理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

 ▼スマホの場合▼
スマホ版へのボタン

 ▼携帯の場合▼
携帯版へのボタン
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
以前、私が御主人様だった頃、よく掲示板に書き込みをしていたSM系サイトのオフ会に、私は結構参加していた。

オフ会といっても、そこでSMをするとか、スワッピングをするとかそう言うことではなく、いつも掲示板で話をしているので、たまには会って話しましょうという趣旨の、至って健全?な集まりだった。

私は、他の人とのプレイということに関しては、結構な抵抗があり、前に理沙のスワッピングの話は書いたが、ああいうことに行くのは本当に稀で、

オフ会は、普段掲示板で話をしている人と会ってみたいということで、話をするためだけに行く事のほうが圧倒的に多かった。

もちろん、合同プレイの誘いというのは、それなりに来るのだが、私は大半は断っていた。

美佳が他の人とのプレイを好まないのは知っていたから、美佳をそういうところに連れていったことは本当に一度もなかったし、理沙にしても、そんなに連れていきたいとは思わなかった。

要するに私は独占欲が強かったので、自分の奴隷の裸をあまり他の男の前に晒すようなことはしたくなかったということだ。

少し話がそれた。

それで、その、どこかの食べ物屋に集まって話をするだけというSM系サイトのオフ会の場合には、私は結構積極的に参加していたので、掲示板に来る人の知り合いは徐々に増えていった。

常に参加している常連さんとはかなり仲良くなったのだが、オフ会に1度か2度くらいしか来なかった人とかも結構いたので、そういう人とは知り合いどまりで、その時に話をして終わりということも多かった。

そんな中に、たまたま奴隷を失ったばかりの人がいた。

その人は、奴隷に一方的に別れを告げられたとのことでかなりのショックを受けており、その話というか、その人の愚痴にも近い事情説明とそれに対する皆の意見が、その日のオフ会のメインの話題になっていた。

私も、私の立場で、その話に参加したのだが、その時に思ったことと、その後、私も奴隷を失ってみてから考えたことを含め、今回は、”御主人様の資質”ということについて、書いてみようと思う。

究極的には、御主人様に本当に必要なものは何なのか?というのを私なりに考えてみた。


まず、私が奴隷を持つ前の感覚というか、一般的に思われているであろう理想的な御主人様像というのを考えてみる。

やはり、S性が強く、気が強く(精神的に強く)、包容力があり、性欲が強く、性的な能力が人よりもあり、そして様々なSMやセックスのテクニックに精通している、というのが、挙げられるのではないかと思う。

それが、理想的な御主人様なのではないか?と思われるのでは無いだろうか。

少なくとも、私が御主人様になる前には、そういうものを備えていなければならないのではないかと思っていたところがある。

そして、そのオフ会でも、奴隷にフラれたその人は、自分にそういう部分が欠けていたから、特に性的な能力が強くないから奴隷に愛想をつかされたのだと主張していた。

性的な能力が強くないというのを具体的に書けば、ペニスがそれほど大きくないとか、勃起の持続時間が短いとか、連続して勃起することが出来ないとか、そういうことだ。

それについて、その時に出ていたほかの人達の意見というのももちろんあり、性的能力ばかりが御主人様の資質ではないという風に言う人も何人も居たのだが、

いくらそういう意見を言っても、その人はそれを聞き入れず、とにかく自分の性的能力の無さにうなだれていくばかりだった。

それはそれで、なんだか見ていてかなり悲哀を誘うものだった。

そんな出来事を、私は思い出しつつ、このエントリーを書いている。

そして、いま、奴隷のいない冷静な目で見て、御主人様に最も必要な資質とはなんだろう?と考える。

私が奴隷と別れたときの話はまだブログに書いていないが、その時のことを思い返してみると、少なくとも私の場合には、性的な能力が足りなかったからだとは思えない。

これは、私の性的な能力が強いと言っているのではない。

私は性欲は強いほうだが、ペニスが特別大きいとか、絶倫だとか、そういうことは断じてない。

おそらくだが、ペニスの大きさも普通くらいだと思うし、勃起の持続時間にしてもそれほど長いわけではなく、連続して勃起し、射精しまくれるほどの精力があるわけでもない。

本当に、ごく一般的な日本人男性の性的能力しか持ち合わせていないと思う。もしかしたら、平均以下かも知れないなんて思うことすらある。

逆に、もしも、御主人様やSの人に、性的能力が強い人が多いというのであれば、私はその中では性的能力的には低レベルだと言ってもいいかも知れない。

こんなふうに正直に書くと、ちょっと恥ずかしいが、私は、私のことを、その程度のものだと自覚している。

だから、私は性的能力の強さで奴隷を持てていたわけではないと思えるのだ。

また、先ほど上で挙げた、理想の御主人様像の他の条件を私に当てはめて考えてみるとすると、まず、私はS性に関しては強かったと思う。それは間違いない。

次に、気の強さ(精神的な強さ)だが、私は気が強い方ではないと思う。かと言って気が弱いわけでもないだろう。だから、これに関しては普通程度と思う。

次に包容力だが、これに関してもそれほど自信があったわけではない。普通の男として持っている範囲におさまる程度のものだっただろうと思う。

次に、性欲に関しては結構強かったと言えるのではないかと思う。とにかくセックスやSMがしたいという風によく思っていたし、忙しさなどで、それが出来ない日々が続くと、奴隷が居たにもかかわらず、自慰もしたくらいだから、これは間違いない。

そして、セックスやSMのテクニックがあったか?ということだが、これに関してはそれほどあったようには思えない。

SMは、やっていくうちにかなり慣れてうまくなっていったとは思うが、はじめからうまかったわけではないし、うまくなったと言っても私よりもうまい人はたくさんいて、上記のオフ会などで会う人と話をしても、私が教えるよりも教えてもらうことのほうがずっと多かったように思う。

こんな感じで並べてみると、私は決して、御主人様の理想像に近い存在だったわけではないと言える。

それでは、なにが奴隷たちを私の奴隷としてとどめていたのか?と考えると、それは、私が常に意識していたことがよかったのかな?と今になって思う。

私が奴隷を持ってから常に意識していたこと。

それは、とにかく奴隷をよく観察し、的確にその状況を把握すること。そしてその情報を元に、きちんと考える事。

奴隷の心が今どんな気持ちなのか、何を望んでいるのか、そして、今望んでいるものを与えるべき時なのか?否か?

また、奴隷の肉体が今どんな状態なのか?調教や性処理をして良いのか?否か?

他にも色々あるが、そういった、奴隷の諸々の現状をしっかりと把握し見極めること。

それが、必要なことなのではないか?と私は思える。

そして、これだけは、私は常にやっていたなと、思えることだ。

私の場合には、奴隷のことを気にかけているということを奴隷に悟られるのが嫌だったから、奴隷に直接気持ちを聞いたり、体を労る言葉をかけたりということはほとんどしなかったが、それでも、奴隷をしっかり見て、普通に話などをしていれば、ある程度は状況はわかるし、そこからきちんと考えるようにもしていた。

そうすることで、奴隷に最適な調教を最適なタイミングで施すことが出来、奴隷の心を満たしてやることが可能になっていたのではないかと私は思う。

そして、こういうことをするために、私が最も重要だと思えるのは、奴隷に愛情を注ぐということ。

しっかりとした愛情を持つことで、奴隷に対する関心が薄れることはなく、常に奴隷のことを見ようとし、きちんと考えてやろうとする姿勢が生まれるのだろうと思う。

その姿勢こそが、奴隷が私の奴隷であることで心を満たされる感覚を得ることに繋がっていったのではないか?と。

だから、性的能力が強いわけでもなく、テクニックがあったわけでもなく、気が強かったわけでも、包容力が特にあったわけでもない私にあったのは、これだけだったのかも知れないなぁと、今になると思う。

奴隷に対する愛情。

これが御主人様になるための最低限の資質ではないだろうか。

なんだかありきたりな結論なのかも知れないと苦笑するし、愛だとかそういう事を書くのはちょっと照れくさい。

また、奴隷を物として考える場合、愛情を注ぐということに異論もあるように思える。

だが、私はやっぱり愛情というのは必要だと思うし、これに関しては、奴隷たちに、ちゃんと注いでいてやれたのではないかな?と、自惚れかも知れないが思える。

SMというと派手なプレイや性的な強さに目が行きがちで、そちらの能力が必要と思われがちだが、精神的な部分での奴隷との繋がりというのは、見落とすことの出来ない重要なファクターだと私は思う。

一般的に思われているであろう理想の御主人様像から、結構離れてしまっている私のような人間でも、なんとか御主人様を続けることができたのは、こういう精神面を大事にしたからだったのではないかと思う。

私ももちろん、最初からそれが出来ていたわけではないが、最終的にはちゃんとこのことに気がついていたように思う。

やはり、主従関係であっても、プレイだけではなく、愛情や精神的な繋がりは必要であり、愛情を持って接すれば、それに奴隷は精一杯応えてくれるものだと私は思う。

テーマ:調教、アナル、肉奴隷、肉便器、公衆便所、SM - ジャンル:アダルト

今回は、私のパンストフェチについて書こうと思う。

自分のフェチについて、話をするというのは、なんとも照れくさいというか、恥ずかしいというか、そういう気持ちを抑えることは出来ないのだが、

このブログに関しては、私は自分の気持ちも性癖も過去の出来事も、素直にありのままに書こうと思っているので、書くことにした。

と言いつつ、かなり前に一度書いているのだが…。

今回、もう一度、書くことになったきっかけというのは、「私もパンストフェチですので、奴隷にどうやってやらせていたか、大いに語って欲しいです!」なんて、ご要望を受けたり、メールを定期的にやり取りしている方のお一人とパンストフェチについて色々と語り合ってしまったり、先日、コメント欄でも私のパンストフェチについて教えて欲しいという、ご質問を頂いたことなどがあったから。

そして、私自身も、ブログの中で、たまにパンストフェチだと書いているのに、そのことについてあまり深く触れないでいるのは、潔くないかな?と思ったというのもある。

とりあえず、そんな事情で今回、かなり思い切って前回よりも詳しく書こうと思った。


まず、私が奴隷に求めたファッションの話から入ろうと思うが、私は、奴隷に「こういう服を着ろ」とか「こういう髪型をしろ」とか「こういうメイクをしろ」とか、そんな指示を直接出した覚えはない。

せいぜい調教の中で、「下着は付けるな」と言ったくらいだ。

私が、ファッション、特に女のファッションに疎いということもあるのだが、服や髪型やメイクに関しては特に指定することもないと考えていたからだ。

だから、奴隷のファッションに関しては、自由にさせていた。

だが、私にも奴隷が着ているものとか、している髪型やメイクの好みというのは存在した。

それは、服は、上はブラウスで、下は膝が少し出るくらいの長さのスカート。そして、その中にパンストを履くというものだった。

ガーターやニーソックスも嫌いでは無いというか、むしろ好きな方ではあるのだが、やはりスカートをめくったときに、ちゃんと尻や性器までもを覆っているパンストが一番好きだった。

髪型は名前がよくわからないのだが、とりあえずパーマとかをかけていないストレートな黒髪が好きで、メイクもあまり派手じゃない、すっぴんに近いナチュラルなほうが好みだった。

そして、奴隷がたまたまそういう格好をしているとき、私はそれを見て「今日は俺好みだ」と、言っていた。

そして、そう言われると奴隷は、次第にそういう格好をするようになっていき、それを見て私がまた「好みだ」というので、最終的には奴隷はそういう格好ばかりするようになっていった。

直接の服装や髪型、メイクの指示はしなかったし、自由にさせてはいたものの、私好みの奴隷になりたいという奴隷の心理からすれば、私が奴隷のファッションについて、「好みだ」と言ったことは、間接的に指示していたことになるように思える。

とにかく、こんな感じで、私の奴隷は、私に会うとき、上はブラウス、下はスカートで中にパンストを履くという形が定番化していった。髪もあまり染めたりしなくなり、メイクも控えめになっていった。

ちょうど、銀行員などの制服や、女子アナ、飛行機のキャビンアテンダント、リクルートスーツの女子学生のような感じだ。

ちなみに、私は奴隷がズボン(パンツルック)を履くというのが、嫌いだった。

というのもズボンというのは、すぐに性器を晒すことが出来ないという意味で、奴隷にはふさわしくないものだと思っていたし、

スボン姿の奴隷を見ると、私の性欲は明らかに落ちていたから、生理的に好みじゃなかったのだろうと思う。

だから、奴隷がズボンを履いていたときには、調教も性処理もしないとか、そういう事がよくあった。

奴隷もそのうち、私のそんな気持ちに気がついたらしく、私の前でズボンを履くことはほとんどなくなっていった。

少し脱線した。話を戻す。

上で書いたように、私の奴隷は、ブラウスに、膝が少し出るくらいの長さのスカート、そしてパンスト姿という格好がかなり多かったので、その格好だけで、私のフェチな部分を刺激してくれていた。

私としては、そんな姿を見るだけでもかなり嬉しく、性欲を刺激されていたのだった。


そして、次にスカートの中。

パンストの話になるが、私はごく普通の無地のパンストが好みだった。色もベージュとか、ブラウンとか、黒とか、そういう一般的によく履かれているものを好んでいた。

全面に柄が入ったパンストとか、パンティ付きのパンストとか、派手な色のカラータイツなんかもあるが、同じパンストでも、そういうのは、私の好みではなかった。

柄が入っていても、せいぜい、ワンポイントくらいが限度だと思っている。

だから、奴隷が、たまにバリエーションを付けて、上で書いたような変わったパンストを履いてくると、「それは、あまり好みじゃない」と言ったり、調教のノリが悪くなっていたような気がする。

そういう私の態度も徐々に奴隷に伝わっていったので、最終的には、やっぱり私の好みのシンプルなパンストを奴隷はいつも履くようになっていった。

今思うと、結局は、自分のフェチに奴隷を付き合わせていたわけだが、私は自分のフェチを最初からはっきりと言うのが気恥ずかしい感じがしたのであまり言わず、奴隷が察して、自分から履くように仕向けるという、なんともまわりくどい方法をとっていた。

自分がパンストフェチだと最初から奴隷にあまり言わなかった(言えなかった)のは、御主人様としての私の妙なプライドのようなものがあったからだが、それでも、自分の好みは奴隷にわからせたいという、我侭な心理が私にはあったのだった。

最終的には、奴隷に伝わっているので、私がパンストフェチだというのは、奴隷は嫌というほど分かっていたし、私も最後はパンストフェチであることを認めてはいたのだが、それでも、直接的に指示していないということで、プライドが保たれたと思っていた私だ。

今思うと、何をやっていたのかと、笑ってしまうのだが、その時は自分のフェチを隠しつつ、やっぱり奴隷には思い通りの格好をさせたいという欲求を見事に達成したと喜んでいたのだった。

かなり滑稽な話だ。

そんなパンストフェチの私がやった、パンスト関係の調教だが、一番多かったのは、奴隷にパンツを履かせず、パンストのみを直履きさせて、しばらくそのまま出かけたり、家事をさせたり、自慰をさせたりして、パンストの中に愛液をたっぷりと出させるというのもの。

奴隷が、パンストを愛液で汚すという惨めな姿に蔑みの言葉を浴びせたり、またそうなったパンストの上から性器を愛撫するのが楽しかった。

また、パンストを破くという調教もよくやった。

これは、AVなんかでも頻繁に見かけるが、私もそれが好きで、よく破いたものだった。

でも、ここにもパンストフェチなりのこだわりがあって、私はパンストを全面にわたってビリビリと破ることは少なく、性器周辺だけを破り、そこから奴隷の性器をいじったり、私の性器を入れて性処理をしたりというのが多かった。

奴隷の足は、パンストにきっちり包まれている方がいいという思いがあったので、そういうことが多かったのだと思う。

また、たまに全面的に破るときも、大きな穴をガバガバあけるのではなく、伝線したような感じに破いて、その伝線部分から脚の肌が少しづつモコモコと露出するようにするのが好きだった。

こんな調教をよくしたから、パンストはすぐに使い物にならなくなり、奴隷はいつもバッグの中に、予備のパンストを何枚か持っているのが普通になっていった。

また、調教とは言えないかも知れないが、私は奴隷がパンストを履いているときの感触が好きだったので、テレビを見ながら、パンストを履かせた奴隷の尻や性器の部分をずっと触っていたり、パンストを履かせて正座させ、その膝枕で寝たり、そういうこともやっていた。

とりあえず、パンストフェチの私としては、奴隷にこんな事をしていたのだった。

他にも、色々とやったが、それは他の話の中でまた書くことにするので、そのうちまたパンストの話は出てくるだろうと思う。

パンストフェチについて、ある人とメールで詳しい話をしていたときに出た話題なのだが、そんなにパンストが好きならば、私自身もパンストを履いたことがあるんじゃないか?と聞かれた。

だが、それはない。

私のパンストフェチはあくまでも、奴隷に履かせて楽しむものであって、自分で履きたいとは全く思わないのだ。というよりも、自分で履くなんてことは逆に嫌悪感を抱くくらい不快なことだと思っている。

フェチと言っても、パンストならなんでもいいわけではなく、フェチだからこそ、そういう部分にこだわりがあるのだ。

まあ、こだわりがあるだけに、それに付き合わされた私の奴隷たちは、厄介なものだと思って呆れていたのではないかと、今にしてみると思うのだが…。

ちなみに、私の知っている御主人様のなかにも色々なフェチの人が居た。

脇フェチ、首筋フェチ、鎖骨フェチ、胸フェチ、脚フェチなんていうのはまあ、まだ普通かもしれないが、スカトロ系の人では、奴隷の肛門の臭いフェチとか、尿フェチなんて人もいたし、O脚フェチという私にはよくわからないフェチの人とも話をしたことがある。

服装にしても、短パンフェチとか、ブルマフェチとか、スクール水着フェチとか、そういう学園コスプレっぽいものを望む御主人様にも会ったことがある。

私とは真逆で、奴隷はスボンを履いていないと駄目だと言っていた人もいたので、人のフェチというのは、色々なんだなと思った。

Sや御主人様というのは、ただでさえ、世間一般からみると変態だと思われる立場ではあるのだが、それに輪をかけてそういうこだわりがあったりするから、手に負えない。もとい、面白い。


それにしても、今回、私のパンストフェチのことをここまで書いてしまって、良かったのだろうか…。

まあ、今の私もパンストフェチな部分は変わらないから、街中で上で書いたようなファッション(黒髪のストレートに、薄化粧、上はブラウスに、下は膝が出るくらいまでのスカート、そしてパンスト)をしている女を見ると、つい目が行ってしまう。

だから、このブログにおいては、隠すことではないのだろう。

でも、なんだか、あとから、これを書いた恥ずかしさに後悔しそうな気もするが、とりあえず、私はこんなフェチの持ち主だ。

もう、笑われても良いと思って書いているので、笑って流してもらえれば、幸いだ。

テーマ:   パンストふぇち  - ジャンル:アダルト


私は奴隷を多頭飼いしていた時期があった。

奴隷といえば、皆同じような感覚で、調教を受け、恥辱や苦痛に身を震わせ、御主人様に従い、人間以下の存在として扱われている。

ある意味、”従順なもの”、”御主人様に従っているだけのもの”として簡単にまとめて性格や性癖なども同じように認識されているかも知れないが、奴隷を複数飼ってみると、明らかな違いがあることに気がつく。

同じように奴隷に堕ちてはいても、その中でも性格も違うし、私の調教への反応も違う。
ちょっと考えて見れば、元々の性格が違う以上、奴隷に堕ちてもそれが抜けるわけではないから、違って当たり前のことなのではあるが、

奴隷ということで、ひとまとめにして、同じようなイメージで捉えている人も多いのではないかと思う。

かくいう私も、そうだった。

だから、複数の奴隷を飼育してみて、やっとわかったことでもあるのだ。

ブログに出てきている、美佳と理沙。この二匹を比べただけでもかなり違いがある。

細かいところまで比べると本当に違いがありすぎるので書かないが、大雑把に比較すると、

美佳はどちらかと言えば奥手でおとなしく生真面目な性格の奴隷だった。

理沙は積極性があり、普段は明るく、そしてあまり物事に深く入れ込まない、サバサバとした性格だったと言えると思う。

そして、今回はそんな理沙の話をしたい。

もともと、理沙はあまり悩み事を深く持ちすぎるタイプではなかったのだが、それでも、何も考えていないわけではないし、一人の女として、また、一匹の奴隷としての悩み事というのももちろん持っていた。

理沙の性格上、私にそれを直接言ってきたり、相談したいと申し出たりすることは殆ど無かったのだが、調教や、会話をしているときの言葉の端々にそういうことがひょこっと出てくるということはあった。

特に自分の体についてのことが多かった。

イベントコンパニオンをしていたという、世間的に言えば、高評価される可能性の高いプロポーションの理沙でさえも、やはり自分の体で悩みに思うことはあったのだった。

例えば、性処理の時、私が途中で小休止を入れたら、

「私のアソコ、御主人様のお気に召さなかったでしょうか?」

なんて言って、眉を寄せることもあった。

自分の体が、御主人様である私に合っているのかどうか?使われるのに適したものになっているのかどうか?ということをかなり気にしていた。

これも、理沙が譲渡されてきた初期のころの大きな悩みの一つだったようだ。

美佳のあとから譲渡されて私に飼われることになったから、余計にそういう思いが強かったのかも知れない。

それは、捨てられたくないと思う、奴隷としては、当然の気持ちだったのかも知れない。

そして、それを私に確認したいという欲求がいつもあったように思える。

だが、私は、そういう質問に対して、素直に答えるということは、殆ど無かった。

この時もそう、

「おまえは、自分のマンコが俺にとって気持よくないものだと自覚してるのか?」

なんて、いじわるなことを言い返す。

すると、理沙は、

「そうではないと思いたいのですが、御主人様が、性処理を止めてしまわれたのは、私のせいではないかと思ってしまって…。やっぱり、私のアソコはダメなのでしょうか?」

と、少し泣きそうな顔でそう言うのだった。

「さあ、どうだろうな」

「教えていただけないのでしょうか?」

理沙は懇願する。だが、私は、

「自分で考えろ」

そう言って、また性処理を再開した。

こんなことがあったりした。

だから余計に、理沙は自分の体に対する自信を持てなかったのかも知れない。

ただ、私はいたずらに理沙の不安を煽りたくて、こういう風に言っていたわけではない。

私に使われているということは、少なくとも私が使いたいと思っている体だということに自分で気がついて欲しかったからだ。

もっと言えば、私が奴隷として捨てること無く飼っているということは、少なくとも私が飼いたいと思う奴隷であるという証なのだということを、やっぱり自分で気がついて欲しかったからだ。

自分で気がつくことと、誰かから言われることとでは、その認識の重みは全く違う。

自分で気がつけば、すんなりとそれを納得することができる。

だが、たとえ御主人様であっても、他人に言われたことであれば、納得するにも時間がかかるし、

もしかしたら、お世辞で言ってくれたのではないか?とか、安心させるために嘘を付いているのではないか?とか、そういった疑念が残る場合もある。

だから、私は、奴隷を褒めるということはあまりしなかった。特に理沙の場合には性格を考えて褒めることは意図的に少なくしていた。

とにかく、自分で気がつくまで、そのままにしておくことが多かった。

そして、自分で気がついて、納得した上で、私に話しかけてきたときにのみ、それを認めてやっていたということが、よくあった。

そんな調教や会話を繰り返して、譲渡から一年以上も経った頃。

理沙が私に言った言葉がある。

それは、今でもすごく印象に残っている。

こんな言葉だった。

「私は、私の乳房も、乳首も、性器も、お尻も好きになってきました。自分の体を本当に好きになることができました。ありがとうございます」

と。

これは、調教前のご挨拶のときに唐突に理沙が言い出したことだった。

私は一瞬面食らったが、理沙が私の意図をやっと理解したのだと、気が付き、すごく嬉しくなった言葉だった。

でも、ひねくれ者で、嬉しいなどとは、口に出せない私は、

「なんで、そう思った?」

と口調を変えずに問うていた。

「この間のご調教で、御主人様が、すごく自然に私を使ってくださっているって感じられたんです。だから…。私の体、私でいいんだって思えたんです」

「そうか」

私の内心では本当に良かったと思って喜んでいたのだが、それはやっぱり口には出せなかった。

「そう思っていいんですよね?」

「お前はそう思ったんだろ?なら、それでいい」

そして、私は、少し口元を緩めた。それを見て、理沙は本当に嬉しそうな顔をした。

その笑顔を見たとき、私は本当に幸せだと思った。

また、きっと理沙も幸せだと思ってくれたのだろうと思う。

「これからももっと自然に使っていただけるように努力します。よろしくおねがいします」

といって、理沙は頭を下げて床に額をこすりつけた。

その時の理沙を私は本当に愛おしいと思った。

私の意図に沿って、自分が自分であることをちゃんと認めることができた理沙が愛おしくて仕方がなかった。

そして、私もそんなふうに調教できたことにとても満足していた。

もちろん、ここで終わったわけではなく、この先も理沙は悩んだり、納得したりを続けることになる。

だが、一つここで階段を上がったのは確かだった。それを祝福してやりたい気持ちになっていたのだが、私はやっぱり私だった。

これ以上のことは言わず、

「努力しろ」

とだけ告げたのだった。

それでも、この時の私と理沙は心が通じていたと今でも思える貴重な瞬間だった。

こういうことがあるから、主従関係やSM、そして調教というのは楽しいのだと思うし、それが醍醐味でもあると思う。

私も、心が本当に充実した時だったから。

そういう意味で、今でもこの時の理沙には感謝しているし、理沙を奴隷に持てたことを光栄に思っている。


ちなみに、今回は理沙のことで書いたのだが、美佳に関してこういうことがなかったか?というとそういうわけではない。

だが、冒頭で書いたように、理沙と美佳とでは、性格が全く違うので、理沙と同じような感じで納得するということではないのが美佳だった。

そういう美佳の話はまたそのうちに書こうと思う。

テーマ:支配と服従 - ジャンル:アダルト

このブログでは、ブログの性質上、調教の話がかなり多く、私はSMばかりしていたかのように思われるかもしれないが、私は、奴隷と一緒に普通に出歩くこともあった。

というか、そういうこともよくやっていた。

買い物などはもちろん、食事にも行ったし、スポーツ観戦や映画鑑賞などもしたし、なにかのイベントなんかに出かけたことも結構あった。

また、私は魚が好きなので、水族館に一緒に行ったことはかなり多かった。

定番デートスポットと呼ばれるようなところにも、それなりに行ったと思う。

調教以外の普通のデートのようなこともちゃんとやっていたのだった。

なので、奴隷とは、調教一辺倒の付き合いだったというわけではない。

また、前にも書いたが、私の調教は基本的にインドアなので、出かけるときに膣やアナルにバイブを仕込むとか、

着衣の下は緊縛した状態にしておくとか、野外露出をさせるとか、股が見えるような短いスカートを履かせるとか、そういうこともほとんどやっていない。

奴隷が私と一緒に居るときは、常に奴隷としての立場というのは、意識させていたのだが、調教とそれ以外を分けたいという気持ちが私にはあったので、外に行くときは、普通に出かけることが多かった。

ただ、奴隷には下着はいらないというのが、私のSMの基本的な考え方だったので、外に出かけるときでも、ノーパン、ノーブラというのが、比較的多かったのだが、外でさせたのはそれくらいだ。

それに、私は、奴隷の社会的な立場を壊すことまでは考えてなかったし、会社で制服に着替える必要のある奴隷もいたので、仕事のときなどには、下着着用も許していた。

ただ、私と一緒に居て、奴隷として過ごしているときには、ほとんど下着をつけさせないで過ごさせた。

まあ、私がパンストフェチのために、パンストだけはいつでも許したので、奴隷はパンストを下着のような感覚で履いていたようではあったが…。

とりあえず、それはそれだ。


こんな感じなので、私の調教が基本インドアなのを知っている奴隷は、外に出かけたときは調教されているという感覚が少し薄くなるようだった。

それは私も一緒で、外に出ているときには、調教しようという気持ちはかなり希薄になっていたと思う。

もちろん、外でも、言葉遣いや、細かな気遣いなどはしっかりといつもの奴隷としての立場をわきまえたものではあったが、

調教的な要素がほとんど無い分、奴隷たちは少しリラックスして過ごしているように見受けられた。

そういう様子が見えると、私は、「たまにはゆっくり甘えさせてやらないとなぁ」という穏やかな気分になることも多かったのだが、

「奴隷としての気を抜いているな」なんて感じで、奴隷にはいつでも調教があるかも知れないという緊張感を持たせる必要があると思ったりもする。

これがどちらの判断になるのか?というのは完全に私のそのときの気分の問題。

それに奴隷は振り回されることになるわけで、今思うと、その時点でかなり不条理だ。

それほど多くはなかったのだが、後者のような判断になった場合、インドア派とはいえ、私はいろいろな調教をその場で考えて実行した。

その一つがデパートでの調教だった。

そのときは、まず、奴隷と一緒にデパートに入って、何を買うでもなく、ブラブラと見てまわった。

そして、デパートなので、当然ながら女の洋服や小物、靴などの売り場などにも行くことになる。

そういうときの奴隷は、やっぱりそれらを見てはしゃぐし、私も気に入れば、買ってやったりもしたのだが、

私の狙いは、その後だった。

女のそういうものの売り場の近くには、やはり女の下着売り場がある。

そして、私は何気なく、そちらにも足を向ける。

奴隷は、洋服などを見たり、買ってもらったりして喜んでいたりするので、私が意図的にそちらに行っているとは、全く考えずに付いてくる。

そして、下着売り場についてもなお、

「この下着、かわいいですね」

などと言って、喜んでいたりする。それに対して、

「買ってやろうか?」

と、私は言う。それも普通に。

するとさすがに、奴隷としても気がついたようで、

「いいえ、私は…下着は使いませんから…」

「そうだな。たとえ買っても、お前が着たら、すぐに俺に切り刻まれて終わりだからな。お前に下着はもったいない」

「はい…」

そして、奴隷はかわいいと言った、その下着から寂しそうに手を離す。

奴隷は、周りの他のお客の女達が、色々と手にとっては、楽しそうに選んでいるのを目の当たりにしながら、自分は下着すらも付けられない立場なのだということをこれでもかと思い知ることになる。

その売り場では、自分が普通の女から堕ちた、奴隷という身分であることを、他の女との対比の中で否応なく認識することになるのだった。

インドアでの普段の調教の場合には、”奴隷”と言われても、私に言われるだけなので、他の女と比べられることはないから、屈辱感という意味では、大きなものは無いのだと思う。

だが、デパートの下着売り場では、本来は同じ立場であるはずの他の女と比べられ、そこで自分がそれよりも下の身分に堕ちていることを認識させられる。

それは、かなり大きな事だっただろうと思う。

だから、これは奴隷に、奴隷としての立場を意識させるにはかなり効果的だったと思う。

その証拠に、奴隷を物陰に連れて行き、股間を調べると、パンストの上からでもわかるくらいしっかりと股を濡らしていた。

下着売り場で、自分が奴隷であること、普通の女から堕ちた存在であることを強く自覚していたのは明らかだった。

そして、そのことに、快感を覚えている。

それが奴隷だ。

だが、そうなると、私はまたも意地の悪いことをしたくなるのだった。

「普通の女に戻りたいのか?そしたら、下着くらい、買ってやるけどな」

と言って、私は下着売り場に戻ろうとする。

本当にSというのは手がつけられない変態だ。

だが、それを奴隷は、私の腕を取って必死で止める。

「いいえ、そんなことは絶対に嫌です。私は今のまま、御主人様の奴隷でいるのが幸せなんです!」

と言い、

「下着なんて、羨ましくないです」

と意地を張るように言って、他のところに行こうと私を先導しようとしたのだった。


これは、デパートに行ったときに、即興で思いついたことだったが、奴隷にとっては、十分に調教になったようだった。

周りの女と比較して、自分が奴隷に堕ちてしまった最下層の存在であることを自覚する。

そして、そんな自分の立場に酔い、股を濡らして、私への忠誠を再認識する奴隷。

そんな奴隷の姿を見るのが、私にとってもかなりの快感だった。


奴隷がいない今、こういうことをやっていたのを思い出すと、本当に私は意地悪だし、やっぱりSなのだな、と改めて思う。

そして、そんな自分に苦笑してしまう。

テーマ:支配と服従 - ジャンル:アダルト

前にも少し書いたが、私は二匹の奴隷と、基本的には別々に会っていた。

それは、二匹の休みが違ったからだ。

美佳は土日が休みの普通の会社員。

理沙は不定休だったが、基本的に平日休み。土日が稼ぎ時のイベント会社勤務。

そして、美佳はやっぱり実家からの電話が毎日かかってくるから、美佳の調教は、美佳の部屋に私が行ってやっていた。

理沙のほうは、親が電話をかけてくるなんてこともない、気ままな一人暮らしだったので、

私が仕事帰りに理沙の部屋に行くこともあったし、理沙が私の部屋にくることもあり、ホテルを利用することもあり、理沙とは結構いろいろなところでプレイをした。

そんな理沙だったが、私の部屋に来たときには甲斐甲斐しく、家事をしていた。

食事の用意、掃除、洗濯など、そういうことは、私が頼まなくてもすべて理沙がやった。

いつも、とても幸せそうに、楽しそうに、鼻歌交じりで、それらのことをこなしていた。

ただ、普通の主婦と違うのは、私の部屋に上がるなり、全裸、もしくはパンスト姿になり、首輪をつけ、それにエプロンだけをして、それらのことをこなしているという点だった。

そんな感じで私の部屋で過ごす理沙だったが、あるときその事件は起きた。

理沙が、部屋に来て、洗濯をしようと、洗濯機のところに行ったときのこと。

洗濯機の蓋を開けてすぐに、私のところに不審げな顔でやってきたのだった。

「御主人様、タバコ、はじめられたのですか?」

といわれたのだ。

私は、元からタバコは吸わない。

「いや。吸わない。どうした?」

「お洗濯物からタバコのにおいがしたものですから…」

「ああ、それは、昨日の飲み会のときに隣に座った奴が吸ってたからな。それが付いたんだろ」

「そうですか…」

と、理沙は納得したようにいったものの、顔には何か少し不安げな色が見えていた。

「どうした?」

「いいえ、なんでもありません…」

と言って、理沙は洗濯をしに戻っていった。

その後姿を見送って、私は、ハッとしたのだった。

私がその前日に飲んだ相手。

それは、幸一。

そのときに来ていたワイシャツを私は洗濯機に放り込んであったのだった。

そして、幸一が吸っているタバコは、ちょっと珍しいもので、匂いを嗅げばそれとわかる代物。

もちろん、幸一の奴隷だった理沙がその匂いを嗅いで分からないわけがないのだった。

理沙は、おそらく私が幸一と会ったことを直感したのだろう。

だから、わざわざ、タバコのことを聞きに来たのだ。

そのことに思い至って、私は、自分の失敗にやっと気がついたのだが、すでに遅かった。

とはいえ、さすがにいつ理沙が部屋に来るかもわからない状態で、そこまで予測して行動することは出来なかった

そっと覗くと、洗濯機の前で、少しうつむいている理沙が居た。

いつもは、私の部屋のハウスキーピングをなにやら楽しそうにこなしている理沙なのだが、その日は全く雰囲気が違っている。

これはもう、明らかに、幸一の影に気がついている証拠だった。

そして、そんな理沙の態度が私にとっては、胸を締め付けられるほどに苦しいものであったのは言うまでもない。


テーマ:SM - ジャンル:アダルト

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

最新記事
カテゴリ
管理人、vet宛メール

当ブログの管理人、vetへのメールは以下のリンク先のメールフォームから送っていただければと思う。2つあるが、どちらのメールフォームからでも、良いので、都合の良い方を使ってもらえればと思う。

メールフォーム1
メールフォーム2

月別アーカイブ
twitter

ブログよりも、短い話題はこちら。 こちらの方がブログよりも気軽に書いている。また、チャットみたいな感じで誰かと会話をしていることも多いので、ブログでの私のイメージと少し?だいぶ?違うかもしれない。あまり遠慮せず、気楽に話しかけてくれると嬉しい。

最新コメント
コメントボード

掲示板形式で話ができる場所。ブログにコメントできない時のための非常用に作ったが、それ以外でも、私と参加者、また、参加者同士などで、話をするのにも気軽に使っていただければと思う。

コメントボードへ

検索フォーム

RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード

QRコード

アルバイト情報
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。