理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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M女の方からのご相談のメールというのが、私がいただく中では一番多いのだが、その中でも、結構な数になってきたことがあるので、それに関して、今回は書いてみようと思う。

もちろん、これを書いたからといって、同じようなご相談を、今後、送って来ないで欲しいとか、そういうことではない。

個々に事情や心境は全く違うのだから、気が向けば送ってくださればと思うし、私もそれにはきちんとお返事する。このエントリーを読んで、さらに話をしてみたいなんて思っていただけたら、それはそれで嬉しい。

これは、多くいただくご相談なので、普段、ブログを見ているだけの方の中にも、似たようなことを思う方がいらっしゃるような気がしたから書くものだ。


それで、今回、書こうと思っているのは、「Mというのは、”悪いこと”だと思っている」というご相談について。

また、自分がMということに気がついてしまったが、それをどうすればいいのかわからなくて、持て余しているというようなお話。

つまり、Mということをネガティブに考えて悩んでいるということ。

こういう悩みを持っている、M女の方というのは、メールを頂く割合から考えてもそれなりに多くいらっしゃるように思う。

特に、御主人様を持ったことがなく、M性を自覚していても、それを表に出したことがない方は、経験がないことも手伝って、そのように感じる傾向が強くなっているようにお見受けしている。

M性を持っていることについて、M女が悩みに思う原因は幾つかあると思う。

まず、M性というものが世間的には、”変態”という言葉でよく言われるように、人と著しく違うこと、特別にいやらしいこと、性にだらしないこと、淫乱であること、そういう認識があり、罪悪感を伴ったイメージがあるからだと思う。

「私は御主人様に支配されたり、命令されたり、傷めつけられたり、好きに犯されたりするのが、この上なく快感です」

なんてことは、おおっぴらに言うことはできない。

冗談で言うだけでも多分かなり勇気がいると思うが、それを真面目に言った瞬間に、多分、周囲からは軽蔑のまなざしで見られることになるだろう。

そういう、誰にも明かせないような特殊なことを自分は抱えているということが、M性を持つ人の一部では、重荷になっているのだと思う。

また、M性を満たす、または理解してもらえる方法がかなり限られているということも、苦しむ原因になっているように思う。

現状でM性を満たすとすれば、基本的には、S性を持つ人、御主人様を見つけて、そこで調教などをしてもらうしか無い。

また、同じような性癖を持つ、SやMの人なら別だが、そうじゃない場合、よほど親しく理解のある友だちでもない限り、M性についての相談をしてそれを偏見なく聞いてくれることは稀だと思う。

誰かにしっかりと話を聞いてもらうだけでも、気持ちの面では、かなり違うとは思うのだが、自分の心のうちを打ち明ける相手すら居ない、親しい友人がいてもこの話をしていいものかどうかわからない、という人も多いのだと思う。

だから、M性を自由に開放できないという息苦しさ、閉塞感のようなものも同時に持ってしまって、

M性を「悪いもの」、「持ってはいけないもの」と考える方が自然なことのようになるのではないかと思う。

こういう書き方は良いのかどうかわからないが、真面目に物事を考えてしまう方は特に気になるのだろう。不真面目とは言わないが、上手に流せる方は、それほど深刻にはならないのだろうが…。

私は自分が真面目だと言い張るつもりはないが、何事も考えすぎてやらかすタイプであるのは確実なので、そういう意味では、考えこんでしまう方の思考というのは、なんとなく、理解できる気がする。

また、持ってしまったM性、気がついてしまったM性というのは、捨てることは難しいと私は思っている。

隠すことや、我慢すること、押し込めておくことは、辛いと思うが、何とかできるようだが、M性自体を心の中から消滅させることはできないのではないか?とすら思う。

私がそう思うのは、私のS性も、気がついたときから、それを消すことができていないから。

私の場合は、消そうと思ったことがそれほどあるわけではないから、消えないのかもしれないが、

長らく奴隷を持たず、S性を本格的に刺激される機会がないという状況でも、消えずに、しっかりと私の中にあり、それなりの周期で、S性を解放したいという欲求が強く出てきて、その機会がないことを、辛いと思うことも正直なところあるのだ。

そんな自分を思うと、M性も同様に消えることはないのではないか?と考えてしまう。

だから、M性を悪いことと考え、それを消そうと思っても思うように消えてくれない、さらには意識すればするほどに大きくなってしまうということも、悩みの原因の一つではないかと思う。

そして、M女がM性に悩む最大の原因かもしれないと思うのが、自分のパートナーに分かってもらえないということではないかと思う。

本当なら、普通に付き合っている彼氏や、結婚していれば夫に、M性を打ち明け、理解してもらうのが一番いいと思うのだが、残念なことにSというのも、Mと同じように少ない存在であり、たまたま選んだパートナーが、Sである確率というのは、かなり低いものだと思う。

また、SMに対する理解というのも、世間的には”変態”といわれてしまうことであり、パートナーがそのように思っている場合も多いのだろう。

性癖として理解すらしてもらえず、言い出すことも出来なかったり、言ったとしても、気持ち悪がられたり、無視されたり、「そんなこと(S的な行為や考え方、接し方をすること)は無理だ」と突っぱねられたり、ということもあると、ご相談の中で伺った。

一番大切にしたい人、いつも一緒に居たい人、生涯を共にすると誓った人に、自分の性癖を理解してもらえない、満たしてもらえない、というのは、この上なく辛いことだと思う。

さらに、そういう大切な人とのセックスで、気持ちよくなりたいのに、M性があるために、普通のセックスでは、気持よくなれない、快感が得られない、幸せを感じられない、というご相談も多い。

好きな人とのセックスなのに、一度もイッたことがない…。

なんてことも、結構伺った。

そうなれば、自分のM性を疎ましく思い、悩んで、ネガティブに捉えてしまうのも無理のないことだと思う。

だから、こういうことが無ければいいと私も思うのだが…。

現実には、かなり多くあるパターンのようだ。

S性を持つ人、M性を持つ人が、ノーマルな人に比べて少ないが故に、SとMが自然に出会う確率がかなり低いということ、

また世間一般からSやMの人が軽蔑の対象になりやすい、そしてM性というのは消そうとしても消えるものではない(少なくとも私は完全に消す手段を知らない)という状況は、どうしようもない。

これ自体を変えるというのは、多分、不可能だと思っている。

だから、自分の中のM性をネガティブに考えるということの根本的な解決策というのは、私の中にはない。

ご相談のメールをくださった方には、本当に申し訳なかったのだが、これは仕方が無いこととして、私はお返事を書いた。

ただ、根本的な部分では解決しないかもしれないが、それを自分の中の考え方や捉え方、また行動を変えること、思い切ることで、なんとかネガティブに思わなくて済むようにする方法ならある。

最もストレートに解決するなら、相性のいい御主人様を作ってしまえばいい。

そして、その人を一番大切な恋人や結婚相手として、パートナーに選ぶこと。

これが私が考える中で、おそらく一番確実に、M性について悩まなくて良くなる方法だと思う。

罪悪感なく、M性を満たしてもらうことができる上に、M性を隠したり、押し込めたり、我慢したりする必要もなく、相談相手も確保し、セックスなどでもSM的なプレイをしてもらえるから、M性のために快感が得られないということも解消されやすいと思う。

安直かもしれないが、これ以上の解決策は私には思いつかない。

ただ、これはハードルが高い。

相性の合う御主人様を作るというのが簡単なことではないということ。

上でも書いたように、S性を持った人というのも少ない。

更に言えば、”ちゃんとした”御主人様になってくれるS男というのは、更に絞られてくる。

その上、その中から、心から好きになれる人、愛することの出来る人を見つけるというのは、実際上、困難なことだと思う。

また、結婚なんてことになると、それに加えて、経済的なこと、社会的なこと、家族のことなど、相手の性格や性癖だけではない部分でも納得できる相手かどうか?というのは、気にする人もいるだろう。

だから、これは理想論かもしれない。

とはいえ、これを目指して、御主人様探しをしてみるのもいいと思う。


でも、別れる気のない心に決めた彼氏や、離婚するつもりのない夫がすでにいる場合には使えないので、もう少し、現実的な方法として思いつくものを書いてみようと思う。

まずは、自分の中にあるM性ということについての認識を変えることがあると思う。

例えば、M性というのは、痛みや恥辱や屈辱やそういった普通の人が受け入れがたく嫌悪するものを、快感や幸福感、充実感や、さらには絶頂感に変換するための心の働きなのだと思ってしまうこと。

つまり、普通の人が嫌がることに耐える能力を持っているという風に思うこと。

立派な長所として、認識する。なんてことでもいいと思う。

これ以外にも、どう考えてもいいのだが、ネガティブなものではないという風に思える部分を少しでも見つけていくこと。

また、M性というのが、ノーマルな人達と比べて、特別に、いやらしいとか、恥ずかしいとか、そういう思いが、重荷になっている人もいる。

つまり、自分は、性的な意味で、欲望が大きいのだと。淫乱で、性にだらしなく、はしたない女なのだと。

でも、それは少し考え過ぎだと私は思う。

それに対する認識も変えて良いと思う。

というのも、私は、自分自身では、S性と、性欲というのは、分離できるものだと、認識しているから。

行為(調教)をしたときに、性欲が満たされなくても、S性が満たされれば満足するということは、私は実際に体験している。

端的に書けば、射精することなく調教を終えたとしても、私に不満が残らないことがある。

奴隷に対して、S性を発揮しただけで、私は満足していたことがある。

ノーマルな人が行為(セックス)をした場合、男は、射精しないで終わると、多分、あまり気持ちがよかったとは考えられないのだと思うので、

この感覚というのは、S性を持っている人にしか理解してもらえないのではないかと思うのだが、S性を強く満たされると、それでいいと思うことがある。

もちろん、性欲を満たすことと、S性を満たすことが、行為として、オーバーラップする部分というのはあるし、私も、いつも性欲を満たされないで終わっても良かったなんてことは言わない。

でも、私は、S性だけが満たされたことでも、大きな満足感を得たことがあるから、S性と、性欲は、完全分離はできないまでも、とりあえず、別物として考えることができると思っている。

だから、M性と、性欲というのも、分離できるものではないのか?と私は考える。

そして、奴隷を見てもそう思う。

奴隷の性器に何の刺激もせずに調教を終えたこともある。

ただ、虐げて扱い、奉仕をさせ、足元に転がして、踏みつけにしたりしていただけ、なんてこともあった。

ただ、物として、部屋に置いて鑑賞しただけなんてことまである。

それでも、奴隷は嬉しそうにしていた。

本当に、それで満たされていたのか?というのは、わからないのだが、

「嬉しいです」

という、奴隷の言葉と、その時の恍惚とした表情を、嘘や演技だとは、私は思えなかった。

そして、M性と、性欲が分離できると考えるなら、M性があるから、いやらしいとか、恥ずかしいとか、淫乱だとか、そういう風に考え、恥ずかしがる必要はない。

奴隷が、私(御主人様)と一緒にいたり、私のことを想う時しか、性的なことを考えられないと言っていたこともある。

それは、ノーマルの人が、彼氏や夫を想って、性的な欲求を感じるのと同じだから、特別なことではないだろう。

ただ、M性があると、淫乱であるというイメージができてしまうのは、SMや主従関係を持っている人の中に、普段も、性器や、アナルに何かを入れて過ごしているとか、

御主人様が言う、私も言った、「お前は淫乱な牝豚だな」なんてセリフをよく聞くからなのではないかと思う。

でも、それは、調教の一部ということであって、M性がある女性、全てを指しているわけではない。

また、SMを、セックスの延長線上にあるもの、セックスの更に激しいものであると認識している人も多いが、これもM性と性欲が分離できると考えるなら、違うと言えるだろう。

この部分を、間違えないでほしいなと思う。

M性があるというだけで、自分は淫乱で、はしたないのだとか、そういうことを思って、罪悪感まで感じる必要はないと思う。

もちろん、私のS性と性欲の関係のように、M性と性欲が結びついている部分というのはある。M性があるために、特に性欲が刺激される女性も居ると思う。

でも、きちんと分けて考えられるものであるという風に考えていても良いと思う。


ただ、私には、なんと言えばいいのかわからないこともある。

それが、M性が満たされないから、ノーマルな彼氏や夫など、大切なパートナーとのセックスで気持よくなれない、イクことができないという悩みに対する解決策だ。

これだけは、どうすればいいとは、なかなか言えない。

相手がノーマルなセックスしかしない、それ以外を拒むという状況なら、フェラチオや、相手の体を舐めたりするなど、SMでの奉仕に近いようなことを増やして、そういう気分を高めながら、セックスをするというような方法くらいしか、私としては思いつかない。

でも、これでは多分、あまり効果的ではないのだろう。

以前、こんなことを言っていたM女も居た。

「一緒にいさせて頂いている。キスをして頂いている。セックスをして頂いている…という風に全てのことを考え、相手を尊敬し、感謝する」

こういう考え方をすることで、M性を満たすという方法。

これによって、セックスでも、”性処理に使ってもらっている”という風に思えて、快感が得られるというもの。

これがどこまで役に立つのか?はわからないが、私はセックスでイクとか、そういうことは、精神的な要素が大きいと思うから、本気でこんなふうに思えるのなら、できるのかも知れないとは考える。

実際、言っていた方は、この方法で良かったようだから、一定数、これでなんとかできるM女はいるのだろう。

でも、私は、M性が強いM女を何人も見てきているが、これで満たされ、性的な快感も得られるか?というと、どうなのだろうと思ってしまう。

これで可能な人が居る一方で、不可能な人もいると思う。

自分で自分を騙しているように思えて、そういう気持ちを持ち続けられない人もいると思う。

それに、M女の中には、自分から積極的に何かを思うというよりは、徹底的に受け身であること、相手にそう思わせてもらえる状況に追い込んでもらうことが必要な人もいるから。

だから、私は、このことに関して、なかなか良い解決策を提示できない。

ご相談を頂いても、私が書けることは精一杯書くのだが、それでも、足りないような気がしている思う部分だ。

そして、S性がない、理解してもらえない、彼氏や夫と別れる、という話にまで、考えが及んでいる方もいらっしゃる。

実際、以前の知り合いだが、ノーマルな夫と別れて、御主人様を作った人もいる。聞いた話も含めれば、複数知っている。その選択が幸せだと言っていたし、実際、御主人様と、再婚してしまった人まで居る。

もちろん、これは、表の人生、一生の計画までもを、変えることになるから、私が是非ともおすすめする!なんてことではない。

でも、M性が強く、それを一生、我慢しておかなければならない。満たされることがない。セックスでも気持ちがのらない。だから、イク事もできない。

それが、彼氏や夫と育む愛情や幸福感を削き、彼氏や夫とは、どうしても合わないと思うなら、こうするのも選択肢の一つになるのだと私は思う。

実際にそういう事例を見て、そちらの方に、深い愛情や、幸せを感じているように、私には見えたから。

ここまで思い、行動するM女もいる。

これも一つの生き方なのであろう。愛情や、幸せの求め方なのだと思う。

もちろん、性癖のために人生を変えるという選択は難しいと思うし、しない人も多い。どちらがいいとは私には言えないのだが…。

少し話が逸れた。



M性があることが、素晴らしいとまでは言わない。

でも、少なくとも、悪いことではないし、卑下する必要もないと思う。ただの、そういう精神的な特徴というだけだと私は思っている。

まあ、Sである私にしてみると、M女というのは、非常に素晴らしく、貴重で、価値ある存在なのだが…。


と、こんな風に書いたとしても、「Mというのは、悪いこと、恥ずかしいことだと思っている」という、M性をネガティブに考えるM女性の悩みが消えることはないのかもしれない。

ただ、そう思って悩み続けるくらいなら、自分の中でのM性への認識を変えられるように、上記のような感じでもいいし、また別の考え方でももちろんいいのだが、少しポジティブに、考え方を変えてみるほうが、前向きではないかと思うし、

もしも、可能なのであれば、そして踏み出す決意と覚悟がちゃんとできるのであれば、実際にM性を満たされるように、相性の合う御主人様を探せばいいと思う。

そのほうが、M性のことをネガティブに考えて、思い悩むよりは、気が楽になるのではないかな?と思うし、行為をしても、とても気持ちよく、快感や、そこから続く幸福感を得られると思う。

M性のことをネガティブに思って悩む方は、真面目だったり、自信がなかったり、性に関して奥手な考え方だったり、過去にお話をしたM女性やメールをくださる方から、そういう傾向は感じるから、大胆なことをするのもなかなか難しいのかもしれないが…。

もちろん、M性を、ポジティブに考えている人が、不真面目で、自信家で、性的にだらしないという意味ではない。自分の中で、M性をそういう風に考えられているということは、自分をしっかりと認めているのだから、それは、とても素晴らしいと思う。


私が書けるのは、この程度のことだ。

M性をそんなにネガティブなものとして捉える必要はないと思う、ということ。

とはいえ、結局、問題のちゃんとした解決策ではないから、自分に対する罪悪感や嫌悪感を持ってしまっているM女や、ノーマルなパートナーとの関係や、性行為に深く悩んでいるM女にとっては、役に立たないかもしれない。

でも、M性のことを、少しだけでも楽に考えられたら、また、気持ちを少し進めるとか、何かに踏み出すための、とっかかりになれたら、幸いに思う。


貴女がM女だということは、別に悪いことじゃない。

それだけは、私は断言していいと思う。

元・御主人様というか、色々とやらかしまくってきた私に断言されても嬉しくないかもしれないが。

でも、貴女は、貴女なのだから。

自分の中にあるものは、そのままに、素直に、認めてあげていいと私は思うし、受け止めてくれる人もきっと居ると思う。

いろいろな事情があり、表の人生のこともあるから、難しいことかもしれないが、貴女が、貴女として、素直にそのままで居られる場所を見つけられるといいなと思う。



※上記のことで、注意事項を一つ。このように書いたからといって、私が、安易に「M女なのだから、御主人様を持てばいい」と言っているのではないことは、お断りしておく。前からブログに書いているが、御主人様を作るかどうか、主従の世界に踏み込むかどうかは、しっかりと考えて決めて欲しい。御主人様候補ができたとしたら、その人のことをちゃんと見てから決断して欲しいと思う。そうしなければ、M性を認めてもらって、愛情や幸せを感じたいと思っていたのに、それを全く思えなくなるようなことも出てくると思うので。そうならないように、相手の見極めと、自分の覚悟だけは、絶対に怠ってはいけない。




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かなり久しぶりにエスプレッソを飲んだ。

それで、思い出したことがあるので、今日はその話。


私は別にグルメでもなんでもないし、舌が特別に良いわけでもないから、

食べ物に関しては、

好きなもの=すごく美味しいもの。

普通のもの=美味しいもの。

嫌いなもの=不味いもの。

という、程度の味覚。

確実に、”美味しんぼ”には出られない。海原雄山に怒鳴られる。

さらに言えば、日本そばが好物なのだが、それにもこだわりがあるわけでもなく、スーパーで、1袋80円くらいで売られている”ゆでそば”に、同じく市販の、水で伸ばすタイプのいわゆる”めんつゆ”でも、美味しく頂く。

どこかの行きつけのそば屋だとか、有名な高級そば屋じゃないとだめとか、そういうことは全く考えたことがない。

もちろん、そういうそば屋のそばも美味しく食べるが、こだわりはない。

信州で食べたそばは確かに美味かったなとは思ったのだが、でもそれじゃないとダメとかそんなことも思ったことはない。

伸びていない、ちゃんとしたそばなら、何でもすごく美味しい。

こんな感じの味覚なので、誰かに食事を作ってもらった時や、何かを食べに連れて行ってもらった時などでも、大抵は美味しく頂くことができるし、素直に感謝もできるので、それはそれでいいなと思う。

そして、奴隷を飼っていた時、部屋で過ごしていると、食事を作るのは奴隷の役目だった。

その食事も私は、大体のものを美味しく食べた。

多分、奴隷にも料理の上手い下手はあったのだと思うが、それはあまり気になったことがない。ちょっと凝ったものや変わったものが作れる奴隷も居たが、それはそれだった。

つまり、私の嫌いなものが出てこない限り、全て美味しく食べて満足していたということ。

でも、奴隷に対して、「美味い」と言って褒めてやったことはほとんどない。

美味いと思ってはいるのだが、奴隷が、

「今日のごはんは、どうでしょうか?」

なんて聞いてきたとしても、

「普通だな」

なんて答えて終わることが多かった。

奴隷を褒めたくないわけではないのだが、奴隷に食事を作られせている時点でなんだか気恥ずかしい感じがしていて、それを美味いというのが、照れくさい気がした。

だから、こんな感じになるのだ。

素直に褒めてやればいいのに、本当にややこしい御主人様だと思う。


こんな私なのだが、ちょっとだけこだわっていたものがいくつかある。

そのうちの一つが、コーヒー。というか、エスプレッソ。

そして、エスプレッソベースの飲み物(カプチーノとか)。

でも、コーヒーの味に関しても、うるさいわけではないので、他のものも、ちゃんと飲む。

インスタントのコーヒーも、缶コーヒーも、全く問題なく飲むので、「食後はエスプレッソじゃないと!」なんて、頑ななこだわりはもちろんない。

でも、エスプレッソが好きなので、それは自分の部屋でも飲みたいと思っていた。

だから、エスプレッソを淹れられるものを買った。

後から、電気式(ポンプ)のエスプレッソマシン(カプチーノメーカー)を買ったのだが、最初に買ったのは、直火式のもの。

”マキネッタ”と呼ばれるもの。

これは、普通のやかんを縦に長くして、途中に、くびれがあるような形で、それにコーヒー豆と水を入れて直接ガスコンロの火にかけてエスプレッソを作る。

日本だと、電気式のエスプレッソマシンが多分主流なのだと思うし、コーヒーを抽出するための圧力も電気式のほうが高いので良いのだが、私がこれを買ったのは学生時代、しかも一人暮らしを始めたばかりの頃。

お金が無かった。

電気式のものは、安くても、1万5千円くらいしていた。

でも、マキネッタは、4千円しないくらいで買えた。

安いのは、2千円台からある。

否応なく、私はこっちを買った。

でも、かなり使ったのだが、これは丈夫で壊れないし、使っていくうちに味も出てきて、雰囲気もあって、なんとも好きだった。

だから、社会人になってもずっと持っていたし、奴隷を得て、奴隷が部屋に来るようになったときも、台所に置いてあった。普段使っていたから。

ただ、私は奴隷にエスプレッソを淹れるようにとは、言わなかった。

基本的に、自分で淹れて自分で飲むためのものという認識だったし、使うのにちょっとだけだがコツがいるので、奴隷に淹れさせようとは思っていなかった。

でも、そのうち、奴隷は気がつく。

台所にいつも置いてある、変な形のやかんに。

ある時、

「あの、御主人様、いつも見かけますけど、これは何に使うのでしょうか?」

と、マキネッタを持って、聞いてきた奴隷が居た。

マキネッタは、エスプレッソを淹れようと思わないと、持っているわけがないし、エスプレッソを淹れる人でも、電気式のものを使うことが多いと思うから、あまり見かけるものではないので、奴隷が知らないのも無理はない。

本当に、おかしな格好のやかんとしか認識できないだろうと思う。

「エスプレッソを淹れる道具」

「エスプレッソって…。御主人様、お好きなのですか?」

奴隷にそんなことを聞かれるくらいだから、私は奴隷の前で、それほどコーヒーの好みを語っていたわけではない。

やっぱり、自分で淹れて、自分で飲むために持っていたというだけのもの。

でも、隠していたわけでもないので、聞かれたら、答える。

「ああ」

と。それを聞いた奴隷は、少し口を尖らせて、

「それならおっしゃってくだされば。私、食後はお茶ばっかりお出しして。今度は、エスプレッソ、淹れますから」

とは言うものの…。

この、マキネッタ、扱いはそれほど難しくないのだが、やり方で、味にばらつきが出る。

誰がやっても、だいたい同じように出来上がる電気式とは違う。

基本的には、コーヒー豆と水を入れて火にかければいいのだが、その火加減と、火から下ろすタイミングがある。入れる豆の量も私の好みがある。

慣れれば大したことではないのだが、私は、はじめに何度か試行錯誤して、自分の好みで淹れられるようにしたのだ。

だから、それを奴隷にやらせようとは思わなかった。

「いや、要らない」

「どうしてでしょうか?御主人様がお好きなら、私、エスプレッソをお出ししたいです」

などといって奴隷は食い下がる。

私に満足してもらいたい。そんな気持ちを持っているのは分かった。

だが、そのとき、私は、そんな奴隷に感謝するのではなく、ふと、面白い事を思いついたのだった。

「そうか。そんなに言うなら、お前、淹れてみるか? でも不味いのを淹れたら、どうなるか分かってるな?」

「え、あの、もしかして、お仕置き…、でしょうか?」

奴隷が恐る恐る聞いてくる。

「何をするか、今から楽しみだ」

そう言って、私は意地悪な笑みを浮かべたのだった。

奴隷はそんな私を見て、しまったと思ったのだろうが、もう遅い。

私はやると言ったらやる。

「今度の食後は、エスプレッソ、淹れてくれるんだよな?」

「あ、はい…。でも、淹れ方は教えてくださらないでしょうか?一度も使ったことがないですので…」

奴隷は、マキネッタを持ったまま、立ちすくむ。

「簡単だ。豆と水を入れて火にかける」

私が奴隷に説明したのは本当にこれだけだった。

これで、やらせてみて、おそらく失敗する奴隷にお仕置きを課して楽しもうなんて、やっぱりS的なことを考えていた。

「いや、でも、それだけでは…」

「お前が淹れるって言ったんだ。楽しみにしている」

そう言って、やっぱり私は、意地悪に笑ったのだった。


そして、しばらくして。

その奴隷が、私の部屋で食事を作る機会が来た。

食事はつつがなく終わり、そして、マキネッタを使うというところになった。

一応、奴隷は、必死で調べてきたようだった。やり方は、私が言わなくても、分かったらしく、ちゃんとやっていた(と言うよりも、普通に淹れるだけなら、本当に、難しいわけではない)。

そして、出来上がったものを、カップに注いで、お盆に乗せて、私の前に持ってきた。

「御主人様、どうぞ」

と言って出したのだが、恐る恐るというのが、ぴったりな出し方だった。

そして、私の向かいに座り、顔を心配そうに、のぞき込んでいる。

私はそれを見ながらゆっくりとカップに口をつけた。

ちなみに、私は猫舌なので、いきなりガブガブ飲めるわけではなく、ちょっと冷ましながら、口に入れる。

少し薄い。

やっぱり、私が淹れたものとは違う。これは味音痴の私でも確実にわかった。

ただ、飲めないわけではないし、それほど問題ではない。

多分、奴隷ではなく、誰か他の人が淹れてくれたのなら、美味しいといって笑顔で飲めるレベル。

でも、私は、憮然とした表情を作り、無言で、カタンと、カップをソーサーに戻す。

奴隷が、ビクンと、姿勢を正す。

私は表面上、冷ややかな感じなのだが、内心は、その雰囲気、奴隷の表情などを楽しんでいた。

これだから、Sというのは、タチが悪い。

「あの、どうでしたでしょうか?」

やっぱり恐る恐る、奴隷が聞いてくる。それに対して、私は目をすっと細めて、見下すようにしながら、

「全然、ダメだな」

と言った。

「あぁ…。申し訳ありません…。至らない奴隷で…」

そう言って奴隷は、手をついて頭を下げる。

たかが飲み物、しかも少し薄いとはいえ、問題なく飲める範囲のもの。味音痴の私だからなおさらだ。

でも、奴隷には、完璧に満足できるものを要求する。

私の思っているものを淹れさせる。

それが出来ないのは、奴隷の失態。

だから、奴隷が土下座する、なんて光景になっているのだった。

全くグルメでもないくせに、なんだか、海原雄山になった気分だった。

その気分のまま、奴隷に言った。

「どうするつもりだ?」

「あの、ダメな奴隷に、お、お仕置きをください…」

そう言って、奴隷は頭を床にこすりつけた。

「そうだな」

そして、その日、私は、奴隷にいつもよりも厳しい調教を課したのだった。ちょっとだけ薄いエスプレッソを淹れただけなのに…。


でも、奴隷は調教のあとで、こういった。

「御主人様に喜んでいただけるエスプレッソを淹れられるようになりたいです。教えていただけないでしょうか?」

と。

お仕置きをされてまで、そこまでいうのは、奴隷としても、私をちゃんと満足させたいという気持ちがあったのだと思う。それを私はとても嬉しく思った。

もちろん、嬉しいとは言わなかったのだが、私なりの淹れ方はちゃんと教えた。

一度教えてしまえば、そんなに難しいことではないから、奴隷はすぐに覚えて、その後は、大体、私が淹れるのと同じ感じのエスプレッソを出すようになった。

ちょっと嬉しかったが、やっぱり、奴隷を褒めたりはしなかった。

それができて当然という顔をしていた私だ。

内心は嬉しいくせに。


マキネッタには、奴隷とのこんな思い出がある。

本当に楽しかった。

久しぶりに、お店でエスプレッソを飲んだのだが、それを、思い出していた。

今は、そのマキネッタも手元にない。

だから、ちょっと欲しくなってしまった。

電気式のエスプレッソマシンではなく、マキネッタが。


ただ、これから先、私に、奴隷が出来たとしても、その奴隷にマキネッタでエスプレッソを淹れさせることは多分無いだろう。

やっぱり、自分で淹れるものだと思っているし、大体、マキネッタでエスプレッソを淹れたことがある奴隷なんて、そうそう居るものじゃない。

でも、もしも、そんな経験があって、上手にエスプレッソを淹れ、私に飲ませることができるM女がいるなら、それだけで奴隷にしたいくらいだ。そして、そんな奴隷を持てたなら、それは、最高に幸せだなと思う。


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理沙に告げた言葉を、私が後悔しているのは、多分、私らしくなかった、というか、私が納得していなかったからだ。

今は、そう思っている。

私は、ちゃんと考えて、丁寧に話をしたい。

その場の雰囲気とか、勢いとか、感情のままに、言葉を相手に投げつけるような、粗末にするような、そんな事は、したくない。

それは、他の人とでも同じなのだが、奴隷には特にそう思った。

私が蔑んで扱っていたものではあるが、同時にこの上なく大切なものであったからこそ、ちゃんと話をしたかった。

言葉の一つ一つを大事に、奴隷に告げたかった。

でも、理沙にはそれができなかった。


別れ話なんて、それまでしたことがなかった。

奴隷はもちろん、女性と付き合ったのも、私は、美佳が始めてだったのだから。

その美佳とはこの時点で別れ話をしたことはない。

理沙が来て、多頭飼いをすることになり、その理沙との別れ話。

私にとって、それは、生まれて初めての経験だった。

本当に、気持ちを寄せた人が、自分の前から去る。

心を向けて、愛しんだ、とても大切な物を手放す。

どう対処していいのかわからない、というのが、本音だった。

だから、気持ちだけが先行していて、焦って、きちんと整理し考える前に、感情で口走る。

そんな言葉を理沙にぶつけた。しかも、御主人様のプライドによってさらにねじ曲がった言葉を。

今、改めて考えると、結果的に、同じ言葉を告げる必要はあったのかもしれないとは思う。

理沙を、ずっと、私と幸一の板挟みにしておくわけにはいかなかったのだから。

どこかで言い出さなければならない。

それは、幸一がヨーロッパから帰ってきて、その存在が理沙に知れた時点でわかっていたことなのかもしれない。

もっと言えば、表の世界での”結婚”というものを、奴隷が望むなら、”多頭飼い”という状況は、いつか崩さなければならない。

表の世界の結婚に、一夫多妻は無いのだから。

幸一から、理沙を譲り受け、多頭飼いをはじめた時点で、すでに、この別れは決まっていたことなのだと思う。

美佳か、理沙かは、わからないにしても、結婚するということがでてくるなら、どちらかとは別れる必要があるのだ。

それが、多頭飼いというものだ。

でも、私はそれを、ちゃんと意識してはいなかった。

いつか、こんな日が来ることを考えないようにしていた。

そんなところに、幸一がプロポーズをした。

だから、私も言わなければならない時だったのかもしれない。

そう考えると、言うべき言葉を言ったに過ぎないのかもしれない。

だとしても、それは、ちゃんと考えた末に言うべきであって、あの時の勢いのままに言うべきではなかったと、私は思っている。

私の後悔というのは、言った言葉の内容についてもそうなのだが、それを紡ぎだすまでの過程がお粗末過ぎて、納得できていないことが大きい。

理沙が大事な決断を下すべき時に、私は御主人様として、ちゃんと考えてやれなかったのではないか?ということだ。

そのことを、あの時、理沙が去ってから、感情の高ぶりが、落ち着いてきてから、ずっと思っていた。

今も、あのときのことを思い出すと、そう思う

感情的に口走った言葉で理沙を深く傷つけたのだ、と。


理沙に、決定的な言葉を告げてから、多分、2週間以上。

私は理沙と、会わなかったし、電話もメールもしなかった。

私は、奴隷からの連絡には、返事を返すが、私から奴隷にしばらく連絡を入れないことというのは、あった。

だが、理沙からもこれだけ長期間、連絡がなかったことは、無い。

それだけ、理沙はショックだったのだろうと思っていたし、連絡するつもりにはなれないのだろうとも思った。

また、最悪、このまま何もなく、理沙と二度と顔も合わせず、話もせずに終わることも、私は覚悟した。

それだけのことを、私は理沙に言ったのだ。

その時の私は、取り返しのつかないことをしたことに、心が潰されそうな気持ちになっていた。

自分であれだけのことを言っておきながら、それを後悔し、取り返せるなら、あの言葉を告げる前に戻りたいと思っていた。

もちろん、ずっと泣いていたわけではないし、普通に仕事をし、普段の生活をし、ちゃんと暮らしていたのだが、心境としては、泣いているのと、さほど変わらないと言っていいかもしれない。

そんな日々を過ごしていた時、理沙から連絡があった。

「私と、会っていただけますでしょうか?」

と、理沙にしては本当に控えめなメールが届いたのだった。

美佳からのメールなら、こういう書き方も多かったから、特別なことではないのだが、それまでの理沙の場合には、「○○日の夜、お部屋に伺いますね!」なんて感じのことが多かったから、こういう控えめなメールは、その時の理沙の気持ちを端的に表していた。

私が、もう、理沙と会う気がないのではないか?と、思っていたのだろう。

メール1通からそれがわかった。

そんなメールだったが、正直な私の気持ちとしては、とても嬉しかった。

ホッとした。

理沙とこのまま話もせずに終わるのか?と思っていたから。

でも、同時に、理沙が何らかの決意をしたことを示していることもわかる。

だから、会うのが怖くもあった。

私は、理沙との関係が崩れるという予測しかできずに居たから。

ただ、だからといって、会わないで終わることだけはできなかったから、私は、理沙と会うことを承諾した。

「ああ、わかった」

と、メールを返した。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト


私が奴隷に対して思っていたこと。

”愛情”について。

書こうと思ってみて、すでに、ちょっと照れくさいのだが…。

自分の気持ちを書き残すという意味では、もっと前に書いても良かったことなのだろうが、なんとなく、照れくさくて、書きにくくて、頭の中に、このことはあったのだが、距離を置いていた。

でも、今は、その距離が少しだけ縮まった気がしたので、書いてみたくなった。

別に何かがあったわけではないのだが、ふと、愛情のことを気にしていた、ある奴隷のことを思い出したので、今日は、そういう気分の夜、ということだ。

いつもと違って、私の思うところを、思いつくままに書いてみることにする。

もしも、文章を構成し、読みなおして、推敲したら、きっと、私の、奴隷への愛情について書くのは、照れくさすぎて、途中で断念してしまいそうだから。

パンストフェチの話を書くよりも、ある意味ではハードルが高い。



主従関係に愛情があるのか?という話をしたことがあった。

他の御主人様や奴隷の方、また御主人様のいないM女性などともあるし、ノーマルな方などにも、そういう話をされたこともある。また、メールでもたまに頂く。

私の奴隷の中で、主従での愛情のことを、とても考えていたのがいて、その奴隷と真剣に話をしたこともある。

だから、主従関係における愛情というのは、主従関係を持っている人にとっても、また、まだ未体験で、これからその世界に入ろうかどうかと考えている人にとっても、興味のあるテーマなのだろうと思う。



ノーマルな恋愛なら、愛情というのは、普通についてくるものと考える人が多いのだろうが、主従という、少し特殊な関係においては、御主人様と奴隷の間に愛情はあるのか?と疑問に思われることは、言われてみれば、確かにそうだなと思う。

恋愛関係というのは、その名の通り、”恋”や”愛”を基盤に成り立つのだろう。

だから、心が、愛情で満たされることが、条件というか、目指すところになるのだろうと思う。

私は、いわゆる、恋愛関係(主従を含まないノーマルなもの)の経験が、圧倒的に少ないので、本気で語るのはおこがましいから、”だろう”なんて感じでしか書けないが…。

一方、主従関係というのは、”主”と”従”、そうなるのはつまり、関係する2人が、S性とM性を持っていることが、基盤になる。

そこには、”愛情”の存在が、不可欠であるとは、言えない。

”S性やM性が満たされる”というのが、主従関係を結ぶときの、最低限の条件であり、それを満たすための関係として、主従というものがある。

主従関係の中に、”愛情”というのが、存在することはもちろんあるし、私はそれがあったほうが、より関係を深められると思っているのだが、必須条件ではない。


主従関係に、愛情を持ち込まない御主人様というのは、いる。

主従関係というよりも、SMプレイをするため、S性、M性を満たすためだけの関係という風に割り切っている人もいる。

待ち合わせ場所と、簡単なお互いの性癖を打ち合わせて、その場限りのSMをする、なんて人もいる。

そこまで簡単に繋がるのではないにしても、主従関係と、愛情をきっちりと分けて、御主人様は奴隷に愛情を注がない。奴隷も愛情を求めない。ある意味、ドライな主従というか、SMをしている人もいる。

S性やM性という特殊な性癖を満たすことのために繋がる。

こういう関係の主従もある。

でも、これは、主従に限らず、普通の男女関係でも、セックスだけのための付き合いというのもあるから、それと多分変わらないのだと思う。

”セフレ”なんて言葉があるが、そこには性欲を満たすという目的だけがあって、愛情がない場合も、多いのではないかと思う。


また、主従の場合、一方的な愛情というのもある。

これは、奴隷から御主人様へ、というものが多いように思うのだが…。

奴隷は御主人様に対して、大きな愛情を持っているが、御主人様は奴隷を、取り替えのきく、それこそ”物”としてしか思っていないということ。

主従ということで言えば、これがもしかしたら、一番自然な姿なのかもしれない。

ある御主人様が、言っていた言葉を思い出す。

「俺、奴隷を好きになっちゃったんだよな…。そしたら、鞭(を振り下ろすの)が怖くなったよ」

と。

つまり、奴隷に愛情を向けたら、奴隷を、”奴隷”として扱えなくなってしまったということ。

御主人様の中には、こんな人も居る。

だから、御主人様が奴隷に愛情を持たないのは、”主従”という関係なら、一つの理想形なのかもしれない。

主従関係においては、こういうことも普通にある。

ノーマルな恋愛で、愛情が一方通行の場合、関係が破綻に向かう可能性が高くなると思うのだが、

主従では、それをも、奴隷が受け入れていることがある。

むしろ、そうであることを望む奴隷すらもいるから、一方的な愛情でも、関係が成立し続ける可能性は、ノーマルな恋愛よりも高いのではないかと私は思う。

ただ、その末路というか、最後までそれで、奴隷が耐え続けられるのか?ということを考えた時、奴隷といえども、虚しくなることがあるのではないか?なんてことも、私は思ったりもしている。

実際、そういう関係に疲れてしまった、M女性からのご相談というのもいただくので。

「御主人様からの愛情が感じられない…」と。

一方的に注ぐだけ、返ってくることのない愛情でいいと思って、本当に最後の最後まで貫ける奴隷は、どのくらい居るのだろう。

その先に、奴隷は、何を見るのだろう? 何が残るのだろう?

私は、そんなことを思う。


また、御主人様に愛情を向けることを戸惑う奴隷も居る。

好きになっていいのだろうか?と。

主従として始まったのに、恋愛感情を持ってしまった。

御主人様のことが、本当に好きになってしまった。

でも、それを御主人様に言ったら、面倒臭がられて、捨てられるのではないか?

御主人様はそんなつもりは無いのではないか?

主従関係の中で、愛情を持ったら、その関係は壊れるのではないのか?

そんな心配。

これも、主従関係と、愛情とが、リンクしないと思っている人が考えてしまうことだと思う。


そして、主従でも、奴隷に愛情を注ぐ御主人様も居る。

自惚れかも知れないが、私も、そういうタイプだと思う。

と、こう書くのが照れくさいので、この話は、敬遠していたのだが…。

とりあえず、今日は頑張って書く。

私は、全ての奴隷に対して、愛情を持っていたと思っている。

とても短い時間しか付き合えなかった奴隷もいるが、それでもその奴隷には、私が、その時に、その状況で、できる限りの愛情を注いだ。

本気でそうしたつもりだ。

また、愛情を注ぐことができないと思う相手とは、主従関係なんて結べないとも、思っていた。

だから、私は、SMプレイだけと割り切った、奴隷との主従関係というのは、持ったことがない。

私が”私の奴隷”だと認め、奴隷も私を”自分の御主人様”と認めていた、全ての奴隷に対して、愛情を出し惜しみしたつもりはなかった。

それは、断言できる。

でも、「愛している」なんてことは滅多に言わなかった。

「好き」とも、おそらく殆ど言ってない。

元々、そういうことを言うタイプじゃないし、正直、恥ずかしいし、「御主人様はそんなことを軽々しく言わない」なんていう、いつもの妙なプライドも手伝って、愛情を口に出すのも、メールに書くのも、態度で示すのも、躊躇していた。

愛情表現をあまりしていない。

それでも、数少ない、伝えた場面を思い出してみると、奴隷が精神的に、本気で落ちてしまったときに、私の本音を伝えて引っ張り上げるとか、

別れるときに、そういう気持ちだったと伝えるとか、「もう少し、まともなやり方があるだろう」と言われそうな感じでしか、自分の気持ちを表現していない気がするが、

直接的に伝えない、表現しないだけで、そういう気持ちは、ずっと持っていた。

「表現しないものは無いも同じ」なんて言う人も居ると思うので、私の愛情というのは、奴隷にとっては、無いものだったのかもしれないが…。

もしも、そうなら、とても残念ではあるが、私が、ちゃんと表現しなかったのだから、自業自得なのだろう。


そして、肉親以外の愛情というのが、何であるかを私に教えてくれたのは、奴隷たちだと思う。

ひたすら蔑んで扱ったくせに、手酷く貶め、痛めつけたくせに、絶対に失いたくないと思ったもの。

それが、私にとっての奴隷。全ての奴隷についてそう思っている。

愛情とは、どんなものか?と問われたら、私は、”奴隷に対して持っていた気持ち”と答えると思う。

それは少しひねくれている部分もあるし、ノーマルな意味での”愛情”とは違うものなのかもしれないが、

失うことが最も怖かったもの。そんな必要不可欠な存在に寄せた強い想い。ということになると思う。

そういうことを思うとき、私は、そんなに怖かったのに、なんで奴隷を失うようなことになったのだろう?と考える。

具体的な事情とか、そういうものは、もちろんあるから、理屈で言えば、失った理由はちゃんと説明できる。

奴隷にする前から、ある時が来たら、失うとわかっていた奴隷も居た。

それでも、構わずに、愛情を向けた。

私が、「なんで失うことになったのか?」と考えているのは、そういう具体的な事情という意味ではなくて、

もっと、感情的な、というか、私が普段あまり信じていない、運命というものか、上手く言葉にならないのだが、そういう、具体的な事情とは別の、何か…。

やっぱり、上手くまとまらない。

普段ならこんな文章は、エントリーにしないのだが、今日はこれを書きたいと思っている。

なんとか、書いておきたい。

でも、愛情、なんて、私が考えるからこんなことになるのだろう。

私はどうも、それを表現するのが、苦手だ。

奴隷に対しても、こうしてエントリーにするにしても。

でも、持っていた、と思う。

持っていなければ、奴隷に対して、あんなに思い入れが強くはならなかったと思う。


”失いたくないもの”と書いたが、”強く求めたもの”でもある。

私が奴隷を求める理由というのは、Mだからということもある。

私のS性を満たせる存在だから。

ノーマルだったら、もしかしたら、あんなに強く求めなかったのかもしれない。

でも、奴隷に強い想いを持った時、Mであるかどうか?というのは、私は、それほど気にしていなかったのではないか?

なんてことも思う。

主従関係を持ったきっかけは、奴隷にした女性のM性にあったのは確かだ。それがないなら、主従関係など成立しないのだから。

でも、そのあとは?

その後も、私が奴隷と繋がっていた、繋がっていたいと願った、別れたくないと心から祈った理由は、Mだからというだけではないと思っている。

想いを向けるようになったから。

愛情を注ぐようになったから。

そういう部分がなかったら、あんなに、強く求めなかったようにも思うし、別れるのがあそこまで辛くはなかったと思う。

私の中では、奴隷は、Mというだけではなく、他の要素でも、私を強く惹きつける存在であったのだと思っている。

とても、好きだったと思う。

愛情を向けていたいと、自然に思わせてくれた、大切な存在。それが、私の奴隷。

でも…。

私は、すべての奴隷と別れている。

私が、奴隷との関係を考えるとき、やっぱり、この事実に必ず引っかかる。

もしも、奴隷に対する想いや、愛情や、それ以外でも何か、を、もっと強く持っていたら、別れるべき事情を、乗り越えることができていたのかもしれないと。

もしも、そんなものがあるなら、見つけておきたいと思っているのだと思う。

次に、誰かとつながった時、その首輪のリードを離さずに済むかもしれないのだから。

でも、それが何であるのか?というのは、わからない。

ただ、私が今の段階でやれることは、奴隷のことをちゃんと見ること、受け止めること、そのままを認めること、想いを向けること、守ること…。

それらが、私として、奴隷に向ける具体的な”愛情”と呼べるものなのではないかと思う。

結局、今までの奴隷に対して、してきたことと同じなのだが…。

多分、今後、奴隷を持ったとしてもそうすると思う。

そうすることが私にとっても幸せに思える。

今の私はそう思っている。


一応書いておくが、これは、奴隷に向ける”愛情”なのだと、私が思っていること。

他の御主人様のことではない。

”私”のことだ。

冒頭で書いた通り、愛情のない主従もある、愛情が一方通行な主従もある、そして、私などよりも、もっと深い愛情でつながった主従もあるのだろうと思う。

主従に、愛情を求める(求めない)のなら、ちゃんと、そういう相手を選ぶことだ。

どんな付き合いをしてくれる人なのかを見極めることだ。

S男にしても、M女にしても。

主従というのは、恋愛のように、”愛情”や”好き”という気持ちが、もれなくついてくるとは限らないのだから。

欲しければ、そういう人を。

欲しくなければ、そういう人を。

”愛情”を気にするのなら、選ばないといけないから、きっと普通の恋愛よりも、より相手を吟味する必要が、主従にはあると私は思う。


私が個人的に思っていることではあるが、私は、主従にも、愛情がある方が、その大きさが大きいほうが、より深い関係を作れると思っているし、信頼関係も強くなると思う。

そして、そういう関係になった時には、同じプレイをしても、快感や幸福感は、比べ物にならないくらい、大きくなると思う。

精神的なものの影響は、計り知れない。

やっぱり、自惚れなのかもしれないが、私は自分の奴隷を見て、そう感じていた。

そして、私は、今も、奴隷を持てるなら、奴隷とのそういう関係を望んでいる。

”愛情”のある、”愛情”に満ちた関係を。


テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト



理沙と会う日。

朝、理沙が私の部屋にやってきた。

「おはようございます」

そう言って、部屋に入った理沙の顔は、緊張しているように見えた。

私も緊張していた。

理沙は、すぐに、正座をすると、手をついて、頭を下げた。

「御主人様に、お話したいことがあります」

と言って。

私のことを、その時も理沙は、”御主人様”と呼んだ。

少し、ホッとした。

「この間の話だな?」

そう言いながら、私は、理沙の顎を掴んで顔を上げさせた。

ちゃんと話をするために。

「はい。たくさん、たくさん、考えました」

「ああ」

「それで…その…」

理沙は、話があるといっても、やはりすぐに言い出せるわけではないようだった。

その時点で、すでに涙が伝い落ちていた。

それほどまでに、私に言い難い話だということだ。

私は、理沙が何を言おうとしているのか、予測が出来た。

胸が苦しくて、その場から逃げ出したい気分だった。

言わないで欲しいと思った。

でも、理沙は、もう覚悟を決めてそこに居る。

私も、それを聞く覚悟を決めなければいけない時だった。

なのに、私が、そんな覚悟をする前に、理沙は口を開いていた。

「幸一さんの、プロポーズを受けてもよろしいでしょうか?」

「…」

理沙が出した結論。

予測していた通りだった。

でも、すぐにそれに私は反応できなかった。

ただ、黙って、理沙の泣き顔を見ていた。

しばらくしてから、私はやっと言葉を返せた。

「それは、俺に聞くことじゃない」

「そうなんでしょうか…。やっぱり、お聞きしたくて…」

「お前が決めることだって、前に言ったよな?」

「はい。でも…。申し訳ありません」

「…」

本当に、これは私が言うことではないと、最初、思った。

理沙の一生を決めることなのだから、と。

私が、理沙と結婚するというのなら、理沙と一生を共にすることをその時点で考えていたなら、口を出しても良かったのだろうが、私はそこまでのことを考えていたわけではない。

美佳が居る以上、理沙だけを見ることはできない。

あの頃、多頭飼いということで、よく、色々な人に羨ましがられた。

でも、こういう時、それは、どちらにも気持ちを決められない、中途半端な状態に自分を追い込む。

決断しようにも、状況が許さない。

気持ちが追いつかない。

もっとスッパリと奴隷を切り捨てられる、もしくは奴隷に序列をつけられる御主人様なら、私のように悩まないのだろう。

また、奴隷の表の人生に全く配慮しない、本当に自分のためだけに奴隷が居るのだと思えるなら、理沙にも、「結婚なんてやめてずっと俺の奴隷でいろ」と言えたのだろう。

多頭飼いというのは、そういう意思がある人間しか、やってはいけないことなのかもしれない。

でも、私には、そんなことはできなかった。

奴隷を切り捨てることや、比較し序列を付けること、奴隷の望む表の人生を、私の欲求のためだけに曲げさせることなど、できない。

そしてそれは、私が、2匹を持て余したということだ。

受け止めると言っておきながら、私は受け止めきれていなかった。

そのことを、嫌というほど思い知らされた。

多分、私のような人間に、多頭飼いは、あまり向かないのだと思う。

あの時は、そこまでは思っていなかったのだが、今、考えるとそう思う。


理沙の顔には、決意があった。

その表情を見ていると、もう、多分、理沙の中で結論は出ていることなのだと思えた。

この時点で、私には、選択肢なんて無いと。

理沙は、すっきりと、私に言って欲しいのだと、その時、思った。

私がずっと先延ばしにしてきたことを、決めた時、だったのだと思う。

正直なところ、覚悟が決まったわけでも、理沙を手放したいと思っていたわけでもないのだが、私はもう、言うしかなかった。

自分で、理沙にトドメをさしたのだから。

告げた言葉が思い出された。

あれを言ってしまい、強い後悔の中にいた私には、理沙の決断に抗う力はなかった。

「プロポーズ、受ければいい」

これが、私が、精神的には、理沙を手放した瞬間だったのだと思う。

そう言った私の顔を見て、理沙は頷いた。

「ありがとうございます」

笑顔ではなかった。

まだ泣いている状態のまま。

嬉しそうでもなかった。

眉根を寄せ、涙で崩れた表情。結婚に向かう、幸せな女性の顔ではなかった。

はっきり書くなら、その表情から、私が読み取れた、理沙の感情というのは、”自己嫌悪”だった。

結婚を決めるなんて、そんな顔でするものなのか…。

そんな気持ちで、結婚するのか…。

そして、理沙をそういう状況に追い込んでしまったのは多分、私だ。

だから、本当は何か言ってやるべきだったのだと思うのだが。

もっと気持ちよく結婚に向かえるように、してやるべきだったのだが。

せめて、そのくらいのこと、してやれればよかったのだが…。

そんなこと、その時の私にできることではなかった。

私は、それ以上は、何も言えなかったし、理沙も、ただ、「ありがとうございます」と何度か繰り返しただけだった。


そして、その日、理沙との主従関係を解消することを、理沙は涙でグチャグチャになった顔で、私は、多分無表情で、お互いに確認した。

理沙が、私の奴隷ではなくなった日だった。

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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
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