理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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今回は、SMや主従関係を経験したことがないM女性に向けたお話になるかと思う。

私が、メールでご相談を頂く中で一番多いのが、M女性からのもので、さらに、奴隷になりたてとか、奴隷になる前の方の割合が、大きい。

そんな中で、最近、特に多くなったと感じることがある。

それは、「SMの世界に入ろうかどうか迷っている」というもの。

「御主人様になってほしい人が見つかったけれど、奴隷にして欲しいとなかなか言えない」とか、

「御主人様探しをしようかどうか迷っている」とか、

そもそも、「誰かの奴隷になってしまっていいのだろうか?」という疑問。

ここのところ、こういうご相談が増えた。

近頃、私が書いているエントリーが、そういうM女の方にとって、多少なりとも気になる話だったのか?とも思うのだが、そのあたりは、よくわからない。

時期的なものもあるのかもしれない。

3月末から、4月、5月というのは、人の気持ちの変化が大きい時期のように思う。

去年も、この時期にご相談が増えたから。

3月から4月というのは、就職や進学で、環境が変わる人が多いのだろうし、5月になると、新しい環境にも慣れ、GWもあり、少し考える余裕ができて、充実感を感じたり、逆に物足りなさを感じたり、何かをやろうと思ったりする人が多いのではないか。

春だから。というのもあるのかもしれない。

私はどちらかと言えば、冬に色々な出来事が多かったから、気持ちが動くのだが、春は春で、福寿草や、梅や、桜を見て、感じるものもある。

看護師をしている知り合いが、ぼやいていたが、この時期は、精神的なことを発端にした症状で病院に来る人が増えて、忙しくなるのだそうだ。

みんな、ソワソワする時期、なのだと思う。

少し話が逸れた。


この世界に入ろうとする全てのM女が、多分、一度くらいはちゃんと考えたほうがいいと私が思っていて、そういうご相談のメールをいただくと、大抵のお返事に書く事柄(表現の仕方は違うのだが)があるので、それを今回は書こうということだ。

ただ、主従関係に対する思いは、メールを送って下さった方、それぞれに違うので、それぞれについて考えて、お返事はお返している。

だから、すべての方のご相談に、画一的なお返事をしているわけではないし、これからも、同じようなご相談をいただいたとしても、やっぱり別々にちゃんと考えてお返事は書く。

でも、そのお返事の中で、私が根幹に据えて考えていることがあるから、それを、私っぽく書いてみる。

そういう、エントリー。


SMや主従の世界に入ることで、”得られるもの”と、”失うもの”を挙げて、天秤にかけてみる。

もしも、この世界に入るかどうかの判断に迷うなら、こういう考え方も、一つあるのではないか?と私は思う。

もちろん他にもあるが、今回はこの視点で見てみることにする。

それから、”御主人様との関係”というのがあるから、一概にこれから書くことが全て当たるとは言わないが、私が見てきた主従の多くで見られたもの、そして、私がやったこと、ということで、書いてみる。

とはいえ、この世界には、極端な人も結構居るので、全部をくくるのはなかなか難しい。そこは勘案して読んで欲しい。


まず、得られるもの。

一番大きなものは、M性を満たされるという、快感。満足感。幸福感。

これは、SMや主従の世界に入りたいと思う動機そのものだと思うから、これが得られないなら、入る意味が無い。

これを満たしてくれない御主人様の奴隷になると、かなり悲惨なことになるので、それは気を付けたいところだ。

実際、全然、M性を満たされなくて、辛いだけで、別れたという人も見ているから、これはある話。

だから、前から書いているが、相性を見極めることというのが、大事だと思う。

ただ、まともな御主人様なら、M女のM性は、把握できるはずなので、ある程度は満たすことができるだろうと思う。

最初からぴったりと、御主人様のS性と、M女のM性の、方向や強さが合うというのは難しいというか、ほとんど不可能だと思うが、

それが、主従関係を始めてから、擦り合わせて行ける範囲(御主人様に開発されたり、気持ちの変化があったり、御主人様の方からの歩み寄りなど)におさまるなら、それはうまくいっている方だと思う。

主従関係といっても、時間をかけて作っていくものでもあると思うから。

”すぐに”というわけではなく、”そのうちに”ということも含めて、M性が満たされる快感というのは、得られるだろうと思う。


それから、M性以外の性的快感。

例えば、アナルセックスなどは、普通の男女関係ではあまりやらないだろうと思うが、SMでは、普通にアナルを使うことがある。

そして、アナルセックスにかなりの快感を得るまでに開発されている奴隷もいる。

アナルのほうがいいなんて言う人までいる。

だから、こういう、一般的には、アブノーマルとされる性行為も、普通に行われることがあるので、そういう部分からの快感というのも、得られる場合がある。

また、器具を使った性行為というのも、よく行われる。

SMとは無縁の女性でも持っている人は持っていると思うのだが、ローターやバイブ、電マなどは、恥ずかしくて、なかなか手を出しにくい人もいるように思う。

でも、これらは、御主人様が持っていたりもするので、そういうものを使った快感が、得られる機会になるかもしれない。

私も奴隷に使っていた。

ただ、私は、こういうもので、責めることはそれほど多くなかった。

使用頻度は、御主人様にもよるとは思うが、奴隷に渡して、自慰をするように命じるような使い方もするので、こういうものに興味があれば、使いやすい環境になることが多いかと思う。

また、縄で縛られることによる”縄酔い”なんていう、普通のセックスとは違う(と思われる)快感も得られる可能性がある。

感情表現も、ある程度の激しさというのは、許容される事が多いだろう。

ノーマルなセックスの場合、女性に大声で泣かれたり、叫んだり、よがり狂ったりされると、男性がかなり困ってしまって、そこから喧嘩になるなんてこともあるのかもしれないが、

SMの場合には、奴隷が大きな声を出すことに、あまり抵抗感を感じない御主人様が多いと思う。

奴隷に苦痛を与えることなんかは普通にされているので、それに対して奴隷が悲鳴をあげ、泣いたりするのも、やっぱり、特に驚くようなことでもないので、許容されることが多いだろう。

そして、たまに、大声で泣いたり、叫んだり、思いっきり気持ちよさを表現したりすることで、すっきりする女性というのも、結構いると思う。

そういう部分に関して我慢しなくていい開放感というのも、得られるようにも思う。


それから、愛情、信頼、心のつながり。

これは、普通の男女関係でも得られるものだが、主従関係でも得られると思う。

普通の男女関係と、その良し悪し、大小を比較することはナンセンスだと思うのだが、主従関係の場合、お互いに普通は見せない性癖を見せ合っているということがあるから、自然に、深くつながることができる場合もある。

そこから、より強い愛情を感じられることもあると思う。

もちろん、愛情など関係なく、プレイにのみ重点をおく御主人様もいるから、これも選んだ御主人様次第ということにはなる。

でも、ノーマルな男女関係では、女性がセックスに積極的だったり、少し変わった性癖を出したりすると、恥ずかしいとか、退かれてしまうとか、そういうことを考えてしまって、見せないこともあると思うが、M性も含めて、そういうことも、主従では、慣れている御主人様も多いから、素直な欲求を見せられるようにも思う。

素直になれるのであれば、相手をより理解できるから、本当に深い愛情につながっていくことにもなるかもしれない。

また、他の御主人様がどうだったか?は良くわからないが、私は奴隷のコンプレックスなども、聞きたいと思っていた。それも受け入れていきたいと考えていた。

それが、良かったかどうかも分からないが、奴隷には、私の前でそのコンプレックスを晒すことをためらう必要はないと伝えてあった。

こういったようなことが、愛情や、信頼や、心のつながりに、寄与していたのであれば、良かったと思う。

ただ、何度も書くようだが、これは、一般的な男女関係から発生する愛情や心のつながりと直接比較することはできないものだ。どちらが上とか、幸せとか、そういうことはわからない。

でも、こういう形で、あまり人に言えないことも見せて、その上でなお、つながっていたいという欲求に応える愛情というのは、得られる場合があると思うし、

それをノーマルな男女関係では得られない、至高の愛情と感じ、幸せに思っている奴隷も居ることは確かだ。

また、そういう愛情を注いでいたいと思って、奴隷に接している御主人様も居る。

私も、自惚れかも知れないが、こういう思いで居たつもりだ。

主従関係から、得られる可能性のあるものとしては、主に、こんな感じではないだろうか。

他にもたくさんあるが、個々の特殊な例ではなく、それなりに多くの場合に考えられるものとするなら、このくらいが代表的なものかと思う。



次に、SMや主従関係を持つことで、失うもの。

まず、人としての尊厳。

これをある程度、もしくは全て、失う場合がある。その匙加減は、御主人様によるが、”奴隷”になることで、真っ先に失うものは多分これだろうと思う。

人としての扱いをしてもらえなくなる、ということ。

物であったり、ペットであったり、それ以下であったり…。

ただ、これには二種類ある。

本気で御主人様がそう思っている場合と、御主人様としてはそういう風に扱うし、そのように言うが、実際には、ちゃんと人として見ている場合。

どちらになるか、またその中間的な存在になる場合もあるが、接し方としては、御主人様よりも下の位置を強いられることがほとんどだろう。

対等な付き合いではない事が多い。

”奴隷になる”ということなのだから、こうして人としての尊厳を失うことは、M女の方もわかっていることとは思うが、それにも、程度があり、それは御主人様が決めている場合が多いということは、認識しておいたほうがいいと思う。


そして、自由。

奴隷の自由を制限することは、普通にされることだ。

緊縛なんかで、実際に体の動きの自由を制限されることもあれば、こんな風に生活しろとか、そういう、もっと大きな制限を課される場合もある。

御主人様と会っている時だけのこともあるし、会わない時も全て含まれることもある。

どんな自由を制限されるか?というのは、本当に御主人様次第だ。

と、これだけでは、あまりにも漠然としていて、説明になってないので、比較的あると思われる例を書く。

まずは、性的なことに関する制限を課す場合は多いと思う。

御主人様と会っている時、調教の最中の、抱擁、キス、愛撫、セックス、SM的なプレイ、それらは大抵が、御主人様がやるかどうかを決めるだろう。

恋人同士なら、お互いの雰囲気や、女性が決めることもあると思うが、それと同じようになると思っていると、それは多分、裏切られる。

もっと簡単に書いてしまえば、調教中には、奴隷に自由はないと言ったほうが早いと思う。

また、普段の生活に関することであれば、自慰の禁止とか、逆に自慰の習慣化とか、そういうこともある。

あとは、性的な能力を鍛えるという意味で、性器周辺の筋肉を鍛える体操?のようなものを毎日させられるとか、そういうこともある。

張形(ディルド)やバイブを愛撫することで、フェラチオの練習を毎日するとか、アナルを拡張するためのプラグを入れて生活することを命令する人もいる。

これ以外にも、色々あるが、例を挙げるならこんな感じだろう。

御主人様が、奴隷に対して、なんらかの束縛を課すことが多いと思う。


人の尊厳と自由。

この2つを失う、制限される。それだけでも、かなり甚大な気がする。

私なら、絶対に受け入れがたいのだが、これを奪われることが、M性を満たされることと繋がっている部分もあるので、M女の場合には、失うというよりは、進んで差し出しているものなのかもしれない。

この辺りに関しては奴隷になることを考えるM女はすでにわかっていることではないかと思う。

ただ、SMのプレイを純粋に楽しみたい、つまり主従関係ということではない、対等なパートナーとしての、性?行為の一つの形としてやっている人達もいるので、そういう場合には、この限りではない。

奴隷というか、その場合には奴隷とすら言わないかも知れないから、受け手側とするが、その尊厳も自由も確保した上で、プレイをしてお互いに楽しくやるというスタイルもあるし、実際そういうカップルにお会いしたこともある。

主従関係のように、受け手側に対して、攻め手側が、命令形で話すこともなく、その逆を敬語で話すこともなく、対等に話もしていたし、雰囲気も普通の恋人同士とあまり変わらない。

そんな人達も居る。

でも、このエントリーで、そういう場合のことも含めて書き始めると、ややこしくなるので、今回は割愛する。


他に失うもの。

肉体というのもあるかと思う。御主人様によっては、奴隷に対して不可逆な事をする場合がある。

ピアス、タトゥーなど、そういうもの。

前に、”調教の分類”という話を書いたが、そこでの、肉体の改造に当たるもの。

そういうことで、肉体の本来の姿を失うこともある。


表の人生というのも、失う場合がある。

これは、私は全力で守ったもので絶対に失わせてはいけないと思っていたし、御主人様の多くは奪うつもりはないのではないかと思うのだが…。

これも失わせてしまう御主人様というのが居る。

表の世界の友人との会食に、下着が丸見えの短いスカートで行かせるとか、会社でSM行為をした写真をばらまくように言われたりとか…。

奴隷も御主人様もそれでいいのであれば、私がとやかくいう事ではないのだろうが、はっきり言って、私はそれはやり過ぎだと思う。少なくとも私はやらない。

でも、そういうことを実際にしてしまった話も聞いたことがあるから、それをさせる御主人様が存在することは確かだ。

本当に、裏も表も人生を御主人様(と言うよりも主従の世界)に捧げてしまうというのであれば、これもありなのかも知れない。

私は、表の世界は守ったほうがいいと思うが…。

他にも、奴隷になることで、失うものはあるかと思うが、やはり最初に書いた2つ。

人としての尊厳と自由。

それが本当に大きいと思う。


それから、得られるのか、失うのか、よくわからないものもある。

例えば、心の安定。

主従になることで、誰にも打ち明けられない気持ちを受け止めてくれる相手を見つけ、心がすごく安定する人もいる。

逆に主従になることで、御主人様に、色々な気を使うようになり、捨てられるのではないか?というような心配をするようになり、それがストレスとなって、不安定になる人もいる。

これは、やってみないとわからないだろうと私は思う。

というよりも、安定させてくれる人を選べればいいなと、とても強く思う。

また、失うと認識するのか?、得られると認識するのか?という違いもあるだろう。

自由を失うと思う人もいれば、制限を与えてもらえると思う人もいる。

そういう意味では、私が失うと書いたことも、得られると書いたことも、M女の考え方で、変わるものでもあるのかもしれない。

ただ、少なくとも、世間一般的に多分認められるであろう価値観で考えた時に、得られると判断されるもの、失うと判断されるものということで書いたということだ。


色々と書いてきたが、得られるものにしても、失うものにしても、御主人様によって、かなり変わってくる。

つまり、M女が最初に、御主人様を選ぶ時に、ある程度決まると言ってもいい。

どこまでのものを与えてくれて、どこまでのものを奪われるのか?

それは、御主人様に拠るところが大きい。

だから、それが自分に合っているのかどうか、自分が耐えられるのかどうか、をちゃんと考えて欲しいと思う。

何度も書いているが、御主人様を慎重に選んで欲しいと思う、というのは、こういうことでもある。

事前の話をしたとしても、わからないことは多いと思うし、徐々に変わっていくものでもある。

だが、それでも話をしないよりは絶対に良いだろう。



「SMの世界に入ろうかどうか迷っている」という方は、ここで、得られるものへの魅力が、失うものへの後悔を上回るなら、踏み出す。

失うものが大きすぎて、得られるものが小さいと思うなら、やめる。

という風に考えてみても良いと思う。

人によって、何に大きな価値を置くかが違うので、自分にとってはどれが大きいのか?ということを、しっかり考えてみるべきだと思うし、

御主人様にするかどうかと考えている相手が、何を与え、何を奪うのか?というのも、出来る限り、知ってから判断したいところだと思う。

また、私が書いていないこと、書いたことでもさらに詳細な話なんかも、あると思うから、そういうことも含め、何かあれば、メールしてくださってもいいので、それは遠慮しないでいただければと思う。


私は、奴隷になるなら、幸せな奴隷になるべきだと思う。

その”幸せ”というのは、もちろん一般的な意味ではなく、”奴隷として幸せ”という意味ではあるが、M女は、幸せと感じることの出来る関係になるべきだ。

わざわざ奴隷になどなるのだから、確実に幸せにならないといけない。

私はそう思っている。

奴隷になることが幸せだと思えないなら、少しでもそれに疑問があるなら、踏み出してはいけない。

絶対に、奴隷になど、なってはいけない。

でも、ちゃんと考えた上でなお、”奴隷になること”が幸せだと思えて、それを一緒に作っていけそうな人が見つかったのなら、胸を張って踏み出せばいい。その人に捧げてみればいい。

かなり勇気のいることだと思うが、踏み出さないと何も変わらないこともまた事実だから。

どちらの判断をするにしても、貴女が、幸せになれるようにと私は願っている。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト


下になること。
尊厳を失うこと。
自由を剥奪されること。

これを下になる側の嗜好で、下の立場が望むことを願います。
一般的には『失う』と思われるものを、欲する人だけが『失う』と思われることに踏み出せばいいと思うのです。

尊重されながら性癖を満たして上の立場との信頼や愛情を育める関係だって作れるはずなので、望まない限りは違う関係を模索されたらいいなと思います。

足で踏まれることと尊重されることは両立できると思っています^^
[2012/05/26 13:34] URL | りん子 [ 編集 ]
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[2012/05/26 16:05] | [ 編集 ]

>りん子さん
同感です。私が、こんなに長文で書いたことをすっきりとまとめてくださって、ありがとうございます。
なんだか、お恥ずかしい限りです。まさに、その通りのことを書きたかったのです。

今回、得るもの、失うもの、と書きましたが、これは世間一般で、おそらく多くの人が賛同するであろう価値観として、得るとか、失うと、評価されるという意味で書いていますが、実際に、個人が考えた時には、それとは違うのだと思います。
特にMとかSとか、そういう性癖を持つ人というのは、それによって一般的なものとは、違う価値観を持っているのだと思います。
ですから、本当に、失うものと書いたものが、望むものである場合も十分にあるわけですよね。そして、それが良いのだと思えるなら、そのときは、自信を持って進めば良いと私も思います。

Sの私が言っていいことかどうかはわかりませんが、Mである奴隷が求めていたものを与えたというか、Mであることを認め、それを大事に思うから、そうしたということもあります。
ですから、おっしゃる通り、足で踏まれることと尊重されることは、私も両立できると思います。


>2012/05/26 16:05にコメントくださった匿名希望さん
ブログを読んでいただき、またコメントも頂きましてありがとうございます。
色々なことをお考えのご様子ですが、私も、書きながら本当に様々なことを思います。
いつになったら、迷いからでられるのか?は私もわかりませんが。
でも、私のブログが多少なりともお役に立てるのであれば嬉しいです。
今後とも、よろしくお願いします。
[2012/05/29 20:46] URL | vet [ 編集 ]
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[2012/06/07 22:11] | [ 編集 ]

>2012/06/07 22:11にコメントくださった匿名希望さん
こんばんは。ブログ読んで下さってありがとうございます。

言葉をそのように褒めていただけると嬉しいですが、ちょっと照れくさいです。
でも、それは、私が主従をもち、そして失ってみて思ったことです。幸せに思えない状況というのは、いくら主従でも長く続けるのはきついと私も思います。
ですから、私はそうなれないといけないと思いますし、過去の奴隷たちが、そうであったらいいなと思います。それについては、今となっては、確かめようが無いですが…。

匿名希望さんもうまくいかない経験がおありとのことで、本当に難しいものですよね。
[2012/06/08 23:02] URL | vet [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

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