理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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私自身も、過去に、そうだったし、お話を伺うと、同様のことを思う人も結構いらっしゃるようなので、SMや主従に限ったことではないが、御主人様(奴隷)の過去の奴隷(御主人様)のことについて書いてみたい。

最初に私の思う結論を書いてしまうが、

御主人様の過去の奴隷と、今の奴隷である自分を比べることに、意味はない。

また、奴隷の過去の御主人様と、今の御主人様である自分を比べることにも、意味はない。

ついでに言えば、多頭飼いされているなら、他の奴隷と自分を比べる意味もないし、一匹の奴隷を共同所有しているなら、他の御主人様と比べることにも、意味はない。

これらの比較、乱暴な言い方かもしれないが、百害あって一利なしと言ってもいい。

意味はないというよりも、そんな比較は、やめておけ、と思う。

他人と自分を比べてしまう人というのは、ネガティブに、それを行う傾向が強い気がする。

もちろん、「前の奴隷よりも、私のほうがいいんだ」と思える人もいる。比較しても、気にせずにいられる人、前の人よりも、御主人様を幸せにできる、自分で良かったんだと思える人もいる。

御主人様の過去の奴隷と自分を比較しても、ポジティブになれる人はいる。

でも、おそらくそれは少数派だ。

そして、多くの人が、比べる時に、思うこと。

「御主人様は、前の奴隷さんには、○○(何かの調教でも、他のことでもいい)をしたって言っていたのに、私にはしてくれない」

本当に、小さな違いでも、こんなことに、気がついた時、悲劇といってもいい思考が始まる。

「私が前の人よりも、奴隷として、劣っているから…」

「前の奴隷さんのほうが、綺麗で、可愛いんだ…」

「従順だったって言っていたし…」



なんて、感じで、比較して、自分が、劣っているところ”だけ”を探しだす。

自分の長所など、その思考をしているときの頭には、もう、存在しない。

一度、劣っているところを探し始めると、この思考は止まらない。

それが積み重なり、雪だるま式に大きくなって、「私では、前の奴隷さんには、勝てないんだ。前の奴隷さんのほうが、良かったんだ。御主人様は、前の奴隷さんと一緒にいたほうが幸せだったんだ」

「私はダメだ…」

というように、思考は、どんどんネガティブな方向に転がっていく。

自分よりも、優秀だと思う人を見て、「ああなりたい。あの人を越えたい!」と、目標にし、モチベーションを高くする人も居る。それなら、比べる意味もある。

でも、常に、他人と自分を比較してしまう思考傾向のある人は、どちらかと言えば、ネガティブな方向にいくことが多いように、思う。

「あの人には勝てない…」と打ちひしがれてしまい、やる気を失う。

そんな比較をする。

それは、奴隷に限らず、普段、仕事で出会う人や、知り合いなんかにも、いる。

そして、この思考は、ほとんど、悪い結果しか生まない。

だから、比べることに、意味はないし、やめておけと、私は思うのだ。

自分の御主人様の過去の奴隷、自分の奴隷の過去の御主人様、すでに、深い関わりをやめた人と、比較し、戦い、消耗し、心に敗北感だけが、残る。

過去の人というのは、想像の中の人、思い出の中の人だ。

それは、幻想と言ってもいい。

幻想と戦っても、勝ち目など無い。そもそも、戦いにすらならない。

幻想は、いくらでも美化することのできる、いわば、ヒットポイント無限大のラスボスのようなものだ。

絶対にクリアできないゲームを、延々としているのと同じだ。


しかし、実際問題、比べてしまうものだ。

人の感情は、簡単に制御できない。

私も、過去にそうだった時期がある。

続き物の話で、書いているが、理沙を譲渡された時、理沙の元の御主人様である、幸一のことを、私はよく知ってた。

一緒に、遊びに行ったこともあるし、色々な話をした。もちろんその中には主従のこともたくさん含まれている。

だから、理沙を幸一から、受け取った時、私は、自分が幸一と比べて劣っている(と思っていた)部分について、理沙をガッカリさせてしまうのではないか? 幻滅させるのではないか? 結果、嫌われ、手放すことになるのではないか? とビクビクしていたように思う。

理沙との付き合いが、長くなるにつれ、その心配は減っていったが、やはり、その奴隷に、前に御主人様がいたことがわかると、それを意識してしまう気持ちというのは、出て来ていた。

それが無意味だと気がついたのは、かなり後になってからだ。

私には、私の主従としての、方針があり、奴隷への接し方、躾け方や調教方法も、他の御主人様とは、違うのだから、自分の奴隷が、前に主従関係を持っていた経験があったとしても、一から、その奴隷を、私の色で、塗り直せばいい。

私は、私の好きにすればいい。

結局、それだけのことなのだが。

それでも、あの時の私は、奴隷の、前の御主人様を意識し、比較していた。

そして、何度も凹んだ。


同じことは、奴隷にも言える。

むしろ、奴隷のほうが、強くこれを思うような気がする。

私の、二匹目以降の奴隷は、気にする度合いや、回数には、かなりの違いがあったにしても、私が飼っていた前の奴隷のことを、聞いてきた。

そして、自身の中で、それを消化していた奴隷もいたが、消化しきれず、私に、

「前の奴隷さんのほうが、良かったのではないですか?」

「私では、ダメですよね…」

なんてことを、言ってくることも、結構あった。

そのたびに、私は、比較することの無意味さを説明し、

「今、奴隷として、私の前にいるのは、お前で、今、お前を飼いたいから、飼っている。それだけのことだ。他に、なにか必要か?」

それが全ての答えなのだと、言ったのだが。

それでも、ネガティブな比較を、やめなかった奴隷も居た。

だから、比較するな、というのは、難しいことなのだというのはわかる。


比較することから、成長しようと前向きに考えるならいいのだが、自分はダメだと、後ろ向きに考えるなら、その比較に、意味はない。むしろ害悪だ。

そのことだけは、確かだと、私は思っている。

特に、主従では、SM行為をするから、「あの人はやれたのに、私はできない」と、比較対象にしやすい、具体的な事柄が、多くあったりする。

本当に厄介だ。

だから、もしも、前の奴隷と比較して、自分がダメだと思うことが多いなら、それは考え過ぎているし、本来、もっと気にするべきことを考えていない証拠だ。

幻想を追うくらいなら、目の前の御主人様に、必死でついていくほうがいい。

今、自分が何ができるのか?を考えるほうが、よほど大切だと私は思う。

今の自分にできることを考えて、それを一生懸命やればいい。

そんな奴隷を、御主人様は、受け止め、奴隷の現状を認識し、それに対して、躾や調教を施すのだから。

御主人様も同様、奴隷の過去の御主人様と比較して、凹むくらいなら、自分が、したいことを、したいように、奴隷にすればいい。

本当に、ただ、それだけのこと。

そんな御主人様を、奴隷は受け止める。それが、新しい御主人様の嗜好なのだと奴隷は認識するのだから。


こういう風に、両者が思えるようになった時、その主従は、成熟度を増すのだろうと思う。


テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト



私は、年始に今年の目標とか、立てるタイプではないのだが、去年が、あまりにも、大変な事が多い年だったので、今年はもう少し、穏やかに、過ごしたいということは、思った。

でも、多分、今年も、色々とあるのだろう。

その”色々”は、楽しみでもあるし、いくらあっても良いのだが、できるだけ、ポジティブな方向に行くようにしたいものだ。

コントロールできない事柄は、どうしても起きてしまうが、コントロールできるものに関しては、全力で努力できれば、楽しめるようにしていければ、なんて、あまり柄にもなく、考えた年始だった。

私のそういう話は、まあ、いいのだが。


年始ということで、思い出すのは、やはり奴隷の、年始の挨拶だ。

これは、奴隷によって、違うので面白い。

一緒に、年越しをした時は、”ゆく年くる年”を見ていて、年が変わった瞬間に、土下座して、挨拶をしていた奴隷もいたが、

私は、年末年始に、実家に戻っていることが多かったので、ほとんどが、メールか、年賀状だった。


私は、このブログにも書いているように、表の世界と裏の世界を切り替えて、生活していた。

仕事や友達と会っているときなどは、確実に表側の私。

そして、自分の部屋に、一人でいる時も、表の私、と言いたいところだが…。

実際は、表の私なのか?、裏の私なのか?少し微妙な部分があった。

私の部屋は、私の”家”であり、私のプライベート空間だから、別に表でも裏でもいいのだが、普通は、奴隷が一緒にいなければ、表の世界として過ごす場所だと思う。

でも、一概に、そうも言えない。

というのも、私の部屋には、奴隷がちょこちょこやってくるから、奴隷の痕跡はあるし、部屋にいるとき、一番電話をかけてくる割合が高いのも奴隷、メールの頻度もそうだ。

そういうものを、部屋で一人、見たりしていると、奴隷がその場にいなくても、奴隷に返事を返さないときでも、奴隷に関わることを想っていると、

やはり、御主人様側にスイッチが切り替わっていたことが多いと思う。

だから、一人で、暮らしている部屋では、スイッチが、裏側になっていることが、結構あり、さらに、それに慣れてしまっていたから、”家にいる”ときは、表の私だけではなく、裏の私も、普通に存在する、というのが、しっくりくるようになっていた。


そんな私が、年末年始、帰省で、実家に帰る。

実家というのも、やはり”家”だ。

小さい頃から長くいた家だから、一人で暮らす部屋よりも、さらに、家らしい家。

そして、私が、表の世界の人間として育った家。

そんな家に、帰省した時、私は、当然のように、表の世界の人間になる。

両親がいる家だから、当然ではあるが、普通に、”息子”に戻る。

両親が元気なときは、なんだかんだと言いながら、やっぱり、子供扱いで、一緒に何か食べに行っても、お金を払わせてはくれなかったりもした(私が仕事に就いてからも…)ので、完全に、息子であったし、

両親が歳をとってきてからは、私が支払いをしたりすることは増えたが、それでも、立場が変わることは、当然なく、親はどこまで行っても親だし、息子である私は、やっぱり息子だった。

”御主人様”ではない立場でいる場所。

それが、実家。

だから、私は、実家で、年末を、ゆるゆると過ごしていたりする。


だが、年が明けた、元旦、そこに、奴隷から挨拶が、届く。

それは、表の世界に戻り、思いっきり、それに浸っている私へ、全く違う、裏の世界から、もたらされるもの。

”表”の世界で、”息子”という立場で、のほほんと過ごしている、”私”に対して、”裏”の世界から、”御主人様”に向かって送られてくる。

それは、もちろん、嫌ではないし、色々と趣向を凝らして送ってくる奴隷もいたから、面白かったのだが、

表の世界にどっぷりと浸かっている私に届く、それは、やはり、違和感があって、苦笑しながら、見たものだ。

表の世界に、唐突に開けられた、穴のようなもの。

表の世界と裏の世界が、つながる、一瞬。

それはそれで、面白いのだが、メールなんかを家族に見られないように、気をつけていたりする自分にも、苦笑する時。

それが、奴隷を飼っていた時の年始だった。


そして、その逆もある。

自分の部屋だったり、奴隷の部屋だったり、どこかのホテルだったり、そういうところで、奴隷の調教をしている時。

思いっきり、”御主人様”という立場で、裏の世界の雰囲気の中にいる。

そこに、いきなり、家族や友人から電話がかかってきたりする。

それは、裏の世界に、唐突に開く、表の世界からの穴。

奴隷に、イラマチオや、足舐めの奉仕をさせながら、家族と電話をしたこともある。

縛った奴隷を、ベッドに放置して、メールを読んでいたこともある。

そんな感じで、裏と表が、交錯する。


こういう状況は、普通に人生を歩いている以上、仕方がないことだ。

どちらかの世界だけでは、生きられない。

だから、嫌だとは思わないし、むしろ、そういうことがあるのは、当たり前だと思っていられなければ、奴隷を飼い、主従の世界、裏の世界なんてものを、持ってはいけないのだろうと思う。


しかし。

奴隷からの、年始の挨拶メール。

奴隷は、奴隷なりに一生懸命に考えてくる。

それは健気で、とても可愛いのだが、その内容が、あまりにも可笑しすぎ、家族の前で、見ていて笑ってしまい、それを危うく、見られそうになったことがある。

さすがに、奴隷が御主人様に向けて書いた文章と、その写真を見せるわけにはいかないので、誤魔化したが、表の世界に開いた穴は、ちょっと危険なので、気をつけたほうがいいと思う。

そんなことを、この年始にも、思い出していた。

面白いものだ。

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今回は少し軽めのお話。

最近、寒い。

北海道でも、今年は、少し季節が早いなと思うくらいなのだが、東京でも11月に雪が降ったというニュースを見て、今年は、冬が厳しいのかなと、少し心配している。

と言いつつ、まずは、夏の話を書くのだが…。


私は、かなりの暑がりだ。

なので、夏が苦手だ。

北海道の夏は、涼しいと思っている方が、多いようだが、それは、本当でもあるが、嘘でもある。

北海道の夏の気温は、本州以南に比べたら、大抵、低い。

そして、湿度も低い。

不快指数も、低いので、過ごしやすいことは確かだ。

だから、東京に住んでいた時よりも、今、北海道にいる方が、夏は過ごしやすいと言えそうなのだが…。

そうでもないこともある。

北海道には、クーラーがないところが多いからだ。

普通の一軒家でも、アパートやマンションでも、クーラーがないところのほうが多いと思う。

商業施設などは、さすがに、クーラーがあるところがほとんどだが、それでも、個人でやっているお店だとか、そういうところでは、無いところも結構見かける。

そして、会社なんかでも、クーラーがない、なんてところもある。

それでも、量販店に行けば、家庭用クーラーは、普通に売っているし、一般家庭でも、室外機を見かけるから、クーラーを付けている家が無いわけではない。

最近は、設置する家庭も多くなったという話は聞く。

でも、私の部屋にクーラーはない。

そして、北海道の家は、冬の寒さ対策のために、断熱性能が、とても優れているので、熱が一度こもると、なかなか抜けない。

だから、夏の盛りのころ、暑い日には、多分、東京でクーラーの効いた部屋で寝ていた時よりも、寝苦しい。

それが、北海道の夏は、涼しいけれど、実は嘘かもしれないという理由。

部屋の中が、暑い。ということ。

といっても、函館だと、どうしても寝られないくらいにきついのは、年に10日くらいのものだなのだが…。

それでも、私は暑いのが嫌だ。


かなり脱線したが、主従で過ごす時の部屋の温度の話をしてみたい。

ここまで書いたら、勘の鋭い方はわかったのではないかと思う。


奴隷と、ホテルでも、マンションやアパートの部屋でも良いのだが、一緒に過ごす時。

私は、服を着ていることが、圧倒的に多い。

一方で、奴隷は、服を脱いでいることが、圧倒的に多い。

これは、私は普通に人間として過ごすから服を着ている。

そして、奴隷には、「奴隷のくせに、なんで服を着ている?」なんて、よくある調教を、私もしたものだから、服を着ていない。

そして、上記の通り、私は、かなりの暑がり。

奴隷は、特に暑がりということもなく、女は、どちらかと言うと、身体を冷やすと良くないので、温かいほうを好む傾向がある。

なのに、私は服を着ている。

奴隷は、全裸か、裸にパンストだったりする。

こうなると、部屋の温度というのが、結構、問題になってくる。

私は、暑いのが嫌な上、服を着ているから、部屋の温度を下げたい。

御主人様にとって快適な空間を提供するのが奴隷であり、御主人様の快適のために自分を犠牲にして当然なのが、奴隷である。

なんてことも、私は、躾けていたりする、本当に教科書通りの面白みのないSなので、こういうことになっているのだが…。

私は、奴隷を酷く扱うことに快感を感じ、躊躇も手加減も無いが、奴隷が風邪をひいたり、具合が悪くなるなど、健康を害することは望んでいない。

そう、私が室温を下げたい部屋にいる奴隷は、裸だ。

私が、エアコンの設定温度を下げろと言えば、奴隷は当然のように、それに従う。

でも、そんな命令は出せない。

という、ジレンマ。

しかも、ここで、私の暑がりを奴隷が知っているということが、問題になってくる。

夏、一緒に、出かけたりすると、大抵、大汗をかいて、ハンカチをぐっしょり濡らしているのは、私だ。

一緒に街を歩いていても、

「あそこの、スタバ(ほかの喫茶店でも、カフェでも、バーでも、駅ビルでも、デパートでも、ホテルでも、とにかく冷房がきいているところならなんでも良い)に入るぞ」

と言い出すのも、私だ。

しかも、夏、限定で。

ちなみに、冬は、逆に奴隷が、

「寒いので、温かいものでも飲みませんか?」

ということが多い。

そして、決定的なのが、私は夏になると、元気がなくなる。

夏バテで、食欲もなくなる。

あからさまに。

いつも、そんなことをしているものだから、そのうち、奴隷がハンドタオルなんかを持参するようになり、それを私に差し出してくるので、使うようになる。

さらには、外を歩いていて、適当な間隔で、「あのお店で、冷たいものでも飲みませんか?」と言い出すようになる。

そして、「そうめんとか、スッと入るものなら、食べられますか?」なんてことを、食事を作ろうと、台所に向かいながら、サラッと訊いてくるようになる。

これは、当然ながら、奴隷が、私の暑がりに気がついたということだ。

夏を、一緒に、一回経験すれば、100%、私の暑がりは、奴隷にバレていた。

私が部屋の温度を下げても、奴隷は、我慢し、何も言わなくなる。

寒くても耐え続ける。

という状況が、自然に出来上がる。

そうなると、本当に、奴隷の身体に良くないことになるわけだ。


だから、私は、奴隷の様子を見つつ、「少し、エアコンの温度上げろ」なんて、言いつつも、あくまでも、奴隷を気遣っているわけではなく、自分が快適な温度にしたいためにそうしているのだと振る舞うようになっていった。

こんな命令をすると、奴隷は、眉根を寄せて、

「御主人様、暑くないのですか?」

なんて訊いてくる。

奴隷は、私が、気遣っているのではないか?

御主人様の快適を奪っているのではないか?と考える。

それが、奴隷らしい発想なのではあるのだが。

でも、私としては、そこで、折れるわけにはいかないから、

「アイス、食べたくなったからな。注文しろ(買ってこい)」

と、ホテルのルームサービスをさせたり、自分の部屋などだと、近所の店に買いに行かせたりする。

そんなことをして、奴隷が調子を落とさない温度をなんとか、保つようにしていた。

私にとっては、暑い温度ではあるのだが…。

それでも、私は奴隷に、風邪などはひかせたくなかった。

体調が良く、元気で毎日を過ごしてほしかった。

だからといって、私と奴隷だけの部屋の中で、奴隷が服を着て過ごすことを良しとはしなかった。

奴隷なのだから。


私の暑がりと、”奴隷は人並みに服を着ることも許されない物”という、こだわり(躾け)とが、ぶつかると、こういう、苦笑するしかない状況が出来上がり、

奴隷に隠れて、トイレなんかで、こっそりと、汗を拭くことになってしまった、私が居る。

全部、私の暑がりと、私の躾けという、私から出たことの結果。

自分で矛盾した状況を招いては、自分であがいていた。

主従(私?)というのは、部屋の温度一つとっても、難しい。


テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト



これは、スマホでブログを閲覧している、皆さんに向けたエントリー。

また、アダルト広告についての話なので、そういうことへの対処はわかっている、という方は、スルーしていただいて、先ほどアップした、こちらのエントリーを読んでいただければと思う。


普段、私はパソコンからブログの更新をしているし、ブログもパソコンからしか見ていない。

ちなみに言うと、メールもコメントも、パソコンで受けて、パソコンからお返ししている。

twitterも、ほとんどパソコンからしかやらない。

私は、広く言えば、IT系の仕事をしていて、周囲にスマホなんて、いくらでも溢れているくせに、スマホの操作がものすごく苦手だからだ。

文字の入力が特に不得意…。

パソコンのキーボードに慣れきった身にすると、スマホでの入力はどうも苦手だ。指も太いので、隣を押したりする。

まあ、そんな、IT系のくせに、ITの潮流に乗り遅れ気味な私のことはどうでもいい。

ものすごく久しぶりに、このブログのスマホ版を見てみたのだが、そうしたら、すごくたくさんの広告があり、さらに、コンテンツの下に、ランキングが追加されていた。

もちろん、このブログがアダルトカテゴリなので、全てアダルト関連のものだ。

前に、見たときにも広告はあったのだが、それが増えていたし、ランキングなんかも追加されていて、驚いた。

私が借りている、このFC2ブログは、無料版なので、広告が出るのは仕方がない。

でも、あまりにも多かったので、無料版の規約に反しない範囲で、消せるものは消したのだが、もちろん全部は無理なので、スマホ版には、広告が残っている。

これらは、私が貼り付けたものではなく、FC2の仕様で、無料版のブログでは、自動的に、表示されるものだ。

それら、特に広告について。

こういう、アダルト系のブログを見慣れている方は、わかっていると思うので心配していないのだが。

私のブログに表示されている、広告は、”私がおすすめするアダルトサイト”なのではなく、FC2が独自に入れているものだということを、認識していていただきたい。

アダルトサイトなどの閲覧に、あまり慣れていない方は、気をつけていただければと思う。

このブログに表示されている広告は、私が貼り付けたものではなく、FC2が自動的に貼り付けたものなので、その広告先のサイトが、安全なものであるのかどうかは、私は、確認していない。

だから、もしも、広告先のサイトに飛ぶ場合には、くれぐれも、気をつけて、行ってほしいと思う。

広告収入で、FC2がブログのサーバを提供してくれているわけだから、私も、それを否定する気は全くない。

むしろ、収入がなくなって、FC2がサービスを停止してしまったら、移転先に困る(アダルトブログをやってもいいサーバは結構選択肢が少ない)ので、それは許容する(広告が邪魔だな、とは思っているけれども…)。

また、FC2が貼り付ける広告を全て疑うわけではないのだが、一応、あまり慣れていない方に、ご注意だけ、しておきたいと思ったので、このエントリーを書いている。

アダルトサイトに限らないが、世の中には、危ないサイトもあり、アダルトサイトは、残念ながら、危ないサイトである確率が、高い方なので、そこは気をつけて閲覧してほしい。

FC2でも、広告の審査くらいはしているのでは?と、思わなくもないのだが…。それも、私には、わからないから。

本当は、私のブログに表示される広告については、安全かどうか、私が確認できればいいのだが、FC2のほうで、自動的に色々と貼り付けてしまう仕様なので、私としては、どうしようもない。

なので、閲覧する場合には、十分に気をつけてほしいと思う。


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「好きの反対は、嫌いではなく、無関心」という言葉を、聞くことがある。

相手に関心を持ってもらえないのは、確かに、かなりきついと思うのだが、嫌われるのも、同様にきついのではないのか?と、私は普通に思ったりするのだが…。

それとも、嫌われても、なんとかする方法はあるのだろうか?

恋愛関係に疎い私には、このあたりのことは、全く、わからない。

まあ、そういう突っ込みを入れていても仕方がないので、話を進めるが、

人間というのは、誰かに見ていてもらえること、関心を持ってもらうことっていうのは、基本的に、嬉しいことだと思う。

と言っても、例えば芸能人のように、不特定多数の関心を集め、見られ、その数が多いほど嬉しい、人気が出るほど、有名になるほど、充実する(仕事という意味合いもあるのだろうが)という人もいれば、

数人の会議で、プレゼンをやることですら、あまり得意ではなく、大人数に関心を持たれるのは嫌だという人もいる。

親しくなった人、普段周囲にいて、慣れている人に、ほどほどに、気にかけてもらえるくらいが、ちょうどいいとか。

誰にも関心を持たれず、とにかく一人でいいと言いきれてしまう、孤高な人も、たまに見かける。

過去に誰かに裏切られたり、騙されたりという、トラウマがあったりすると、そういう考え方になるのかもしれない。

また、自己評価が低い人にも、こういう傾向があることが多いような気がする。

そのあたりも、色々だ。

人によって、嬉しいと感じる、他人からの関心の持たれ具合はかなり違う。

それでも、自分をわかってくれる誰か?、少しでも、関心を持ってくれる相手、を求める気持ち、というのは、常にあるかどうかは別として、持っている人が、とても多いように思う。

誰にも相手にされない、見向きもされない、というのは、辛いと感じる人が大半だと、私は思う。

いじめの問題なんかでも、直接的な暴力や言葉でのいじめと並んで、”無視”というのが、挙げられていることからも、それはわかるように思う。

私もそうだ。

やはり、誰かに、関心を持ってもらっていることが、意識できると、嬉しい。

人と人との間で生きている以上、無関心というのは、寂しいものだと思っている。


学生時代、アルバイトで、ある会社に、しばらく行っていた。

そのとき、そこの会社に転職してきたばかりの社員の女性が、とにかく、ほとんど毎日、怒られているのが目についた。

彼女の仕事の内容は、アルバイトの私には、よくわからなかったが、とにかく、要領があまり良くないようで、色々と失敗をするのだ。

彼女とは、普段は挨拶程度で、話すことがなかったが、年末、忘年会が開かれたときに、アルバイトなのに、なぜか呼んでもらった私は、タダでご飯が食べられる、という安直な理由で、それに行ったのだった。

そのとき、彼女と隣の席になった。

そして、なんとなく、話をした。

彼女は、とにかく、毎日怒られているので、会社が辛いのだろうと、私は思っていたのだが、話してみると、会社についての不満、上司や同僚についての不満は、言わなかった。

アルバイトの私が相手だったから、というのもあるのかもしれないが、彼女が、今の会社に、大きな不満はないというか、むしろ、仕事が充実していると感じているのは、伝わってきた。

「みんな、厳しいんだけれど、前の会社に比べたら、ここは、いいよ」

「そうなんですか?」

「前のところは、何をしても、何の反応もなかったから。好きにやって好きに帰る感じ?会社に来る意味、無かったと思う。家でやっても同じだもん」

「無視、いじめ、ですか?」

「それは違うかな。みんな、そうだったから。とにかく、他の人に、関心が無いのよ。その会社の雰囲気自体が。だから、誰かがミスしても、怒られることもなくて。ミスがわかったときに、直して終わり。ちゃんと指導して、人を育てるとか、そういうつもりも無いところだったのね」

「それで仕事になるんですか?」

「不思議と、なっちゃう会社もあるのね。でも、私はつまらなかったな。それに比べて、今の会社は、ダメなものはダメだとちゃんと言ってくれるから、いいよね。ちゃんと、私の事、見てくれている。vetくん、私が、怒られてるところしか見てないかもしれないけど、それでも、認めてくれてるのはわかる」

お酒を飲んだから、彼女は、饒舌になっていたのかもしれないが、要約するとこんな話をしてくれた。

別に、彼女は怒られることを快感として受け止める、Mというわけではないと思う(そんな判断はできないし、そもそも仕事をする上ではどうでもいい)。

仕事をしていたら、褒められることもあれば、怒られたりすることもある。

良い部分は良い、悪い部分は悪いと。

でも、それは、しっかりと自分を見てくれているから言われること。そのことが、嬉しいと彼女は言っていた。

その時は、私は学生で、仕事をするなら、怒られないほうがいいのでは?と思っていたから、彼女の話を、そのまま、そうなんだと、思えたわけではなかった。

でも、そのうちに、そういう気持ちが、なんとなくだが、わかるようになっていった気がする。

学校を卒業し、仕事に就いてみて、理解できた部分もある。

私も、新人の頃は、見てもらっていた時期があったし、そして、時間が経つにつれ、後輩もでき、逆に、私が見るようになってきて、関心を向けていることで、相手が変わるというのは、わかった気がする。

また、その会社でのアルバイトは、奴隷を飼う前のことだった。

後に、奴隷と関係を持ってみて、奴隷が求めるものを感じてみて、あの女性が言っていたことがわかるようになった。

奴隷が求めているものの中に、自分に関心を持ってもらえることへの充実感や、安心感も、あったように、思う。

奴隷は、あれほどまでに、ひどい扱いを受けながらも、それをする御主人様の中に、自分の居場所を見出していく。

ひどい扱いであっても、それを下すということは、御主人様は、奴隷に、そのとき、とても大きな関心を向けているということだ。

それを、身体で、心で、感じる事のできる行為であるのかもしれない。

身体に与えられる、痛みの一つ一つは、御主人様の手から受けるものだ。

関心がなければ、何もしない。

心に与えられる、羞恥や屈辱なんかもそうだろう。御主人様が、言葉や態度から、発するもの。

それも、奴隷に関心がなければ、やらない。

だから、奴隷はそういう、ひどい扱いを受けることからも、自分へ向けられる、御主人様からの関心を感じていたのかな?と思う。

SM行為をしている時、主従として過ごしている時、奴隷は、御主人様に関心を向けてもらっているという気持ちは持てていたのだろうと思う。

そういうことからも、もしかしたら、快感や幸せを感じていたのかもしれない。

私には、確かなところは、分からないことではあるが。

そして、もちろん、快感や幸せは、関心を向けてもらったことだけではなく、M性を含め、幾つもの要素が重なった結果だとも思う。

でも、ひどい扱いだったとしても、自分を見て、使ってもらえている、無視されているわけではない、関心をもってもらえている、存在している意味がある、深く関わることができている、という、そんな気持ちも含まれていたのではないかと、奴隷の態度や言葉を思い返してみると、思う。

現に、私の奴隷の大半が、一番嫌がった調教は、”放置”だったことからも、それはわかる気がする。

特に、自己評価が低い奴隷などは、そういう気持ちが大きかったのではないかと思う。自分の存在意義を、私の中に、見出していたのかもしれない。

私の自惚れかもしれないが、私に飼われること、使われることで、自分が、必要とされていると、感じられていたのかもしれない。

奴隷は、私に嫌われたくないと言っていた。

ちょっとしたことで、「捨てないでください!」と泣かれたこともある。

そして、もしかしたら、私に、関心を持たれなくなってしまうことも、心配していたのかもしれない。


でも、私は、奴隷に対して、そのどちらもなかった。

奴隷のことは、本当に好きだったし、そして、いつも気にする存在だった。

奴隷への関心を無くしたことはない。

一つ前のエントリーとも重なるかもしれないが、そう思っているくせに、突き放す、意地悪な御主人様であったことは、確かだが。

また、恋愛関係であれば、相手に対しての関心の度合いを示すバロメーターとして、連絡をどのくらいとるか?なんてこともあると思うのだが、

私は自分から、奴隷に連絡を入れることはあまりなかったから、奴隷としては、関心を持ってもらえていないのではないか?と思われていたかも知れない。

奴隷への関心は人一倍にあるくせに、自分からは、連絡せず、奴隷から会いたいとか、話したいと言ってくることに、「しかたがないから、会って(話して)やる」みたいな態度でいるのが、御主人様らしい姿だ、というような、変な意地を張る、御主人様だったりもする。

面倒な奴だ。

そんな、私ではあるが、奴隷に、私への関心をなくされることを、奴隷以上に、恐れていたように思う。

普通に、奴隷が、そこにいること。

部屋の家具や、道具のように、今で言えば、携帯やスマホのように、当たり前に、私のそばに、存在すること。

そして、私が次に何をし始めるのか?に、すごく関心を持っていること。

それが失われるのは、やはり怖かったと思う。

飼っている犬が、飼い主に、駆け寄ってくるときように、奴隷が、私に、何らかのアクションをしてくる姿は、すごく嬉しかったし、それが、私の中にある、”無関心”の恐怖を遠ざけてくれたものだと思う。




テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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