理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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奴隷に対しては、御主人様として接する。

奴隷は奴隷であり、それ以上ではない。

決して、”女”などではない。性別を表現するなら、ただの牝。

でも、全ての主従関係が、ここまで徹底しているとは言わない。

”奴隷”と言いながら、ノーマルな男女関係での女性以上に丁重に扱う御主人様も知っている。

主従とか、SMとか、そういう言葉で、表現される関係における、受け身側(M側)の扱われ方は、様々だ。

主従関係を持ったことがないとか、そういう人と関わったことがない人は、世に知られているイメージをそのまま当てはめると思うから、想像できないかもしれないが、主従関係だからといって、必ずしも、M側が常に虐げられた状態にあるとは限らない。

私も、そのことは後から分かった。

SMをする前、主従関係になる前、また、なった直後に持っていたイメージは、見事に、よく言われるところの”主従”そのものだったのだが…。

その後、本当に主従なのか?と思える人達に、私はたくさん出会った。

だから、私の中の”主従”というものは、かなり広い意味を持っている。

むしろ、”主従”という、括りから外したほうが適切ではないかと思う人たちもいるくらいだ。

ただ、SとMの意図的な(それを納得した)組み合わせによる関係を、私は、一応、”主従”もしくは、”SMパートナー”と思っている。

もちろん、そういう人達が居る、とはいっても、やはり、”主従”といえば、M側が”奴隷”として、”奴隷”らしく扱われることが多いのは事実。

”奴隷”というのは、”女”から堕ちたもの、として扱う御主人様も、当然ながら、たくさん居る。というよりも、それが主流だ。

そして、少なくとも、私の考え方、私の望んだ主従関係は、そういうものだったし、私の奴隷も、私がそんな風に扱うことに、M性を満たされていたのだと思って、そう接してきた。

ただ、この中には、表向きの部分、というのがある。

奴隷に対しては、「お前は奴隷であって、女としては扱わない」という風に接していたが、その中に、少し矛盾したところがあった。

私の奴隷に対する気持ちから発生した矛盾だと思う。


私の中には、奴隷は”奴隷”だと思い、虐げて扱う部分がかなり多くある。

だが、同時に、奴隷は”女”であるという事実が、どこまで行ってもついてまわってきていた。

”女から奴隷に堕ちたもの”であると言いつつ、”女である”という矛盾。

いくら、奴隷に堕ちたと言っても、それを”女”として認識するところが私の中から無くなることはなかった。

矛盾は矛盾のまま残った。


逆に言えば、分かりやすいか。

”女”である、ということを全く考えなくなるのなら、男の奴隷でも良いと言える。

だが、私は、男の奴隷なんて持つ気は全くないどころか、M男を苦手としていた。

もちろん、M男の方に、掲示板でも、オフ会などで会っても、話は普通にしたので、人として嫌いというわけではないのだが、私がしたのは、あくまでも人としての付き合いであり、その人を、Mとしても、奴隷としても、見ることはできなかった。

そのことを思えば、「奴隷が女である必要性」というのは、私には確実にあったわけだから、”女”というものを奴隷から完全に排除することが出来ていないということは、明白だ。

むしろ、女らしくあって欲しいと思っていた。

だから、私が奴隷に求めたのは、奴隷らしさとともに、女らしさだと思う。

女らしさといっても、性格によって色々とあるし、私の奴隷も、それぞれだったから、一概にどんな言動や気持ちが、女らしい、という私の理想像があったわけではないのだが、

少なくとも、女としての自覚を備えていて欲しいと思っていたように思う。

奴隷のことを私はそういう風に考えていた、というよりは、当時、そういう風に考えるまでもなく、そういうものとして、受け取っていたから、私の中には、一つの葛藤が生まれていた。

それは、奴隷を、奴隷として扱っていいのか?女として扱っていいのか?ということ。

これは、私に限らず、御主人様によって違うのだろうと思う。

だから、余計に難しい。

抽象的な話になってきたので、例を出す。


例えば、電車に乗ったとき。

混んでいて席が埋まっているような場合。

奴隷と一緒につり革に掴まったりしているのだが、その目の前で、誰かが立って、一つ席が空くとする。

その時に、どちらが座るか?

なんてことを考えてみる。

御主人様と奴隷ということで考えれば、当然のように御主人様が座るのだろうと思う。

でも、何の躊躇もなく、そこに座れるのか?


例えば、滑りやすい道を歩くとき。

御主人様は自分のペースで、ヒールの高い靴を履いていたりする奴隷のことなんて無視して、好きなように、どんどん歩く。

それに奴隷が転びそうになりながら、必死で付いてくる。

靴擦れしたり、足を捻ったりするのも、無視して。

それで、いいのか?


例を挙げれば、こんなこと。

実際、私の知り合いの主従と一緒に出かけたとき、電車で、奴隷は立たせて、御主人様の方が、何の躊躇もなく座っているのを見たことがある。

だから、それでもいいのだと思う。

本気で”奴隷”だというなら、その態度が正しいと思う。

多分、純粋な意味での”主従”であるということに、矛盾しない行動だ。


でも、私にはそれが出来なかった。というか、できなくなっていった。

席が空けば、譲り合いになってしまった。

「座ってください」

なんて奴隷が言う。

でも、私は奴隷を立たせたままでは座れない。普通にそう思った。

「お前が座れ」

「でも、お疲れでしょうから」

やっぱり奴隷も座らない。

だから、そういう時には、

「お前に上から見下ろされるのは不愉快だ。だから、お前が座ってろ」

なんて、屁理屈をこねて奴隷に座らせていた。


歩くときにしてもそうだ。

冬、道が凍ったりする時がある。

函館に居れば、冬の普通の風景なのだが、東京にいた時には稀だったけれども、そういうとき、外を一緒に歩いたこともある。

凍っていないまでも、雨の日なんかに、歩道のタイルが濡れていたりする。

滑りやすい道。

私は、自然に手が出た。歩調を合わせた。

奴隷が転びそうになれば、ちゃんと力を入れてそれを支えた。

本当に奴隷というなら、転ぶに任せていたと思う。

でも、そんなことはしなかった。

出来なかった。

やっぱり、手が出る。ほぼ無意識に。

「御主人様、ありがとうございます」

なんて奴隷が嬉しそうに言うのだが、言われれば言われたで、またなんだか居心地が悪いので、

「お前が壊れると面倒だ」

なんて返す。

あくまでも奴隷なんだという風に、言葉では返していた。


私が御主人様になりたてのころは、少し違った。

こういうことを思ったとしても、御主人様としているべきだ、そうしないと主従が壊れるのではないか?という気持ちが、ものすごく強かったから、この限りではないのだが、いつの頃からか、徐々に、こんな風になっていった。


これを思い出してみて考える。

こうしたのは、奴隷が女だったからなのか?

それとも、奴隷は奴隷、でも大切な物であったからなのか?

その両方なのか?

未だにこれはよくわからない。


でも、調教の時には、こういう気持ちにはならない。

徹底的に奴隷は奴隷。それは、確実に言える。

私が椅子に座って、奴隷を縛ったままでずっと部屋の隅に立たせて、鑑賞したり、放置したりしていたこともある。

電車で、空いた席に座らせたのとは真逆のこと。

むしろ、電車で立っているほうが楽なはずだし、時間も短い。


奴隷を床に投げ出して、その頭に、顔に、足を乗せたことなど数えきれない。

滑って転ぶどころか、床に意図的に転がした状態に、さらなる追い打ちをかけている。

このどちらをしても、やめようなんて微塵も思わなかった。

これは調教だから、と言えば、なんとか、前述のことと矛盾しないといえるかもしれないが…。

でも、私は調教だと意識して、そうしようと思っていたわけではないような気がする。

自然に、奴隷をそのように扱った。それが当たり前だった。


調教以外の時、一緒に出かけたり、部屋などで、普通に過ごす。

私は、奴隷のことを、そこでも、奴隷だと思っていたし、奴隷には奴隷であることを要求した。

そして、奴隷も、奴隷で居たのだと思う。調教の最中と同じように。立場は変わっていない。お互いの口調も、態度も。同じ。

でも、私が、”奴隷”の中に、”女”を見ていたのは、冒頭に書いた通り、確かなことだ。

私は、奴隷が”女”だから、一つだけ空いた席に奴隷を座らせ、滑りそうな道を歩くときに手を引いたのだろうか?

よくわからない。

こんなこと、どうでもいいと思う方も多いと思うし、私が私の良いようにしたのだから、私はこれでよかったのだが…。

もしも、心底から、”女”ではない、”奴隷”になりたいと、私の奴隷が願っていたのであれば、もしかしたら、こんなことはしないほうが、奴隷のM性を満たしてやれたのかもしれない。

奴隷であることを、常に徹底するべきだったのかもしれない。

ただ。

奴隷を空いた席に座らせて、それを見下ろしていた私は、幸せだった。

足元が滑りそうな道で、私が掴んで歩いた奴隷の手は、とても温かく感じられた。

その体温は、私の心をも、しっかりと温めてくれるものだったと思う。

もちろん、奴隷にはそんなこと、言っていないのだが…。


テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト

広義での
“主従”はvet様の仰るとおり幅広いのだと思います。

私も “これじゃぁ どちらがご主人様か分からない”
と感じることがよくあります。
人混みの中でも
ベッドの上でも。

女性として優しく扱っていただいているときも
奴隷として虐げられているときも
どちらも 幸せです。

[2012/09/02 07:44] URL | tomo [ 編集 ]
初投稿です
はじめまして
いつも興味深く拝読いたしております。

主従にはいろいろな形がありますね。
以前は普通の人間(?)同士であったものが主従として成立するかどうかを見極めて関係を始めるところから、それ以上に自分の相手として気にいるように調教し、調教される。
私などの日常は部屋に入る時など主より先にドアを開けて中に誘われ、
車のドアさえ開けてもらう始末です。電車での移動も然り。
精神的には常に追い詰められておりますし、二人だけの時間はかなりの虐待がおこなわれておりますが、日常ではまるで私は女王様です。

主はおそらくそれで気持ちが良いのだと思います。そういう主従ということですね。
お優しいvet様と同じく…。
[2012/09/02 09:28] URL | 碧 [ 編集 ]
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[2012/09/02 14:24] | [ 編集 ]
迷ってる姿にほっとします
はじめまして・・・

主従には色々ありますよね、つくづく思います

例えば、私は、ずっとご主人様と奴隷
っていう決まった絶対服従に代表される関係は
上手く言えませんが、嘘を感じてしまって駄目なんです。
ってことは、ごくごく自然に、
私に合う人は、常に私に選び直させる(能動的絶対服従)
ってことに君臨している力を感じる人になります

私の親友の相手は、逆に、
何度も選ばせることが加速できなくて邪魔だそうです
だから、変則的な絶対服従がいいそうです
彼女は、自分の得になるように線をひきたがる性格なので
線が動かない方がとても有難いそうです

多くの人から言わせれば、
私に合う関係は主従ではないのかもしれません
彼女たちに合う関係も主従じゃないっていう人がいるのかもしれません

でも、私と私に合う人にとってだけはこれが主従関係です

二人にしか生み出せない主従関係がある

それが本で読んだ知識や、一般にこうだよって言われてる認識や
人間に対峙する前のこうあるべきって美学とは違っているから、
めんくらいとまどい試行錯誤する中に、
一人ひとりの独自のS性やM性が垣間見える
そんなものじゃないでしょうか?

そして、だからこそ、気がついたら、
特別な相手になるのかも知れませんね

電車の中で席を譲り合ってるお二人、

本当にいいのかしら・・・?って内心の想いを隠せないまま
理屈を通されて座らせられるその時の奴隷さん
よくある亭主関白の男女関係とはちょっと違ってみえるけど、
何とも名づけようがないけど、どんな関係なのかしら?
って見ている人たちをドキドキさせる
なんだか微笑ましい光景じゃなかったんでしょうか

人間っぽいなぁってほっとします

そして、向いあう大切さを痛感します

そんな感想を持ちました、また読ませてください(ペコ)
[2012/09/02 14:54] URL | りん [ 編集 ]
ちょっとおひさしぶりです^^
SMや主従って、とても矛盾を孕んでいるものだと思います。
そもそも加虐嗜好と被虐嗜好の組み合わせなんだもの、M側が酷いことをされたいと思っているのだから、Sの加虐はMにとっては『虐』じゃなくなっちゃいますよね。
ホントにいやなことをするのがSMだったら、わたしなんて鞭より数学の問題集をやらされたほうが、ずっと『虐』ですもの(笑)

その矛盾を自覚してどう折り合いをつけるか、それが大事なのですよね。
わたしたちの場合は主従や奴隷という枠に当てはめず、『端から見たら行為は酷いことで可愛がっている』ということで矛盾を生まないようにしているな〜と思いました。

vetさんのように矛盾を自覚されて、ご自身でそれを受け入れ、パートナーとの幸福な着地点を見つけられていると、その矛盾もよい結果をもたらしてくれるのだとうなと思います。

ただ、ときどき見かけるご主人様の中には、奴隷に女であることを求めるクセに、女ゆえの恋愛感情から起こる面倒なことを『奴隷』という言葉で都合よく排除させようとしているように見えることもあります。
だから、特に女性側は、その矛盾を自覚し、それにどう折り合いをつけてくれるご主人様なのか、見極める材料になればいいなと思いました。

ここでvetさんに申し上げてもあまり意味のないことかと思いますが、この矛盾をしっかり書かれているvetさんのお話は貴重だなって思って、コメントしてしまいました^^
[2012/09/02 15:53] URL | りん子 [ 編集 ]
女を愛するからこそ。
はじめまして。M妻を持つ40代のS男です。
私はSMブログのなかで最もvitさんのブログを楽しみにしている一人です。

ところでSMとは程遠い話なのですが、
私はメタボな腹を上下に揺らしながら週末は草野球を趣味としています。
試合で三振すると時にはバットを地面に叩きつけ、エラーをすると時にはグローブを地面に叩きつけ、自分の下手さ加減を野球道具に八つ当たりしてしまってます。
自分の感情のまま理不尽に扱われるバットやグローブ・・
でもそんなバットやグローブも家に帰ると硬く絞った雑巾で拭き丁寧にワックスをかけて、私なりの愛着というか愛情を注いでいます。
野球の試合をしている時も、家で手入れをしている時も、その時間はとても楽しく充実した時間だと感じています。
そして翌週試合で失敗するとまた八つ当たり・・そしてワックス・・その繰り返しです・・
たまに試合で調子が悪い時、他人のバットを借りて打席に立つことがありますがそこで失敗をしても決してそのバットを地面にたたきつけたりなんてしません。
他人のバットやグローブを叩きつけたりしたこともなければ、まして丁寧に他人のバットやグローブを磨いたりしたこともありません。そういう感情が湧かないんです。
仮に今、私が病気や怪我で趣味の野球ができなくなったとしても、今のバットやグローブは手放したくはないですね。
すでに野球というカテゴリーを通り越した愛着、愛情があるのかもしれません。

さて、ちなみに妻に対しては・・・
私の感情の赴くまま縛り叩き泣かせ性欲を発散させています。(家庭を持つと回数はめっきり減りますが・・)
そんな妻を抱きしめ撫で、そして私の腕の中で眠る妻をこのうえなく愛し守り抜く。私の生涯のパートナーだと自負しています。
そういう気持ちはすでにSMというカテゴリーを通り越した気持ちではないのかと思っています。

vitさんはSMの表現にも色々あるのだと常々言っておられます。
臭い言い方かもしれませんが、
今回のテーマはvitさんの奴隷(女)に対する想いというのは、SMあるいは主従とは違う「愛」というカテゴリーなのではないんでしょうかね。
愛の表現もやっぱりひとそれぞれ色々ですよ。そのことでSMプレイや主従関係が変わることはないのではないでしょうか。
奴隷を愛するがうえの表現。
電車の中、坂道の文章はvitさんの愛と優しがとてもよくわかって素晴らしい主なんだと思いましたよ。

長文失礼しました。
[2012/09/04 00:27] URL | 三振 [ 編集 ]
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[2012/09/04 00:34] | [ 編集 ]


>tomoさん
御主人様のS性や、奴隷のM性にもよるのでしょうね。
本当に、奴隷としてのみ扱う(扱って欲しい)と思っている人もいれば、それを調教の場面と、普段の場面で分ける人、また、どちらの場合にも、ほとんど恋人に近いように接する人、そして、その間も、無段階にパターンがあるのだと思います。

tomoさんは、どちらの時も幸せとのことで、そういう風に感じるのであれば、御主人様も、特に気にせず、その時の気持ちで、接することができますね。
そこまでに思えるのは、主従としても、人としても、良い関係を作られているからかなと思います。
素晴らしいことですね。


>碧さん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
碧さんの主様は、日常では、そんな感じなのですね。
私は、多分それほどではなかったですが、そういう人も知っております。
本当に、普段は、普通のカップル以上に、奴隷を女性として、というか、お嬢様というか、お姫様というか、そういう扱いの人っていました。
女王様と書かれておられましたので、碧さんの主様の場合もそんな感じなのでしょうかね。
逆に、そういう風にするから、虐待しているときとのギャップが大きくなるということで、主様としての「非日常感」というのを、感じていらっしゃるのかも知れませんね。
もちろん、もともと、そういう部分では、とても紳士的で、奴隷と言えども大切に思っている方だからこそ、出来ることだと思いますが。


>2012/09/02 14:24にコメントくださった匿名希望さんへ
書こうと思っておられたことと同じような内容だったのですね。
それは面白いですね。この世界の話をしていると、同じようなことってやっぱり思うものだと思いますし、それについて、私は御主人様の立場で考えますし、匿名希望さんは、奴隷の立場で考えるわけですから、似たような内容でも、違う視点の話というのは、私もとても興味深いものです。
トリビュートエントリーとのことで、なんだかとても光栄です。ありがとうございます。

私の奴隷のこともそのようにおっしゃっていただいてありがとうございます。本当のところはわからないのですが、そうであってくれるといいなといつも思います。

私は、今は一人ですよ。奴隷もいないですし、彼女もいません。だから、こんな、御主人様の手口をバラすようなブログが書けるわけですが(笑)でも、奴隷がほしいという気持ちはありますので、そのうち、縁があれば、御主人様に戻りたいと思っています。

ご主人様とも、私のエントリーについてお話をされるとのことで、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


>りんさん
はじめまして。ブログに来てくださってありがとうございます。

本当に色々な主従がありますね。私もそれは同感です。
特に、私自身ですらも、奴隷との出会いと別れが何度かありましたから、複数の主従がありますし、他の主従の方々との交流もそれなりに多かったので、色々と見てきました。

りんさんも、また、親友の方も、それぞれにあるのですよね。本当に、教科書?通りではなく、その主従ごとに、必要とするもの、必要としないもの、やること、やらないこと、などあってよいものだと思います。

そんな中で、りんさんが書いておられた、能動的絶対服従ということですが、それを念頭において付き合うか?、それすらも忘れるように付き合うか?という違いはあると思いますが、今の身分制度が社会的には存在しない日本においては、主従関係といっても、基本的に、奴隷側の能動的な服従というものが、ベースになっているという風には私は思っております。
奴隷が御主人様を選ぶものだというのは、あるのだろうなと。
ただ、それを意識するか、しないか、また、意識したいか、したくないかというのも同時にあって、中には、自分は御主人様に強制的に奴隷にされたと思うこと自体が、奴隷であることの証のように考えて、それによってM性を満たされている人というのもいらっしゃると思います。

結局のところ、その主従がどう思うか?ということに、帰着する話かとは思いますので、「あのカップルは主従で、こっちは違う!」とか、そういうことを比較できるものではなく、自分たちがどう思うか?ということに任されている関係なのだと思います。
そういう意味では、普通の恋人関係も、周りがどう思おうと、当人同士が恋人だと思っていれば、それでいいわけですから、同じかも知れませんね。
二人にしか生み出せない主従関係があるというのは、まさにその通りだと思います。
S性やM性にしても、一人一人違うというのは、私もたくさんのそういう人達を見てきて思いますので、独自のものがあるというのも、同感です。

席を譲りあう話は、なんだか、私の屁理屈なので、どうもカッコ悪いですけれども、それでも、そういう葛藤の一つでしたから、それはそれで、真剣でした。
今思うと私も、あの頃の私を、微笑ましいというか、苦笑しながら思い出すのですが。

そして、向かい合う大切さ、というのは、私も本当に思います。それだけは無くしてはいけないことですね。


>りん子さん
お話させていただくのは久しぶりですね。
でも、ブログの方は拝見させていただいております。

そうなんですよね。本当に矛盾だらけで困ったものです(笑)
でも、そういう矛盾をお互いに認識して、その中で(矛盾自体を包み込んで?)成立させることができたとき、主従が成立すると言ってもいいのかも知れません。
極論すれば、お互いに幸せで、満たされる関係なのであれば、どんなに矛盾しているように周りから見えようが、本人たちも矛盾していることに気がついていようが、関係ないのではないかと思います。
それこそ、数学の問題集のほうが、「虐」だというのなら、調教は数学の時間にしたほうがよさそうですしね。私は数学は大好きですから、奴隷に問題集、やらせても良かったかも知れません。
でも、そんなことはせずに、奴隷を虐待すると言いながら、そのM性を満たすことをしていたのですから。
本当に嫌で、どうにもならないことと、嫌だけれども、実は嫌じゃない(快楽や幸福感になる)ことを、見極めているのだろうなとも思います。
ただ、この見極めというのも、なかなかに難しいことですから、そこをうまくやっていくのが、主従の醍醐味とも言えるのかなと思います。
矛盾を矛盾としてわかっていることって大事なことですね。私も全てわかっていたとは到底言えませんが、それでも、気をつけるべき部分であることを認識できたのは、良かったなと思っているところです。

面倒な事柄に、”奴隷であるから”という理由で、御主人様が向き合わないのは、私も良くないと思います。私もそういうことがなかったか?と言われると、自信はありませんが、できる限り、奴隷との話はしたいと思っていましたので、そういう意味では、少しは良かったのかも知れません。ただ、そういう御主人様がいるというのは、確かですね。過去に掲示板やそのオフ会でお会いした奴隷の方や、このブログを始めてから私に相談メールをくださった方の中にも、そういう感じの悩みは、やはり見かけますので。

私の話が貴重だといっていただけて、なんだか照れくさいですが、少しでも幸せな奴隷が増えるといいなと思います。


>三振さん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
楽しみにしているなんて言っていただけて、光栄です。

それから、管理人のみ閲覧の投稿がバレてしまいますが、私は気にしていないので、先に書いておきますけれども、私の名前を間違われたことに関しては、気になさらないでください。
vetなんて、特徴がなくて、なんだか間違いそうな名前で、申し訳ないくらいです。vitでも、vatでも、votでも、いいんです(笑)このコメント欄で、私のことを指しているのだと、わかるわけですから、それで問題無いです。
本当は、ご要望にそって、名前の部分を書き換えたいのですが、このブログのコメント欄というのは、私も自分のコメント以外は、削除しかできないのです。レンタルブログの仕様で、管理人でも他人のコメントの編集はできなくなっております。編集は、コメントを書いた方が、書いた時に設定したパスワードを使って編集するしか無いですので、このままにするか、一度削除して、投稿し直すしかないのです。今回は私だとわかるので、このままでいいかなと思いました。フォローもしていただきましたので、失礼だとか、そういうふうには、思っていませんので、大丈夫です。
本当に、お気遣いをいただきまして、ありがとうございます。

野球の道具のお話、とてもよくわかります。愛情というか愛着というか、そういうものがあるからこそ、自分の気持をそれに素直にぶつけられる、また同時に大切にも出来るということですよね。他人のものでは、どちらの感情も湧かないと。おっしゃる通りに私も思います。
”自分のもの”というのは、やはり特別なのだなと思います。素直にそのときの気持ちをぶつけ、それを受け止めてくれるものと思っている、そう思えるからこそ、”自分のもの”になったと言えるのかも知れません。

奥様とのお話も、とても素敵なご関係ですね。そういう風に誓う方をパートナーとしておられる三振さんを私はとても羨ましく思います。私は、残念ながら、過去の奴隷たちとは、生涯を共にするというところまでは、行けませんでしたので。
そこまで行くと、本当におっしゃる通り、SMというカテゴリーでは収まりきれないというのは、まさにそうなのでしょうね。生涯のパートナーを持ったことのない私には、想像でしかありませんが、素晴らしいと思います。

愛といわれると、ちょっと照れくさいと思ってしまう私なのですが、私も奴隷を愛していたと思っておりますので、最終的にはそういう部分から出てきた行動の一つということでもあるのかもしれません。私の場合には、ゴチャゴチャといろいろ考えてしまうタイプなので、胸を張って、”愛”だとは、言い切れない気もしますが、その気持ちがあったのは確かなので、それが、奴隷に伝わっていたら嬉しいなと思います。


[2012/09/10 23:13] URL | vet [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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ブログよりも、短い話題はこちら。 こちらの方がブログよりも気軽に書いている。また、チャットみたいな感じで誰かと会話をしていることも多いので、ブログでの私のイメージと少し?だいぶ?違うかもしれない。あまり遠慮せず、気楽に話しかけてくれると嬉しい。

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掲示板形式で話ができる場所。ブログにコメントできない時のための非常用に作ったが、それ以外でも、私と参加者、また、参加者同士などで、話をするのにも気軽に使っていただければと思う。

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