理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

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kyoからの返信メールは、やはり、ビジネスメールみたいだった。

もちろん、失礼なことなど書いていなかった。

まだ親しく話をする前の段階であることの距離感を考えて書いているのだと思えた。

とても真面目な性格が伺われるのは、最初にメールを貰った時と同じだった。

kyoは、自分が掲示板に顔写真付きで投稿してしまったことについて、私が書いたメールや、書き込みに寄せられたコメント、また、直樹からも、メールが行っていたらしく、それが、リスクの高いことであるというのは、そのときには理解していた。

だから、私が写真を勝手に削除したことを、怒っているようなことは、全くなく、感謝の言葉と、自分の軽はずみな書き込みを恥じている、ということを書いてきた。

また、kyoとの話を断った私に、手間をかけさせてしまったことを、ものすごく謝っていた。

だが、その部分が、私は、とても申し訳なかった。

kyoは、私に迷惑なやつだと思われているのだと、思っているのが、容易に想像できたからだ。

私が、kyoとの話を断った真意を伝えていなかったから、kyoがそう思うのは、無理のないことなのだが…。

だから、kyoが、そのメールの最後に、

「これ以上、vet様には、ご迷惑をおかけしたくありませんので、メールの返信も、お気になさらないでください」

と書いていたことに、ため息が出た。

でも、私は、これだけで終わることは、どうしてもできないと思った。

だから、返信不要とのことだったのだが、そのメールに返信をした。

なぜ、kyoとの話をしないと言ったのか?それをちゃんと説明した。

美佳と別れたことを書いた。

SMや主従というものが、美佳との思い出に結びついてしまっていたから、話をするのが、気が進まなかったということも書いた。

そういう気持ちがあったから断ったというだけであって、kyoが迷惑だとか、質問に答えるのが面倒だとか、そういうことは全く思っていないということ。

それについて、誤解させてしまったことなど、素直に謝罪した。

その上で、kyoの質問についての話をしてもいいと思っていると書いて、メールを送った。

それに対して、kyoから、返事が来たのだが、その中で、kyoは、もともと質問したかったことについては、一切触れて来なかった。

その代わりに、美佳と私が別れていたのに、それを思い出させるようなメールを送ってしまったことをひたすらに謝っていた。

でも、それは、kyoが知らなかったことであり、謝るべきことではないのだが、とにかく、そのことで、私の傷をえぐったのだと、kyoは思ったようだった。

この時は、私が送るメールが、次々に、kyoに気を使わせる方向に行ってしまっており、裏目に出ている気がした…。

それと、ビジネスメールっぽい文面は相変わらずだったから、少し固い印象とか、冷静な感じをkyoからは受けていたのだが、

このあたりから、なんだか、kyoが、自信が無いような、そんな素の部分を持っているのではないか?と、思うようになってきていた。

メールではあったが、私と話をすることに、緊張しているのではないか?と、思えてきた。

ビジネスメールっぽい文面も、もしかしたら、そういう部分があるから、仕事で書き慣れたように書いてきているのではないかと、思うようになった。

などと、kyoのことが、少しわかったような気はしていたのだが、kyoは、とにかく、申し訳ないという謝罪を、私に言うばかりで、本来、話をしたがっていた、SMや主従に関する質問を、一向にしようとはしなかった。

私も、事情を説明すれば、kyoが気を使うかもしれないということを、あまり考えていなかったことに、あとで気がついて、メールでの話が下手な自分を呪いたくなった。

kyoの性格を、もっと冷静というか、メールの書き方のように、スパっと割り切って、話を進めるのではないかと、思っていたのだが、それが間違いだったことに気付かされた。

そんな中で、何度かメールのやり取りをして、私が、美佳との別れの思い出とは、切り離して、主従の世界の話をすることにしたことや、

私としても、過去の奴隷とのSMや主従の中で、良かったことは良かったと、認め、少し前向きに、主従の世界に触れていきたいと思うようになってきていること(実際にそうかどうかは、この時点ではまだ疑問ではあるのだが、kyoにはそのように伝えた)を、

何度も説明して、kyoが、私に対して、謝る必要など無いと、言い続け、なんとか、kyoも、謝るのをやめてくれた。

そうなるまで、何通かのメールのやりとりをしたのだが、kyoは、そういう、人の気持ちに対して、

良い意味で言えば、敏感で配慮ができるということであり、悪い意味で言えば、それを気にし過ぎて、触れてしまうのを怖がり、怯えているような印象を受けた。

今、思えば、だが、kyoは、他人の心に深く入り込むことを避けている感じがあった。

同時に、自分の心にも、深く入り込まれるのを、おそらく無意識に防御していた。

人は、精神的な(実際の距離的にも)テリトリーというのは、必ず持っているものだから、その中に踏み込まれること、また他人のテリトリーと分かるところに踏み込むことは、避けたいと思う傾向があるのはわかる。

ちゃんと、心には壁がある。誰も、いれることのない自分だけの場所というのは、あるものだ。

でも、kyoの場合、そのテリトリーが、結構広く、また壁も強固だったのだと思う。

人を寄せ付けない雰囲気というのを持っている人はいるが、kyoには、外面的には、そういうのはなかった。

話をすればフレンドリーに対応する。むしろ、社交的といわれる方だと思う。

でも、少し深い話をしてみると、「ああ、ここは、入って欲しくないのだな」と思う部分に、結構ぶつかった。壁が色々なところにあった。

だから、他人(私)のテリトリー、そして、その壁にも、敏感だったのだと思う。

kyoが、そんな感じの女だということを、私は最初に全くわからず、話をすることを、無下に断ってしまっていたのは、想像以上に、kyoにとっては、ダメージだったのではないかと思った。

多分、直樹に、「vetに連絡を取りたい」とメールを出すことも、その後、私にメールを出したことも、相手の壁を意識するkyoにとっては、ものすごく、勇気がいることだったように感じた。

それをおして、私にメールをしたのだろう。

それなのに、私のテリトリーを土足で踏み荒らしてしまったのだと思い、それを悔いていたように感じた。

だから、余計に、kyoの質問には、しっかりと答えてやりたいと、この時の私は思うようになった。

それで、言葉を尽くした。

今思えば、お節介にも近かったかもしれないが。

そんな感じで、何度もメールをしていくうちに、kyoもやっと、

「それでは、質問させていただいても、よろしいのでしょうか?」

と、言った。

その言葉に、私は、とてもホッとしていた。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト



私が、当たり前だと思って、今まであまり触れずにいた事で、「こんなことを思う方もいらっしゃるのだなぁ」と気付かされること、というのは多い。

特に、ノーマルな方や、主従関係を持ったことのない、M女やS男の方々に、メールをいただくと、そういうことが結構あるので、とても興味深い。

それから、私自身のこととしても、奴隷経験がないM女を奴隷にした時に、同じ事を思ったことがある。

「ああ、そういえば、これは、こっちの世界での常識なんだよな…」

と。

私は、自分が”主従やSMの世界の常識”にどっぷり浸かっていることに気がつく。

もちろん、それを忘れているわけではないし、区別がつかなくなるようなことは当然無いのだが、こっちの世界で話をしていると、相手も、その常識の中にいるのだと思って、ついつい説明もせずに、話を進めてしまうことがある。

そして、「それってなんですか?」なんて、言われて、ハッとし、内心で、自分に苦笑している。


今回は、そういう話を、少し書いてみようと思う。

それで、最初に断っておくが、私がこれを書くのは、ただ単に情報として書いておくという意味(私自身としては、裏の世界の常識にしっかり浸かっている自分を戒める意味があるのだが…)で、それ以上でも以下でもない。

だから、M女性に対して、SMや主従の世界に入ることを勧めるためのものでも、思いとどまらさせるためのものでもないことだけは、わかっていて欲しい。

私に他意はなく、冷静に読んでくださると信じて書くものだ。

以下の内容と、誰かの奴隷になるかどうかの決断というのは、全く別に考えて欲しい。

簡単に奴隷になることを決断していいのだと、私が言いたいのではないことだけは、初めにお断りしておく。

こういうことは、今までも、よく書いているから、皆さんには耳にタコなのではないかと思うのだが、私は、万が一にも、M女性が判断を間違うようなことになっては困ると思うので、しつこいようだが書かせて頂く。


さて、本題に入る。

主従関係を持ったことのない、M女性から頂いたメールに、これまでに、何度か書かれていたこと。

それは、

「vetのブログの中に出てくる調教を読むと、耐えられない気がするから、自分は奴隷になれないのではないかと思う」

また、

「自分には、M性がないのではないかと思った」

というものだ。

自分が”M女”かどうか?の疑問。


私は、調教の具体的描写は他のSMブログほど多くないと思っているし、多分ハードなことはあまり書いてないとも思うのだが、それでも、そのように思われる方がいる。

ノーマルな方が、「耐えられないと思う」とおっしゃるのであれば、それは納得なのだが、M女性がそう思うということは、私にとっては少し意外でもあった。

私は、御主人様の中では、それほどハードではないと思っていたから。

もちろん、ハードだと言われることもやったことはあるが、本気でハードな人たちのことも知っているから、あそこまでは、やらないよなぁ、なんてことを思っていたりする。

それに、”精神的な支配”というのが、私の目指すものだったから、プレイ自体の派手さはあまりない気もする。

特に、初期よりも、後期の方は、そういう傾向が強くなったと思う。

そういうことをブログに書いていたつもりだったのだが、それでも、出てくるSMのプレイや、調教に、耐えられないと思うと、何人かのM女性からのメールに書かれていた。

この時点で、何をもって”ハード”な調教と思うか?という基準が、私と、主従関係を持ったことのないM女性とで、ずれている可能性もあるから、それも、こういう感想をいただく一つの要因でもあろうと思う。

でも、よく考えてみたら、それは、当然のことで、私が説明しない部分からくるものなのだろうと、思った。

もともと、このブログは、調教を記録したり、説明するために書いているわけではないので、それは仕方がないのだが、誤解されたままだと、なんとなく、私が納得いかないので、書きたくなった。

もしも、同様に、私が書いている調教に耐えられないという感想を持たれた方がいらっしゃるなら、以下の2点のことを勘案して読んで欲しいと思う。


まずは、ブログでの私の書き方だ。

説明不足というか、もともと、調教を説明するためのブログではないということ。

続きものの話は、M女を奴隷にするところから書いているが、そのときの私の気持ちの部分や、奴隷から感じた思いを特に書きたいので、このカテゴリのエントリーは、調教の描写がそもそも、かなり少ないと思う。

そして、四方山話など、他のカテゴリのエントリーには、ある程度、調教描写はあるのだが、これは、前から書いているように、時系列を無視して、私が、エントリーを書こうと思った時に、頭に浮かんだことを書いている。

つまり、いつのことを書いているか?というのを明確にしていない。

奴隷が奴隷になってから、どのくらい経ってやったことなのか?なんて、書いた覚えがあまりない。

要するに、つまみ食い状態で、色々な時期のことを、ランダムに取り出してきて書いている。

私のブログというのは、こういうものだ。

だから、初期の奴隷に対する調教の話を、特別に書いているわけではない。

たまに出てくるかもしれない、しかも他の時期のことと、特に分けずに。という感じ。

実際、書いたエントリーを思い出してみても、本当に初期の奴隷に施した調教の話、奴隷になることとはどういうことか?みたいなレクチャーのような躾のことを、書いた記憶があまりない。

私のブログの傾向として、まず、こういう特徴が挙げられる。


それから、もうひとつ。

M女の持つ、”M性”について。

それにも、多様性があるということ。

それを、しっかりと認識して欲しいと思う。

M性というのは、どのM女にとっても、同じものであるというのは、確実に間違いだ。それは、奴隷を複数飼った経験から、断言する。

M性は、M女ごとに違う。

その大きさも、どんなことに刺激を受けるか?快感に感じるか?という方向性も、またどの程度の強さの調教に耐えられるか?という耐性も、全て違う。

M女ということで、ひとくくりにできるものではない。

どんなに簡単だと思われる調教でも、耐えられないM女には、耐えられない。

だからといって、M性が低いというわけでもなく、全く別のことには、ものすごく耐えられ、大きな刺激となり、快感や幸福感になる人もいる。

SM行為の全般的なことに対して、それなりに大丈夫な奴隷もいれば、ダメなものと良いものの差が、ものすごく激しい奴隷もいる。

それがM性の違いというものだ。

M性にも個性がある。

だから、私のブログを読んだ時、それに耐えられないと貴女が思うなら、それは、私がその時に施した調教とはM性が合わない、もしくは私とは合わないというだけであって、別の調教であれば、他の人であれば、合うのかもしれない。

本当に相性がいい人と出会えたなら、幸せに感じることもあるだろう。

それから、一つ目の話とも重なるのだが、M性というのも、調教を重ねていくと変わっていくように私は思っている。

初期にだめだったことが、後からは快感になるという奴隷の事例も散々に見てきた。

奴隷は調教で変わるし、私も奴隷を、私に良いように変える。

奴隷は職人が使う道具のようなものでもあるかもしれない。

使い込んで、しっくりと私の手に馴染む(実際には、体に馴染む、心に馴染む)ように、していく。私だけの奴隷に仕立て上げる。

それによって、奴隷は大きく変わる。初期と、後期では、全く違う奴隷になっていることも、少なくない。

そういう意味で、ブログの中には、変わった後の奴隷の話も、脈絡なく、混ぜて書いてあるので、例えば、後期の慣れてきて色々な事ができるようになった時の調教を見て、「これは耐えられない」と思うのも、自然なことだと思う。

主従の経験がないM女性は、変わる機会すら、まだ得ていないのだから。


ということがある。

ただ、これを考えたとしても、やっぱり耐えられない、というM女もいると思う。

そして、それはそれで、そういうものなのだと思っていていいことだ。

そもそも、私が書いている、私の経験と知識のみから構成された、このブログで判断するということ自体に、無理がある。

だから、もしも、そういうことを確かめたいなら、他のブログやサイトも読んでみることをおすすめする。

とにかく、私のブログを読むにしても、他のブログも含めて考えるにしても、視野を広く持って、考えたほうが、より、自身のこと、自身のM性というか、主従に対して、御主人様に対して、望んでいることを、理解できるのではないか?と私は思う。

だから、私のブログに書いてある調教だけを見て、耐えられそうにないから、「M女じゃない」とか「奴隷になれない」とか、そういうことを思う必要はない。

もちろん、M女じゃないと思っても、それは自由なのだが、やっぱり、色々な事例を見てから、判断するほうが、納得できるんじゃないかと思う。

また、本当に確かめるなら、やはり、実際にSMや主従をやってみるしか無いと私は思う。それ以外に確実に確かめるすべはない。

ただ、こう書くと、M女に、この世界に入ってみろと、安易に入っていいものだと言っているように、勘違いされると困るのだが…。

冒頭でも書いたように、入るかどうかは、ちゃんと考えて欲しいと思うし、信頼出来ると思える御主人様候補が見つからなければ、入ってはいけない。

テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト


ある役割を演じる。

RPGといったら、わかりやすいか。

FFやドラクエなんかを思い浮かべる人も多いだろうが、ある役割を演じて、何かを疑似体験する。

勇者になって、世界を救う旅をする。

たまたま、それがGameなので、RPGと呼ばれる。


SMや主従関係のことを、role-playingと言う人がいる。

「演じてるだけなんでしょ」と。

S側は、”御主人様”という役割を、M側は”奴隷”という役割を演じているのだと。

肯定的な意味で、このように言う人もいるが、否定的な意味で言う人のほうに、私は多く出会った気がする。

でも、私は、これは、その通りだと思う。

というよりも、私は、御主人様らしい御主人様で居たいと思ったので、”御主人様”という役割を、頑張ったつもりでいるから、否定的な意味で言われても、「それはその通りなんだが…」とちょっと苦笑してしまう感じだ。

私は、誰よりもうまく演じようとしたのだと思う。

でも、それは別に特別なことじゃないと思っている。

この世にある、色々な”立場”というのは、その役割を演じている部分が、少なからず、あると思う。

主従ではなく、恋愛関係にしても、私はそう思っている。

それまでは、男と女というものだったのに、恋愛関係になった途端に、”彼氏”と”彼女”という、立場になって、その役割を果たしつつ、恋愛という、体験をする。

ただ、”彼氏”や”彼女”という立場を、”演じている”なんて言う人は、あまりいない。

むしろ、恋愛について、

「演じてるんじゃないの?」

と、言われてしまうようなときは、”彼氏”らしくない、”彼女”らしくない、ギクシャクした関係に見える、というニュアンスが含まれていると思う。

”彼氏”や”彼女”という立場の人が、世の中に沢山居て、”恋愛”という体験をした人が多いから、それは、わざわざ”演じている”なんて言われないのだろう。

みんなが、俳優や女優で、いつでも演技の世界に入り込めるなら、誰も珍しがったりしないということだ。

人生の中に普通にあるもの、ということになる。

それに、恋愛関係の先に、夫婦関係というものもある。

これに至っては、法律で、ガッチリ規定され、守られていたりする、社会の”制度”の一つ。

今は、そうでもないのだろうが、私の両親の世代以上くらいになると、「結婚して、家庭を持ってこそ、一人前」なんて、思っている人も多いだろう。

結婚すると、”夫”と”妻”という立場がそこにはあるし、子供が出来れば、”父親”や”母親”という立場もあるのだが、それも、演じているなんて言われることはあまりない。

そして、”彼氏”や”彼女”が、演じていると言われないのは、”夫”や”妻”という、社会的に認められた立場に、最も自然に、移行できるということも、あると思う。

そう考えると、主従関係の”御主人様”と”奴隷”というものが、演じていると言われてしまう理由もわかりやすい。

日本の社会の制度に溶け込めるものではないからだ。

なんて、難しく考えるまでもなく、一般的な、男女付き合いの形とは違うから、そういう風に言われることが多くなるのだろう。

要するに、珍しい。

”演じること”を職業にしている、俳優や女優が珍しいのと、発想は同じだと思う。

でも、私にしてみると、彼氏や彼女というのも、演じているように見える。

私は、恋愛関係よりも、主従関係の経験のほうが多いから。

つまり、私にとって、”彼氏”という役割は、珍しいもの、そして、”彼女”と付き合うというのも、珍しい体験になる。

だから、私には、”御主人様”のほうが普通だったりするのだが、世の中で、どっちが一般的なのか?というのは、もちろん、心得ている。

私のように、”彼氏”よりも”御主人様”が普通になり、主従を演じているなんて思わなくなった人間を、世の中では、”変態”と呼ぶわけだ。

これは、慣れという意味で、演じているとはわかりつつも、私が普段は意識しないでいた部分。

それと、もう一つ、素の自分を出した時に、何が出てくるのか?というものもあると思う。

ノーマルな男であれば、”彼女”を前にした時、興奮すれば、セックスをしたいと思うのだろう。

それが、素の反応というか、素直な欲望だと思う。

そして、素直に欲望を出している時というのは、多分、演じているとは自覚しないのだと思う。

私が、”奴隷”を前にした時、素の反応をするなら、SMをしたいと思う。セックスもその中に入るが、それは、性処理という形で、奴隷に奉仕させたり、私が勝手なタイミングですることが多い。

それが、私の素直な欲望だと思う。

だから、私は御主人様として、SMをしている時に、演じているという感覚は、無い。

ただ、最初のうちだけは、少し違っていた。

あの頃の私は、「御主人様でいなければ」という気持ちが強かった。

自ら演じようとしていた。

でも、意識せずに御主人様として、ある程度の振る舞いをしていられるようになってからは、演じているという感覚は、私の中からは徐々に無くなっていった。

奴隷からは、どう見えていたのか?はわからないが。


と、私は主従であるときに、思っていたのだが、それでも、”演じている”、というのは、正しいと思う。

私は良い”御主人様”であろうとして頑張ったつもりだった。

頑張ってそれをやるなら、演じているということだと思う。

だから、私は、私がやってきたSMや主従における、”御主人様”というものは、role-playingなのだろうと言われても、それはそうだろうなと思うし、何かそれで問題があるのか?と思う。

”彼氏”であれ、”夫”であれ、”父親”であれ、頑張ってそうありたいと思う人は、普通にいる。

例えば、

「良い父親になりたい」

そう思い、そのために頑張る人はきっと多いと思う。

また、こう思っている時は、「良い父親を演じたい」のではなく、本当に「良い父親になりたい」、つまり、素でいることで、良い父親であることを望んでいるのだと思う。

私が御主人様でありたいと思うことも、それと基本的には同じことだと思っている。


そして、”奴隷”も多分、そうなのだと感じる。

M性が強かったとしても、最初は”奴隷”であるようにと意識しなければ、きっと”奴隷”でいることは、難しいのではないか?と思う。

「私は、良い奴隷になれているでしょうか?」

なんて聞かれたことがあるのだが、こんな質問を私にするということは、奴隷として、こうなりたいという、何かがあったからだったと思う。

私の奴隷に、”奴隷”を演じているという意識があったのかどうか?はわからない。

でも、”奴隷”らしくあろうと、意識していたのであれば、それは、演じているということなのだと思う。

そして、そのうち、”奴隷”であることに慣れていき、M性に基づいた欲望を素直に出して、私の前に居られるようになってくると、演じているなんてことは、考えなくなったのではないかと思う。

こうなることが、”奴隷になる”ということの一つの要素なのだろうなと私は思うし、こうなることで、M性からの快感や幸福感というのは、大きく、また自然に、感じられるようにもなるのだと思う。

他の人が、主従関係のことを、role-playingだと言うことについては、それはそうだと私も同意するのだが、

私が主従で、重要に思うのは、自分が、”奴隷”もしくは、”御主人様”として居ることをrole-playingだと、意識しなくなることだと思う。

もちろん、表の世界との境界線を忘れるという意味ではなく。

少なくとも、主従として居るとき、SMをしている時には、”演じている”という、意識が無いこと、素直にSやMという、性癖を出せているときが、SMや主従の世界に、きっちりと入り込める時であり、それを目指しているのだろう。

これは、主従を始めたばかりの時には、なかなか難しいことだが、焦らずに、徐々に世界に入っていけばいいし、特に奴隷の場合には、御主人様が、雰囲気を作り、うまく導くことで、”演じている”という意識を消してやることもできると私は思う。

SMや主従は、role-playingだと言ってもいいが、それを自分が、全く意識しないでいることができるようになれれば、その時は、とても幸せな気がするし、私も、主従関係を持つなら、そうありたいし、奴隷にもそうであって欲しい。

意識しなくても”御主人様”と”奴隷”であり、それが普通で、お互いに幸せだと思えることが、”主従”という関係では、大切なことの一つだと思う。

テーマ:SM - ジャンル:アダルト

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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