理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

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正月に、初詣に行って、色々な願い事をする。

家族の健康だったり、合格祈願だったり、商売繁盛だったり。

主従の方は、SMプレイでの安全祈願なんてしているのかもしれない。

私は、その年の願い事というのもあまりしないタイプだから、自分からは初詣に行く方ではないのだが、行くのが嫌というわけでもない。

誘われれば、行く。

ただ、私のような変態を、神様は歓迎するのか?というのが、鳥居をくぐるときに、多少気になる。

でも、変態程度で、歓迎できなくなるような、心の狭い神様なら、こっちから願い下げだとも思う。

まあ、それはいいとして。


今年は、誘われたので、近所の神社に初詣に行ってきた。

何を願ったか?は内緒として…。

こんな感じで、誰にでも、願いや希望はあるのだろう。

特に、一年の最初は、そのことを意識する機会が多いかもしれない。

私は、季節ものの記事はあまり書かないので、年始に、年始らしい話題を書くのは、珍しいなと、ちょっと苦笑しながら書いている。


”願い”ということで思った。

奴隷の本当の願いというのはなんだったんだろう?と。

今でも思う。

あの奴隷は、何を願って私の奴隷でいたのか?と。


奴隷にも、願うこと、希望することはあった。

それは、私と主従関係になった動機でもあると思う。

そういうものを奴隷は確かに持っていて、私に伝えてきたものも多い。

例えば、調教で、「鞭をください」なんて言うのも、奴隷の願いだ。

その痛みの中に快感を得られるから、鞭で叩かれることを望む。

その残った傷跡に幸せを感じるから、鞭で傷付けられることを願う。

「ご奉仕させてください」なんてことですらも願いだ。

奉仕することが願いになるというのが、普通の発想では、あまり出てこないものかもしれないが、それでも奴隷はそれを望み、それが叶うと、ニッコリと微笑んだ。

だが、私は調教の最中に、奴隷の願いというのは、すぐに叶えるようなことはあまりない。

私は私のやりたいようにする。

たまたま、私がやりたいことと奴隷の願いが一致したり、本当に簡単なことだったりすれば、そのままやることもあったし、それですらもひねくれて、奴隷が望むから、お預けにしたりもした。

奴隷が、何かをして(させて)欲しいと言っても、それをそのままの形で、叶えてやるかどうかは、その時の気分や、私が奴隷を見て、それを与えるべき時なのか?という判断次第。

ただ、その時に奴隷の希望を叶えなかったにしても、その願いは、覚えている。ちゃんと記憶している。

そして、何かの機会に使う。

奴隷が難しい命令をうまくこなせた時のご褒美だったり、気持ちが落ち込んでいる時に、引き上げるために使ったり…。

そのほうが、奴隷にとっては効果的なのがわかっているから、私は奴隷の願いをそういう風に使う事が多い。

例えば、美佳が奴隷になるとき願ったのは「抱きしめて欲しい」ということだった。

それでも、調教のたびに抱きしめたりはしなかった。

でも、美佳が辛そうな時、何かを悩んでいる時、また逆に、美佳にはすごく珍しいのだが、とても嬉しそうにしている時、私は自然に抱きしめてやることがあった。

そんな感じで奴隷の願いを叶えていたように思う。


私が奴隷の願いを話として聞くことというのは、奴隷にする前が最も多かったかもしれない。

奴隷になるかどうかの話をしているときに、どんな調教が好みなのか、逆に、どんなことをされるのは耐えられないと思うのか?ということは、聞いておくし、私の方針も伝える。

主従としての相性が合うかどうかの確認をするのに、そういう話は欠かせないと思っていたから。

奴隷のMの方向性を、その時点で多少なりとも把握したかった。

苦痛が好きな奴隷なのか、恥辱が好きな奴隷なのか、なんて具体的なプレイのこともあるし、

御主人様とのストイックな関係を望むのか、恋人に近いような関係を望むのか、などの、主従としての接し方についてのこともある。

それ以外の望みも、その時には、しっかりと聞くようにしていた。

具体的なプレイのことを事細かに語っていた奴隷も居たし、ただ、私に「使って欲しい」とだけ言った奴隷も居た。

奴隷によって、本当に色々な望みがあり、私はそれに耳を傾けた。

また、奴隷にしてからの調教の中でも、口に出して伝えてくることもあれば、目で訴えるようなこと、それらしい態度で示そうとしていたこともある。

こんな感じで、奴隷には、私や、二人の関係についての、願いや希望があった。

それは確実だ。


でも、主従関係が進んでいくと、はじめの頃に言っていたのとは違う願いを奴隷が持つようになってきた。

本当の願いと言ってもいいのかもしれない。

これだけあればいいと、奴隷が言ったこともある。

そんな願い。

私が奴隷たちにそれを言われた時、驚いた願い。

それは、「御主人様の好きなようにして欲しい」というもの。

言い方は様々で、「御主人様の快感が私の快感です」と言った奴隷もいたし、

いつも「御主人様、私は、使いやすいでしょうか?使っていて楽しいでしょうか?」と確認していた奴隷も居た。

私の過去の奴隷たちが、他の願いを差し置いても、最終的に口にしたのは、こういうことだった。

これ自体は、奴隷が言うことはあると思うし、はじめから言っていた奴隷も居たのだが、私が驚いたのは、時間が経つに連れて、どの奴隷も言った願いだったということ。

最初に会った時、奴隷にする前や、奴隷にした直後の話では、具体的なプレイや、主従の形について、望む言葉が多かった奴隷。

それぞれに違う望みを言っていた奴隷。

M性を刺激される部分も、私との望む主従の関係も、それぞれに別だった奴隷。

性格も、性癖も、主従に対するアプローチも違う。

なのに、最後には、同じ願いを言い出したことに、私は驚いている。

出発点が違う、個性もあるのに、同様のことを言い出す。同じような心境になっていく奴隷が不思議だった。

もちろん、私の奴隷になるのだから、私の好きなようにされるのだということは、最初の段階でも、思っていただろう。

でも、それはあくまでも願いではなくて、私のS性や御主人様という立場について、許容したということだと思っていた。

だから、同時に、自らの直接的な快感も求めて、具体的なプレイや、主従の関係の仕方を、望みとして、挙げていた奴隷が多かったのだと思う。

私は、奴隷のその望みというのは、変わらないと思っていた。

それで快感を得たいから、私の奴隷になるのだ。だから、そういう望みを持つ。

至極当然のことだと思っていた。

それなのに、奴隷は、具体的なプレイの希望などをあまり言わなくなっていった。

私との関係についても、やっぱり言わなくなっていった。

もう伝わったから、言う必要がないと思ったのかもしれない。もしかしたら(もしもそうなら本当に申し訳ないことだが…)、私に言えなくなってしまったのかもしれない。

でも、この「御主人様の好きにして欲しい」という望みだけは、口にすることが多かった。

自身の快感を差し置いてでも私の快感を優先したい。

私が快感を感じていることを感じることが自身の一番の快感になると言った奴隷も居た。

好きにしてる時の私の顔を見られると幸せだと言った奴隷も居た。

奴隷は、私に「好きなように使って欲しい」と願った。

それが快感であり、幸せを得られることと思うようになったと言った。


でも。

これが奴隷の本当の願いだったのだろうか?と考えることがある。

奴隷はもっと別のことを望みたかったのではないのか?と思うことがある。

私といるから、私を御主人様として想うから、こういう願いが出てきただけで、もっと、自分だけの快感や、幸福感を得られる何か。

真の願いがあったのではないか?

そんなことを思うことがある。

真の願いが、「私に好きに使われること」であったのなら、私はそれを叶えることができた。

私は奴隷を好きにしたのだから。奴隷を使うことに、この上ない快楽を得たのだから。

本当に、私の都合だけで、良いように使ったことで、私は幸福感をもらったのだから。

でも、そうじゃない何かが、もしも、あったのなら、それを知りたかったなと思う。

奴隷が本当に願っていること、奴隷としてしっかりとその立場に馴染み、入り込んだ時に、思う、真の願いって、何なんだろうな…。

今でも、それは気になることだ。

そして、それが、本当に、「私の好きに使われる」ことだったのだろうか。


今日、初詣をして、願い事を考えたとき、私は、そんなことを、やっぱり、また思っていた。

積極的には行かないのだが、初詣するのも、いいものだ。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト


私は、今まで、女しか奴隷にしたことはないし、これからも、そうだろうが、それでも、どうも、女という生き物は難しいなと思っている。


私は、奴隷心理というのは、それなりに理解できる気がする。

奴隷ごとに違うので、すべてわかるなんてことは、とても言えないのだが、M性を根拠とした気持ちというのは、私が奴隷に触れるうちに、「こういう風に思うのか…」という思考の流れを、経験則みたいなものとして、なんとか、持てた気がする。

また、奴隷の心理というのは、私が持っている”奴隷のイメージ”で、奴隷を躾けたことで、私が与えた部分もあると思うから、私の奴隷は、私には、わかりやすいものという一面もあったと思う。

だから、奴隷が、奴隷的な思考で動いている時というのは、言動の予測をつけやすい。

でも、女性心理ということになると、わからないことのほうが多い。

奴隷が女性心理にもとづいて動いている時というのは、結構、お手上げだったことがある。

もちろん、奴隷の前で、お手上げだなんて、言わないし、そんな態度も取らないが、正直、もてあますことがあった。

「う…」

と、思って、なぜそうなる?と、奴隷を理解しようとして、頭のなかで、必死に考えを巡らせていたことなんかは、何度もある。

女性心理で動いている時の奴隷は、何を考えているのか、よくわからない。ということがある。

にも関わらず、私の奴隷は、全て女、牝奴隷。

牝奴隷というのは、その名の通り、女で奴隷。

ということは、女性心理と奴隷心理の両方を持っている。

奴隷としての自覚が大きくなってくると、女性心理を、奴隷心理が上回ることが多くなるのは、見ていてわかったのだが、初期の奴隷なんかは、確実に女性心理のほうが大きいと思う。

わかりやすいところで言えば、奴隷に命令をすることなんかでもいい。

「足を舐めろ」

その命令というのは、奴隷は、おそらく、奴隷心理の側で受け止める。

要するに、M性に対する刺激。

だから、奴隷心理に基づいて、行動する。

調教中は、ほとんどそうだから、私にとっては、奴隷の行動は、良い意味で、先が読めることが多い。

この命令に対しても、

「はい」といって、私の足に舌を這わせる(命令に従う)場合もそうだし、

「それは…」と躊躇し、屈辱感と戦う(命令に従えない)場合もそうだ。

どちらだったとしても、私の想定範囲の中に奴隷が居ることが多い。

もっと言うなら、「そんなこと、できない!」と奴隷が切れたとしても、それにも、あまり驚かないと思う。

もともと、屈辱に対する、M性があまりないとか、その日、その時は、屈辱が、M性で、快楽に変換されずに、そのまま屈辱として、受け取ってしまったとか、奴隷の顔を見ていると、そういうのは、分かる気がする。

また、初心者奴隷であれば、足舐めがいきなりできないこともあるというのは、私もわかるから、そうなったときに、どうするか?というのは、もう考えるまでもなくわかっている。

奴隷心理からの奴隷の言動というのは、想定範囲内に入っているというよりも、私が入るように躾けたのかもしれないが、それほど外れたことはない。

それは、私の支配欲を満たしてくれたということでもあると思う。

たまに、いきなり、私の考えを超えて、奴隷らしかったりして、驚くことはもちろんあったが、それも、嬉しく思ったことのほうが多かった。


でも、調教を終え、一緒に過ごす時間など。

私は、それでも、奴隷に対しては、御主人様として振る舞ったし、奴隷も私をそういう存在として見ていたと思う(常に奴隷としているように躾けた)が、必ずしも、奴隷心理だけで、私の言葉を受け取っていたとは限らないと思っている。

むしろ、調教や、プレイの時以外は、女性心理の方で、私の言葉を受け取っていたり、反応していたことが多いように感じる。

例えば、

「ちょっと、足、見せてみろ」

調教中に、きつく縛りすぎたかもしれないと思った時などは、調教後に、その部分を見せろということがあった。

私としては、当然、確認しておきたいわけで、それは、調教後の当然のことだと思っていたりするのだが…。

「後では、ダメですか?」

なんて言い出す。

私は、もしも問題があるなら、早く見るべきだと思っている。問題があるなら早く対処しないといけないからだ。

だから、

「ダメだ。今、見せろ」

と言うのだが、奴隷は、

「でも、今、浮腫んでいるので、恥ずかしいです…」

なんてことを言い出す。

浮腫んだ奴隷の足だって見たことがあるし、私にしてみると、浮腫んでいようがなんだろうが、奴隷の足は大切なものだ。

そこに問題があると困るから見せろといっているのに、素直に見せられない。

その理由が、”恥ずかしいから”。

その前の調教中には、私の前で散々に恥ずかしい格好をさせられているのに、それでも、足のむくみが恥ずかしい。

理解に苦しむ。

でも、これが、多分、奴隷が、女性心理の側で、私に接していた部分なのだと思う。

普通の女性が、彼氏に、むくんだ足をあまり見せたくないと思う気持ちというのは、ある場合も多いと思うが、それが、そのままに出てきているように思えた。

でも、この例くらいなら、奴隷の想いも、段々とわかるようには、なっていったのだが、他にも数々ある、女性心理から来たのであろう、奴隷の思考というのは、私の想定範囲を、軽く超えてくれる。

そんな場面には、散々に遭遇した。

もちろん、だから嫌だ、というわけではない。

奴隷から、女性心理を取り去ったら、それこそつまらないだろうと思う。

女性心理はあっていい、というよりも、”女”であることは強く意識しているほうが私は好きだ。

「奴隷が女であること」は私にとって、とても重要なことだ。

だから、私にとって、女性心理によって動いている時の奴隷も、とても可愛いものなのだが、そういう時の奴隷というのは、大抵、頑固に、”女性心理の奴隷”になっているので、私の苦手分野で、活動している。

なんとなく、手が届かない存在のようにも感じることがあった。


「御主人様という生き物は、女性を知り尽くしている」

というのは、多分違うのではないかと思う。

少なくとも、私という、御主人様は、そんなことを胸を張って言えるとは、到底思えないし、もしも、私のことを、女の扱いが上手いと思われる方がいらっしゃるのであれば、その認識は間違いだろう。

御主人様という生き物は、奴隷を知り尽くしているかもしれない。

でも、女性を知り尽くしているとは、限らない。

私の場合、とても、そうは言えない。


そして、奴隷というのは、特に、女性をわかりにくくしてしまう。

奴隷であることで、女性であることを覆い隠してしまうことがよくある。

ノーマルな女性なら絶対にしないであろう、恥ずかしいことでも、御主人様の命令であれば、また、そのように調教され、躾をされていれば、それを普通のこととして、やるからだ。

簡単にいえば、躾が済んでいる奴隷に、「股を開け」と命令して、躊躇はしても、開かないことは、おそらくあまりないだろうが、

普通の男女関係で、彼女に「股を開いて」と言ったところで、恥ずかしがって開くのを頑なに拒む女性は、結構いるのではないか?と思う(私はノーマルな恋愛経験があまりないので、これは、推測だが…)。

私は”女性”との付き合いよりも、”奴隷”との付き合いのほうが、圧倒的に長いから、自分の奴隷が”女”でありながら、女性をあまり知らない気がする。

私は、元御主人様ではあるが、女性の扱いがうまいわけではない。

女性心理をくすぐるような、上手な話ができるわけでもないし、気の利いたことをして、女性を喜ばせることもない。

私がやるのは、ただ、奴隷を自由に使うことと、それから、奴隷が幸せだと思えるのだろうと、あくまでも、私が思うことを、一生懸命にする。ということ、くらいだ。

これは、ずっと思ってきたことでもあるから、もう少し、女性心理がわかると、私も、奴隷に対して、もっとうまく接することができていたのかもしれない。

奴隷に対して、ではなく、”女性”に対して、私は、かなり不器用なほうだと思う。

自惚れを許してもらえるなら、主従の世界に酔わせる力は、人並み以上には、あるつもりだが、女性を酔わせる力はイマイチと言っていいと思う。

そんな私だ。

でも、だから、私は多分、”女性”を”奴隷”として扱うことを、躊躇なく、選べるということでもあるのだろうと思う。

私は、私の全ての牝奴隷に、精一杯に愛情を向けて接したつもりだ。

でも、それは、”奴隷”に対してはそれなりに、上手く向けられたかもしれないが、”女性”に対しては、うまく向けられなかったかもしれないなと思う。

テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

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  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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