理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

 ▼スマホの場合▼
スマホ版へのボタン

 ▼携帯の場合▼
携帯版へのボタン

このブログを書き始めた頃から思っていたこと。

もっと前、ノーマルな人と、SMの話をした時から思っていたこと。

以前、twitterで、ある、とても経験豊富なSの方が、同じようなことを呟いておられたので、改めて認識しなおしたこと。


”S”というものの心理状態を、S以外の誰かに説明し、理解してもらうこと。

それは不可能なのではないか?ということだ。

私は”S”として起こした事象を、このブログに書き続けてきた。

そして、”S”としての気持ちも、想いも、書けるだけ書いてきた。

でも、たまにノーマルな方、特にノーマルな男性からのメールをいただいた時、やっぱり伝わらないのか…と、思うことがある。

最近だと、彼女が、いきなり、Mだからと言い出して、Sになっていてほしいと言われたというような、男性からのご相談も頂いたりする。

そういう時に、私自身のこと、私のSである部分のことを説明するのだが…。

真に理解されていないのだなと思えることがある。

それは、私の説明が悪いのかもしれないが、私に、それ以上の説明をすることができないことでもある。

私は、どうやって私のS性、奴隷に対している時の心理状態を説明すればいいのか、迷う。

男として、またSとして、私のことを理解してくださっている部分というのも、当然あったし、そういう共感を持ってブログを読んでいただけたのは嬉しかった。

でも、やっぱり、完全に理解して頂くのは、難しいのだろうな、とも思った。

まあ、他人を理解することなど、Sとか、そういうことを抜きにしても難しいものではあるが。

だが、”S”ということは、さらに理解し難いものであるということを昔から実感していたし、今も、それを思う。

そういう時に、出てくる、代表的なことの一つが、”良心”だ。

私は奴隷を奴隷として扱っているときに、良心の呵責を、感じていない。

罪悪感を持っていない。

奴隷の頭に足をのせてグリグリと床に顔を押し付けていることも、鞭で打つことも、縛って放置することも、性処理のためだけに使うことも、ただひたすらに奉仕をさせ続けることも、…。

その姿に興奮し、または冷静に見下ろし、可愛いとか、美しいとか、愛おしいとか、そういうことは思うのだが、自分の行為を悪いと思ったことは、無い。

正確に言えば、最初の頃を除いて。

最初の頃は、戸惑い、考え、S性のことを、どう扱えばいいのか?と思い、これは悪いことではないのか?と思ったりもしたのだが、御主人様としての経験を積んでいったあとでは、S的な行為について、悪いと思わなくなった。

というよりも、その行為を善悪で、評価することをしていない。

普通に、食事をする時、それが良いことか?悪いことか?考えないのと同じように。

以前、ノーマルな方だったと思うのだが、調教時の心理状態について、「罪悪感があっても、それを欲望が上回るから、そういうことができるのか?」というようなことを質問されたことがある。

良心と、S的欲求のせめぎあいの結果として、S的欲求が強いので、罪悪感を持ちつつも、それを乗り越えてしまうのではないか?と。

S性が強い人は、S的欲求が勝つ確率が高くなるから、そういう行為をすることが、より、容易にできるのではないか?

そういうことを言われた。

普通(ノーマルな方)はそう考えないと、理解しがたいのかもしれないのだろうが…。

多分、こういう認識が違うんだと思う。

少なくとも、私の認識ではない。

罪悪感がそもそも無いのだと思う。

上で書いた通り、御主人様初期の頃はあった気がするのだが、それが薄れて、その内に感じなくなった。

私は自分が偉い人間だとは思わないが、自分に罪悪感があることは、あまりしたいと思わない。良心というのは、大事にしたいと思う。

それに、私は欲求を押さえる傾向もあるから、もしも、罪悪感があり、良心に背くことなら、多分、S性が強くても、それを押さえる方向に気持ちが働くと思う。

実際、普段の生活や仕事面では、良心とか、道徳とか、そういうものをないがしろにしたくはないと思って暮らしている。

そして、それに背くことをしてしまった時には、やっぱり後悔するし、相手があることなら、謝りたいと思う。

でも、SMや主従に関して、そういうことは思わない。

もちろん、自分のしていた行為が、一般常識に照らし合わせて非道なことだというのは、認識している。

でも、奴隷以外にそれを行使することはないという節度というか、社会を普通に生きていくための術としてのストッパーや、表と裏の線引きは持っているというだけで、

奴隷に対するSM行為について、罪悪感と闘いながら、良心を押さえつけて、悩みの末に、調教しているということはない。

別の意味で思い悩んでいたことはある。

例えば、奴隷の様子がいつもと違うということなら、何かあったのか?ということは考えるし、それについて、私が解決の助けになるなら何かしようとも思う。

でも、実際に、”調教”として奴隷に施す、数々の非道な行為や、奴隷に示す、一般的尺度で言えば、理不尽で横柄な態度などには、そういうものを自覚してはいない。

奴隷の段階によって、できること、できないことは出てくるから、調教の加減などは、実際にはしていたのだが、それはあくまでも奴隷を壊さないという意味であって、S性を抑えるという意味とはまた違うものとして、私の中にはある。

調教の強度を考えるのは、奴隷に悪いと思っているから、ではない。

でも、それは、なかなか、説明しても理解されないもののようだ。

S性があまりない人と、私や、世の御主人様をしている人たちの違いというのは、たぶんこのあたりにあるのだと私は思う。


やるべきではないことを、やるべきではないことだと認識し、やってはいけないし、躊躇もあるけれど、その葛藤の中でやる。

「やってもいいのだろうか?」

ノーマルだったり、S性が弱かったりする人は、例えば、土下座させた女の頭に、足を載せるとき、こんなことを思うのではないだろうか?

でも、私は、そもそも、やってはいけないことだという認識が欠如している。と言ったほうがいいと思う。

もちろん、一般的ではないし、表の世界ではやらない、ということは、知っているのだが、それでも、奴隷に対しては、問題なくできる。

奴隷の頭に、足を載せることを、躊躇することはないし、なんの葛藤もない。

「やってもいいのだろうか?」ということは、頭に浮かんでこない。

というふうに書いても、やっぱりわからないのかもしれない。

これまでにも、何度か、ノーマルな方に、説明したことがあるが、大抵は、「本当に、そうなんですか…」と、不思議な顔をされ、「やっぱり、良心は傷まないのですか?」なんて質問をされる。

傷まない。

でも、もしも、Sに、裏の世界での良心があるなら、それは、目の前の奴隷のM性を満たしてやることだろうと思う。

そのために、躊躇せず、頭に足を載せてやることのほうが、Sの良心に沿った行動なのではないか?なんてことを普通に思っているのだが、これは、私だけなのだろうか。


テーマ:SM - ジャンル:アダルト


vet様 こんにちは。
この主従の関係をノーマルな方にわかっていただくのはなかなか難しいと思います。初心者奴隷が生意気申し上げてすみません。
主従の関係は主様の所有物だから踏んでいる足おきにする。
愛情を注ぐ為に鞭で打つ。痣を残す。こんな行為一歩間違えたらDVですよね。
だけど、主従関係は違う。お互いが
本来自身がもってる欲望を理性を超えて求め合う。
これってS様がいてM女がいて信頼しあっているからこそ出来る関係。S様が躊躇するお心をお持ちだったら奴隷は愛を感じとれませんから・・・
SとMで奏でる世界だからノーマルな方には伝わらないのだと思うのです。
[2013/11/08 16:19] URL | マル [ 編集 ]

vet様
初めまして。何度か覗かせて頂いておりました。

私は奴隷としてご主人様に仕えている立場です。
奴隷として、いつも興味深い内容でありがたく拝読しています。

確かに、一般の方には理解できないことだと思います。
私のご主人様は、こういう言い方が正しいのかわかりませんが、とても優しく一般の方よりもずっと愛情深いと思います。
vet様にも、同じ印象を持ちます。

奴隷にとっては命令や鞭や、色々なことが愛情として感じますし、それが良心がないなどとは思いません。
奴隷は、優しく抱き締められるだけでは足りないと思う、欲張りな生き物ですから。

S様の心理が理解されないのと同じように、踏まれたりすることで愛情を感じるMの心理もまた、一般の方には理解されないのでしょうね。

奴隷にとってご主人様は、唯一の理解者で、全てを受け入れ愛してくださる唯一の存在です。

[2013/11/08 21:26] URL | dollis [ 編集 ]

SMを知らない人にSMの心理を説明するのは難しいと思います。
遊園地を知らない人にジェットコースターの楽しさを説明するようなもの、だと思うのです。
私もSMの世界は最近知ったばかりなので知識としては理解できるけど、本当の"理解"は出来ず、
想像の世界の理解になってしまうからvetさんが思う真の理解は恐らく出来ないと思います。
でも、それが無駄なことだとは思っていません。
vetさんからするとこれだけ説明しても理解されないという事が寂しいのかもしれないけれど。

私がブログ等拝読させていただいて感じたのはSの良心、というより、
自分が責任を持てる領域をvetさんが経験上、把握できるようになったのではないでしょうか。
自分が癒せる傷しか付けない、心身ともに傷付けた分、癒せたり、更に安定させることが出来ると分かった分、
頭で考えるより、感覚を身につけられて躊躇することなく実行出来るようになった、と感じました。

一般常識に照らし合わせると、理不尽とか酷いとかDVとか思えるようなことでも、
実はSMならではの愛情表現だから良心の呵責がなくて当然なことなんだろう、と思います。
勿論、M性がない女性や職場の誰かをいきなり縛ったり、頭を踏みつけたり
「俺様」態度を取るのはただの暴力男になると思いますが。
[2013/11/09 09:38] URL | catsumi [ 編集 ]
Mから見て
はじめまして。私はMです。
奴隷というよりはペットという扱いが好きですが、縛り上げられて鞭代わりの紐で殴られたりしています。
痛いし痣も出来ますが、それでご主人様が罪悪感を持つかどうかというのは考えたことがありません。

なので、このエントリーはすごく新鮮でした。

Sの良心とは、仰るとおり、Mを喜ばせることと、Mを壊さないことだと思います。

賛同の意を表したくて、初めてコメント入れさせて頂きました。
[2013/11/09 10:00] URL | 舞娘 [ 編集 ]
おひさしぶりです^^
その行為が一般常識では屈辱的でも苦痛に見えても、最終的には奴隷さんがよろこんでいるとわかっているからためらわないのかなと思います。
たとえばね、その行為自体は奴隷さんの快楽になっていないとしても、ご主人様にそれをしてもらえる、ご主人様がよろこんでくれる、という遠回りをして最終的には奴隷さんのよろこびや快楽になっているはずですよね(だからこそ、関係が継続するわけで^^)

Sさんやご主人様は、Mや奴隷側の快楽を言葉に表さない方が多いような気がしているのですが、vetさんが奴隷さんに対して良心が痛まないのは、それが最終的には奴隷さんのよろこびだと理解しているからだと理解しているのですけど、合ってますか?(笑)

わたしたちは主従ではありませんが、那智さんもやはりごく初期の頃は、わたしを打つときに「かわいそうと思ってはいけない」と意識していた時期があったそうです。
痛がりながらも泣きながらもそれでわたしが感じるようになっていくにつれ、その意識は減り、いまでは、まっっっったく良心は痛まないそうです、むしろ、打ってあげているね、くらいの意識(笑)

加虐と被虐の組み合わせ、従わせたい人と従いたい人の組み合わせにおいて、行為の酷さはむしろプラスになるものだと思います^^

[2013/11/09 14:06] URL | りん子 [ 編集 ]
初めまして
初めまして、vet様。
以前から何度かお邪魔しておりました。
最近になりますがようやく御主人様に出会える事ができました。
M女です。
vet様のエントリーはいつもいつも興味深いもので、助けられることも何度もありました。
一般的には普通ではない行為かもしれませんがM女側も御主人様だから受け入れられるし、受けたいモノです。
何をもって普通なのかわかりませんが、確かに私の性に関する欲望は普通ではないかもしれません。
でも、SとMでしか味わえない愛があると思います。
意味がわからない文になってしまいましたが、vet様のお考えはいつもいつも素敵です。
乱文失礼致しました。
[2013/11/09 16:55] URL | なほ子 [ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2013/11/09 17:55] | [ 編集 ]
賛成!!
最後の部分
>目の前の奴隷のM性を満たしてやることだろうと
 私の想いと同じだったので 笑ってしまいました。

叩かれたら Mでも 痛いんです。
でも、痛いが 嫌なんじゃないのです。
百歩譲って 痛いは嫌だとしても
叩かれることで お相手が 満たされることを 喜んでいる。
叩かれると言うより 叩いていただいている

というMの心理が理解できる人がS でしょか。
[2013/11/10 11:55] URL | tomo [ 編集 ]

初めまして。

時々、お邪魔していました。興味深く読んでいます。

二人の世界は、二人にしか存在しません。それは、二人にしか理解できない世界なのかも知れません。

30年、お付き合いしています。

今は、お互いに年なので、安全第一です。

見える場所への痣は禁止、血が出る事もしません。

叩かれる…お尻が真っ赤になり、熱くなります。痣はなくても、2、3日は痛いです。

ただ、私も痛いけど、叩く御主人様の手のひらも痛いのです。

共有する痛みが至福の時なのです。

他の誰でもなく、私にだけ与えて下さる痛みです。
[2013/11/10 16:56] URL | k [ 編集 ]
わかって欲しいのですか?
SMに限らず、法的に認められた夫婦だって、男女間のことは他人には推し量れないものでしょう。百人いれば百通り。人と人との関係性はそういうものでは?

SMの世界の魅力はノーマルの方にはわからなくて当たり前、変態と思われても当然と考えてSMをされてきたと思っておりました。今回のエントリーはVet様にしてはなんだか弱気なエントリーですね。

Sの良心について。
Vet様は以前奴隷の服を八つ裂きにして、外のごみ箱(アパートの共有スペースのごみ箱でしたか?)に放置された露出プレイがありましたよね?
「御主人様」は奴隷に対して露出プレイを施す場合、それが犯罪であるという認識はあるのですか?刑法174条の「公然わいせつ罪」にあたりますが、社会で生きる上での良心の呵責はあるものなのでしょうか?
あえて、お伺いいたします。









[2013/11/10 22:08] URL | みーたん [ 編集 ]

おはようございます、vetさん♪
オタクの世界と一緒ですよね。
アニオタ、鉄道オタ、SMオタ?(笑)

昔、付き合っていた彼にマゾだと告白して、彼なりに努力はしてくれましたが、やっぱりダメでした。
元から持つS性がない限り、それに徹することは無理なのかな、きっと。

では、良い一日を(。´・∀・)ノ゙
[2013/11/13 07:21] URL | もものすけ [ 編集 ]

興味深い内容でした。

以前ノーマル男性にSMについて聞いたところ、
取り返しのつかない怪我を負わせてしまったら怖い、と言われました。

ご主人様として色々経験があると、肉体的に大丈夫な範囲というのが把握できるようになって、
罪悪感というか、こういう心配事も解消されるのかな、と思いました。
[2013/11/14 01:37] URL | ぐり [ 編集 ]
性癖の違いかと思います
初めまして、初心者奴隷です。
いつも楽しく拝見していました。
私もお仲間に入れて下さい^^

「良心の呵責」とか「罪悪感」とか、社会通念上にはあるのでしょうけれど、ベッドの上の二人には何ら関係のないことだと思います。
それを望む女がいて、それを望む男がいる…どこまでするかはお互いの合意の上で決められる。

ノーマルだろうとSMだろうとそこは同じだろうと思います。

ただ性癖が違う…性癖の違いは違う人には理解出来ないのだと思います。
[2013/11/17 23:22] URL | いずみ [ 編集 ]


>マルさん
私のブログでは、コメント欄でも、メールでも、初心者とか、そういうことは、関係なく、お話するときには、ご自身のお気持ちをそのままに書いていただければ、それは立派なご意見だと私は思いますので、あまりそういうことは気になさらずに。

これはDVと、SMの境目はどこにあるのか?ということでもあるかもしれませんね。そして、外から見たら、明らかにDVに写ってしまうことでも、SとMで、お互いに信頼し合い、またそれを望んでやるからこそ、DVにはならず、幸せな時間をふたりともに過ごせるということなのだろうなと思います。
でも、SであることやMであること、と、そうではないノーマルであることで、この辺りへの理解というのは、やっぱり変わるのですよね。難しいですね。


>dollisさん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。

奴隷の側の考え方として、優しく抱きしめられるだけでは、足りないというお気持ち、とても、分かる気がします。私の奴隷も、抱いてほしいと言いながら、でも、それは、対等の立場ではなく、私が抱きたいから抱くものであって欲しいと、言っておりました。
それに、鞭に抱かれる、なんて、言葉も聞きますが、叩かれている時でも、抱かれているのと同じか、それ以上の、快感や、幸せを感じることがあるというのが、Mであるということ、なかなか、ノーマルな方には、わからないものなのだろうなと私も思います。
一緒にいた、私ですら、わからないことは多かったですから。
そんな奴隷を理解する、ということが、まずはとても大きいのでしょうね。


>catsumiさん
遊園地を知らない人にジェットコースターの楽しさを説明するようなもの、というのは、うまい例えだなと思いました。
結局、それを体験してみないとわからず、そして、体験する資格という表現が正しいかどうかはわかりませんが、それが、Sであったり、Mであったりという、普通ではない、性癖を持っているかどうか、であるわけですから、ジェットコースターよりも、難しいかもしれませんね。

自分が癒せる傷しか付けない。心身ともに。というのは、私が目指すところでもありました。
私は、奴隷に傷をつけることを躊躇はしませんが、その代わり、それが、後々まで残ることや、表の世界に影響が出てしまうことというのは、気にしましたね。
ですから、その感覚が身についたということでの、行為に対する、罪悪感のなさということであれば、本当に良かったなと思います。
そういう考え方もありますね。なぜ、最初は持っていた、罪悪感が、なくなったのか?というのも、私にしてみると、気になるところではありますので。


>舞娘さん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
Mの方からみても、賛同をいただけるということは、私の考えも、あながち間違いではないのかなと思えるので、とても良かったです。
壊さずに叩き、蔑みながら喜ばせるというのが、Sとしての腕の見せどころなのでしょうけれども、Mの気持ちを知れば知るほど、難しいことだなと思える気がしてきます。
コメントは、遠慮なさらずに。とても嬉しかったです。ありがとうございます。


>りん子さん
りん子さんの理解であっているのだと思います。というのも、私が、良心が痛まなくなったのは、どういうきっかけだったのか?とか、いつだったのか?ということに明確な自覚がないのですよね。それがあれば、「ああ、あれに気がついたからだ」と言えるのですが、それがないので、いつのまにやらということで、少しこのエントリー、あやふやでもあります(笑)
ただ、奴隷が確実に喜んでいると思った時、とても嬉しく、また私自身も満たされるものがありました。その、満たし、満たされる感覚というのを、知った時には、もう、奴隷に屈辱を強いることに良心が痛む感じはなかったです。
那智さんは、最初から、割りきっていたのかな?なんて、勝手に思っていたのですが、そういう意識をされていた時期もあったのですね。
やはり、Sという性癖があることと、実際にそれをやること、さらにそのことに慣れて(うまくやって?)いくことでは、大きな違いがあります。Sも意識が変わっていくものなんだっていうことも、やっぱり、書いておきたいなとも思いました。
組み合わせが、適切であるなら、それは、相乗効果といいますか、良い方向に行くのだと私も思います。


>なほ子さん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
御主人様に出会われたとのこと、おめでとうございます。良い主従関係を作っていってくださいね。

ただ単に”普通”と言った場合、多分、”世の中のより多くの人”を指しているのだと思いますが、自分の中では、MであることやSであることが、”普通”であることもあるのですよね。
結局それと、世の中の普通との、折り合いといいますか、どんな風に付き合っていくか?ということなのだろうなと、私も思います。
仰るとおり、SとMを普通とする人にしか、味わうことのできない愛というのも、あると私も思います。また、SやMであるなら、そういうものを見つけていきたいなと思います。


>2013/11/09 17:55にコメントくださった匿名希望さん
お久しぶりです。また、書いてくださってありがとうございます。
こちらは、一旦雪が降りましたが、その後、溶けまして、しばらくは少し暖かかったのですが、この週末くらいからはまた寒くなるみたいで、そろそろ本格的な冬という感じでしょうかね。そちらも寒くなっているようですね。風邪を引かれたとのこと、大事になさってください。

エントリーに共感いただいて嬉しいです。
世間的に見ればDVに見えるというのは、そうなんですよね。しかも、相手を好きになり、相手にもっと近づきたいと思えば思うほど、その欲求が強くなるというのも、本当に、そのように思われてしまう理由の一つだなと思います。

結局、行為そのものしか、見られない(知られない)のですが、そこに至るには、信頼関係であったり、愛情であったり、そういう気持ちが、あってこそなのですよね。その気持の部分とか、繋がりというのは、行為よりも、説明しがたいところでもありますから、やっぱり、外からはDVにしか見えないということにもなるのかなと、お話を伺いながら思いました。おっしゃるように、その行為を通しての、信頼や愛情の交換というのは、本当にあると思います。でも、行為は見えても、交換されたものは、見えませんからね。

野良ちゃん、そこまで慣れるなんて、すごいですね。仲良くなれて羨ましいです。
猫兵衛の話も、そのうち書きますね!


>tomoさん
「痛いは嫌とは違う」というのは、M側としてのお気持ちですけれども、まさに、一言で、このエントリーを表してくださっているように思います。百歩譲ってそれが嫌だとしても、相手満たされることを喜んでいる、というのは、私も、奴隷から感じることでした。奴隷が、調教の後で、「御主人様が、なさりたいこと、私でできていますか?」と聞かれたこともありますが、そういう思いなのでしょうね。
Mの心理を理解するのがSというのも、一つ、重要な要素ですよね。


>kさん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
確かに、二人にしか理解できない世界かもしれません。
私は、こんなブログを書いているものですから、Sの心理として、こういうことも書きたいなと思うわけですが、実際には、その二人の間であったことなので、なかなか、表現しきれないなと、歯がゆくも感じております。
「私も痛いけど、叩く御主人様の手のひらも痛いのです」というところ、すっと、私の中に入ってきて、納得出来るところでした。
共有することが出来る相手にやっているから、というか、相手と共有できることがわかっているから、良心が痛むとか、罪悪感が出るとか、そういうことが無いのかもしれませんね。
とても、納得できるお話をありがとうございます。


>みーたんさん
他人には理解されないことを前提にしているというのは、もちろん私もわかります。このブログを書いて、世の中に、SMのことを、わかってくださいとか、そういうことは、私も思っていません。
もちろん、ノーマルな方からは変態と思われる行為であることは当然だという気持ちはありますよ。
ただ、今回は、S側の心境というのを、書いてみたいと思いました。このブログには、私が、奴隷と接している時に、思っていたこと、感じていたことを書きたいと思っていますので、そういうことも、書くということで、出てきたエントリーです。
もちろん、ブログとして公開しているということは、誰かに読んで欲しいという気持ち、また、共感して欲しいという気持ちが、全くないとは言いません。ですから、今回のエントリーがわかってほしい部分が強く出た、私の弱気な気持ちが感じられるものでもあるのかもしれないですね。でも、そういうことを書きたい時も私にもあるということです。

露出に関しては、犯罪になっているという認識はありましたね。あのアパートのゴミ箱の時には、やはり、社会人としての良心の呵責というか、それが発覚した場合のリスクというのをとても心配しましたので、何度も見に行ったりしておりました。でも、Sとして、奴隷をひどい目に合わせていることについて、悪いという風には思っていませんでした。

こういう行為、露出なんかは、そうですが、表の世界に触れる可能性の高い部分ですよね。それをやるときには、Sとしての気持ちとは別に、表の世界との関係ということでの、気持ちというのは、出てきますね。


>もものすけさん
SMオタですか。まあ、他に人にはわからなくてもいいから、自分がやりたいことを、まっしぐらにやるという意味では、私は、SMオタクなのかもしれませんね(笑)
でも、逆にそのように、認識してもらえるなら、その世界の中で、納得してやっていることだと、考えられそうですし、そのほうが、説明するまでもなく、いいのかもしれませんね。

S性というのは、無い人にはやっぱり、無いのですよね。相手を、貶めることに罪悪感を感じてしまったら、そこで、それには徹しきれなくなってしまいますので、幸せには思えないでしょうね。
こういう部分、せっかく付き合ったのであれば、性癖が合うといいなと、いつも思います。

>ぐりさん
やっぱり、ノーマルな方は、加減もわからないですから、怪我をさせることを気にするというのは、本当にわかります。
私も、初期の頃は、それは気になっておりまして、どこまで出来るのか?ということと、自分のS性として、どこまでやりたいのか?ということのバランスをとるのが、難しいなと感じておりました。
SM行為をすることへの、ブレーキの一つには、相手にどれだけのことをやっていいのか?という加減がわかっているかどうか?というのも、ありますよね。
それは、そのとおりだと私も思いました。


>いずみさん
はじめまして。ブログ読んでくださってありがとうございます。
いつでも大歓迎ですので、仲間に入ってお話してくださると嬉しいです。

私はどうも、理屈を付けたがるので、なんだか小難しい話にしたがるきらいがあって、良くないなぁと思うところなのですが、いずみさんが、おっしゃるように、ベッドの上の二人には、社会通念など関係なく、その二人が良ければそれでいいというのは、そのとおりだと思います。確かにSMであるとか、ノーマルなセックスであるとか、そういうことは関係なく、その二人だけで合意されていればそれでいいのですよね。

私が、Sの心理状態を書きたいと思ったのは、これも私が奴隷に向けた思いだからということなのですが、実際には、難しいことではなく、性癖の違いということ、私もそのようにシンプルに書けばいいのかもしれませんが、なかなか書けません。
いずみさんが、スッキリまとめてくださった気がします。ありがとうございます。

[2013/11/27 11:13] URL | vet [ 編集 ]
お返事。受け入れないけど、受け止めます。
vet様。「S」の気持ちはやはり解りかねます。
でも、そういう方も世の中にいるのね、とvet様の心の叫びは受け止めます。受け入れないけど、受け止める。
私はそういう気持ちで読ませていただきます(笑)

自分の考えていることを他人に自分と同レベルで
「理解」してもらえたら嬉しいですよね。
解ってもらえないなら「突き放す」ではなく、言葉を尽くして説明するのがvet様のキャパシティの広さなのでしょう。
これからもvet様の思いのままをエントリーしてください。
楽しみにお待ちしております。






[2013/11/28 15:18] URL | みーたん [ 編集 ]

>みーたんさん
私は、奴隷を受け入れたいとずっと思ってきましたし、受け入れられたと感じた瞬間もありました。また、奴隷を持ったら受け入れるという姿勢は、持ち続けるでしょう。
でも、人を受け入れるということは、難しいことですね。どうしても無理な場合というのも、出てきてしまいます。そのときに、受け入れられない、でも、受け止める、という、みーたんさんのお考えは、とても、ありがたく思います。
私も、ブログが全て受け入れられることはないというのは、みーたんさんに限らず、他の方にも、言われており、全否定されたことも、何度もあります。ですから、みーたんさんが”受け止める”という姿勢で、読んでくださるということに、感謝したいと思っています。

私がキャパシティが広いのかどうかは自分では疑問ですが、突き放すのは、いつでもできるので、それまでは、出来る限り、言葉を尽くしたいと思っています。特に意識しているわけでもないのですが、いつもそんな感じなので、変な性格なのかもしれません。

[2013/12/16 20:53] URL | vet [ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2014/01/02 11:10] | [ 編集 ]

>2014/01/02 11:10にコメントくださった匿名希望さんへ

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

確かに、私も私の奴隷が感じていた本当の快感とか、幸福感というのは、彼女たちの言葉や態度から想像するしかなく、実感としては、Mの気持ちというのは、わからないのですよね。
ですから、その逆で、匿名希望さんが、御主人様(Sの人)の気持ちを理屈として理解したり納得することはできても、共感する事はできないというのは、私もそうだろうなと思います。
SにはSの、また、MにはMの、それぞれの、快感や、幸福感を感じる部分があるのですよね。
ただ、面白いなと思うのは、SはMの快感などを共感できないかもしれませんが、それを与えることができ、逆も同じで、MはSの快感などはわからないかもしれませんけれども、それを味合わせることができるということですよね。

同じ物同士が共感しあって、快感を得るのではなく、全く違う物同士が、つながることで、お互いが、快感や幸福感を得るという、関係ですよね。
神様がもしもいるのであれば、よく、SとMという、2つを作ってくれたなと思います。どちらか一つだけだったら、本当に困っていたでしょうね。

お互いに快感などの感覚はわからないけれども、信頼関係でつながって、離れがたいものになるというのは、考えてみたら不思議な関係かもしれませんね。
でも、だからこそ、面白いのかなと思いました。
[2014/01/06 21:32] URL | vet [ 編集 ]

Sの良心、もし、この答えが知りたいなら、ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」とケヴィン・ダットンの「サイコパス秘められた能力」を読んでみてください。
人間の脳はある種の刺激から変化するんですよ。
だから良心や同情心が麻痺してしまうことがあるんです。
[2015/01/16 19:17] URL | まりさ [ 編集 ]

これだけだと、ちょっと不親切ですね。
まず、vetさんは性格と性癖を分けて考えてください。
性癖の場合はヘテロセクシャルの人間に同性愛の性癖はちょっと理解できません。
それでも理解はできなくても納得はしてもらえます。
ただ、性格と性癖を分けてからじゃないと、ごちゃごちゃになりますよ。
[2015/01/16 21:30] URL | まりさ [ 編集 ]

>まりささんへ
書籍のご紹介、ありがとうございます。
なかなか、読書の時間も取れないので、すぐにとは行きませんが、時間を見つけて読んでみたいと思います。

性格と性癖を分けるということですが、これについては、私はある程度までは分けることが可能だと思いますが、完全に分けられるものとは考えていません。
奴隷との主従関係や、SM行為の中での奴隷の反応などを、私は何人かの奴隷で見てきました。また、SM行為はしない間でも、M女性とオフ会などで、そういう話をさせていただいたことも多いですが、そういう中で、性格が性癖に与える影響、またその逆というのは、無視できないものだと考えています。
なので、性癖と性格を分けて考えることは、どうも、私の感覚からすると、それでいいのだろうか?という疑問がついて回ります。
私も、性癖と性格を分けて考える時もありますし、過去にブログに書いている部分もあると思いますが、ある程度、融合した形で捉えるほうが、私は自然に感じます。
これは、実際に奴隷をみて、その奴隷を理解しようとした時に、思ったことです。完全に分けてしまうと、私には、奴隷の姿が、逆に見えにくくなるように思います。
[2015/02/13 23:53] URL | vet [ 編集 ]

なるほど。ですが分けるというのは整理にもなります。
まず、一つずつ人格と性癖を分類してパターン分けする。
その上で人格と性癖を合わせて考えたほうがそっちのほうが見えやすいし、思考しやすくなりますよ。


>性格が性癖に与える影響、またその逆というのは、無視できないものだと考えています。
これはフロイトの理論ですね。
わかりやすく言えばフロイトは、サディストだからエゴイストになるのではないかと考えた。
逆にカレン・ホーナイはエゴイストだからサディストになるのではないかと考えた。
ホーナイの理論で言えば、エゴイスト(人格)はそのエゴイズムを隠すためにサディスト(性癖)になるのではないかと。
ただ、これまでの研究だとどっちのパターンも当てはまる。
サディズム行為から生まれる優越感、有能感っていうのは、共感性(罪悪感、同情心)を麻痺させて自己愛を肥大化させていくわけです。
逆のパターンもまた然りです。

それと上記のコメントのSの良心についていえば、何故罪悪感が沸かないのか。
これは精神科医で20年以上カウンセラーをしているフレッド・S・バリーンの研究が裏付けてくれるでしょう。
バリーンはレイプ犯、性的サディスト、ペドフィリア、露出症といった性的なカウンセリングの中でも、
タブー視されてる患者を専門的に見てきました。
バリーンはその中で性的サディズムについてこう語ります。
「性的サディズム者に愛情がないわけではない。彼らは普通に相手に愛していると告白したりもする。
ただ、自分のその行為が相手を傷つけ、トラウマを負わせるという事が理解できないのだ」
そこでバリーンはサディズム的な欲求を抑えるにはどうすればいいか、研究していきます。
他の研究者たちも手伝いました。研究して突き止めたのがテストステロンとノルアドレナリンでした。
性的サディズム者のテストステロン値を見ると、一般人よりも高かったんです。
これにはどうすればいいのか。そこでバリーンは抗男性ホルモン剤を患者に投与したわけです。
結果は5年後の調査で患者の90%が改善していました。

相手に無茶な事はしなくなったし、相手のことを考えられるようになったんです。
罪悪感や良心、共感性って脳のホルモンバランスに寄るところが多いんです。
そしてノルアドレナリンですが、これは感情を高ぶらせる作用があります。
そしてノルアドレナリン分泌が低いと、それを分泌させるために刺激を求めるようになります。
ジェットコースターに乗るのも刺激を求める行為の一つですね。
だからプレイがハードになっていく傾向があります。
vetさんが本当にサディズムについて知りたいなら、こういうのを知るというのも必要ですよ。
[2015/02/17 18:09] URL | まりさ [ 編集 ]














管理者にだけ表示を許可する

このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

最新記事
カテゴリ
管理人、vet宛メール

当ブログの管理人、vetへのメールは以下のリンク先のメールフォームから送っていただければと思う。2つあるが、どちらのメールフォームからでも、良いので、都合の良い方を使ってもらえればと思う。

メールフォーム1
メールフォーム2

月別アーカイブ
twitter

ブログよりも、短い話題はこちら。 こちらの方がブログよりも気軽に書いている。また、チャットみたいな感じで誰かと会話をしていることも多いので、ブログでの私のイメージと少し?だいぶ?違うかもしれない。あまり遠慮せず、気楽に話しかけてくれると嬉しい。

最新コメント
コメントボード

掲示板形式で話ができる場所。ブログにコメントできない時のための非常用に作ったが、それ以外でも、私と参加者、また、参加者同士などで、話をするのにも気軽に使っていただければと思う。

コメントボードへ

検索フォーム

RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード

QRコード

アルバイト情報