理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

 ▼スマホの場合▼
スマホ版へのボタン

 ▼携帯の場合▼
携帯版へのボタン


「生きてますか?」っていうメールをたくさんいただきまして…。

ご心配いただきまして、ありがとうございます。

ブログを書いているだけの管理人である、私を、お気遣いいただきまして、恐縮です。

とても、嬉しかったです。

本当は、ちゃんとしてから、何事もなかったかのように、しれっと、エントリーを書くつもりでいたのですが、

ご心配いただくメールを、たくさんの方に頂いていること、それから、現状、あまり、お返事が返せていない状況であることなどを考えまして、まずは、ご連絡をと思い、エントリーにしています。


なんで、ブログを書いていないのか?といいますと、

去年の11月くらいに、風邪を引きまして、それをこじらせまして、咳が残りまして、未だにゴホゴホとやっております。

でも、病院に行きまして、詳細は書きませんが、とりあえず、不治の病とか、そういう問題はないことだけは、確かです。

ちゃんと治る範囲のものです。

原因の大きな部分は、今年の寒さのようで、実際、寒い日や、外出が多い日に、咳き込むことが多いので、困ったものです。

それで、薬をもらったり、検査したりしないといけないものでして、仕事の合間に通院しているという感じです。

といっても、一時期の悪さに比べると、回復傾向にはあります。


それで、何が一番苦しいか?というと、病院の待ち時間だったりするんですね…。

とにかく、そっちに時間を取られるので、他のことに割く時間が減ってしまって、どうも、困っているところです。


私は、エントリーを、一つ書くにしても、すごく考えますしね。

メールに、お返事するにしても、中途半端なお返事とかは、失礼ですし、意味がないと思っていますので、時間がかかるんです。

なので、しばらく、書けていないというのが、現状です。


つくづく、思いましてね。

携帯とか、スマホで、メールでも、ブログでも書けたら、いいのに、と。

前から、ちょこちょこ言っていますが、私は、携帯や、スマホでの文字入力が、非常に苦手、5分位で、あまりのできなさにガッカリして、諦めるという、今時、ものすごく問題ある特技を持った人間なのですよね。

しかも、スマホも含め、電子デバイスを使ったサービスを企画したり、作ったりも、私の仕事の一部なわけでして、こんなやつが関わったものをリリースしちゃっていいのか?と思ったり、

どうせなら、スマホを使わなくてもスマホが使えるサービスを作ればいいんじゃないか、とか、よくわからないことを考えつつ、

病院の待合室、隣で、軽快にlineとかしながら、待っている、多分、私よりも、結構な年上の皆さんを横目に、普通に小説を読んでいたりするわけです。


ということで、メールや、twitter、コメント、拍手コメントなど、くださった皆さん、ご心配いただきまして、ありがとうございます。

こんなにも、気にしていただけて、私は幸せ者です。


お返事、徐々にお返ししますし、エントリーも書きたいのですが、寒さで咳の具合が悪くなるという状況なので、ちょっとお時間いただきたく思います。

冬眠中で、動きが鈍っていると思っていただけると幸いです。


今年の冬、北海道だけではなく、他の地域もかなり寒いようなので、皆さんも、体調にはくれぐれもお気をつけけください。

風邪を侮るとひどいことになるので、本当に、大事になさってください。


テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト


前に書いたエントリーの続きになる。

あのエントリーは、私がつらつらと考えていたことをそのままに書いてみたことなのだが、今回も、その続きなので、そのままの感じになるかと思う。

何人かの方に、あのエントリーに関して、感想やご意見を頂いて、嬉しかった。

やはり、考えることは、人それぞれだ。

その中で、私が改めて感じだのは、S男は、自分が望む主従の形を作れる場合が多いが、M女は、それができることが少ないということ。

でも、M女も、望むような主従を目指して良いと、私は思っている。

また、そのために、自分に合った人を見つけられると良いなと思うし、もう主従になっているなら、望む形に少しでも近づくような話を、パートナーとできたり、なんとなくかもしれないが、自分の望むものを理解してもらえるように、なっていけたら、良い関係なのかなと思う。

今回は、前のエントリーで、恋愛での”恋人”に対して、主従での”理解者”と、表現した、相手のことについて、思うことを書きたい。


理解者と、一口に言っても、その理解度というのは、多分かなり違う。

主従であるのだから、少なくとも、お互いに、相手が、Mである、Sである、ということは、わかっているのが、必要最低現の条件かとは思うが、それ以上の部分で、どこまで理解していたら、理解者足り得るのか?というのは、また、人によって認識が違うと思う。

と、ここでも、「人によって違う」と、書いてしまっていて、結局、そういうことだとは思っているのだが、やっぱり、これでは、あまり答えになっていないので、私の思うところを書く。


理解が深まるほどに、おそらく、お互いに、心地よい関係になる可能性はある。

相手の性格は、もちろん、性癖も、わかってきて、こういうふうにしたら、相手が喜ぶということを理解し、

さらに、こういうふうにしたら、自分が気持ちいいということも、わかってくると、さらに良いだろう。

恋愛でもそうかもしれないが、主従でも、自分のことすらも、わかっていない部分というのは、結構ある。

相手に指摘されて、わかることなんかもある。

例えば、普段はあまりしない調教などをしたあと、落ち着いた時間になったとき、奴隷に、

「御主人様、今日は、とても楽しそうです」

なんて、言われたことがある。

私もそのとき、とても、気分が、乗っていたというか、高揚して、調教をしていた感覚があり、それと、奴隷にいわれたことが、一致すると、自分の性癖の傾向についての理解が深まると同時に、

奴隷も、そんな私を、理解したのだなと思えたので、そういうことがあったときというのは、新しい発見を奴隷と共にして、奴隷が、私を理解してくれていることを、実感でき、とても嬉しかった。

奴隷との繋がりが、強くなった気がした。

こういう経験が、多くあった。

例として、調教のことを挙げたが、そればかりではなく、性格的なことなど、他にも、たくさんある。

普段、話をする時でも、こう言ったら、こう返す、みたいなものを、お互いに、了解していて、会話がそれにそってスムーズに進むと、とても安心感があったりするのも、理解が深まることで、得られる、悦びの1つだと思う。

そういう感じで、理解者の理解度というのは、とても大事なことだと思う。

ただ、理解が深まることが、必ずしも、全てにおいて良いのか?ということ、そうでもない。

相手への理解が深まることで、相手と合わない部分、相手との溝というのも、見えて来るし、明確になってくる。

深い理解をするための、信頼関係が強くなってくるということは、今まで曝け出すことがなかったものも、見せることができるようになるということ。

それは、基本的に、良いことだと私は思うのだが、そこで、「これは、ちょっと…」と思うことも、やはり出てくる。

当然だ。

でも、そこで、選択が2つ、あるのだろうと思う。

理解した結果として、合わないなと気がついた部分も、受け止め、「ああ、これが、この人なんだ」と、納得して、関係を続けるという選択と、合わないのだから、別れるという選択。

前者が良いとか、後者は我慢が足りないとか、そういうことではない。

どちらも、まっとうな選択肢だ。

ただ、それを決める基準の一つになるのが、おそらく、相手への気持ちの大きさなのだろうと思う。

ここで、”好き”という感情と、リンクしてくる人が多いように、私は思う。

好きな人の嫌な部分は、多少なら耐えられても、好きという感情があまりない人の、嫌な部分には、耐えられない。

こういう風に思うことが、自然な気がする。

もちろん、あくまでも、理解者という立場で、相手の合わない部分も、理解していきたいと思う人も居るだろうし、

もっと現実的な話をするなら、主従になることが、そもそも、難しく、せっかく主従になった人と、離れたくない(離れたら、次が見つかると思えない)から、合わない部分も、受け入れるという考え方もあるかなと思う。

そういう、ちょっとネガティブな方向での理解というのも、あるだろう。

相手への、好きという感情は、相手を許すというか、許容する範囲を大きく広げるものでもある。

それは、多分、黙っていても、そうするのだと思う。

でも、”理解者”としての、理解できる範囲というのは、おそらく最初から決まっていて、それを越えられてしまうと、もう、「理解できない」ということになるのかなと思う。

その理解できる幅が、広い人もいるし、狭い人もいる。それに、こだわりのある、この部分だけは、どうしても理解できない、受け入れられないとか、そういうこともある。

私の場合で言えば、フェチなので、パンストを履けない奴隷は、受け入れきれなかったりする(のだろうか…)。

とにかく、そういうことが、理解者には、あるのだろうなと思う。

だから、”相手を好きである”という感情を持っていることは、許容する幅を広げることに繋がると、私は思う。

許せる。

好きだから許してしまうことって、人にはあるものだ。

それは、感情を持った生き物である以上、当然のことだ。だから、好きという感情は、理解だけでは、カバーしきれない事柄に対する、緩衝材のようなものなのかもしれない。

もちろん、好きだからこそ許せないこともある。

一番わかりやすいのは、好きという気持ちと、逆のことをされた時だと思う。

だから、御主人様に対して、好きという感情を持っている奴隷は、きっと、多頭飼いなどは、きついことが多いかもしれないし、

他人への貸し出しや、スワッピングなどを、命令されたら、心が引き裂かれるくらいの気持ちになると思う。

それを強制されると、御主人様の性癖であるのだという”理解”はできても、”好き”という感情がどうしても満たされないので、別れる方向に、考えが進む奴隷も多いと思う。

”好き”になることで、「許容範囲が広がる」、と上で書いたが、「許容範囲が変わる」のかもしれない。

もっと言えば、好きだから、第三者が絡むことですらも、パートナーの望みであるからと、耐えて、乗り越える、という人もいるが、それは、これまで、色々な方とお話を伺ってきた限りは、少数派のように感じる。

これが、”恋人”ではなく、”理解者”であるなら、そういう性癖なのだということで、納得して、それを受け止められる人は、多いのかなと思っている。

というよりも、それを理解できるかどうか? 自分に、そのプレイが合っているのかどうか?という視点で、考えるように思う。

というように、”理解者”であること、”恋人”であることの違いで、やれることにも、違いが出てくるのだろう。

ここまで、話が、ちょっと、脱線というか、飛躍していたので、元に戻す。

”理解者”であることを、突き詰めていくと、”好き”という感情と、あまり変わらない部分まで、行き着くのではないかと、私は、最近思う。

相手を受け入れ、理解していくと、やはり、人は、情が出てくると思う。

最初は、相手の性癖を理解して、それが合うから、一緒にいるのだと思っていても、それだけで、ずっと通ることは、そんなに無いのではないかなと、私は考えてしまう。

”理解者”と”恋人”という風に、分けて考えることができると、私が思っているのは確かなのだが、その2つがオーバーラップしていくことが、感情を働かせて、主従をしているなら、一番自然な成り行きのように、私は思っている。

何度も言うが、それが、正しいとかそういうことではなく、感情を持った人間として、主従関係を持つことになるなら、そうなっていくことに、自分の居場所を得られる人が多いように私は思うということだ。

私が、奴隷の”理解者”であり、”好きな人”でありたいと思い、奴隷にも、そう思われたいと願っているから、それがいいと思っているだけかもしれないのだが。

また、長々と、書いてしまったが、それでも、なかなか、答えが出ない、難しいことだなと思う。


それから、主従ではないので、肉体関係もなく、調教などもしないのだが、お互いに性癖のことも、全く隠さず、話ができ、よくわかり合っていて、”理解者”と思える人もいたりする。

オフ会なんかで出会ったり、ネットで、お話をしている人などの中に、そういう感じで、主従とは別のところに、”理解者”が、できたりもする。

それも、とても、幸せなことだと思う。

恋愛関係でも、自分の彼氏のことを、そのセックスなんかも含めて、相談することのできる、友達がいる女性なども、いるかと思う。

それと同じとは言わない。

主従のほうが、変態と言われる性癖があるから、ハードルは高いので、より深い理解が必要だが、この世界の性癖も含めて、受け入れて普通に話ができる相手がいると、また別の意味で、楽になる部分はあると思う。

また、そういう、主従関係や、肉体関係、プレイなどがない、理解から入って、なんでも話をしているうちに、徐々に惹かれていき、主従関係に発展する場合も結構あるし、それはそれで自然な流れなのかなとも思う。

そういう入り方は、最初から、理解しているのだから、主従に移行しても、スムーズになりやすいものでもあるのかもしれない。


やはり、話が脱線したが、理解して貰えるパートナー、それも本当に深い理解を得られる人がいることは、それが、好きを含むかどうかに関わらず、幸せなことだと私は思う。


前回の続き。かなり時間が経ってしまったが…。


ある掲示板で、パンストフェチを公言している、正広と、オフ会で同席したときのこと。

その掲示板では、パンストフェチを隠している私が、いつのまにか、正広の話に取り込まれようとしていた。

「vetさん、写真も、好きですよね。だから、パンスト写真、見て欲しいです」

といって、正広が、鞄の中をゴソゴソと、探って、取り出したのは、写真の束。

どうしてそういうものを、普通に持ち歩いているんだ?

そんな、私の疑問にも、正広は気がつかない。

今なら、スマホに写真を入れて持ち歩く人が多いのだろうが、そのころは、人に写真を見せるなら、デジカメで撮った写真であっても、家のプリンタで、プリントアウトするか、カメラ屋などで、写真にしてもらうか、データとして、渡して、あとで、パソコンで見てもらう、なんて感じだった。

「これなんですよ」

といって、テーブルの上に置かれたのは、かなりの枚数の写真。

全て、パンストの脚が写った写真。

正広の奴隷の全身写真もあったのだが、殆どが脚のみ。

私は、パンストにスカート姿の奴隷が好きなので、脚だけではなく、全身写真を撮ることがほとんどなのだが、

本当の脚フェチは、脚だけでも、良い人というのは、多い。

正広も、そういう嗜好らしかった。

だから、ひたすら、色々なパンストを履いたり、靴も結構な種類があった。また、脚の組み方や、立ち方、アングルを変えたりした、写真が、たくさんあった。

それを、一枚一枚、見ていく。

私は、全身を撮ることが多いが、脚だけでも、嫌いでは”なかった”ので、その写真は、興味深かったし、楽しいものでもあった。

なんだかんだと言いつつも、やはり、じっくりと見てしまう。

フェチゆえのサガだ。

そして、全て見終えたあと、正広に、その写真を返しながら、

「綺麗に撮れてて、すごいですね」

と言った。これは、お世辞ではない。

確かに、写真としても、上手く撮れていたし、やはり好きなものでもあるので、情熱が伝わってくる感じで、色っぽいなと思うものが多かった。

私も、悪い気はしなかった。というか、楽しんだし、私のフェチ心を刺激され、興奮する部分もあった。

もちろん、顔には出していなかったつもりだが。

「ありがとうございます!」

正広は、自分の作品を褒められたのが、本当に嬉しかったのか、ものすごい笑顔だった。

「紗栄子さん、脚、綺麗ですね」

と、正広の奴隷の紗栄子にも、私は声をかけた。

すこし、話をそらしたかったというのもあるが…。

すると、紗栄子は、少し照れくさそうに、「ありがとうございます」と、頭を下げた。

「これだけの被写体になるのは、大変でしたね」

「はい。パンスト履いたときは、必ず、撮られますから」

と、苦笑いしている。

「当たり前だろ。お前はそのためにいるんだからな」

正広が言った。

「確かに、奴隷は、そういう使い方もありますね」

私も、そう言って返していた。

なんとなく、和気藹々であり、なおかつ、私も、自分のフェチを、なんとなくだが、言わずに、通り過ぎられたような気がしたので、ホッとしていた。

しかし…。

その次の一言が、私を地獄に落とすことになる。

「ああ、でも、さっきの写真の半分くらい、僕のなので、そんなに、こいつも大変じゃないはずですけどね」

ぼ、僕の…。

僕って、正広、お前のことだよな? 

お前、男だよな…。

私は、おそらく、顔が引きつったと思う。

「僕、自分で履くのも好きなんですよね!」

正広は、明るく言ったが、私は、言葉が出なかった。

その頃、”自撮り”という言葉自体が、あまり使われていなかったが、要するに、正広は、自分でパンストを履いて、その脚を自撮りしていたということ。

しかも、さっきの写真の半分が、それだということ。

つまり、私は、男のパンスト脚に、不覚にも、興奮したということだ…。

もう、一気に具合が悪くなった。

冗談ではなく、本当にめまいがした。

吐きそうだった。

それくらいのショック。

男のパンスト脚は、私にとっては、毒薬のようなもので、もう、耐え難い苦痛だ。

明らかに、思考停止した私に、正広は、やっぱり笑顔で、何か言っていたようだが、私はあまりの衝撃に、ほとんど覚えていない。

やめてくれ…。

そういう、致命的なトラップを仕掛けるのは、やめてくれ…。

上でも書いたように、正広も、奴隷の紗栄子も、スリムで、脚もスラリとしていた。

似ている。

それが、問題だった。

最初に何も言われなかったから、写真はすべて、紗栄子の脚だとの先入観で見ていたので、区別できなかった。

そんな、甘い自分にも、猛烈に腹が立ったのだが、後の祭り。

本当の悪夢というのは、どこにあるかわからない。

恐ろしいことだ。


ちなみに、あとで、私の奴隷が言っていたのは、正広は、私が思考停止している間に、すね毛の剃り方へのこだわりについて、熱弁を振るっていたらしい。

男のすね毛の剃り方なんて、どうでもいい話だ。

というよりも、剃るなよ、正広。

剃っていなければ、わかったのに…。


もちろん、その日、オフ会が終わってからも、この上なくモヤモヤした気分だった私が、奴隷を相手に、そのストレスを発散したのは、言うまでもない。

だが、そんな理不尽なお仕置きを受けている時の奴隷の、私を見る目が、なんだか、慈愛に満ちていたというか、菩薩的というか、かわいそうなものを見ているように感じたのは、気のせいだったのだろうか…。



同じ、パンストフェチでも、自分で履くフェチ、自撮りするフェチという、私には、全く無い嗜好を持っている人も存在するので、要注意だ。

フェチは、狭いようで、広い。

まさに、嗜好の罠。

同じ嗜好だと思っていても、それを素直に信じてはいけない。


その前から、気にはしていたのだが、この出来事以降、もう、女だと、確実に確認できないパンスト脚は、疑いの対象になったので、写真は、一緒に顔まで含めた全身が写っていないと、見る気にならなくなった。

それなら、少しは区別ができる。

はずだったのだが…。

その後、男の女装レベルが、何故か、すごく上がって、全身写真を見ても、男か女か区別がつかない、ハイレベルなものも、あったりするので、更に危険になってきている。

もう、何処に地雷があるかわからない、リスキーな世の中になったものだ。

私にとっては、本当に暮らしにくい世界だ。

※女装趣味の男性や、男装趣味の女性を軽蔑しているわけではない。それも、フェチと同じで、嗜好の一つなので、私は肯定も否定もしない。でも、女装の自撮り写真を”私に見せる”のだけはやめてくれ。

ということで、世の中には、罠がいっぱいだという話。

みなさんも、気をつけて欲しい。

というよりも、女装してもいいので、パンストを履くのだけは、遠慮してくれると、私にとっては少しだけ、優しい世界になる気がする。

お願いだ。

テーマ:脚フェチ・パンストフェチ・タイツフェチ - ジャンル:アダルト



この6月末から、8月頭までは、仕事が忙しくて、なかなか、ブログの更新もできず、頂いている、メールやコメントのお返事もあまりできず。

仕事が忙しいのは、良いことだとは思うので愚痴るつもりはないのだが、さすがにピークを超えたら、疲れていたことに気がついたので、それを癒やす意味でも、今回は、かなりのバカ話を書いてみたいと思った。

だから、すごく気軽に読んで欲しい。


私のパンストフェチの話は、このブログでは、かなり開放している感じではある(それでも恥ずかしいけれども)のだが、

東京に居たころは、自分の奴隷にも、明確には言わない(でも、わからせるようにする)でいたので、奴隷以外の人に言うということは、殆どなかった。

ただ、私は、あのころ、幾つかの少し話題の違う、複数の掲示板に出入りしていたことから、色々とマニアックな性癖を持つ人と、ネットや、リアルでも、お話をしたことがある。

その中に、やはりというか、なんというか、パンストフェチも何人か、居たわけで…。

そんな一人、仮に、正広としよう。

彼とのやり取りから起きた、とても悲惨な話。


正広は、掲示板上で堂々と、自分がパンストフェチであることを公言する、ある意味、潔いというか、清々しいというか、暑(苦し)いというか、そういう御主人様だった。

私は、それとは正反対に、パンストフェチを隠していたから、掲示板上での会話として、正広が作るパンストの話題のスレッドに、絡んだことはあまりなかったように、記憶している。

正広は、写真を撮影するのも好きで、どちらかと言えば、私は、彼とそういう話をすることがあったように思う。

といっても、すごく親しいというわけではなく、掲示板に、正広が、カメラで、奴隷を撮影するときのことなんかを書いていたときに、それに、私も反応するという程度の付き合いだった。

そんな掲示板のオフ会が開かれたので、私も行ってみた。別に、正広に会いたかったからというわけではなく、その掲示板の管理人さんが、親しくしてくれていたし、普通に、SM関連の掲示板なので、出てみたということ。

その時は、私は、奴隷を連れて行った。

人数としては、10人位だったように思うが、例のごとく、料理屋の個室を借りて、そこで、料理を食べながら、お酒を飲みながら、話をするというオフ会。

ノーマルな方々とか、こういうオフ会に参加したことがない方は、SM関連のオフ会というと、SMプレイを見せ合うとか、プレイのやり方を実際に奴隷を使って見せながら、詳しい人が解説するとか、乱交するとか、そういうイメージを持たれているように、メールなどいただくと感じることもあるのだが、実際には、それは違う。

すくなくとも、私は、掲示板で”オフ会”と言われて、そういう類のものだったことは、ほとんど無く、普通に飲食しながら、談笑するという会だった。

逆に、そういうことをする場合には、しっかりとその旨を説明してから、開催されるものであると、私は認識している。

ただ、今のように函館に住んでいると、こちらでオフ会が開かれるなんてこともないし、あのときは、掲示板が主流だったが、今はチャットとか、twitterとか、その他のSNSとか、そういうものから始まる繋がりも多いのだろうから、最近のオフ会事情は、私は知らないので、今も同じかどうかはわからない。

話を戻す。

オフ会の会場に到着すると、私と奴隷は、何故か知らないが、正広と、その奴隷の向かいに座ることになった。

これも、偶然の巡り合わせなのか、フェチ神様からの、必然のお導きなのか、わからないが…。

正広とは、そのとき、初めてリアルでお会いしたのだが、ごく普通の青年だった。私よりも若く、聞けば、まだ大学生だった(成人はしていた)。

すごくスリムで、背が高い。

その奴隷も、隣りにいたが、そちらも、スタイルは良かった。

この外見が、後々、問題になるのだが…。


二人とも、普通にしていたら、SMをしているような感じには見えない、ごく普通の青年だった。

とにかく、そんな感じの二人と、私と奴隷との、4人で、主に、話をしていた。

たまに、他の人とも話をするが、この4人でいつの間にか、グループのようになっていた。

といっても、奴隷たちは、話に加わることは少なく、私と、正広の話に耳を傾けているという感じ。

最初は、やっぱりカメラの話をしていた。

今でこそ、カメラの付いていないスマホは、ほぼ無いと思うが、あの頃、携帯電話(スマホではない)には、カメラが付いているものと、付いていないものがあって、それなりに高い機種にだけ、カメラが付いていた。

だから、写真を撮るということになると、デジカメを買って、それをパソコンに取り込んで、印刷するとか、パソコン上から、メールに添付して誰かに送る、ホームページのネタにするという、環境。

コンパクトデジカメが、女性でも気軽に扱えるくらいに、小さく軽くなって、一気に普及してきた頃だったように思う。

今のようにスマホで撮影して、そのままアプリでSNSに投稿、なんてことはできなかった。

とはいっても、あの頃、デジタルカメラというだけで、すごく楽だと思ったものだ。

最初から写真が電子データ(ファイル)であり、それを加工するのも、ホームページに使うのも、パソコンの中でできてしまうことは、すごく楽に感じていたが、今は、それですら面倒に思えるのだから、身の周りの機器の進化というのはすごいものだ。

また話がそれた。


そんな中で、正広とは、一眼レフの話をした。

あの頃は、ミラーレスも、(たぶん)なかった。

今でこそ、一眼レフは、レンズが付いても、5万円を切るものも、多くあるが、10万を超えるものが、主流の時代。

だから、そういうカメラを持っている人というのは、少なく、一眼レフは、本気で何かを撮ろうという人が、主に持つものであり、その話は、必然的に、マニアックなものになる。

カメラの話の詳しいところについては、割愛するが、よくあるカメラ談義をした。

そして、話は、被写体の話題になっていく。

当然の流れかもしれない。

私は、その頃、一番撮影していたのが、奴隷だった。

つまり調教写真。

だから、そういう話でも、別に困ることはなかった。

そして、正広も、奴隷を撮ることが多いという話になり、そのあたりでは、お互いにどうやって撮るのが好きとか、そういうことで、楽しく話をしていたのだが、

そんな中、正広が、こんなことを言い出した。

「奴隷でも、やっぱり、僕は、脚の写真がいいですね」

と。

私は、脚?と、一瞬、身構えた。

正広が、脚といえば、どう考えても、パンスト脚の話になるのは、予測できる。

でも、一応、私は、その掲示板上では、パンストフェチを隠していたから、この話題の振りに、どう対応しようかと、考えた。

でも、その間に、正広は話を進める。

「僕、パンスト好きじゃないですか? だから、脚写真、たくさん撮るんですよ!」

正広は、掲示板上で、パンストフェチを公言している、潔くも、暑(苦し)い男だ。リアルで会っても、掲示板上のイメージそのままの、さわやかな、好青年だ。

パンストを語る笑顔に屈託がない。もちろん、躊躇もない。

だから、やっぱり、私の予想通りに、話が展開していく。

ある意味、フェチというのは、わかりやすい。

その人の、好きなことの話しかしないので、そっちに行くのは、あからさまに予測できるから。

予測したところで、止められないのも、また事実ではあるけれども…。

「ああ、そう言えば、正広さん、パンストお好きでしたね…」

と、私は、トボケ気味に、控えめに、言ってみる。

それを、横で聞いている、奴隷は、そんな私のことを、「御主人様もパンストフェチなのに…」と、内心は、思っているのだろうと思うと、かなり居心地が悪かった。

「そうなんですよ。vetさん、覚えていてくれたんですね!」

正広、満面の笑み。

なんだか、すごく、喜ばせてしまった。

前に、裸エプロンの話でも書いたと思うが、どうして、私は、こういう話になると、自分の意志に反して、相手を乗せてしまうような状況になるのか、不思議だ…。

「いつも、掲示板で、お話されていますよね…」

「はい。でも、なかなか反応が薄くて。同じフェチの人が、たまに話してくれるんですけど、やっぱり、性癖違うと話しにくいみたいですよね。vetさんが、読んでくれてて嬉しいです!」

「一応、掲示板の話題は、大抵、目を通していますので」

「そうなんですね。じゃあ、今度、絡んでください!」

って、なぜ、私をそこで、引き込む?

「あ、まあ、そのうちに…」

と話をしている横には、私のパンストフェチを知っている、奴隷がいるわけで、奴隷にしてみれば、絡みたいはずの話題を振られても、なお、煮え切らない私に、苦笑しているように思えて、やっぱり、居心地が悪い。

「お願いしますね! 話し相手ができて、良かったです」

いや、良くはないのだが…。

正広の中では、もう、私は、そっち側に、認定されていた。

そっち側であることは、確かなのだが、それは、この掲示板では隠しておきたいという、私のささやかな願いは、このとき、もうすでに、踏みにじられようとしていた。

「vetさんが、それなら、いいものあるんですよ!」

それならって…。

それってどういうことだ?

私は、パンストフェチであることを、肯定してはいないのだが、いつの間にか、そうなっているのは、なぜだ?

私の、そんな思考には、お構いなしに、正広は、話を進めていく。

そう、本当に、まずい方向へと。


後編に続く。

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 このブログは、私の主観的な話がメインだが、今回は、さらに好みの話なので、頷ける人もいれば、なんでそれが気になるのか?と首をかしげる人もいるだろう。

”青”の話。

奴隷が身につけるもので、青いものを、私はあまり好まない。

それほど、意識していたわけではない気がするが、考えてみたら、奴隷に青いものを付けさせることが、あまりなかったなと思う。

例えば、下着。

私は、奴隷には、そもそも、下着を付けさせないから、奴隷が付けているところはあまり見ていないのだが、

何かの理由で、付けている時に、それが青いと、なんとなく、違和感を感じていた。

下着の色まで指定する気はなかったので、青かったからといって、それがダメだと言ったわけではないが、どうも、しっくりこないなと思っていた。

まあ、そのときは、脱がせてしまえばいいので、問題ないのだが。

私がこれを強く思うのは、自分の奴隷というよりも、SM関係の写真とか、動画とかを、見た時に、それに出てくる奴隷役が、そういう下着をつけていたりすると、似合わないなと思うことが多い。

また、SMではなくても、女が下着姿で写っている写真なんかは、いくらでもあるが、青いと、違和感がある。


ここで、私が言っている、青というのは、本当に青だ。

白に近いような、薄い青(水色)や、黒に近いような濃い青(紺色)なんかは、そういう感覚を持たないのだが、しっかりと青なものは、うーん、と思ってしまう。


これは、SMの器具なんかでもそうだ。

青い首輪というのは、使ってみたことがあるが、どうもしっくりこなかったので、すぐにやめた経験がある。

紺色も、好んで使ったわけではないのだが、それは、許容できていた。

私は、圧倒的に、赤が多かったし、次は黒だったから、青系のものを使う事自体が少なかったのではあるが。


縄もそうだ。

メインで使っていた麻縄は、あの色だし、他にも、ロープと言ったほうがいいと思うが、赤い縄はそれなりに使ったけれども、青い縄というのは、殆ど使った覚えがない。

だから、他の人が撮影した緊縛写真なんかで、青い縄を使っているのを見ていると、どうも、物足りない感じがしている。

最近は、色付きの麻縄なんかが売っていて、青もあるのは、見かけたが、麻縄をわざわざ青くするのは、もう、私には意味がわからない。

似たようなもので、縄ではない、革などでできた拘束具もあるが、それも、青はやっぱり、苦手だなと、感じる。


色の科学なんかで言えば、私がこう思うのには、何かちゃんとした根拠があるのかもしれない。

その分野には詳しくないので、本当のところは分からないが、青は、冷たい印象とか、落ち着いた印象を与えるということを聞く。

でも、それなら、黒とか、白なんかも、そうだろうなと思うのだが、それは、青のような違和感はないから、何か、違うのだろう。

冷たさでいうなら、金属の首輪というか、首枷を使ったこともあるが、そのほうが、更に冷たい印象を与えるものだろうが、それは別に悪くないと思った。

むしろ、その冷たさが、奴隷の奴隷らしさを引き立たせると思えたくらいだ。

だから、違和感の理由が、いまいちよくわからない。


青い手枷や足枷、青いリード、私はほとんど使わないが、ボールギャグも青はしっくりこない。

青い蝋燭は、それほど見かけないが、それも、私にはダメだなと思ったものだ。


当然ながら、青いパンスト(カラータイツ)なんかは、もう論外だ。

カラータイツ自体が、私はダメなので、しかも青となると、奴隷と会った瞬間に、帰れと言いそうな気がする。

幸い、私の過去の奴隷たちが、履いてきたことはないので、そんな事態に遭遇することは無かったが。

とにかく、奴隷に、青いものを身に着けさせるのが、私は苦手だなと思った。

私は、おもちゃはあまり使わないのだが、試してみるために、一通りは持っていた。その中に、青いローターがあったのだが、それは、特に問題なかった。

身につけるものではないから、良いのかもしれない。


でも、例外もあって、青い服とか、青いスカートなんかは、特に気にならない。夏になると、涼し気な、青いワンピースを着ている女性も見かけるが、あれには、違和感は感じない。

青い浴衣もあるが、それも、同様に、問題ない。

今も、同じかどうかは分からないが、昔、行った横浜のランドマークタワーの展望台で、受付や、案内係として、働いていた女性の制服は思いっきり青だった記憶があるが、あれを見ても、悪いとは思わなかった。

だから、上に着るものなら、青は許容できるのだと思う。

肌の色に対して、青というのが、私にとっては、合わないと感じる配色なのかもしれない。

と、思いつつ、青い水着は、まだ許せるな、というのも思うから、それも違うのか…。

2匹目の奴隷のところで書いた理沙に、コンパニオン時代の衣装を着てみせろと言ったことがあったが、

その中に青いハイレグ(最近は、コンパニオンも、ショートパンツとかが多いように見えるが、あの頃はハイレグがほとんどだった)のものもあったが、

それを着て見せてくれた時も、別に違和感はなかったなと思うので、肌の色との対比だけではないのかもしれない。


やっぱり、どういう基準なのか、自分でも、いまいち、よくわからないが、私のイメージは伝わるだろうか?

私にとって、奴隷に、青というのは、どうも、しっくりこない色だと思う。

という、私の好みの話。


御主人様のこだわりということでも、奴隷自身の好みということでも、色に関することは、結構聞くので、それぞれに、好き嫌いがあるのかなと思う。

青ではなく、赤が苦手なんて人もいるのかもしれない。

また、色とか、材質を統一するという人は、過去に出会ったことがあるので、こだわる部分の一つではあるのだろう。

たまには、色の観点から、SM世界を眺めてみるのも、楽しいかもしれない。


テーマ:SM - ジャンル:アダルト

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著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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