理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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理沙と幸一の再会は、イタリアンレストランでの食事になった。

私は、理沙を連れて、そこに行った。

ドキドキしていた。

幸一に理沙を会わせることで、理沙の気持ちが幸一に向いてしまうのではないか?また幸一の気持ちが理沙に戻ってきてしまうのではないか?

その結果として、私の元から、理沙は去ってしまうのではないか?

そんな思いが、私の中で渦を巻いていた。

夕飯時、店内はかなり混んでいた。

店には、私達が先に到着し、テーブルについて、幸一の到着を待った。

理沙は、とても緊張した面持ちだった。いつもは見せない顔で、少し肩が震えているようにも見えた。

そして、おそらく私も、緊張が顔に出ていたのだろうと思う。

理沙にとっては、1年半前、主従関係を解消して以来の再会。

どんな想いが理沙の中にあったのかはわからないが、それがかなり複雑で、平常心を保つのが難しいものであることは、普段とは全く違うその様子から容易に想像できた。

そして、そんな思いをすることが分かっていながら、なぜ理沙が幸一に会いたがったのかということに、私は考えが及ぶ。

やっぱり、理沙の中には幸一への忘れられない特別な想いがあるからなのではないだろうか?

そんなことをどうしても考えてしまう。

だから、私は、落ち着かない理沙の様子を見ているのが、かなり辛かった。

私たちが席について、少ししてから、幸一もやってきた。

やはりいつもの格好、変わらない幸一だった。

そして、緊張気味にそれを向かえる私たちとは対称的に、幸一の表情はいつもの笑顔だった。

そして、幸一がテーブルに付き、一番先に、理沙に声をかけた。

「理沙さん、お久しぶり」

と。

理沙はハッとした顔で、幸一を見た。

”さん”付けで呼ばれるなど、ありえないことだと思っていたのだろう。

もちろん理沙には、幸一が理沙に会う条件として言っていたことは伝えてある。

理沙はあくまでも私の奴隷として、そして、幸一は元御主人様ではなく、ただの友人として会うのだと。

だから、”さん”付けで呼ぶのも、幸一としては当然なのだった。

そして、理沙もそれは覚悟していたことだったはずなのだが、やはり呼ばれてみると違和感や驚きを感じるようだった。

ただ、私の方は、この時、幸一に感謝していた。

幸一は、理沙が私の奴隷であることを、そこでも明確に示していたから。

それは私にとってはありがたい態度だった。少しホッとしている私がいた。

そして理沙も、最初の驚きからなんとか立ち直り、

「幸一さん、お久しぶりです」

と、返して、ちょこんと頭を下げる。

「そうですね。お元気でしたか?」

と、幸一。

「はい。おかげさまで」

と、理沙。

二人の会話は、どこまでもぎこちなかった。

こんな会話になってしまうことが分かっていたはずなのに、なぜ理沙が幸一に会いたがったのか、やっぱり私は考えてしまう。

そして、幸一も、理沙と会うことを承諾したのが、そのときになると少し不思議に思えた。

でも、たとえこういう会話になったとしても、理沙も幸一も、お互いを無視できなかったということは事実だ。

その事実は、私にとっては重い。

理沙も、幸一も、完全に相手を忘れるということは出来ていなかったということだから。

もちろん、お互いに気持ちを通じ合わせ、体も心も全部開いて愛しあっていた二人だ。

別れたとしても、大切な相手であることは間違いなく、それを忘れてしまうというのが難しいことは私もわかる。

忘れる方がむしろ不自然だとも思う。

だが、そういう、”過去の大切な人”という意味での再会ではなく、未だに強く惹かれるものがあっての再会なのではないか?と、私はどうしても思ってしまうのだった。

二人はおそらく、心穏やかではなかったと思う。だが、それを見ている私の心も平静ではなかった。

注文した食べ物が運ばれてきて、ぎこちないながらも和やかに食事は進んだ。

その間、ほとんどが幸一の話題だった。

ヨーロッパでの仕事、そして、こちらに戻ってきてからの事情。

すべて幸一は、私に言ったのと同じ事を、包み隠さず理沙にも話していた。

理沙はその話を真剣に聞き入っていた。

だが、それを聞く理沙はとても辛そうだった。思いつめた顔をしていた。

特に、幸一に”理沙さん”と呼ばれ、普通の友人のように話をされることがとても堪えているようだった。

また、幸一の現状として、実家でのゴタゴタがあまりよくない方向に行っているということに関しても、胸を痛めている様子が見受けられた。

そして食事が終わった。

2時間くらいの食事とおしゃべりだったと思う。

だが、私にとっては、永遠とも言えるくらい長い時間に思えた。

店を出ると、幸一が私と理沙に、

「それじゃ、また」

と言って手を振った。私も、

「じゃあ、また、東京に来たときには連絡くれ」

「ああ、また飲もう」

そう約束した。

だが、理沙は、食事中と同じように、思いつめているようだった。

そして、

「では、また、幸一さん…」

と、彼女にしては小さな声で言って、幸一と別れた。


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美佳を奴隷にするとき、約束したことがあった。

前に、”第60話 最後の日”でも書いたが、それは、

「気が向いた時だけでいいから、しっかり抱きしめて欲しい」

ということ。

美佳が初めてイったとき、私はただ抱きしめていただけだったから、そのことが多分、美佳は忘れられなかったのだろうと思う。

気持ちが良かったことの記憶というか、二人の心が通い合った瞬間の感じを思い出したかったから、そういうことを私に願ったのではないかと思う。

そして、美佳を奴隷にしてから、私は、その約束は、しっかりと守っていた。

定期的に、美佳を抱きしめてやるようにしていた。

だが、最初の頃の私は、約束があるからという理由で、美佳を抱きしめてやっていたのではないかと思う。

美佳を抱きしめたいという欲求よりも、美佳を調教したいとか、性処理に使いたいとか、そういう欲求のほうが強かったように思うし、

美佳を奴隷にしたばかりだったから、SM的なことを優先する必要があるとも思っていた。

御主人様になりたてで、何もかもが珍しく、色々なことを試してみたかったという思いも強かったから、

私の興味、そして欲望が、抱きしめてやることよりも、SMのプレイの方に、より向いていたように思う。

だから、どちらかというと、その頃の、ただ抱きしめてやるという行為は、

「約束したのだから、ちゃんとしてやらないと」

という思いが動機になっていた部分が、少なからずあったのではないかなと、今にしてみると思う。

ただ、私にも、抱きしめてやったときに、美佳が初めてイクことができたという記憶はもちろんあったから、

美佳が、それで喜ぶのなら、いくらでも抱きしめてやろうと思っていたし、それを苦痛や面倒くさいと思ったことなどは、もちろん一度もない。

普通に、気持よく抱きしめてやっていた。

でも、私の気持ちの中では、それが一番優先順位の高いものだとは言えなかったのは事実だ。

こんな心境で、美佳を抱きしめることを続けていた私だったが、そのうちに、私の心に変化が出てきた。

何かのきっかけがあったわけではない。

ただ、何度も美佳を抱きしめてやるうちに、私の中で、その行為に新しい意味が生まれてきたような感じだ。

本当にそれは徐々に出てきた感情で、私自身もそれとは気づかないほどゆっくりと、私の心を変えて行ったように思う。

美佳は、私に抱きしめられているとき、また抱きしめられて離れた瞬間に、本当に嬉しそうに、幸せそうに、そして時に恍惚とした表情を浮かべて私を見ていた。

また、

「とても、嬉しいです…」

と、言いながら、涙を流す事もしばしばあった。

そんな顔を見るたび、そんな声を聞くたび、

「ああ、美佳は本当に幸せなんだな…」

と、思えた。

それが私も嬉しかった。とても誇らしかった。

そういう気持ちが、私の中の意識を変えたのだと思う。

そのうち、私は美佳を抱きしめることに、徐々に喜びを覚えるようになっていった。

幸せを共有できているような気がしていた。

そして、それと共に、抱きしめてやることの優先順位は徐々に上がっていった。

抱きしめてやることに、調教やセックスで得られるような性的な快感があったというわけではない。

だから、快楽ということではないのだと思う。

でも、気持ちとしては、ドキドキしたこともあるし、逆に、すごく落ち着いた気分になったこともある。

抱きしめたときの私の気持ちは様々だったが、抱きしめると、私の心がとても満たされていくのは、いつも感じられるようになっていった。

気持ちが、繋がったような気がしていた。

そのうち、私の方から積極的に求めて、美佳を抱きしめるようになった。

本当に愛おしく思えて、抱きしめたくて、そうするようになっていった。

だから、結構な頻度で抱きしめてやったような気がする。

それは、調教や性処理の後などに、裸で抱きしめたこともあれば、普段何気なく一緒に過ごしているときに、私の気分で、美佳を引き寄せ、服を着たままで、抱きしめたこともある。

本当に、ただ抱きしめるだけ。

美佳の背中に手を回して、ギュッと私に引き寄せてやるというそれだけ。

そのときに、性器や胸を愛撫したり、首筋や耳に唇を這わせたり、なんてことは一切しない。

やったとしても、せいぜい、抱きしめながら、後ろから頭を撫でてやるくらい。

確実に、性的な刺激を与えるための行為ではなかった。

今思えば、私にとって、ただ美佳を抱きしめるということは、美佳との距離を縮めるという事だったようにも思う。

抱きしめるということは、多分、一番、体の密着度の高い行為だ。

調教にしても、性処理にしても、体が触れている部分やその時間というのは、それほど多くない。

特に調教なんかの場合には、直接体に触っていないことも多い。

そう考えると、抱きしめるということは、スキンシップという意味で、調教や性処理では足りなかった部分を補っていたようにも思える。

美佳の体温に触れ、美佳の香りを受け入れ、美佳の吐息を聞く…。

美佳のことを最も間近に感じ、それを受け止める行為だったように思う。

だから、段々と、それが本当に重要なこと、美佳の様子を知るために、そして私のことを美佳に伝えるために必要不可欠なことだと思うようにもなっていった。

そして、そのうち、私は、抱きしめるということが私の愛情を表現する、一番の方法であるようにも思い始めた。

最終的には、私が抱きしめるとき、それは精一杯の愛情を注ぐという意味を持つようになった気がする。

そういう強い想いを持って、私は美佳を抱きしめるようになっていた。

最初の頃、美佳に言われて、約束だからとやっていた時の意識とは、雲泥の差だ。

調教や性処理などよりも、抱きしめるということは、上に来ていたかもしれない。

そのくらい、重要なことになっていた。

その後、別の奴隷が入ってきて、同様に抱きしめてやるようにしたのだが、そのときも美佳に寄せた想いと同じ気持ちでそうしていた。

その頃になると、私の最上級の愛情表現になっていたと思う。

もちろん、私は、そういう風に思っていることを奴隷に伝えていたわけではないから、奴隷がどんなふうに思って私に抱きしめられていたのか?はわからないのだが、

私としては、「愛している」という言葉を言わない代わりに、抱きしめるという行為でそれを示していたつもりだった。

全ての奴隷について、そう思って気持ちと愛情を出来る限り込めて抱きしめていた。

そういう意味では、回りくどくて分かりにくい事だったと思うが、そんな私の気持ちが、奴隷たちに伝わっていたのであれば、嬉しいことだなと思う。

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奴隷がいて、御主人様がその上に君臨しているという主従関係は、現代社会においては、裏の世界にあるべきこと。

奴隷が表の世界にいても違和感がなかったのは、奴隷か、それに準ずる身分制度がしっかりとあった昔の話。

少なくとも、現代日本においては、そんなものは、ありえない。

憲法にしっかりと、基本的人権が保証されているわけで、それを捨てさせるが如き所業を平然と行い、そういう立場、関係をおおっぴらにすることなど、

ちゃんと、この社会の中で生きていこうと思えば、いくらSM愛好者が変態だとはいっても、そうそうやれることではない。

裏の世界というのは、基本的に御主人様と奴隷だけのもの。

そして、せいぜいが、御主人様仲間、奴隷仲間という、同好の者が知っているというくらい。

本当に親しく理解のある友人などに打ち明けるという程度がおそらく限度だろう。

それを超えて、裏の世界が表の世界を侵食したときの結果というのは、火を見るよりも明らかだ。

それをやった時点で、その人の表の世界は、多分簡単に崩壊する。そこまで行かなくとも、奇異の目で見られることになるのは確実。

だから、基本的に秘密にする。

もしくは、表として問題ない世界を作り出しておくこと。

奴隷が家族や友人や同僚なんかに見せるとすれば、御主人様は、付き合っている彼氏であり、その関係は、普通の恋人同士だということにして紹介するのが妥当なところだろう。

そして、奴隷は、普通に仕事をして、帰ってくれば普通に部屋でくつろぎ、そして普通に寝て、休みになれば、普通に家のことをしたり、買い物に行ったり、旅行に行ったり、そういう事をして普通に過ごし、普通の生活を送っている…。

という風に見えるようにすること、裏の世界を、表の世界の人達に悟られないようにすること。

少なくとも、私はそうしていた。奴隷にもそうさせていた。

私は、奴隷を飼っていたが、奴隷の持っている表の世界を壊すつもりは毛頭なかったし、表の世界での幸せや成功、そこまで行かなくても、”普通の生活”というものがちゃんと維持されることを当然ながら望んでいた。

そして、なによりも、奴隷の表の世界が、モラルや自由や社会常識に従ってきちんと構築されているからこそ、

裏の世界でそれを制限し、束縛し、破壊することが、より鮮明に強調されることになるから、私や奴隷の快感にもつながるものだと思っていた。

私がそういう考え方だったから、調教の結果として、奴隷の表の世界に大きな悪影響が出るような何かを課したことは無かったと思う。

精神的な意味で奴隷に影響を与え、それが表の世界になんらかの影を落としたことはあるとは思うが、実際にそれが、裏の世界の産物であるということが、表の世界で明らかになるようなことはさせていないと思う。

だが、もちろん、私とは違う考え方の主従も居た。

私の知り合いの御主人様で、奴隷が表の世界の友達に会うというとき、股上までしか無い短いスカートを履かせて、黙っていても下着が見える格好で行かせるようなことをしていたのも知っているし、

首輪をつけたまま奴隷を会社に出社させた御主人様もいた。

さらに、ノーマルな旦那と結婚している奴隷と、不倫で主従関係を持っていた御主人様が、ある時、その家庭を壊して、奴隷を自分だけのものにしたという話も聞いたことがある。

ここまで来ると、表の世界に裏の世界が顔を出すとか、そういうレベルではなく、裏の世界を満たすために、表の世界を破壊していることになる。

こんな例もあるから、どの主従も、表と裏を完全に分けているとは限らないし、裏が表に出てくる、もしくは、裏が表を上回ってしまうということまであるのは確かだ。

これは、それぞれの主従や、その考え方で、変わってくるものだから、それについて、私はどうこう言うつもりはない。

ただ、私は、表と裏の世界はなるべくしっかりと分ける、裏の世界のことが表の世界に顔を出さないようにする、という主義だったから、奴隷にもそうさせるようにしていた。

でも、完全とは言えなかったと思う。

例えば、美佳や理沙が望んだことではあるが、この2匹には、普段からも、貞操帯を付けて生活させていたから、

何かの拍子に、それが表の世界の誰かにバレてしまう可能性が無かったとは言えない。

また、私を公の場所で「御主人様」なんて奴隷が呼ぶことも結構あった。

だから、そういう意味では、表裏の別を徹底できなかったことは、私も少し反省している部分ではある。

でも、少なくとも私は、表裏は別にすべきという考え方だったし、明らかに、表の世界にバレて問題になってしまうとわかるようなことを、奴隷に課したことは無かったと思う。

だが、そんな私の考え方に対して、奴隷も常に同じだったというわけでもない。

普段は私の方針に同意しているようには思えたのだが、たまに、それを逸脱することを考えていたことがあった。

ある時、ちょっと興奮した奴隷に、こんな言葉を言われたことがある。

「私の人生(表の世界)がめちゃくちゃに狂ってもいいですから、御主人様のおそばに居たいんです!御主人様の奴隷で居ることが私の一番の幸せですから」

と。

つまり、裏の世界が表の世界を上回っても良いと、奴隷は言ったのだった。

これを言ったのは、その奴隷に転勤の話が出て、それについての対応を話し合っていた時だった。

遠距離になることを嫌がった奴隷。

でも、表の世界で円滑に生活するためには転勤することが必要だった。

なのに、表の世界の事情をすべて無視して、奴隷として、私のそばにいたいと訴えていた。

私は、遠距離になるからといって、奴隷を捨てるとか、そういうことを言ったわけでもないし、遠距離なら、遠距離なりに、付き合い方を考えようという話もした。

それは、私が表の世界での奴隷の生活を壊したくないと思っていたからだ。

だが、それでも、奴隷にとっては納得出来ることではなかったのだった。

だから、表の世界を壊すことも厭わないと言ったのだろう。

結局、このときは、後から会社の事情が変わり、転勤の必要が無くなったため、奴隷の表の人生が変わるようなこともなかったので、ホッとしたのだが、

本当に転勤が決まっていたら、奴隷は、表の世界、表の人生の一部を壊す覚悟をしていたように思えた。

私は、こういうことを何度か経験していて、そのたびに考えさせられる。

私の方針としては、上でも書いているとおり、表の世界と裏の世界を出来る限りしっかり分けること、そして奴隷の表の世界を壊さないでやること、という思いがあるのだが、それが果たして、奴隷の本当の幸せなのか?ということだ。

奴隷が真の幸せを得るためには、表の世界の何かを破壊し、それを捨てることも、時に必要なのではないか?と思うことがある。

それが表の世界の判断基準でみれば、いかに愚かで、短絡的で、取り返しの付かないことだったとしても、

裏の世界の判断基準(奴隷としての真の幸せ)に照らして考えてみれば、至極当然の選択になるのかもしれない。

そうやって、奴隷が表の世界を壊してでも、奴隷でいたい、奴隷であることを自覚していたいと願うのなら、素直にそうさせて、その結果を全て受け止めてやるのが、御主人様の役目なのではないか?

そんなことを思う。

もしも、私の奴隷が、表の世界の安定した生活ではなく、奴隷としての幸せ、裏の世界を優先して、

表の世界の、表の人生にとっての大事な何かを破壊してしまったとすれば、私は多分、それを全力で受け止め、奴隷の幸せのために最大限の配慮をするのだろうと思う。

そこまでのことをした奴隷を、叱ることはあったとしても、見放したり、放っておくことは絶対にないだろうと思える。

それだけのことをしたのであれば、それに釣り合う以上の愛情を持って包んでやらなければならないと思う。

たとえ、それが私の表の世界の何かを壊すことになったとしても。

それだけの覚悟がないと、奴隷を飼ってはいけないのではないか?とも思う。

とはいえ、私には、それが本当にいいことなのか、今、考えてみても判断のつかないことではあるのだが…。


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幸一と理沙の再会のための会食が終わった。

幸一とは、店の前で別れた。

幸一と別れた私と理沙は、その日はそのまま、ホテルに泊まることになっていたから、電車で少し行ったところにある、予約していたホテルに向かった。

駅へ向かう間も、電車に乗っている間も、そして、電車を降りてホテルへ向かって歩いている間も、理沙はうつむき加減で、口をきかなかった。

私も話しかけなかった。

そして、私たちは無言のままホテルに着いて、部屋に入った。

いつもなら、そのまま調教をするところなのだが、理沙の思いつめた表情を前に、私は調教どころではないことを察していた。

そして、私自身の気持ちも調教をするどころではないというのが、本音だった。

結局、理沙を幸一に会わせてしまった。

私が、一番望まないことをしてしまった。

理沙と幸一が会いたいと言ったとはいえ、それをやめさせることはいくらでもできたのに、そうしなかった。

度量の大きい御主人様であることを演じたかったのかもしれない。

いい人で居たかったのかもしれない。

そんな、自分が、とても愚かにも思えた。

そして、幸一に会ったことから、理沙がどんな判断を下すのか?

それが気になって仕方がなかった。

理沙の御主人様であるはずなのに、奴隷の気持ちが気になって心が震えていた。

だから、私は言った。

「今日は、調教はやめだな。たまにはホテルでゆっくり過ごすのもいいだろ」

と、少し投げやりに言って、ベッドに体を投げ出した。

だが、理沙は、

「そんなことは…。申し訳ありません。すぐに支度しますから」

といって、服を脱ごうとした。

「言ったろ。今日は、やめだ。お前、調教されるって顔じゃないからな」

そう言いながらも、調教する気持ちになっていないのは、私の方だった。

「でも、私は…」

「いいよ。色々と気になることがあるのも分かるし」

あくまで、理沙を気遣っていることを装いながらも、私は自分の動揺を隠すために言っていたのだと思う。

「すみません…。せめて、フェラだけでもさせてください。御主人様には、気持ちよくなってただかないといけませんから」

理沙も、どうしていいのかわからなかったようだった。

幸一と会ったことで戸惑っているのは確実だった。

だから、調教をしないと言われても、何かやりたかったのだろうと思う。

「俺じゃなくて、自分が落ち着きたいってことじゃないのか?」

「あ、はい…。申し訳ありません…」

「まあ、いい。今日だけだ」

私は理沙にフェラチオを許した。

フェラチオにしても、膣やアナルへの挿入にしても、私が性処理に使いたいと思ったときか、調教の後のご褒美という意味合いですることがほとんどだったから、

この時のように、理沙がやりたいといって、それをすんなり許すというのは、私たちの間では、例外といってよかった。

でも、このときは、そうしてやらないと、気持ちが崩れてしまうのではないかと思うほど、理沙は落ち着きがなかった。

いつも、精神的にはかなり安定しているように見える理沙だったから余計にそう思ったのだと思う。

だから、この時は理沙の気持ちが少しでも落ち着けばと思って許したのだった。

「ありがとうございます」

私はベッドに仰向けになったまま、理沙は床にひざまづいて私のスボンのチャックを開けて、ペニスを引っ張り出し、口に含んだ。

理沙のフェラチオは上手い。少なくとも、美佳よりは確実に上手かった。

幸一の奴隷になったとき、自身でも練習していた上に、スワッピングなどで色々な男に鍛えられているからこそ、なせる業だった。

いくら気持ちが動揺していても、その技術には変わりはなかった。

だから、私を射精に導くのも早かった。

私は射精感とともに、理沙の口の中に精液を射出した。

理沙がそれを大事そうに飲み込む。

そして、

「口の中に出していただいてありがとうございます。とても美味しいです」

と言って頭を下げた。

私は、複雑だった。

理沙はどんな気持ちで私の性欲を処理したのだろう。

それもわからなかったから。

理沙が私のズボンを直すのを待って、上体を起こし、声をかけた。

「今日、幸一と会って、もう満足できたなら、それでもいいし、また会いたければ、それもいい。会ったりするのは当然構わない。そこはまたお前が決めろ」

私の口からは、私の本心とは裏腹の言葉が出てくる。本当は、もう幸一には会わせないと言ってしまいたかった。

私のところにずっといてくれと、頼んでしまいたかった。

だが、それは、言えなかった。

やっぱりここでも、私の御主人様としての気持ちの大きさを示したいというような見栄が邪魔をしていたのだと思う。

ここで、「もう会うな」とは、言えない心境になっていた。引込みが付かなくなっていた。

それに対して、理沙は、床に正座し、両手を付いた姿勢で、言った。

「今日は、こんな時間を作ってくださってありがとうございました。御主人様にも久しぶりにお会いできましたし、私は…」

と。

ここまで言って、理沙はハッと目を見開いた。

いつの間にか、幸一のことを”御主人様”と呼んでいたのだった。

でも、私も理沙が気がつくまで、実は気がついていなかった。

それほど自然に、理沙は幸一のことを”御主人様”と呼んでいた。

そのことを一番はっきり自覚したのが、他ならぬ理沙本人だったのは、私にも良くわかった。

私に対して、最も言ってはならないことを口にしてしまったのだと思ったのだろう。

理沙の顔から血の気が引いていた。

そして、そんな理沙の言葉に最もショックを受けていたのは、私だった。

理沙の心の中には、幸一がいる。

今でも御主人様と思うほど強い思いがある。

理沙の一言から、私は、そう考えざるを得なかった。

理沙が、間違えて口走ってしまったのだとしても、それをただの間違いだとは、私には認められなかった。

幸一への思いがあるからこそ、口をついて出たのだ、としか思えなかった。

そして、そこから導き出される結末の一つが頭に浮かぶ。

理沙を失うかも知れない。

そんな考えが、心の奥底で確実に広がっていくのを自覚していた。


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最初の奴隷”のカテゴリでも書いたように、私が最初に奴隷を持ったときというのは、なし崩し的にと言うと言い方は悪いのだが、

「奴隷を持とう!」という決意をして、御主人様になる覚悟をちゃんと決めてから、奴隷を持ったというわけではなく、その場の流れで、主従関係を結んだようなところがある。

だから、私自身の「御主人様になる」という気持ちも、いい加減なものだったとは言わないが、少し甘いところがあったのは否めないと思う。

そういう私だったから、奴隷を持った初期の頃には、奴隷の心というか、その想いというのは、あまり良くわかっていなかった。

以前からのSMのイメージが強くて、奴隷の心に関して気を配るよりも、具体的なプレイをどうするか?とか、どういう雰囲気で調教をするか?とか、そういう方に神経を使っていたように思う。

つまり、見た目にSMらしいSMというのを作ろうとすることで精一杯だった。

そんな中で調教を進めていた。

でも、そんな私に対して、そのときの奴隷には、しっかりとした信念のようなものが存在していた。

それこそ、奴隷になると言ったその日から。

本当に、奴隷は奴隷としての覚悟をしっかりと備え、奴隷になりきって、私への想いをちゃんと持っていた。

そのことは、奴隷を何度か調教しているうちに、奴隷が言う言葉から徐々に伝わってきたのだった。

「私のすべてを御主人様に捧げます。それが私の幸せですから」

このようなことを平気で言う。

それも、適当な気持ちではなく、真剣な想いがそこに込められているとしっかり分かる言葉の数々だった。

こんなにもはっきりとした想いを奴隷が持っていることに、私は少なからず、衝撃を受けた。

そして、自分の考えの足りなさを反省するに至る。

奴隷に理不尽を強いているにも関わらず、私は奴隷の心を理解してやっていなかった。

奴隷の想いをきちんと受け止めていなかった。

わかろうともしていなかった。

それが、すごく申し訳ないことだということに、そのうち気がつくようになった。

今思えば、あまりにも気付くのが遅く、自分の愚かさが情けなくなるのだが…。

やっと気づいたときから、私は奴隷のことをちゃんと知らなければならないと思うようになった。

心を満たしてやりたいと思うようになった。

もちろん、奴隷の言葉だけでそんな風に思ったのではなく、奴隷の態度や、私への気遣いなど、この他の色々な事も含めて、段々とそういう気持ちになっていったというのが、正確なところだ。

私は奴隷との付き合いを続けるうちに、奴隷に触発される形で、主従関係というものに関して、本当に真剣に考えるようになっていった。

そして、奴隷が好きなプレイとか、性癖とか、どういうふうに扱って欲しいと望んでいるのか?とか、そういうSMのプレイ的な側面ももちろんだが、何よりも奴隷の心をしっかりと理解して、満たしてやらなければと、思うようになった。

そこからは、いろいろな手を尽くした。

まず気をつけたのは、普段から奴隷のことをちゃんと見ていてやること。

どんな小さなことでも、何か普段と違うようなことがあれば、その理由をきちんと考える、もしくは奴隷の話をきちんと聞いてやるようにした。

これは男女関係なんかでも同じだとは思うが、相手をしっかりと見つめて理解を深めるというのは、本当に必要なことだ。

主従関係だからといって、それが不必要になるものではないと私は思う。

御主人様なのだから、好きにすればいいと思う人は多いのかもしれないが、私はそうは思えなくなっていった。

そして、いい加減な調教をしてしまわないようにすること。

調教によって、奴隷の心にも影響は必ず出てくるから、それをちゃんと把握できるように調教の時の奴隷の様子を、しっかりと考えながら見るようになった。

もちろん、奴隷の心の中を直接見ることは出来ないから、すべて完璧に把握するなんてことは不可能なのだが、

ある調教に対して見せる奴隷の反応や、同じ調教に対しても、時間の経過と共に変わっていくこととか、そういうものをちゃんとわかって、

そこから奴隷が何を感じているのか、気持ちがどう変化してきているのか?ということを、私も推察するように務めた。

ただ漠然と調教をするのではなく、その奴隷への調教の意味を同時に考えるようになったと思う。

そして、最終的には、奴隷の心が満たされているのかどうか?

それを一番気にするようになった。

もちろん、調教のたびに、「調教はどうだった?心が満たされたか?」なんてことを聞いたりしたわけではない。

御主人様が奴隷の気持ちになど配慮することなく、好きなように調教をしているという風な形を取るのが主従だと思っていたし、

奴隷としても御主人様にそういう扱いを受けるということ自体に喜びを感じる部分というのはあると思ったから。

私はそういうことを直接聞く行為が、御主人様としての自信がなく、奴隷の顔色を伺っているように思われるのではないか?と危惧したし、何よりも、そういう事を聞くのは、御主人様として、恥ずかしいことだと思っていた。

だから、ストレートに「どうだ?」と、調教の感想を聞いたのは、会える時間がとても限られていた特別な奴隷の場合など、事情があるときくらいだった。

それはそれで、必要だと思ったからそうしたし、私の本来のやり方を曲げてでも、御主人様としてちょっとカッコ悪いと思ってでも、

なんとか心を満たしてやりたい、心残りがないようにしてやりたい、ちゃんと愛してやりたいと本当に願った故でのことだった。

私はそうしたことで、少なくともその奴隷を愛してやることだけはできたと思うから、そういうやり方で接したことを後悔はしていない。ただ、それが奴隷にとって本当に良かったかどうかは、悩むところだが。

こういう場合ではなく、通常、私がやったのは、もっと間接的な方法だった。

例えば、私の方から、調教中の奴隷の感想を言うなんてこともしていた。

「今日のお前は、本当に、いやらしい顔をしていたな」

などど、言うと、奴隷は、

「そんな…。恥ずかしいです。でも、ご調教はとても嬉しかったです」

なんて感じで答えることが多い。

奴隷の言葉自体に調教の感想が入る場合もあるし、話している表情をよく見ていると、その調教をしっかりと受け入れて、前向きにやりたいと思っているのか、それともあまり好きではないと思っているのか?というのは、なんとなくわかる。

また、心が満たされたかどうかというのも、調教や性処理の後に、奴隷と話をする時間を作ることで、ある程度、わかるようになっていった。

調教や性処理の後で、落ち着いた状態の奴隷と話をすると、心が満たされた感覚があるときには、その余韻が奴隷の中に残っていて、本当に、充実した笑顔を向けてくることが多い。

また、会話も、奴隷によって違うのだが、とても穏やかだったり、すごく嬉しそうだったり、また、私に甘えたがったりと、どちらかと言えば、ポジティブな反応が返ってくる。

そういう時には、奴隷の心が、ある程度、満たされているのだなと判断できるように思っていた。

逆に、その話の時、つらそうな顔をしていたり、なにか物足りなさを感じているような様子だったり、なんだか拗ねたようなことを言い出したり、余韻に浸るつもりもなく、さっさと普通の話題に切り替えたりということがあったときには、あまり満たしてやれなかったのだなと、判断することが多かった。

そして、そういう時には、何がいけなかったのか?と本気で考えるようになった。

だから、奴隷の心を満たしたいと思うようになってから、私は悩むことが増えた。

もともと、考えすぎの性格でもあるのだが、奴隷を満たしてやれなかったと判断したときには、本当にそれについて悩んだ。

本当は何をしてやればよかったのだろうか?と、必死で考えた。

次の調教で、しっかりと奴隷を満たしてやるために。

ちょっと考えすぎだろうと自分に突っ込みたくなるくらい深く長く考えていたこともある。

また、そういう調教のことというのは、よく覚えているもので、未だに思い出しては、あのとき、こうしてやればよかったな…、なんて、今更な思いを抱くこともある。

そんな私だ。

でも、それが悪いことだとは思わないし、苦痛にも感じていない。

一定の期間とはいえ、私に、身も心も委ね、不条理に耐え、必死で尽くしてくれた奴隷のことだ。

その心を満たしてやることを考えるのに、考えすぎということはないのだろうと思う。

奴隷が与えてくれたものの大きさを考えれば、私が悩むくらいは当然のことだ。

これは最初の奴隷から、最後の奴隷まで、全てに対して、同じようにした。

そして、私にはそのくらいしかしてやれない。

だから、それを全力でやった。

奴隷の心を大切にしたかったから。

満たしてやりたいと本気で思っていたから。

結果として、心を満たしてやれたのかどうか?本当のところは、わからない。

私が、満たしてやれたと判断したときでも、実際にはそうではなかったかもしれない。

それは、奴隷だけが知っていること。

だから、私は、ただ願うだけだ。

奴隷の心が少しでも満たされていればよかったな、と。



テーマ:支配と服従 - ジャンル:アダルト

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
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