理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

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奴隷が、多分思うこと。

「御主人様に何をしたら、喜んでもらえるのか?」

これを全く考えない奴隷というのは、ある意味、精神的には、まだ奴隷化していないようにも思うのだが、そういう奴隷も居ないわけではないと思うので、全部の奴隷がこういうことを考えているとは言わない。

でも、多くの奴隷が、これは思っていることのように思う。

私の過去の奴隷たちも、色々な方法で、これを知りたがっていた。

ストレートに、「御主人様に、どんなことをしたら、いいでしょうか?」なんて聞いてきた奴隷もいるし、

何も言わずに、でも、ものすごく悩んでいるのだけは態度からわかって、その内容をやっとのことで、聞き出してみたら、そういうことを真剣に考えていた奴隷も居た。

また、このブログを読まれた奴隷の方から、いただくメールでも、こういう部分に関するご相談、ご質問というのは、かなりの数、見受けられるので、やっぱり、これは気になることなのだろうと思う。

それに、御主人様っていうのは、喜んでいるのが、わかりにくい人が多いようにも思うから、ノーマルな恋愛に比べて、奴隷がこういうことを思ってしまうことが多くなるのは、必然なのかもしれない。

なので、今回は、これについて書いてみようと思う。


まず、御主人様というのはなにか?ということなのだが、当然ながら男だ(女性のS、つまり女王様のことは、今回は割愛する)。

だから、基本的に男の欲求が満たされることというのが、大前提としてある。

まずは御主人様を性的に興奮させること。

というのが、大きな喜びを与えることになると思う。

具体的に言ってしまえば、如何にして、気持よく射精させられるか?ということ。

そのための技術や、能力を持っていることや、それに対して一生懸命にすることが、御主人様を喜ばせることの一つの要素だろう。

御主人様の純粋な性欲面だけを、まず考えるならば、これに尽きるといっても過言ではないと思う。


そして、もう一つ、S性の面から考えた場合。

奴隷が奴隷らしく振舞っていること。

それが、多分、御主人様のS性を満たし、喜ばせることになるだろうと思う。

だた、これが、おそらく難しい。

男の性的な快感というのは、大抵が、射精することが一番になる。

だから、性的な喜びを与えることというのは、かなり分かりやすい。

でも、それに比べて、S性を満たすということは、少し違う。

御主人様によって、S性の方向というか、どんな刺激や奴隷の状態にS性を感じるか?というのが、かなり違うから。

個人差が大きな部分だ。


例えば、

奴隷に、とにかく苦しみを与えるのが好きな御主人様なんかもいる。縛り上げ、蝋燭や、鞭などを振るい、目の前で泣き叫ぶくらい苦しんでいるところを見るのが好きで、それによってS性が満たされる御主人様がいる。

一般的に思われている、オーソドックスなSMのイメージかもしれない。私の初期はこれが近いようにも思う。

その一方で、奴隷に手を触れようともせず、奴隷が床に這いつくばって、足を舐めているような姿を見下ろしている状況に、S性を満たされる、なんて御主人様もいる。

私の後期は、徐々にこちらにシフトしてきたように思う。前に”静かに満たされるS性”というのも書いたが、そういうようなことだ。

縄などで、物理的に、また命令や雰囲気などで、精神的に、自由を奪い、服従させ、完全に支配しているということに、快感を覚える場合もある。これは、私の中では、最初から、ずっと同じようにあることだ。

他にも、奴隷が羞恥に悶えるのを見ているのがいいとか、性欲に突き動かされるまま、淫らに乱れている姿がいいとか、御主人様によって、その嗜好は色々で、挙げたらきりがない。

さらには、S性と言って良いのかどうかも疑問だが、奴隷という立場だけが必要で、あとは、恋人のように、楽しく過ごすことが一番だと思っている御主人様なんかもいる。

あとは、フェチなんかもある。

本当に様々だし、私が初期と後期でも、少しづつ違ってきていたように、同じ御主人様でも、主従を続けるうちに、S性の方向が変わってくる場合もある。

それに、多くの御主人様は、否定するかもしれないが、飼っている奴隷によっても変わる。

御主人様が自分の好きにすると言いつつも、奴隷が変わっても、その影響を全く受けずに、全く同じように行ける人というのは、おそらくそれほど居ないと思っている。

自分はそんなことはないと、私も思っていたのだが、こうやってブログを書いて整理してみたら、奴隷ごとに、違う部分がありすぎて苦笑した。

もちろん、根幹が揺らいでいるとか、奴隷に常に合わせているとか、そういう意味ではないのだが、奴隷によって変わる部分は存在する。

でも、奴隷によって変わったなんて、認めたくない御主人様は多いと思うから、多分、そんなことは言わない。

と、こんな感じで、色々なパターンがある。

だから、奴隷が、S性を満たすということで、御主人様に喜んでもらおうと考えたときには、その御主人様の(その時の)S性のツボのようなものをしっかりと見極める必要があるだろう。

それから、私が多分、ものすごく嬉しいのは、奴隷と分かり合えた時だったと思う。奴隷との信頼関係を感じられたとき、奴隷と気持ちが通じたと思えた時、深い絆ができたことを実感した瞬間というのは、嬉しい。

ただ、このことは、私はとても重要なことだと思うのだが、今、この話を含めると、長くなりすぎるので、今回は、とりあえず、外す。

性欲、またS性ということに絞って、話を進める。


奴隷の側から、御主人様を喜ばせることを考えた時、最初に奴隷が思いつくのは、多分、奉仕をする、ということではないか?と思う。

そして、その奉仕というものは、フェラチオであったり、足舐めであったり、他にも、いくつかあるが、ある程度の事柄に限定されてくると思う。

でも、実際、奴隷に奉仕をさせることが、一番の喜び、性欲や、S性を満たされることになっている御主人様ばかりではない。

私は、奴隷の奉仕は嬉しかったから、私のS性というのは、奉仕にも大きく反応するものというか、奴隷が自分から必死で考えて、奉仕をしようと思ってやっていることには、とても喜んでしまうのだが、

「奉仕なんて考えずに、ただ黙って、命令に従っていろ」なんてことを思っている御主人様も居る。

つまり、奴隷が考えて何かをやることよりも、御主人様自身が、ずっと好きに奴隷の体を使っていたい。それに奴隷は、付きあえばそれでいい。

という人もいるわけだ。

だから、奉仕することが、すべての御主人様にとって、喜ばせるための、最も良い方法だとは、私は言えないと思う。

そういう場合には、無理に奉仕をするのではなく、御主人様のしたいように身を任せるというのが、多分、その御主人様を一番喜ばせる奴隷の態度なのだろうと思う。

奉仕をすれば、それで御主人様が喜ぶのだと思ってしまうと、ちょっと違うことになるようにも思う。

奉仕のことを、例に出してみたが、例えば、性処理の時などでも、奴隷が慣れている方がしやすいからいいという人もいれば、初々しさが嬉しい人なんかも居る。

やはり、上で書いたような多様な事柄の中から、御主人様のS性を見極めること、というのが、大事だ。

だから、御主人様を喜ばせたいと思うなら、まずは、御主人様をしっかり観察したらいいと思う。

どんなときに、嬉しそうにしているのか?見てみること。

調教中に、嬉しそうに笑う御主人様は少ないかもしれないが、例えば、何かをしたあとに、雰囲気として、満足感が出ているとか、フッと息を抜く瞬間とか、

そういうことからも、御主人様の心境の変化や、満たされた感じというのは、推察できるようにも思う。

完全にポーカーフェイスで通してしまう人も居るだろうから、わからないこともあるかもしれないが、それでも御主人様を見ていれば、なんとなく、良いのか悪いのかというのは、気がつくのではないかと思う。

それに、御主人様がやりたいことの傾向というのも、そのうちわかってくると思う。

毎回、必ずやる調教というのは、やっぱり御主人様としても、やりたいこと、つまり、性欲や、S性を満たされることである場合が多いだろう。

満たされないことを、わざわざいつもやり続ける御主人様というのも、あまりいないと思う。

奴隷のことを考えて、そのM性が満たされるようにと、やることを決める御主人様も居るとは思うし、何か次の段階への布石としてやっていることもあるが、それでも、調教の中に、自分のS性を満たすようなことを、少しは、入れてくるだろう。


御主人様を喜ばせたいと、もしも願うなら、奴隷は馬鹿になってしまってはいけないと思う。

頭をちゃんと働かせなければいけない。

もちろん、難しい勉強や仕事が出来るとか、頭の回転が速いとか、そういう意味ではなく。

御主人様をきちんと見て、その心境を推察し、それにどう対応するのがいいのか?を、ちゃんと考える姿勢を持つ。

例えば、「命令に従う」ということにしても、本当に何も考えず、”ただ単に”、命令されたからそれをしているのではなくて、

御主人様が、「忠実に命令に従う奴隷」にS性を満たされることを察知した上で、”それがいいのだときちんと判断して”、命令に従う。

更に言えば、その命令に従うことに、自らのM性を重ねて、喜びに変えるようにできるなら、なおいいと思う。

同じように、命令に従うだけの奴隷だったとしても、これを考えているかどうかでは、多分、違うと思う。

いきなり、できるとは思わないが、そういうことを少しでも考えるように意識している奴隷、もう少し簡単に言えば、ちゃんと御主人様を見ている奴隷が、私は御主人様を喜ばせることのできる奴隷になりやすいと思う。

御主人様は、奴隷を見ていると思う。少なくとも私は、しっかりと見ていたいと思っていた。それが十分だったかどうかは、分からないが。

それと同じように、奴隷も、御主人様をある程度、冷静に見ている必要があると思う。

冷静といっても、雰囲気に酔うなという意味ではなく、しっかりと主従の雰囲気に入った上で、御主人様のことを見ていたほうが良いと思う。

そしてそれは、御主人様を喜ばせるということもそうだが、同時に、御主人様が決定的な間違いを犯しそうになったときに、ちゃんと指摘できるということでもある。

だから、”御主人様を見る”ということは、主従関係にとって、とても大切なことだと私は思う。

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「お前、重いな」

と言われたことのある女性って、どのくらい居るのか知らないが、”重い”とは言われなくても、

”面倒な”とか、”うざい”とか、そういうことを言われたことがあったり、言葉にしなくても、付き合いに対する、相手との温度差を感じたりしたことというのは、それなりに、あるのではないか?と思う。

とりあえず、今回そういうことを、全部まとめて、”重い”と表現する。


”重い女”なんていわれると、大抵の場合、あまりいい意味ではない。

だからといって、”軽い女”も、おそらく、あまりいい意味ではない。

じゃあ、どんな女がいいのか?


奴隷になりたいと願うM女性、また奴隷になったM女は、重い女だと言われることが多いようだ。

統計をとったわけではないので、正確かどうかは知らないが、私がお話をさせていただいた方からは、「重い女だと言われた」とか、「重い女だと思っている」という話を聞くほうが、多い。

私の奴隷も、それを気にしていたことがあった。

「私の気持ちは、重くないでしょうか?」

と、私にわざわざ確かめていたこともある。

「私は、軽いでしょうか?」

と、聞かれたことは、あまり記憶にないから、奴隷も、自分の想いが、私にとって重いのではないか?ということは気になっても、自分が軽い女であるという、心配はあまりしていなかった気がする。

そもそも、軽い女というのは、すぐに男を乗り換えるというか、男にあまり深い想いを寄せないという、ニュアンスがあると思うので、一人の御主人様の奴隷になるという覚悟をしている時点で、こういう風に自覚するM女は、少ないのかもしれない。

軽い女の話はいいとして、重い女についてだが、これは私は、使いたくない言葉だし、そういうことをあまり思いたくないので、実際、よく考えたことがないというのと、

これは、主従というよりも、恋愛関係において、言われることの多い言葉のように思うので、ノーマル恋愛の経験が乏しい私にしてみると、ピンとこなかったりする。

なので、”重い女”で、ちょっと検索してみて、特徴として、出てきたことを、整理して、並べてみた。


相手のことを強く想ってしまって、それしか見えなくなる。そして、同じ想いを相手にも要求する。

頻繁に会いたいと言う。会えないならば、頻繁に電話やメールをする。それに対する、同じ頻度での応答を相手に要求する。

女友達よりも彼氏が圧倒的に優先になる。そして、彼氏にも友達よりも圧倒的に優先にして欲しいと要求する。

イベント事(誕生日、出会った日、初めて○○をした日、クリスマス、バレンタイン、etc…)を覚えていて、それに関して何らかの特別なアクションを要求する。

離れていても、相手のことを把握したいと思い、それを質問し、その答えを要求する(今、何してる?誰と居る?、etc…)。

携帯やスマホのメールや閲覧履歴、SNSやブログなどの開示を要求する(もしくは、勝手に見る)。

など。

他にも色々と出てきたのだが、とりあえず、ざっと眺めて目についたのは、こんなところだ。

そして、どれも私が最後につけた言葉が、多分、重い女になるのかどうかを決定づけるところなのだと、思った。

彼氏に、”要求”するかどうか。

ちなみに、ここでいう”要求”というのは、「必要とする」という方の意味ではなく、「当然のものとして相手に強く求めること」という意味だ。

これが、”要求”ではなく、”期待”であり、それがかなわなかったとしても、「仕方がないかな」と相手の態度を許容できる、もしくはその期待に応えてもらえるようになるにはどうすればいいか?とまずは自分を省みるのであれば、おそらく、重い女だと言われることはないのだろうと思う。

相手のことを知りたい、相手と同じテンションで付き合っていたいというのは、付き合うことの意味でもあるので、それは当たり前に出てくる欲求だと思うのだが、それが、”相手の気持ちを無視した要求”になった時、多分、重い女になるのだろう。

ただ、重い女というと、ニュアンスとして、あまり良くない感じに思われるかもしれないが、そうでもないと思っている男も居る。

こういう女性の行動を、自分のことを好きになってくれた、強い想いであり、愛情の表現であり、とても可愛い、思考や行動だ、と考えている場合。

そうなると、それは”要求”ではなく、”期待”が実現した状態になるわけだから、そもそも、その男にとって、重い女であるという認識になっていないとも言える。

つまり、女性が全く同じ想いを持ち、同じ言動をしたとしても、重い女になるのかどうか?は、一般的に決まるものではなく、実際には、相手の男が決めている(どう感じるか?)ということだ。

どんなに簡単に見える”要求”であっても、普通はやってくれるだろうと思える”要求”であっても、相手の男にとって、それが、あまり好ましくない”要求”に思えるなら、それは”重い”という事になってしまう。

男女関係が対等であるとするならば、これは、非常に理不尽な評価になるかと思うが、それで、重いとか、重くない(とは言わないが)とか、そういうことが決まっていくのだろうと思う。

ここまでは、ノーマル恋愛についての話だ。


次に主従の話にこれを当てはめてみる。

冒頭で書いたように、奴隷になっている女性とか、なりたいと思う女性は、重いと言われる事が多いような感じがするということなのだが、

これは、おそらくだが、普通の恋愛対象である、ノーマル男性から見た場合で、しかもM女性を、ノーマル女性として、付き合うことを考えた場合に、ということではないかと思う。

奴隷になる女性は、御主人様に対して、強い想いを持っていることは多い。

御主人様の一言や、仕草の一つで、一気に気持ちが変わったりと、かなり依存しているM女性も多い。

(依存というと、悪い意味で使われることが多いが、ここでは、色々なものを気持ちのままに預けることのできる相手だと思って信頼しているという意味で使っている)

こう考えると、御主人様に向ける気持ちの大きさや質という意味でいえば、M女性というのは、ものすごく重いのだと思う。

奴隷になるということは、相手に全てを預ける覚悟をするということもある。

そんな覚悟の上に抱く想いなのだから、それは当然の重さなのかもしれない。

でも、それは、あくまでもノーマルな男にしてみれば。ということ。

上でも書いたが、重い女かどうかを決めているのは、女ではなく、男だ。

主従で言えば、奴隷ではなく、御主人様の側になる。

「御主人様が、奴隷に対して何ができるのか?」ということを考えてみると、”重い”と言われてしまう程の想いを持つ奴隷が、別に重いものではなくなることがあるのだと思う。

御主人様というのは、奴隷の”要求”を拒絶できる。

御主人様は、奴隷の要求に、従う必要がない立場であり、逆に、そのように扱われることを承諾したのが奴隷という立場である。として、主従関係を持っている場合が多いと思う。

奴隷は、”要求”が通らない可能性がある、また”要求”すること自体を、自らおこがましいと思うこともある。

それが”奴隷らしさ”の一つと思っている人も結構いる。

奴隷が奴隷という立場を受け入れた時、その中に、「御主人様が、奴隷の”要求”を満たしてくれるとは限らない」ということに納得しているなら、その御主人様が奴隷を重いと感じることはおそらくないのだと思う。

と同時に、M性というのは、要求を満たされないことで、満たされるという、性質もあるものだ。

つまり、奴隷の”要求”が満たされないことというのは、御主人様はもとより、奴隷にとっても、特に問題にならないことがあるどころか、主従であることを強調し、自覚し、その雰囲気に深く浸ることに寄与するものになったりもする。

もちろん、そうならないこともあるが、御主人様が、奴隷の”要求”を満たすつもりにならない時には、なんの躊躇もなく、それをはねつけるというのは、主従の世界でよくあることだ。

例えば、上で書いた”要求”の一つで、奴隷からのメールがきたとしても、私も、全てのメールに返信したわけではない。

毎日メールをよこす奴隷もいたが、それは読むし、そうやって送ってくることをとても可愛らしいとは思うのだが、返信しないことも普通にあった。

それは、奴隷のことを”重い”とか、”面倒だ”とか思ってそうしたのではなく、私が携帯メールを打つのが苦手だからとか、御主人様的な妙なプライドが邪魔するからとか、そういうことの結果だったりする。

奴隷の”要求”ということから考えてみると、それを拒否することが、別段問題にならない事が多い主従の場合には、御主人様が、奴隷を”重い”と思うに至らないことが多いように思う。


ただ、これだけではない。

というよりも、そもそも、M女や奴隷が、”重い女”と見られることが多い、一番のところというのは、御主人様に向ける、その想いの強さなのだと思う。

恋愛関係にある女性が、主従関係にある奴隷よりも想いが弱いという意味ではない。

想いの強い女性はどちらであってもおそらく強いのだろう。

ただ、主従関係の場合、御主人様への想いがものすごく強くなる人というのは、多いように思う。

もともと、相手に対する想いを強く持つ性格の人は、M性が大きくなる傾向があるのかもしれないとも思う。

また、主従関係という、対等ではない状態に納得するだけの、強い想いを御主人様に対して持っていなければ、そもそも、”主従”というのは、受け入れがたい関係でもあるようにも思う。

そして、主従というのは、その強い想いを表現する機会が、多い関係でもある。

例えば、

「御主人様のお好きなように使って欲しいです」

という言葉を私は奴隷に言われたことが何度もある。

これは、奴隷としての立場の自覚ということでもあると思うが、根本の部分で、大きな想いがあるから、出てくる言葉でもあると思う。

こういうことを普通に言えるのが、主従関係だ。

恋愛関係で、「相手の好きにしていい」というのは、思っていたとしても、なかなか言えないのではないか?と思う。

関係が対等であれば、言い難い言葉かも知れないし、言われた方も、戸惑うかもしれない。それこそ、その瞬間に、「重いな…」と感じる男も居るかもしれない。

主従関係になったときの奴隷というのは、こういうふうにその強い想いを、そのまま言葉にできるし、それを言われた御主人様も、そんなことは、普通に思っているというか、

「奴隷を好きに使う」というのは、そもそも、主従関係の前提の一つと思っている事が多いと思われるので、この言葉というのは、何の躊躇もなく、驚くことでもなく、もちろん、”重い”と思うこともなく、受け止めると思う。

私は、こういう言葉を言ってくる奴隷を可愛いと思っていた。”重い”なんてことを、頭の隅にも思っていなかった。

また、奴隷は自分を過小評価していることがある。

前にもブログに書いたが、体のコンプレックスのこととか、性格的に暗いだとか、あまり可愛らしくないだとか、性に関する知識や経験がないとか、

「私はダメなんです…」というようなことを、とにかく色々と思っていることがあったのだが、それを私に言うことというのも、多かったのかな?とも思う。

そういうネガティブな気持ちも、ぶつけてくることはあった。

それを言いやすかったということも、主従であったからだったのかな?と今になると思う。

これが、対等な関係なら、ネガティブなことを口にしたら、やっぱり”重い”と思われるのではないかと思う。

面倒なことばかり言う女だと思う男も結構いるような気がする。

でも、御主人様は、というか、私は、奴隷のこういう部分を、受け止めるのも、役目なのだと普通に思っていたから、自然に奴隷のその話を聞いていたし、それは、とても重要なことで、私も考えてやらないといけないことだと思っていた。

それを、”重い”という風に感じて、面倒だとか、うざったいように思ったりはしなかったように思う。

ネガティブなことを言う奴隷(や奴隷になる前のM女)の話はまた別の機会に書きたいと思うが、奴隷がこういうことを言えるのは、私だけなのかもしれないなと思えると、私は、私の存在意義というのを感じていたようにも思う。

二つ例を出してみたが、これだけではなくて、同様に、奴隷の強い想いが、ノーマルな目線から見た時に、とても「重そう」な言葉や行動になることは、主従ではよくあることだ。

そして、それを受け止める御主人様というのは、それをいちいち”重い”なんて、感じない。

少なくとも、私は感じなかった。

むしろ、嬉しかった。想いを向けてくれていることもそうだし、私に対して、心を素直に開いているようにも思えたし、ちゃんと”奴隷”として私の前にいるという意味でも、そうだ。

このエントリーを書きながら、奴隷の、言葉や、行動を、色々と思い出してみたが、私は、それらに込められた、奴隷が向けてくれた想いを、”重い”と感じた記憶は、”ほとんど”ない。

私の奴隷が、あまり”要求”をして来なかったからなのかもしれないし、奴隷の側で、”重く”なりたいくないと考えてセーブしていたのかもしれないが、私は奴隷が向けてくる想いが、とても嬉しかったのだと、今、考えても思う。

ただ、”ほとんど”と書いたのは、事情のある奴隷など居たから、その想いを、別の奴隷から受けた想いとは、違う重さで、受け止めたことはある。

そういう意味で、重かったことはあるが、それも、不快に思ったわけではなく、私を選んだ、その奴隷から受け取った幸せな重さだったと認識している。

だから、一般的に言われる、ネガティブな意味合いでの、”重い”ということを、私は、奴隷に感じたとは思っていない。

というよりも、御主人様としては、決して素晴らしいとは言えない私に対して、想いを持ってくれたことを、とても幸せに思い出す。

あれは奴隷を持ったことの喜びの一つだったし、またそれを感じたいと思う。


”重い女”が必ずしも、”重い奴隷”になるわけではないし、その重さを、御主人様という存在は、その立場も使って、多分心地よく持つことが多いのではないかな?とも思う。

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kyoと話をすることを断った私だったが、kyoのことが気になった。

M女だから、というのもあったのかもしれないが、人に頼ってもらったのに、それを断ってしまったのが、どうにも落ち着かなかった。

もちろん、私の感情として、美佳のことを思い出させられるから、受け入れ難かったというのは、理由として、間違っていないと思うし、

そういう気持ちで、kyoと話をしていると、そのうちに、私のそんな辛い部分を、kyoへのメールのどこかに乗せてしまいそうな気がしていた。

だから、この判断が悪いとは思っていなかった。

でも、私に、できることがあったのに、メールをたまにやり取りするくらい、大した手間でもないのに、それを突っぱねた。

しかも、美佳と別れたことを告げずに。

ちゃんとした理由をkyoに説明していない。

だから、kyoは、きっと、私に迷惑な事をお願いしてしまったと思っているのだろうな、と、私は思った。

そんな風に思わせてしまったであろうことが、なんとなく、私の心に引っかかっていた。

そういうことは、すっぱり忘れられるといいのだが、私は、どうも気になってしまう、厄介な性格の持ち主だ。

そんな自分の性格も、わかっていたのに。

後から気にするくらいなら、断るなということなのだが…。

でも、断ってしまった以上、今更、kyoにメールを出すことはできない。

直樹からも、メールは来なかったから、kyoは直樹に、私に断られたことは言わなかったのだろうと思った。

そういうところは、私のことを気にしてくれたのだと思えて、余計に、断ったことが、申し訳なく思えた。

だから、私は、直樹の掲示板を見るようになっていた。

書き込みはしなかったのだが、ちょこちょこと覗くようになった。

kyoが他の誰か、相談相手を見つけられればいいと思ったから。

というよりも、そういう相手を、kyoが見つけたことを私が確認して、楽になりたかったのだと思う。

私は、書き込みはしないし、知り合いの誰かに、kyoの相談相手になってやってくれと頼むわけでもないのだから、これは確実に、kyoのためではなく、自分のためだった。

しばらくは、何もなかったのだが、2週間ほど経った頃だったと思う。

kyoが、掲示板に書き込みをしたのをみつけた。

そこには、kyoが私に聞きたいと思っていた質問が、やっぱり、あのビジネス的な文章で書かれていた。

それは良かったと思った。

掲示板なら、誰かが答えてくれるだろう。

たとえ誰もいなくても、直樹が最後はなんとかするはずだった。

だから、これで、いいのではないかと思ったのだが…。

問題があった。

kyoは、やっぱり、真面目だった。

私へのメールと同じように、書き込みに添えて、顔写真を掲示板に投稿したのだった。

その書き込みを見た瞬間に、ため息が出た。

それを見ていた人は多かったと思う。

直樹という、ちゃんとした管理人が居る、和気あいあいとした掲示板とはいえ、見ている人の中には、写真を悪用しようとする人も出てくるかもしれない。

kyoの素性を調べようとする人も居るかもしれない。

SM関連のところで、顔を出しての投稿は、表の世界に影響を及ぼしてしまうかもしれない。

悪い人がいるとは思いたくなかったが、やっぱり、そこは表の世界からは、”変態”と言われてしまう世界の掲示板なのだ。

そこで、表の世界に影響が出る可能性のあることを、簡単にやってはいけない。

信用できる相手にしか、個人を特定できる情報を教えてはいけない。

実際、私と同じように思った、掲示板の参加者が、写真を早く消したほうがいいと、コメントをつけていた。

本当は、私も、kyoに、写真を消すようにと、メールを送るべきなのだろうが、見つけた時には、書き込みされてから数時間経っていたから、私のメールをkyoがすぐに見るかどうか、わからなかった。

また、直樹が見れば、問題があるのはすぐにわかるはずなので、消してくれるのだろうが、その状態で消えていないということは、直樹もまだ気がついていないということだ。

でも、そのままkyoを晒しておくのは明らかにまずい。

だから、私は、掲示板の管理人パスワードを使って、その写真を消した。

そのパスワードは、掲示板設置の時に、私が設定したものだったから。

直樹のサイトの掲示板は、私が設置したから、私にはこれが出来た。

直樹に了解を得ていないから、違法行為になるのかもしれないが、それはそれだと思ったし、直樹が後から了承するであろうことはわかったから。

そして、写真が消えて、不思議に思っているであろうkyoにも、メールを送った。

「掲示板に、不用意に顔写真を投稿するのは危険だから、削除した」と。

また、こうなるに至った経緯を、直樹にもメールしておいた。

私がkyoとの話を断ったことが発端だったということも、全て書いた。

そこまでやって、少しホッとしたのだが、私がkyoの話を聞いてやっていれば、こうなっていなかったのだろうと、どうしても思ってしまう。

私のせいではなく、kyoが自分でしていることだというのは、わかっているのだが、やっぱり、後味が悪い。

kyoから、余計なことをするなと、メールが来そうな気がした。

でも、先に連絡をよこしたのは、kyoではなく、直樹だった。

メールではなく、電話で。

直樹もおそらく、kyoのしたことに関して、かなり焦ったのだろうと思う。

その対処をした私に、直接、話がしたかったということらしかった。

直樹は私がしたことは、そのままに了承してくれた。

そして、とても丁寧に、その対応へのお礼も言われたのだが、そのときに、こうも聞かれたのだった。

「vet君は、もう、SMは嫌いですか?」

と。

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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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当ブログの管理人、vetへのメールは以下のリンク先のメールフォームから送っていただければと思う。2つあるが、どちらのメールフォームからでも、良いので、都合の良い方を使ってもらえればと思う。

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掲示板形式で話ができる場所。ブログにコメントできない時のための非常用に作ったが、それ以外でも、私と参加者、また、参加者同士などで、話をするのにも気軽に使っていただければと思う。

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