理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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学校などでの、いじめの話がたまにニュースになる。

最近は、会社なんかでもあるようで、人間関係に疲れて、病院送りになる人なんかもいて、いい大人がいじめをするとか、溜息が出そうに思うことがあるのだが、

調教というものを別の視点から見てみると、いじめと変わらないことをしているようにもみえる。

例えば、いじめで良くある、叩くなどの暴行。

これは、鞭やスパンキングと同じことだ。

無視したり陰口を言ったりするなどの精神的ないじめは、放置調教や、奴隷を貶める言葉攻めと似ている。

さらには、服や靴を隠したりなんていうのは、もうそのまま、服を無理やり脱がせたり、破いたりする調教と、やっていることになんら変わりはないだろう。

こんな感じで、見た目の出来事だけから見ると、調教というのは、いじめのさらに強化版のようなものだといえると思う。

だが、SMの場合には、それはいじめとは言わない。

”調教”ということで、許されているのだ。

その違いはどこにあるのか?ということを考えてみると、それは奴隷の意思であろうと思い至った。

自分からそうなりたいと思う奴隷の意思というのが存在するから、その関係はいじめる者といじめられる者ではなく、御主人様と奴隷という主従であり、行為はいじめではなく”調教”という名前に変わる。

奴隷が、こういった行為をされるのを承知している、むしろ自分から、痛みを求め、恥ずかしい思いをさせられ、貶められることを望んでいるところ、つまり御主人様に忠実に居たいと願う心があることが、いじめと違うところだ。

だが、やっぱり、やっていることだけを見てみると、いじめと大差がない。

こう考えたとき、調教といじめとの境界線は、奴隷が決めているということに気がつく。

奴隷の意思が、御主人様の蛮行を、いじめかそうでないかに振り分けているのだ。

御主人様の意思ではなく…。

また、別の例もある。

調教を実際にやるときのことだ。

御主人様は自分の思い通りに奴隷を扱っていると思っているかも知れないが、その実、奴隷の様子を見ながら調教を進めている場合が非常に多い。

奴隷の体調、奴隷の気分の乗り具合、奴隷からの有言無言の要求、等々、いろいろな要素を加味して、その日の調教やその度合いを決めているのではないか?と思う。

もちろん、どんな調教をしたいか?という部分で御主人様が主体的に考えることはあるが、その調教ができるかどうかの最終的な判断を下すためには、奴隷の様子という要素を抜きにはできないだろう。

奴隷の様子を完全に無視して自分がやりたいようにだけ調教をしているという御主人様はそういないと私は思う。

少なくとも、真面目に、そして奴隷のことをきちんと考えてSMに取り組んでいる御主人様の中には、いないと思っていいだろう。

つまり、ここでもやっぱり奴隷が主体的な役割を果たしていて、それに沿った形で御主人様が動いている。

ここがSMの面白いところかなぁと、最近思う。

SMというのは、主従関係を結んだ瞬間から、一見すると御主人様が主体になっているように見える。

もちろん、調教を積極的に行うのは御主人様だし、御主人様の意思で全てが決まっているように見える。

それは、御主人様だけではなく、奴隷もそう思っているのだ。

でも、上で書いたように考えると、実は全ての最終的な決定権は、奴隷にあるのではないか?と思えてくる。

奴隷の気持ちや意思やその時の態度が、調教かどうかを決めていたり、調教の内容を決めているように見えてしまう。

そして、それを、御主人様がしっかりと把握しているからこそ、調教などと言うものが成立するのだと思う。

冷静に考えてみれば、それは本当に紙一重のところなのだろう。

奴隷が御主人様を御主人様と思う限り、調教は、いじめにも犯罪にもならないし、まともな調教が成立するが、そう思わなくなった瞬間に、全てが逆転する。

そう、その全てを握っているのは、実は御主人様ではなく、奴隷なのだ。

だから、御主人様というのは、常に、奴隷が奴隷でいたいと思うようにしていなければいけない。

奴隷が奴隷という身分を望む限り、御主人様は御主人様でいられる。

でも、逆に言えば、奴隷が奴隷という立場を望まなくなれば、御主人様という立場もなくなる。

だから、調教が調教であるかどうか?、そしてその調教がどんなものになるのか、というのは、実は奴隷が決めているといえるのではないか?

SMの主導権は常に奴隷が握っているのではないか?

そう考えることができると思う。

なんて、御主人様を脅すようなことを書いてしまったが、こういう考え方もできるということは、御主人様は心得ていたほうが良いと思う。

今、奴隷を持たずに、冷静に考えられるようになって、やっと私は、このことに、気がついた。

また、ブログにメールをくださった方の中に、同じことを言われている方がいらっしゃって、深く考えておられる方は気がついているのだなと、思ったことだ。

これは、私が必死で奴隷を調教していたときには考えもしなかったことで、あの頃は自分が全てを支配した気になっていたように思う。

少し思い上がっていたと言えるかも知れない。

御主人様で居ることと、思い上がることとは、全く別のことなのだ。

それを分かっている御主人様がどれだけ居るだろうか?

そんなことを今の私は思う。

だから、あのときのことを考え、こうしてブログを書きながら、色々と思い返して整理していると、あの頃とはまた違った考えが浮かんでくるので、なにやら面白い。



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今回は、SMというよりも、一部の女が、コンプレックスに思っていることに触れる話をしてみようと思う。

コンプレックスといえば、私も男としては背が低いとか、色々とコンプレックスを持っているから、あまり触れたくない部分ではある。

それなのに、なんでこんな話を書くのか?というと、私の最初の奴隷であった、美佳が大きなコンプレックスを持っていたからだ。

でも、それに対する私の気持ちというのは、続き物の話の中でも語ったし、これからも語るつもりではあるのだが、それとは別にもっと詳しく書いておきたいことでもあったので、今回、特に取り上げてみることにした。

それは、女の胸のこと。

女の中には、巨乳にあこがれている人もいる。

自分の胸を小さいと思ってコンプレックスを感じている人も多いかも知れない。

それは、私の最初の奴隷であった美佳がそうだったし、また別のところでもそういう話を聞くこともあり、特に胸の小さい女は、巨乳というものへのあこがれがあるように思える。

そして、男も巨乳にあこがれるところがあるのは事実だ。

グラビアアイドルなんかがもてはやされるのはそういうところから来るのだろう。

だが、SMという視点、特に緊縛ということで考えると、巨乳かどうかはあまり関係ないと私は思う。

まあ、たまにすごいのがあって、乳房だけに縄をかけて吊り上げるとか、かなり無茶な調教を目にすることもあるが、

ああいうのはちょっと別格として、基本的には、乳房の大きさはあまり関係ない。

縛ったときに、乳房が大きいほうが迫力があるとか、そういうことを言う人も居るかもしれないが、私はそうはおもわなかった。

というのも、最初の奴隷の小さめの乳房でも、縛るのに特に問題はなく、しっかりと際立つように出来たし、そこを責めているような感じにすることは可能だったからだ。

やったことはないが、多分、乳房の無い男でもやろうと思えば、乳房があるように縛ることは可能だと思う。

だから、私にしてみると、奴隷の乳房の大小はあまり関係なかった。

もちろん、大きいほうが、引っ掛かりが良いので、縛るのが楽というのは認めるが、まあ、その程度の違いしかないと思うし、その違いは些細なものだ。

それよりも乳房の小さい女をうまく縛って、そこが強調されているように見せることはなかなか楽しいので、私が縛るとすれば、どちらかというと巨乳よりも面白いと感じる。

巨乳を求める女は多いのかも知れないが、ことSMに関して言えば、少なくとも私の経験上、巨乳である必要というのは、感じたことがない。


それから、SMとは関係ない話で言っても、女の胸の大きさは、関係ないと思う。

初めて女と付き合う以前の私は、やっぱりグラビアなんかを見て、胸に目が行くことが無かったとは言わない。

だから、巨乳であることというのは、その頃の私にとっては、アドバンテージではあったのかも知れない。

でも、女と付き合った後に、胸の大きさというのは、ほとんど気にしたことがない。というか、全く眼中になかったと言ってもいいと思う。

逆に、最初に付き合った美佳が、自分のコンプレックスとして、胸が小さいことを気にして「胸が小さくてごめんなさい」などと言ってくることに、腹が立ったくらいだ。

そんなもの気にしなくていいと私は思っていたから。

美佳という人間(奴隷)を体も心も含めてすべて好きだったから、余計に腹が立ったのかも知れない。

私が、美佳自体を好きだという気持ちが伝わっていないような気にさせられたからだと思う。

それに、美佳の胸のことを、私はむしろ可愛らしいとすら思っていた。巨乳よりも価値のあるものだとすら思っていた。

美佳が好きだったから、そう思えたのだと思う。

そして、その頃の名残なのか、今もそういう小さい胸を見ると可愛らしく、いとおしく思ってしまう。

もちろん、だから巨乳は嫌いだとか、そう言うことではなく、とにかく私は胸の大きさを気にしなくなったということだ。

女と話をすると、「私、胸小さいから…」とか言うのをたまに耳にするが、小さいことに関して、私はなんとも思わない。

そして、多くの常識的な男にとっては、胸の大きさとか、実は結構どうでもいいものだと言えると思う。

私のノーマルな友人たちを見ても、その彼女の胸が大きいから付き合ったとか、そういう話を聞いたことはないから。

みんな、胸ではなく、それ以外の部分も全部見て、それを好きだと思えるから付き合っているのだと思う。

私が、こんなことを書くと、SM好きでアブノーマルな男の意見など意味がないとか突っ込まれそうだが、そういう突っ込みを受けたとして、アブノーマルな男たち、つまり私の知り合いだった御主人様たちの好みを今思い出してみても、ノーマルな男たちと同じような傾向があったように思う。

御主人様仲間の彼らと、奴隷としての女、そして普通にしている時の女、どちらの話もたくさんしたが、そのなかで、胸の大きさで、その女(奴隷)の好き嫌いを決めるというような話は、ほとんど出てきた記憶がない。

一人だけ、胸の大きさではなく、形に異常なこだわりを見せる、胸フェチ?は見たことがあるが…。

むしろ、SM系の男は胸の大きさなんかよりも、女の品格というか、奴隷としての精神的な質を重視する傾向にあったように思う。

そのあたりは、女(奴隷)の側ももっと分かっていていいことだと思う。

SMの世界でも、奴隷が、女を磨くというのは、ただ単に何かで胸を大きくすることじゃなくて、内面を磨くことだ。

そして、それは多分、常識的でノーマルな男にとっても同じことだろうと思う。

胸の大きさで、付き合うかどうかを決める男はおそらくほとんどいない。

また、胸の大きさという基準でしか女を選べない程度の男なら、付き合わないほうがいいと思う。

だから、女は、雑誌のグラビアなんかにのっているような、巨乳崇拝的なものと、実際の胸の大きさというのは、完全に別にして考えて良いと思う。

男は馬鹿ではあるが、胸の大きさでしか女を見定められないほどに馬鹿ではないと思う。

そして、御主人様というのも、やっぱり馬鹿ではあるが、胸の大きさだけで奴隷を選ぶほど馬鹿ではないと、私は思う。

過去に色々なタイプの御主人様を見てきた経験から言わせてもらえば、それだけは断言していいと思う。

だから、胸が小さいことを嘆いている、女(や奴隷)は、そんなこと気にせずに、もっと別の意味で女(奴隷)を磨くほうが、男(御主人様)に対するアピールとしては、ずっと効果的だと私は思う。


とはいえ、これはやっぱり理屈なんだというのもわかる。

私が自分でそう思うからだ。

コンプレックスがあった私を、いくら奴隷たちが慕ってくれたと思っていても、だからそれで納得できたか?というとそうではなく、私のコンプレックスというのは、やっぱり消えていないから。

だから、コンプレックスと上手く付き合う方法というのは重要なんだろうなと思う。

SMをするにしても、普通の男女付き合いをするにしても…。

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理沙への調教というのは、当初、私にとってはかなり難しいものに感じた。

というのも、理沙の肉体は、すでに幸一がかなり開発を済ませてあるので、私がそれまで美佳に施していたような、大抵の責めには問題なく耐えたからだ。

それに、奴隷としての普段の作法もしっかりしており、今更私が言うことも無いという状況にあったといえる。

つまり、奴隷のほうが、御主人様よりも進んでしまっているということだ。

ただ、もちろん、理沙がそのことで私の調教に不満を言うことはなかったし、ましてや私を馬鹿にするような態度を取るようなことはなかったが、

それでも、私としては、理沙の調教にかなりの迷いを覚えたのは確かだ。

どうしようかとしばらく考え、試行錯誤の調教が続いた。

そうしている中でしばらくして出した結論としては、

理沙に美佳と同じ調教をすることをやめるということだった。

初めは二人を同等に扱うために、同じようにしようと思っていたが、それでは美佳にはきつすぎ、理沙には緩すぎるのだ。

だから、美佳は美佳、理沙は理沙と分けるようにした。

本来、奴隷というのはそれぞれに違うのだから、同じにしようと考えるのが間違いではあるのだが、そのときの私は、初めての多頭飼いに、気負っていたような気がする。

とにかく平等にしてやらなければと、考えすぎていたように思う。

多頭飼いを始めて、かなりしばらくしてから、その点を少し修正しようと思ったのだった。

本当はもっと早くに気がついてやるべきだったと思うが…。多頭飼い初心者の私には、望むべくもないことだった。


それで、理沙に関しては、体の開発ではなく、精神的な責めを重視するようにした。

例えば、理沙と会ってもわざと貞操帯をはずさずに放置し、口での性処理奉仕だけをさせて2週間以上もオナニーやセックスをさせないようなことをしてみた。

その上、そんな理沙の前で、美佳の性器を犯し、徹底的に性処理をさせるところを見せ付けた。

そのとき理沙は、貞操帯の間から愛液を垂れ流し、さらに涙も流して自分も性器を性処理に使って欲しいと懇願したが、それでも理沙の貞操帯は、はずさなかった。

そのとき、私は理沙に言った。

「こんな俺でも、(譲渡されてきて)良かったのか?」

と。

すると理沙は、

「もちろんです、vet様…」

「じゃあ、まだしばらく、貞操帯をはずさなくてもいいな?」

「そ、それは…」

「俺はそういうことをする主だ」

「はい。分かりました…。よろしくお願いします…」

そういって、やっぱり理沙は涙を流した。

結局、それがからまた2週間ほど、理沙の貞操帯はつけっぱなしにしておいた。

そして、ちょうど理沙の誕生日があったので、そのときにはずして、思う存分、性器を犯した。

ほぼ1ヶ月ぶりのセックスに、理沙は貞操帯を外しただけでイき、ペニスを入れると、私がそれほど動かなくても、ほとんどイき続けるような状況になっていた。

こんなに乱れた理沙を見たのは初めての経験だった。

このような、長期間じらす調教など、精神への責めを私は理沙に施すことが多くなっていた。

また、こういうことをしている間に、美佳の肉体の開発具合を、少しでも理沙に近づけようとしたかったという意図もあった。


とはいえ、初めから調教されていた奴隷というのは、何をすればいいのか、正直難しいものなのだと、このとき思った。

私は多分、SMに関しては、交友関係が広いほうではなかったから、調教済みの奴隷を譲り受ける機会というのは、理沙だけだったのだが、

普通に、奴隷の譲渡などをしている人たちもいることを思うと、譲渡するにはそれなりのテクニックというか、奴隷の扱い方が必要なのだろうなと私は思う。

そういう意味では、私には、その能力はあまり無かったかもしれない。

だから、ある程度調教された奴隷の譲渡を受けるというのは、難しいと感じたのだろう。

ただ、奴隷の譲渡が一概に嫌だったというわけでもない。

調教済みの奴隷というのは、面倒なことはなく、躾ける必要もないので、それはそれで楽だったし、すぐに更に上の調教を施すことができるので、そういう意味で興味深いとも思えた。

だから、奴隷の譲渡ということに関しては、私は複雑な心境を持っている。

私にとって良かったのか悪かったのか、また奴隷にとっても良かったのか悪かったのか、いまだに分からないところだ。


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理沙と美佳の調教方針を変えてからの美佳の方の調教は、肉体の開発と並行して、とにかく屈辱を与え、貶めるようなものが多くなっていた。

例えば、挨拶などにしても、フェラチオや自分からの挿入などにしても、要領のいい理沙のほうがうまい。

だから、美佳に、

「付き合いが長いのに、何でお前のほうが下手なんだ?」

と言うような感じで責めることにした。

犬食いしている二匹のうち、理沙だけを普通に食べさせて、美佳のみを犬食いにさせたり、そんな美佳の頭を理沙に踏ませたりもした。

そうすると真面目な美佳は、本気でフェラチオや挿入を延々練習したり、パイズリが出来るほど胸がある理沙と比較して、急激に落ち込んだりし始める。

美佳は本当に真面目な女だったから、あまりやりすぎるといけないので、適当に止めていたのだが、一度、豊胸手術までしようとしていたことがあったので驚いた。

だから、あまり追い詰め過ぎるのも良くないのだが、追い詰められているときの美佳は私にとっては本当に美しく見えた。

そういう面でもやはり私はSなのだろうと思う。そして、そんな私のS性を美佳は見事に満たしてくれていた。

なんというか、生まれ持ってのMと言えばいいのか?

Sである私を満足させる、もしくはさらに快感を与えることを無意識に行えるのが美佳の特筆すべき資質だと私は思った。

もちろん、そんな風に高く美佳を評価していたことを伝えたことはないのだが、美佳のM性というのは、私のS性に見事に合致していたように思う。

また、美佳は、縛り映えのする女だった。

あまり贅肉がないので、肉感的な美しさは無かったが、縛られたときの縄に酔ったような切なげで儚げな表情が私には絶品だった。

そんな、縛られ身動きの取れなくなった美佳にフェラチオをさせて口や顔に射精するのが最高に気持ちが良かった。

だから、私は美佳を縛るのが好きだった。

縛られた美佳の美しさは理沙も認めていたくらいだったから、女から見てもその姿や振る舞いは綺麗だったのだろう。

縛られただけで、御主人様を満足させられる奴隷というのも珍しいと思うが、私にとっては、この時の美佳がまさにそれだったと思う。

普通のSMにおいては、縛るという行為は、その次の調教への課程に過ぎない場合が多い。

例えば、縛って性処理をさせるとか、縛ってムチを振るうとか、縛って蝋燭を垂らすとか、縛って浣腸をするとか…。色々とあるが、その基本として、縛りがあることが多いように思う。

もちろん、縄師なんて人がいるくらいだから、縛り自体が調教のメインになることもあるのはわかるが、

そういう、誰かに見せるためのSMでは無く、個人で楽しむためのSMにおいては、縛るということは、奴隷の動きを封じるという実質的な役割として存在することが多いと思う。

つまり緊縛は調教のメインではない場合が多いということだ。

少なくとも私は、奴隷を調教するうちに、緊縛をそのように考えるようになっていったのだが、その考え方を美佳は曲げさせたと言っても良いと思う。

特別に綺麗に縛ったわけでもないのに、適度に緊縛されるだけで私を快感へと導ける奴隷。

それが、美佳だった。

まあ、これは美佳との長い付き合いがあったから、初めての奴隷だったから、特別にこういうふうに思ったのかも知れないが、とりあえず、私にとって美佳を縛ること自体が快感だったのは確かだ。

そして、私がそのように思っていることを、理沙は気がついていたように思う。

だから、理沙も美佳を真似るような仕草を見せるようになった。

理沙も美佳に刺激されて、縛られるときの態度を考えるようになった。

こういう風に、奴隷同士での切磋琢磨が起こり、多頭飼いならではの醍醐味のようなものも感じられた。

理沙との比較で、美佳を貶め、屈辱を与えることで美佳のM性を発揮させ、それに私が反応するところを見た理沙が、また発奮し、器用に私を快感に導く。

それをまた美佳に認識させることで、美佳は貶められ、屈辱を感じ、M性を発揮する。そしてそれを見た理沙が…。

というような、循環というか、奴隷同士の駆け引きのようなものが、自然に生まれていたように思う。

もちろん多頭飼いは初めての経験だったから、難しいことのほうが多かったが、こういう奴隷同士のせめぎ合いのようなものを見られたのは、面白かったし、そのことが私の快感にもかなり繋がっていったのだった。

御主人様の中でも、多頭飼いをしている人というのは、なかなか少ないのかもしれないが、貴重な体験をさせてもらった気がする。

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多頭飼いをしていて、思ったことが奴隷同士での対抗意識があるということ。

前回の第82話でも少し書いたが、奴隷が二匹居ると、どうしてもお互いを比べあってしまうように見えた。

幸いなことに、美佳と理沙は仲が良かったのだが、それでも私に気に入られようと、お互いに対抗意識を持っていた様子は見て取れた。

その一つが、体型。

前回は美佳のことを書いたので、今回は理沙のことを書こうと思う。

美佳はもともとかなり痩せていて、女としては肉付きが悪く、良く言えばスレンダーなのだが、

胸や尻なども脂肪が薄いので、どちらかというと貧相なのだと、美佳自身は思っていたようだった。

ただ、奴隷にする前からそれを見続けていた私は、美佳のその体型をかなり褒めるようにしていたし、実際、そういう美佳が好きでもあったから、

奴隷になってからも美佳の体型に関して私の思いは変わらなかった。

そこへ理沙が来た。

理沙は、もともとイベントコンパニオンなどやっていたので、スタイルは良かった。

しかも、胸も尻もそれなりにあるので、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいて、美佳に比べれば女らしい体型だったといえるだろう。

ただ、理沙が私のところに来たときには、すでにコンパニオンとしては一線を退いていて、

イベント企画会社でコンパニオンのまとめ役というか、指導係というか、詳細は私も良く知らないが、そういうような仕事をしていた。

だから、コンパニオンの派手な衣装を着ることはなく、常にスーツだったし、仕事として、体型を維持する必要はないようだった。

ただ、そうなると、やはり太ってくるらしい。

理沙はそれをとても気にしていた。

やはり、人に見られるということは、それだけで筋肉を引き締め、理想的な体型を保つような効果があるようだった。

その機会がなくなっていた理沙は、コンパニオン時代よりもかなり太ってしまったようだった。

また、理沙の前の御主人様である、幸一はもともと少しぽっちゃりした女が好きだったので、

理沙がコンパニオンを辞めて少し太ったことについては特に何も言わなかったというか、むしろ歓迎していたようで、そういう意味でも太ったのだと理沙は言っていた。

とはいっても、私から見ると、スーツを着た理沙は、普通にカッコイイ、スレンダーなOLに見えたのだが…。


そこへきて、理沙は私に譲渡され、いやがうえにも美佳と比較されることになった。

そのとき、すでに私のスレンダー好きは理沙も知っていて、美佳の体型を見てかなり焦ったらしく、私の奴隷になってから、ダイエットのためのジム通いを始めたのだった。

そして、コンパニオン時代に着ていた衣装を着られるようにすると、がんばっていた。

私は、理沙が太っているとは思わなかったから、特にそういうことをしろとは言わなかったのだが、

理沙が自主的に始めたことなら、止める理由もなかったので、最初はそのままにしておいた。

そしてしばらくしたら、理沙は本当に、コンパニオン時代の服が着られるようになるまでにダイエットしたのだった。

その対抗意識は、正直すごいと思った。

だが、同時に、この時点で、危ないなと私は感じた。

無理なダイエットをして体を壊すんじゃないかと思えるほどの一途な執念を、そのときの理沙から感じたのだった。

やっぱり、後から奴隷になったことで、美佳に負けているという気持ちが強かったのだろう。焦りも見えていた。

それが強すぎて、理沙の体に悪影響が出るのは、良くないと思った。

それに、そのときの理沙の体型も私は特に嫌いではなかったし、美佳と同じ体型の奴隷がもう一人出来てしまってもバリエーションがなくなるので、

それ以上、痩せないようにと止めることにした。

だが、理沙はそれでも少し不安そうな顔をして、

「御主人様は、痩せた奴隷がお好きなのではないのですか?」

と、言った。

それに対して、私の思いや心配などは、上記のように色々とあったのだが、もちろんそんなことは言わず、そのときの私は、

「俺は、言うことを聞かない奴隷が一番嫌いだ」

といい、

「お前は俺の物じゃないのか? 俺の言う体型でいられないってことはそういうことだな?」

と、言ったら、理沙は、

「申し訳ございません。これ以上は痩せずに、今のままで維持させていただきます…」

ということで、急激なダイエットをなんとか止めさせたのだった。

体型のことではなかったが、似たようなことが美佳にもあったし、盲目的に御主人様に気に入られようとしている奴隷の対抗意識というのは、きちんと制御しないといけないと、このとき思った。

このあたりが多頭飼いの難しいところだろうと思う。

やはり、奴隷の健康管理というのは、御主人様の責任でもある。

御主人様になる場合、それはしっかりと肝に銘じなければいけないことだと思う。

特に調教が進み、奴隷が御主人様に心酔してしまうほどになってきた場合には、周りが見えなくなることがある。

そして、肉体面、健康面に関して、常識的に考えれば絶対にやらないであろうことを普通に実行しようとすることがあるので、それは本当に気をつけたほうがいいと思った。


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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
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 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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