり居心地が悪かった。

「そうなんですよ。vetさん、覚えていてくれたんですね!」

正広、満面の笑み。

なんだか、すごく、喜ばせてしまった。

前に、裸エプロンの話でも書いたと思うが、どうして、私は、こういう話になると、自分の意志に反して、相手を乗せてしまうような状況になるのか、不思議だ…。

「いつも、掲示板で、お話されていますよね…」

「はい。でも、なかなか反応が薄くて。同じフェチの人が、たまに話してくれるんですけど、やっぱり、性癖違うと話しにくいみたいですよね。vetさんが、読んでくれてて嬉しいです!」

「一応、掲示板の話題は、大抵、目を通していますので」

「そうなんですね。じゃあ、今度、絡んでください!」

って、なぜ、私をそこで、引き込む?

「あ、まあ、そのうちに…」

と話をしている横には、私のパンストフェチを知っている、奴隷がいるわけで、奴隷にしてみれば、絡みたいはずの話題を振られても、なお、煮え切らない私に、苦笑しているように思えて、やっぱり、居心地が悪い。

「お願いしますね! 話し相手ができて、良かったです」

いや、良くはないのだが…。

正広の中では、もう、私は、そっち側に、認定されていた。

そっち側であることは、確かなのだが、それは、この掲示板では隠しておきたいという、私のささやかな願いは、このとき、もうすでに、踏みにじられようとしていた。

「vetさんが、それなら、いいものあるんですよ!」

それならって…。

それってどういうことだ?

私は、パンストフェチであることを、肯定してはいないのだが、いつの間にか、そうなっているのは、なぜだ?

私の、そんな思考には、お構いなしに、正広は、話を進めていく。

そう、本当に、まずい方向へと。


後編に続く。

テーマ:脚フェチ・パンストフェチ・タイツフェチ - ジャンル:アダルト



 このブログは、私の主観的な話がメインだが、今回は、さらに好みの話なので、頷ける人もいれば、なんでそれが気になるのか?と首をかしげる人もいるだろう。

”青”の話。

奴隷が身につけるもので、青いものを、私はあまり好まない。

それほど、意識していたわけではない気がするが、考えてみたら、奴隷に青いものを付けさせることが、あまりなかったなと思う。

例えば、下着。

私は、奴隷には、そもそも、下着を付けさせないから、奴隷が付けているところはあまり見ていないのだが、

何かの理由で、付けている時に、それが青いと、なんとなく、違和感を感じていた。

下着の色まで指定する気はなかったので、青かったからといって、それがダメだと言ったわけではないが、どうも、しっくりこないなと思っていた。

まあ、そのときは、脱がせてしまえばいいので、問題ないのだが。

私がこれを強く思うのは、自分の奴隷というよりも、SM関係の写真とか、動画とかを、見た時に、それに出てくる奴隷役が、そういう下着をつけていたりすると、似合わないなと思うことが多い。

また、SMではなくても、女が下着姿で写っている写真なんかは、いくらでもあるが、青いと、違和感がある。


ここで、私が言っている、青というのは、本当に青だ。

白に近いような、薄い青(水色)や、黒に近いような濃い青(紺色)なんかは、そういう感覚を持たないのだが、しっかりと青なものは、うーん、と思ってしまう。


これは、SMの器具なんかでもそうだ。

青い首輪というのは、使ってみたことがあるが、どうもしっくりこなかったので、すぐにやめた経験がある。

紺色も、好んで使ったわけではないのだが、それは、許容できていた。

私は、圧倒的に、赤が多かったし、次は黒だったから、青系のものを使う事自体が少なかったのではあるが。


縄もそうだ。

メインで使っていた麻縄は、あの色だし、他にも、ロープと言ったほうがいいと思うが、赤い縄はそれなりに使ったけれども、青い縄というのは、殆ど使った覚えがない。

だから、他の人が撮影した緊縛写真なんかで、青い縄を使っているのを見ていると、どうも、物足りない感じがしている。

最近は、色付きの麻縄なんかが売っていて、青もあるのは、見かけたが、麻縄をわざわざ青くするのは、もう、私には意味がわからない。

似たようなもので、縄ではない、革などでできた拘束具もあるが、それも、青はやっぱり、苦手だなと、感じる。


色の科学なんかで言えば、私がこう思うのには、何かちゃんとした根拠があるのかもしれない。

その分野には詳しくないので、本当のところは分からないが、青は、冷たい印象とか、落ち着いた印象を与えるということを聞く。

でも、それなら、黒とか、白なんかも、そうだろうなと思うのだが、それは、青のような違和感はないから、何か、違うのだろう。

冷たさでいうなら、金属の首輪というか、首枷を使ったこともあるが、そのほうが、更に冷たい印象を与えるものだろうが、それは別に悪くないと思った。

むしろ、その冷たさが、奴隷の奴隷らしさを引き立たせると思えたくらいだ。

だから、違和感の理由が、いまいちよくわからない。


青い手枷や足枷、青いリード、私はほとんど使わないが、ボールギャグも青はしっくりこない。

青い蝋燭は、それほど見かけないが、それも、私にはダメだなと思ったものだ。


当然ながら、青いパンスト(カラータイツ)なんかは、もう論外だ。

カラータイツ自体が、私はダメなので、しかも青となると、奴隷と会った瞬間に、帰れと言いそうな気がする。

幸い、私の過去の奴隷たちが、履いてきたことはないので、そんな事態に遭遇することは無かったが。

とにかく、奴隷に、青いものを身に着けさせるのが、私は苦手だなと思った。

私は、おもちゃはあまり使わないのだが、試してみるために、一通りは持っていた。その中に、青いローターがあったのだが、それは、特に問題なかった。

身につけるものではないから、良いのかもしれない。


でも、例外もあって、青い服とか、青いスカートなんかは、特に気にならない。夏になると、涼し気な、青いワンピースを着ている女性も見かけるが、あれには、違和感は感じない。

青い浴衣もあるが、それも、同様に、問題ない。

今も、同じかどうかは分からないが、昔、行った横浜のランドマークタワーの展望台で、受付や、案内係として、働いていた女性の制服は思いっきり青だった記憶があるが、あれを見ても、悪いとは思わなかった。

だから、上に着るものなら、青は許容できるのだと思う。

肌の色に対して、青というのが、私にとっては、合わないと感じる配色なのかもしれない。

と、思いつつ、青い水着は、まだ許せるな、というのも思うから、それも違うのか…。

2匹目の奴隷のところで書いた理沙に、コンパニオン時代の衣装を着てみせろと言ったことがあったが、

その中に青いハイレグ(最近は、コンパニオンも、ショートパンツとかが多いように見えるが、あの頃はハイレグがほとんどだった)のものもあったが、

それを着て見せてくれた時も、別に違和感はなかったなと思うので、肌の色との対比だけではないのかもしれない。


やっぱり、どういう基準なのか、自分でも、いまいち、よくわからないが、私のイメージは伝わるだろうか?

私にとって、奴隷に、青というのは、どうも、しっくりこない色だと思う。

という、私の好みの話。


御主人様のこだわりということでも、奴隷自身の好みということでも、色に関することは、結構聞くので、それぞれに、好き嫌いがあるのかなと思う。

青ではなく、赤が苦手なんて人もいるのかもしれない。

また、色とか、材質を統一するという人は、過去に出会ったことがあるので、こだわる部分の一つではあるのだろう。

たまには、色の観点から、SM世界を眺めてみるのも、楽しいかもしれない。


テーマ:SM - ジャンル:アダルト




今回は主従の話でもあるが、このブログについての話でもある。

私がこのブログを書き始めた時、こんなにも、たくさんの方々とお話をさせて頂くことになるとは、思ってもいなかった。

調教写真も動画もなければ、SMプレイの描写もそんなに多くない、SMブログとしては、かなり地味で、正直、変なブログだと、自分でも思っていたから、今の状況には、驚いている。

このブログ(とtwitter)を始めたことで、話しかけてくださった方々には、とても感謝している。

SやMの方だけではなく、ノーマルな方にも、読んでいただいて、感想をメールやコメントで伺うこともできた。

私が、東京に行く事があるときには、声をかけてくださいとか、言ってくださる方までいらっしゃって、素直に、嬉しい。

でも、たくさんの方に読んでいただくようになると、やはり全ての方に、私が書いている意図が、正確に伝わるわけではないということを、感じるようにもなった。

それは、誰が悪いというものでもないと思っている。

強いて言うなら、私の文章が下手くそだ、ということになるのだろうし、それは最初から、どうしようもないので、降参しているところではあるのだが、やはり、読まれる方は、色々な読み方をするのだなということに、気付かされた。

現役の奴隷や、御主人様の場合には、自分に重ねて読まれる方も多いようだし、そういう経験がない方は、この世界とは、どんなものなのか?という視点だったり、また、主従関係に、悩んでいる時、幸せな時、など、状況や、精神状態によって、同じ文章を読んでも、受け取り方が違うのだなと、いうことがわかる。

私は、仕事で、普段は仕様書なんて書いたりすることもあるし、企画書や、契約書なんかをチェックすることもあるが、どれも、曖昧さや、誤解の余地のないような書き方をするのが、基本だ。

でも、このブログは、自分が書きたいように書いている。

といっても、いつもの癖で、説明文のような書き方になりがちではあるが、それでも、仕事の時とは違って、思いっきり感情を入れた文章であることは確かだし、考えている最中で、結論が定まっていないものなどについては、曖昧な書き方をしている部分も多い。

もっと言えば、ブログ初期と、最近とで、考えていることも変わってきている。だから、書いていることも違う。

気持ちの整理ができてきたから、冷静に振り返ることもできるようになったのだと、好意的に解釈することにしているが、矛盾していることを書いている部分は、気にはなる。

でも、それは、そのまま残してある。あの時の私と今の私の違いというのは、それはそれで面白いと思うからだ。

でも、そのために、余計に、誤解を生じさせる文章になっているのかな?とも思っている。

こんなブログなので、多分、読み手の方の立場や状況によって、別の解釈なんかもできるのだろうと思っている。

それは、感情を込めた文章である限り、また、主従という、かなり特殊な世界を書いている限り、当然のことでもあると思う。

共感できる人、共感できない人が、はっきりと出て来るだろうから。

でも、自由に読んで頂けるのは、悪いことではないと思っている。

このブログは、どういう風に読まれてもいいし、私が「こう読んでください」というものでもない。そのことも、わかった上で書いている文章だ。

そもそも、私が”書きたいことを書きたいように書く”ために、始めたブログだから。

誰が、どんな風に読んでも、それは、それでいいと思っている。


だが、そのことで、悪影響を与えてしまっていることが、あると、たまにわかるのだが、それは気になっている。

そもそも、私が書きたいことを書くブログなのだから、こういうことを気にする必要は本当は無いのかもしれない。

でも、私は、やっぱり、主従になるなら、幸せな主従になって欲しいと思うし、少なくとも、私のブログを見たせいで、ネガティブな影響を受けてほしくはない。


このブログには、主従の世界の実際のところを、私が体験してきた、限定された範囲ではあるが、書いている。

例えば、奴隷になりたいと思っていた人が、それを知って、自分が思っていた世界とは、違うように思え、奴隷になるのをやめる決断をする、なんてことは、

主従世界に現実として起きうることを知った上で判断されることなので、それをネガティブなこととは思わないし、知らないで入って後悔するよりはいいと思う。

逆に、ブログを読んだことで、こういう世界なら入りたいと思える人もいるなら、嬉しくも思う。


やっとここからが、本題なのだが…。

私が、ここで言いたい、ネガティブな影響というのは、

「vetの過去の奴隷を見て、自信がなくなった」と思われてしまうこと。

また、自分は、あんな風にできないから、奴隷になれないと肩を落とす、奴隷未経験のM女性や、ブログの中の私の過去の奴隷と比べて、自分が劣っているから、奴隷で居ては、いけないのではないか?と思った、というような、現在、奴隷である方のこと。

要するに、私が、”奴隷のハードル”を上げている、ということのようで、そんなつもりはなかったから、

最初に、そういう、ご感想を頂いたときには、結構、驚いたし、その後、それなりの数、いただくようになり、最近もそんな、ご感想メールを頂いたので、少し、それについて、書いておきたいなと思った。


私は、自分のことを書いているので、奴隷は、こうあるべきという、主従における、奴隷の一般的な指針を示しているわけではない、つもりなのだが…。

指針とまでは言わないが、どうせ奴隷になるなら、というか、わざわざ恋愛ではなく、主従という特殊な関係を苦労して作るなら、幸せな奴隷になるべき、ということは、思っているので、それは書いていると思うし、奴隷だけではなく、御主人様の側もそうだと思う。

でも、私が、奴隷や、奴隷になりたいM女性に対して、思うことというのは、そのくらいで、「○○ができないといけない」とか、「□□のような性格でなければ、奴隷ではない」とか、そういうことを、書いたつもりはない。

でも、私の過去の奴隷との話を読むと、奴隷になること、奴隷で居ることに、自信がなくなる、自分では駄目だと思ってしまう、ということは、実際に、いただくメッセージや、ご相談でお会いした方から、お聞きした。


私は、奴隷たちがしてくれた、嬉しかったことをブログに書いている事が多い。

だから、そういう話の中の奴隷は、大体、私を満たすようなこと、楽しませるようなこと、笑わせるようなことを、してくれた時の様子だ。

そんな話が多くなるから、奴隷が、私を常に満足させ続けていたかのように、映るのかなと思う。

でも、実際には、奴隷が私を満足させられなかったことも、たくさんあるし、私を不快にさせたことも、もちろんある。

奴隷とはいっても、常に完璧でいられるわけではない。失敗もするし、私が望まないことをすることも、多々あった。

それらのことも、私は、思い出すのだが、それをブログに書きたいとは、あまり思わない。

今更、過去の奴隷の、不満だったところを、ブログに並べるようなことは、私自身が、楽しくないので、していない。

「大変なこともあったけれど、とても楽しませてくれた」という、感謝の気持ちを、私は、過去の奴隷に対して、とても強く持っている。

それに、私としては、奴隷の失敗なども、見ていて楽しいし、もっというと、失敗や粗相、奴隷として、足りない部分なんかは、罰を与える口実や、次の躾の方針になる、と感じていたので、

それらを書くとしても、笑い話だとか、奴隷の躾の話として、書いているから、おそらく、あまりネガティブ感はないのではないかと思う。

つまり、私がブログに書いたことは、私と過去の奴隷の間にあったことの、ごく一部でしかなく、更に言えば、私が満たされたり、嬉しい気持ちで思い出せる内容を書いていることが多いので、奴隷の素晴らしいところが強調されて映るものかもしれない。

もちろん、私にとっては、素晴らしい奴隷たちだったし、すごく感謝している。

私の、主観的な判断なら、それぞれの奴隷を、誰よりも良い奴隷だったと胸を張って言える。

でも、客観的に見て、私の過去の奴隷たちが、他の主従の奴隷の方と、大きく違うわけではないのだと思う。

長所もあったし、短所もあった。

奴隷として、私を、満足させてくれたこともあるし、満足させられなかったこともある。
それは、当たり前のことだと思う。


そもそも、奴隷というのは、その御主人様にとってだけ、快適であればいい。

オーダーメイドのものだと言える。

だから、私の奴隷は、私にとって快適であればいいし、あなたが奴隷なら、あなたの御主人様にとって、快適であればそれでいい。

また、これから奴隷になりたいと思うM女なら、主従関係を結ぶと決めた相手にとって、快適な奴隷になれるように、頑張ればいい。

なので、他の奴隷と、比較すること自体がナンセンスだと、私は思う。


それから、もう一つ。

最初から、御主人様にとって、完璧に、快適な奴隷というのは、おそらく、いない。

オーダーメイド、と上で書いたが、しっくりと合う服や靴なんかを作る場合には、ちゃんと、身体のサイズを測り、色や素材などの好みも調べて、それに基づいて、制作する。

作った後に、着てみて、悪い所があれば、修正する。そういうものだ。

奴隷もそれと同じで、御主人様との関係を続けるなかで、その命令を聞き、調教を受け、躾をされて、徐々に、御主人様好みの奴隷になっていく。

奴隷も御主人様の性格を知り、癖を知り、身体を知り、そして、何を思うのかを知っていく。

奴隷が御主人様に慣れるための時間。知るための時間。

しっくりくる奴隷を持つには、そういう時間が存在し、そこには、躾や調教の過程がある。

でも、私がブログに書いているのは、最初のころ(まだ、躾なども施していなくて、奴隷も私に慣れていない時期)のことだけではない。

奴隷として、かなり調教が進み、躾もして、一緒に過ごす時間も積み重なり、阿吽の呼吸で過ごせるようになってきている、まさにオーダーメイドで、完成に近づいている段階にいるときのこと、

それこそ、前に書いた、アンパンマンのエントリーのように、一緒にいるときの心地よい流れや段取りも、わかっている状態のときのことも、多く書いている。

躾などが、まだ途中で、私を満足させるには、足りない時期のことを書かずに…。

だから、そういう意味でも、私のブログの中の奴隷と、ご自身を比べて、落ち込んだり、自信をなくしたり、しないで欲しいと思う。

現在、奴隷の方も、まだ主従になったことがない、M女の方も。

それが、ブログを読んだ、一部の方から頂いた、ご感想から、懸念したことだ。

そういう読み方が悪いという意味ではない。そういうご感想を持たれたことを、私が不快に思っているわけでもない。

ただ、ご自身をネガティブに思わないで欲しいと私は、願うということ。


奴隷に求められるもの、というのは、それなりにあるので、奴隷になること、奴隷で居ることの、ハードルが低いとは言わない。

御主人様によっては、ものすごく高いものを要求する人もいる。

だから、一概に、「誰でも奴隷になれますよ」とか、「あなたは今のままの奴隷でいいですよ」とは、言わない。

むしろ、御主人様にとって、足りない部分があるなら、努力しないといけないだろう。

だが、少なくとも、私のブログを見て、比較し、落ち込む必要は、全く無いと思う。

私の奴隷は、あのとき、私のためだけの奴隷として、存在したものだから。

そして、私が私に合わせて、調教し、躾をして、作り上げたものだから。

それなりに長い時間をかけて関係を構築した、一点ものの奴隷なのだから。


「vetに、こういう風に躾けられた奴隷もいる」(別の御主人様なら当然、違う)

「vetとの間で、こういう出来事もあった」(それ以外に書いていない出来事は山のようにある)

「vetとの関係が、こうなるまでには、時間がかかっている」(奴隷は成長していくものだ)

ということを前提に読んでもらえれば、ネガティブな感じを持たれないのかな?と思う。

私は、奴隷のハードルを、勝手に上げるつもりはないし、他の奴隷と、比較することも意味がないと思っている。

あなたは、あなたの御主人様にとってのみ、快適な奴隷になればいいし、そうなるには、時間がかかるものでもある。

もしも、私が、主従をこれから作るとしても、最初から、私に合うように完成している状態の奴隷なんて持てるわけがない。

その奴隷に、主従経験があろうとなかろうと、”私の奴隷”としては、何も持っていないところからのスタートなのだから、そこに、躾をし、調教を重ねながら、私好みの奴隷に仕上げていく。

その過程では、私が思う理想の奴隷になっているわけがない。

そんなこと、私がわかるくらいなのだから、世の御主人様は、当然わかっていることだと思う。

だから、そんなに、ネガティブに考えなくていいと思う。


最近、奴隷であることに、自信がなくなった、というようなことを、また言われてしまったので、このことを、書いておきたくてエントリーにしてみた。

また、奴隷というのは、御主人様が、躾け、調教して作るものだ。

だから、奴隷が目指すべきは、他の奴隷(vetの過去の奴隷)のようになることではなく、自分の御主人様が好む奴隷になることだと思う。

ブログをこう読んでくださいと、指定する気はないので、どう読んでくださっても、どんな風に評価されても別にいいのだが、あなたが、ご自身と比較して、「自分はダメだ…」と、ネガティブな気持ちにだけは、ならないで欲しいという、私からのお願い。


ちなみに、S男性からは、そういうネガティブな感じのメールはあまりいただかないので、Sの方にしてみると、私は、変なことを考えては、多々やらかしている、おかしなやつだと思われているのかもしれない。

実際そうなので、それは、そのとおりに思っていただければ、ありがたい。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト



以前にも、五稜郭の写真を載せたエントリーを書いた気がするが、今年はその時よりは、静かな気持ちで、行けた気がする。

だから、滅多に写真は出さないのだが、桜の写真を載せてみた。

私なりに、自分の中で変わってきているものはあるのだろうな。

それが前進であると信じたい。


五稜郭


少し散り始めの桜の木に、奴隷を繋いで、月明かりの下で、夜桜と、縄に悶える奴隷を楽しみながら、一番好きな日本酒が飲みたいと、思った事があるし、今も思う。


でも、それを私が実現するなら、まず、露出があまり好みじゃないから、立派な桜が育っていて、さらに、外から見えないくらいの大きさの自分の庭がないといけないし、

散り際に月が出ている日で、なおかつ、少し風があって、花びらが、程よく舞ってくれないとつまらないし、

日本酒を飲んだら寝てしまう私としては、タイマーか何かで、縄が外れるようにして、私が寝たくらいに、奴隷が自分で桜から離れて、私を介抱できないといけないので、

結構ハードルが高いなと、すぐに、現実的なことを考えるから、私は、無粋な人間だなと思う。

そういう無粋さは、あの頃も、今も、これからも、きっと変わらないのだろうな。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト



主従の世界での、調教の現場、SM行為で、どんなふうにやるのが、普通か? なんてことは、正直、わからない。

ノーマルの世界での、セックスですら、おそらく、普通のやり方、というのは無いのかなと思ったりもする。

AVやその手の書籍を、参考にしている人も居るような気がするが、

一般の男女が、セックスしようとなったとき、AVみたいに、体位を何回も変えてなんてことは、多分、あまりしないのではないかと思う。

おそらく、フェラチオですら、したことがないカップルもいると思う。

秘めてない人もいるが、秘め事と言われる行為なわけだから、普通がどういうものか?というのは、分からない、というよりも、そもそも、調べようがない気がする。

私は、セックスに興味もあったし、最初の奴隷(彼女)との間で、色々と悩むことがあったので、そういう関係の掲示板などに、出入りして話をしていたこともあるが、

そういうところに、顔を出し、自分のセックスについて誰かと話をしている時点で、多分、少数派の部類に入る気がしているし、その参加者は、普通(というものがあるなら)よりも、大胆なことをしている(話している)人が多いようにも思う。

それ以前に、”普通”に、合わせる必要などなく、お互いに、幸せな気持ちでできるなら、それでいい。

そして、主従の場合、SM行為で、どんな風にするのが、普通なのか?というのは、なおさら、わからない。

セックス以上に、秘めている人が多いことだから。

そして、SM行為は、性処理も含むから、セックスよりも、バリエーションがさらに増える。

だから、”普通の調教”とか、”普通のSM行為”というものを、規定しようとする事自体が、難しい。

もちろん、王道のプレイはあるし、私も、それはわかる。

”SMの普通”や”主従の普通”が、存在しないとは言わないのだが、色々な性癖の人を見てきてしまうと、もう、何が普通なのか、よくわからなくなって、頭を抱える自分に、苦笑する。

なんて、面倒くさく書いてしまったが、簡単に言ってしまえば、「好きにやれ」ということなのだ。


それで、ふと、そんなSMプレイというか、躾けの一つとして、私が、奴隷に徹底していたことについて、少し考えてしまった。

それは、奴隷と、私の位置関係。

奴隷が私よりも、高い位置に来ないように躾ける。

ホテルなんかで、私が椅子やベッドに座っていれば、奴隷は床にいる。

奴隷が椅子に座ることは、まず無いし、ベッドに上がれるのも、性処理に使う時とか、必要な場合、私が許した時だけで、それ以外は、基本的に、床が、奴隷の居場所。

私の足元を這いつくばるのが、奴隷だ、という風に徹底する。

私や奴隷の部屋で過ごす場合に、奴隷が食事を用意するときなどは、台所に立つから、座っている私よりも、高い位置にいたが、そんな例外があったくらいだ。

奴隷との位置関係に、かなりこだわっていたのだなということを、ふと思い出していて、そもそも、なんで、そうしたのか?と、考えていた。


最初の奴隷とは、付き合い始めた時は、彼女と、彼氏の関係だったから、部屋にいても、彼女に、低い位置を取らせるようにはしていなかった。

普通に、対等の位置関係で、過ごしていたから、特に、普段、そういうことを、望む気持ちというのは、私には無いのかなと思っていた。

でも、主従になってから、ホテルなどにも行くようになり、自分が、御主人様であり、彼女だった女が、奴隷になったことへの意識が強くなってから、私は、位置関係で、立場を表すことをし始めていた。

それは、SMのAVや、劇場などでも、よく出てくる場面だ。

奴隷が、正座だったり、四つん這いだったりして、床にいる。縛られて、床に転がされている。

それを、御主人様は、ソファーの上から見下ろしていたり、立って、踏みつけていたりする。

そんなシーンは、良く見かける。

だから、私もそうしたのだと思う。私の主従の最初は、色々な人の真似から始めたものだったから。

また、SM関係の話をしていた人たちが、どんな感じでやっているか?ということを聞いたり、写真を見せてもらったりしたとき、そういう場面を見かけたこともある。

それから、NHKの大河ドラマのような、時代劇だとか、そういうものは、小さい頃から、なんとはなしに、見てきているから、

その中で、立場の強いものが上に居て、立場の弱い者が下にいて、ひれ伏すシーンなんかは、見慣れていることだ。

その辺りの印象があるから、私が主従を始めたとき、奴隷との間で、そういう位置関係を取ることを、自然にやるようになったのではないかと思っていた。

そして、実際に、主従となり、そういう位置関係で居る時、やはり、落ち着く。

正確に言えば、最初は、とても興奮したが、そのうちに、それがしっくりくるようになって、その位置関係が、落ち着くようになった。

奴隷を、見下ろしている時、主従らしい位置取りなのだなと、納得した。

これが、主従の”普通”なのだと。


でも、あとから、思ったことがある。

私は、自分の、コンプレックスを感じなくてすむように、したいと思っていたのではないか?ということ。

私は、背が低い。

それは、ブログでも、何回も書いているけれども、それが、女性を意識しはじめてからの、コンプレックスだ。

女性でも、背が高い人が増えてきている。私が、少し上を向いて話をすることも、たまにある。

以前は、とても気にしていた。女友達でも、仕事仲間でも、高いヒールなんて、履かれたら、一緒に歩きたくない、立ち話をしていたくない、とすら思っていた。

最近は、これを意識することは、かなり減った。

私なりに、自分のことを受け入れたのだろうと思う。

相手との力関係は、別に身長で決まるわけではなく、どう表現して良いのか、よくわからないが、人間的な力というか、包容力というか、相手のことをしっかりと受け止める雰囲気というか、そういうもので、決まると思うようになった。

それがあれば、問題はない。そんな風に今は思っている。

でも、主従を始めた時は、まだ、身長のコンプレックスを受け入れられていなかった頃だ。

私よりも、身長の低い奴隷の方が多かったが、ヒールを履くと、同じくらいになったりもしたし、そもそも、私よりも背が高い奴隷もいた。

だから、私は、部屋にいる時くらいは、奴隷よりも、ずっと高い位置に居たかったのかもしれないなと、あとから、思った。

どうして、こういう位置関係にしたか?というのは、どうでもいいのかもしれないが、自分が思うことが、無意識のうちに、出て来ることなのかもしれない。

それが、面白いなと、今になると私は思える。


SMプレイや奴隷への躾けというのは、「普通、これはやるだろう」ということから、選んで、やる場合もあるが、こういう、御主人様の、ちょっとしたコンプレックスから、やろうとすることもあるような気がする。

それを、奴隷で満たそうとすることが良いのかどうかは分からないが、私にとっては、大事なことだったのかなと、振り返ることだ。

もちろん、私は、奴隷に、こういうことを言ったりはしなかった(そもそも、こういうこともあるかな?と思ったのは後からだ)から、このブログの題名通り、奴隷には言えない話ではあるし、

奴隷も、私がそういうことを思っているのではないか?と、考えていたかどうかもわからない。

ただ、この位置関係で過ごすことに、私は、とても居心地の良さを感じていたし、そんな私の躾けを、忠実に守っていた奴隷達であったから、私は、幸せに思えていたのかなと思う。

上でも書いた通り、「主従の普通は、こういうことだ」という意識があるから、奴隷と、この位置関係を取るようになった本当の理由は、コンプレックスではないのかもしれないが、少なくとも、奴隷と過ごしている時間というのは、コンプレックスを意識しないでいられる時間であったのは確かだ。

そして、私と同じように、主従関係で、いることで、自分のコンプレックスを、あまり感じずに過ごせる時間があったということを、奴隷が言っていたこともある。

例えば、人に対して、厳しい姿勢でいなくてもいいから、と。

仕事に真剣になると、どうしても人に対して、きつくなってしまう。友達といても、例えば相談事なんかを聞けば、その友達が悪いと思うなら、それを指摘してしまい、雰囲気を壊す。

そういう自分が、嫌いだと言っていた奴隷がいる。

でも、私と一緒にいると、

「御主人様に支配していただいているから、そんなこと思うこともなくて、素直に、いられるんです」

といって、嬉しそうにしていた。

これは、ほんの一例だが、それも、主従という、普段とは違う立場でいることで、コンプレックスを意識しなくていい時間を過ごせたことの一つだったのかなと思う。


そういう時間を、私が過ごせたこと、また奴隷にも、過ごさせてやれたことを、とても嬉しく思う。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト

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著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
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というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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