理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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正月に、初詣に行って、色々な願い事をする。

家族の健康だったり、合格祈願だったり、商売繁盛だったり。

主従の方は、SMプレイでの安全祈願なんてしているのかもしれない。

私は、その年の願い事というのもあまりしないタイプだから、自分からは初詣に行く方ではないのだが、行くのが嫌というわけでもない。

誘われれば、行く。

ただ、私のような変態を、神様は歓迎するのか?というのが、鳥居をくぐるときに、多少気になる。

でも、変態程度で、歓迎できなくなるような、心の狭い神様なら、こっちから願い下げだとも思う。

まあ、それはいいとして。


今年は、誘われたので、近所の神社に初詣に行ってきた。

何を願ったか?は内緒として…。

こんな感じで、誰にでも、願いや希望はあるのだろう。

特に、一年の最初は、そのことを意識する機会が多いかもしれない。

私は、季節ものの記事はあまり書かないので、年始に、年始らしい話題を書くのは、珍しいなと、ちょっと苦笑しながら書いている。


”願い”ということで思った。

奴隷の本当の願いというのはなんだったんだろう?と。

今でも思う。

あの奴隷は、何を願って私の奴隷でいたのか?と。


奴隷にも、願うこと、希望することはあった。

それは、私と主従関係になった動機でもあると思う。

そういうものを奴隷は確かに持っていて、私に伝えてきたものも多い。

例えば、調教で、「鞭をください」なんて言うのも、奴隷の願いだ。

その痛みの中に快感を得られるから、鞭で叩かれることを望む。

その残った傷跡に幸せを感じるから、鞭で傷付けられることを願う。

「ご奉仕させてください」なんてことですらも願いだ。

奉仕することが願いになるというのが、普通の発想では、あまり出てこないものかもしれないが、それでも奴隷はそれを望み、それが叶うと、ニッコリと微笑んだ。

だが、私は調教の最中に、奴隷の願いというのは、すぐに叶えるようなことはあまりない。

私は私のやりたいようにする。

たまたま、私がやりたいことと奴隷の願いが一致したり、本当に簡単なことだったりすれば、そのままやることもあったし、それですらもひねくれて、奴隷が望むから、お預けにしたりもした。

奴隷が、何かをして(させて)欲しいと言っても、それをそのままの形で、叶えてやるかどうかは、その時の気分や、私が奴隷を見て、それを与えるべき時なのか?という判断次第。

ただ、その時に奴隷の希望を叶えなかったにしても、その願いは、覚えている。ちゃんと記憶している。

そして、何かの機会に使う。

奴隷が難しい命令をうまくこなせた時のご褒美だったり、気持ちが落ち込んでいる時に、引き上げるために使ったり…。

そのほうが、奴隷にとっては効果的なのがわかっているから、私は奴隷の願いをそういう風に使う事が多い。

例えば、美佳が奴隷になるとき願ったのは「抱きしめて欲しい」ということだった。

それでも、調教のたびに抱きしめたりはしなかった。

でも、美佳が辛そうな時、何かを悩んでいる時、また逆に、美佳にはすごく珍しいのだが、とても嬉しそうにしている時、私は自然に抱きしめてやることがあった。

そんな感じで奴隷の願いを叶えていたように思う。


私が奴隷の願いを話として聞くことというのは、奴隷にする前が最も多かったかもしれない。

奴隷になるかどうかの話をしているときに、どんな調教が好みなのか、逆に、どんなことをされるのは耐えられないと思うのか?ということは、聞いておくし、私の方針も伝える。

主従としての相性が合うかどうかの確認をするのに、そういう話は欠かせないと思っていたから。

奴隷のMの方向性を、その時点で多少なりとも把握したかった。

苦痛が好きな奴隷なのか、恥辱が好きな奴隷なのか、なんて具体的なプレイのこともあるし、

御主人様とのストイックな関係を望むのか、恋人に近いような関係を望むのか、などの、主従としての接し方についてのこともある。

それ以外の望みも、その時には、しっかりと聞くようにしていた。

具体的なプレイのことを事細かに語っていた奴隷も居たし、ただ、私に「使って欲しい」とだけ言った奴隷も居た。

奴隷によって、本当に色々な望みがあり、私はそれに耳を傾けた。

また、奴隷にしてからの調教の中でも、口に出して伝えてくることもあれば、目で訴えるようなこと、それらしい態度で示そうとしていたこともある。

こんな感じで、奴隷には、私や、二人の関係についての、願いや希望があった。

それは確実だ。


でも、主従関係が進んでいくと、はじめの頃に言っていたのとは違う願いを奴隷が持つようになってきた。

本当の願いと言ってもいいのかもしれない。

これだけあればいいと、奴隷が言ったこともある。

そんな願い。

私が奴隷たちにそれを言われた時、驚いた願い。

それは、「御主人様の好きなようにして欲しい」というもの。

言い方は様々で、「御主人様の快感が私の快感です」と言った奴隷もいたし、

いつも「御主人様、私は、使いやすいでしょうか?使っていて楽しいでしょうか?」と確認していた奴隷も居た。

私の過去の奴隷たちが、他の願いを差し置いても、最終的に口にしたのは、こういうことだった。

これ自体は、奴隷が言うことはあると思うし、はじめから言っていた奴隷も居たのだが、私が驚いたのは、時間が経つに連れて、どの奴隷も言った願いだったということ。

最初に会った時、奴隷にする前や、奴隷にした直後の話では、具体的なプレイや、主従の形について、望む言葉が多かった奴隷。

それぞれに違う望みを言っていた奴隷。

M性を刺激される部分も、私との望む主従の関係も、それぞれに別だった奴隷。

性格も、性癖も、主従に対するアプローチも違う。

なのに、最後には、同じ願いを言い出したことに、私は驚いている。

出発点が違う、個性もあるのに、同様のことを言い出す。同じような心境になっていく奴隷が不思議だった。

もちろん、私の奴隷になるのだから、私の好きなようにされるのだということは、最初の段階でも、思っていただろう。

でも、それはあくまでも願いではなくて、私のS性や御主人様という立場について、許容したということだと思っていた。

だから、同時に、自らの直接的な快感も求めて、具体的なプレイや、主従の関係の仕方を、望みとして、挙げていた奴隷が多かったのだと思う。

私は、奴隷のその望みというのは、変わらないと思っていた。

それで快感を得たいから、私の奴隷になるのだ。だから、そういう望みを持つ。

至極当然のことだと思っていた。

それなのに、奴隷は、具体的なプレイの希望などをあまり言わなくなっていった。

私との関係についても、やっぱり言わなくなっていった。

もう伝わったから、言う必要がないと思ったのかもしれない。もしかしたら(もしもそうなら本当に申し訳ないことだが…)、私に言えなくなってしまったのかもしれない。

でも、この「御主人様の好きにして欲しい」という望みだけは、口にすることが多かった。

自身の快感を差し置いてでも私の快感を優先したい。

私が快感を感じていることを感じることが自身の一番の快感になると言った奴隷も居た。

好きにしてる時の私の顔を見られると幸せだと言った奴隷も居た。

奴隷は、私に「好きなように使って欲しい」と願った。

それが快感であり、幸せを得られることと思うようになったと言った。


でも。

これが奴隷の本当の願いだったのだろうか?と考えることがある。

奴隷はもっと別のことを望みたかったのではないのか?と思うことがある。

私といるから、私を御主人様として想うから、こういう願いが出てきただけで、もっと、自分だけの快感や、幸福感を得られる何か。

真の願いがあったのではないか?

そんなことを思うことがある。

真の願いが、「私に好きに使われること」であったのなら、私はそれを叶えることができた。

私は奴隷を好きにしたのだから。奴隷を使うことに、この上ない快楽を得たのだから。

本当に、私の都合だけで、良いように使ったことで、私は幸福感をもらったのだから。

でも、そうじゃない何かが、もしも、あったのなら、それを知りたかったなと思う。

奴隷が本当に願っていること、奴隷としてしっかりとその立場に馴染み、入り込んだ時に、思う、真の願いって、何なんだろうな…。

今でも、それは気になることだ。

そして、それが、本当に、「私の好きに使われる」ことだったのだろうか。


今日、初詣をして、願い事を考えたとき、私は、そんなことを、やっぱり、また思っていた。

積極的には行かないのだが、初詣するのも、いいものだ。

テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト


自慢ですか?
肯定してほしいのですか?
と、いった意地悪なことが頭をよぎりました。

内容からは信頼関係が構築されており、委ねられているから出てきた言葉かなと思います。

評価試験や開発検証の考察をしているときの心境と同じでしょうか?
結果が本当に正しいのか?と、判断するためのデータを集め、自問自答を繰り返し結論に繋げる過程に似ているように感じました。
最後はリーダー(ご主人様)が決めないといけないのですけどw

理系ご主人様とは複雑なモノですね。
でも、だから、うまくいっていたのでしょう。
[2014/01/02 03:04] URL | や [ 編集 ]

あけましておめでとうございます(。´∇`)ノ
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

主の幸せは奴隷の幸せ、これは至極当然ですよね。
私は女として真の望みは、生涯の奴隷、やっぱり結婚かな。
先の見えない男女の付き合いには、全く幸せが見えてこないから。
ご両親とも一緒に幸せでありたいし、じじばばになってもずっと幸せでいたいなって、私は思います♪
[2014/01/03 10:17] URL | もものすけ [ 編集 ]
お好きに 存分に
vet様、明けましておめでとうございます。

私も願うことは「ご主人様のお好きなように存分に使って頂きたい」です。
私が初心者なので、ご主人様は色々と手加減して下さるのですが、ご主人様にご満足頂けるように存分に使って頂きたいと願っています。

確かに初めの頃には、もっと色々な願望があったような気がします(笑)
でも、ご主人様に受け入れて頂ける幸せの中にいるうちに、願いも淘汰されてきたように思います。

心も身体も満たして頂いて、今願うことは「ご主人様のお好きなように思う存分お使い頂きたい」

私は幸せな奴隷ですね(*^-^*)
[2014/01/04 01:40] URL | いずみ [ 編集 ]

vet様
明けましておめでとうございます。

前回のお返事、ありがとうございました。


願い、、、よくわかります。
初めは、これはしたくないとか、恐いとか、思っていることは必ずあります。
でも、だんだんそれがなくなる…ゼロにはならないかもしれせんが、うまく出来るかどうかは別にして、気持ちの上では限りなくゼロに近くなる。

ご主人様に好きに使ってもらうことが、一番嬉しいと感じます。
奴隷として、手加減されていると感じれば悲しいですし、楽しんで貰えなければ意味がないとさえ思うのが奴隷です。

その願いは、本心であったはずですよ。

私の願いは…
私のご主人様にしか叶えられないものなので、私はこれからもずっとご主人様の奴隷で居ることでしょう。
[2014/01/04 21:15] URL | dollis [ 編集 ]

vet様

あけましておめでとうございます。
今年もお邪魔させていただきます。

ご主人様は奴隷にとって絶対的に上の存在。
この地位だけは揺るぎなく
また、この地位は本来すぐに成り立つものでもなく
時間をかけてこれを強固にしていくものであると思うのです。
だから、主従関係を持った当初は
まして、初めてなら当初はご主人様の
こうされたい、あのように責められたいなどの
希望がありますが、
月日を経て細い糸が太いロープのようになる信頼関係が
保てるようになると、
自分の希望よりも、
ご主人様の好きなよに奴隷をお使いいただき
喜んでいただければ嬉しいと気持ちも変化して
行くのではないでしょうか??
私の今そのように変化していると思うのです。
その中でご主人様が「〇〇がとてもよくなったね」とか
「ちゃんと見てるよ」とかの奴隷をいつも見てくださっている
お褒めのお言葉をいただく度に愛情をいただく度に、さらにご主人様の
好みの奴隷でいたいと感謝の気持ちがそう思わせるのだと
思うのです。
だから、きっとvet様の奴隷さんたちは
vet様から愛情を感じてたからそう願うよになったと
私は思います。
[2014/01/06 14:37] URL | マル [ 編集 ]

>やさん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

自慢ですか?ということに関しては、そのつもりで書いたわけではないですが、やさんにとって、もしも自慢に聞こえるなら、私は、奴隷たちを誇りに思っていますから、むしろ嬉しいかもしれません。自慢できる奴隷だったということですから。
肯定して欲しいのですか?ということに関しては、あの頃の奴隷たちになら、肯定してほしいと強く思います。他のどなたかに肯定していただいたら、それも嬉しく思います。あの時の奴隷ではなくとも、同じような立場の奴隷の方とか、M女性などが、共感してくださったなら、あの頃の私でよかったのかもしれないと、やはり思えるからです。そして、自分で、あの頃の自分を肯定できるなら、それが今の私にとっては、一番納得できることですね。
やさんのご質問は、意地悪なことでもなんでもなく、私が書いているのは、そういうことも含んでいると思います。

もともと、このブログは、私の中にある、もやもやしたものを、書きながら整理し、自問自答もしながら、なんとか、納得できる、心の置所を探したいという目的ですので、やさんが書いてくださったことは、まさにその通りかなと思いました。

ただ、うまく行っていたというのが、私には疑問なのです。
全ての奴隷と別れたという事実があるので。それがなければ、きっと、うまく行っていたと私はすんなりと思えたのだと思います。
まあ、その場合には、このブログは存在しなかったわけですが…。


>もものすけさん

あけましておめでとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いしますね。

幸せというものの一つの形として、先がきちんと見えるというのもありますよね。
この先も一緒にいられる。少なくとも、なにかちょっとしたことだけで、別れてしまうようなことがなく、一緒にいようという約束をしたこととしての結婚というのは、大きな意味があると私も思います。
私も、結婚したことがないので、実感としてはないのですが、家族など、周りとも、一緒に幸せになっていく未来というのを、やっぱり、作りたいと思うというのは、私もわかります。


>いずみさん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

私の奴隷が、言っていたような気持ちの変化を、いずみさんは、実際に体験しておられるのですね。そして、そのように変化していく過程が、御主人様に押し付けられたものではなく、受け入れてもらえて、心や体を満たしてもらえたことで、いずみさんが、自分から思うようになったということなのですね。
そして、それが幸せなのですか。素晴らしいことですね。

私の奴隷が、いずみさんと同じように思ったのかどうかはわかりませんが、そういう風になっていくということを、実際に奴隷の方にお聞きすると、私のやり方というのも、悪いわけではなかったのかなと思えますので、嬉しいです。


>dollisさん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

前回のコメントですが、私も、特に色々と考えさせられましたので、こちらこそありがとうございました。
これからも、あのように、思ったことを自由に書いてくださると、私も、私のひとりよがりではなく、もっといろいろな視点から、考えることができますので、ありがたいです。

dollisさんも、やっぱり最初に思っていたことと、それから、徐々に変わっていったことがあるのですね。最初に考えていた、怖いとか、やりたくないことが、ゼロにはならないというのは、それは私もそうだろうなと思います。
でも、それが、だんだんと小さくなって、その代わりに、手加減なく、使ってもらえることが嬉しいという思いが大きくなっていくということなのですね。

dollisさんには、dollisさんの御主人様にしか叶えられない願いがあるとのこと、とてもいいですね。


>マルさん

あけましておめでとうございます。
今年も、こんな感じのブログですが、よろしくお願いします。

マルさんも、気持ちが変化しているとのことで、コメントを頂いた奴隷の皆さんが、そのように思う気持ちというのは、結構共通してあることなのかなと思いました。
信頼関係が大きくなると、何をされても大丈夫であるという気持ちも、大きくなるのかもしれませんね。だから、好きなようにして欲しいという願いも出てきやすくなるということなのかな?というのも、コメントを拝見しながら思いました。
そういう風に、考えていくと、やっぱり時間をかけて、信頼関係を作ることは、主従にとって、とても重要だなと、改めて感じさせられます。
奴隷の願いが、このようになることが、全ていいかどうかはわかりませんけれども、私としては、嬉しいことでもありましたので、その思考の変化の過程が、少しわかった気がします。

やはり、お互いに気持ちを、向け合うことというのは、大事ですよね。
私の愛情と言われると、照れくさいですが、それが伝わった結果なのでしたら、何よりも嬉しい事です。

[2014/01/06 21:34] URL | vet [ 編集 ]
かわいくない視点(笑)
わたしのように被虐嗜好と従属願望がある女はリクエストの通りにしてもらっても実はぜんぜんうれしくないのです。
だから、『縛ってほしい』という願いがあってそれを伝えたとしても、ただ縛るだけでなく、そこに言葉や視線や痛みや羞恥や、とにかく、何かしらの上乗せをしてもらってはじめて願いが叶います。

『その人』がわたしに、ああしたいこうしたいと思い加虐や支配の欲望を傾けてくれる、その情熱がうれしいからです。

だから、『あなたのよいように』ということは、じつはこちら側のもっとも望むことだったりします。

でもね、それはこちらの願いに、『その人』の味付けをするのがいいわけで、まったく的外れな『したいように』ばかりされていては、結局、長くは続かないんじゃないかなと思ったりもします。

vetさんは好きに使っていたとおっしゃっていますが、主従を始める前にたくさん話をしたりして、その女性を知り、特性を見極め、無意識(かな?)に『その女性の願いにvetさん風の味付け』をしていたのではないでしょうか。
vetさんの奴隷さんたちが皆さん『ご主人様のしたいように』と言い続けられたのは、vetさんの情熱の傾け方や味付けが的を射ていたのではないかなと思います。

『あなたのしたいように』と言えるのは、こちらはその情熱こそ真の願いで、かつ、そうは言っても上手に見極め的を射て『好きなようにしている』からだからだと思うのです。

こういう視点、あまりかわいくないのわかっているんですけど(笑)
女性というか、奴隷さんの中には、ご主人様がしたいようにすることを喜べず自分を責めてしまう方もいると思うので、こういう視点もあってもいいかなと思ってコメントいたしました^^


[2014/01/07 21:32] URL | りん子 [ 編集 ]

vet様
ありがとうございます。

前回のコメントに関しては、私は普段そういう方と接する機会が多く、やはり難しいことだと思っております。
出来ることは、できるだけ自分でしたいと思う気持ちは、誰にでもあることですし、気を使わせていると思えば心苦しいと思うのも、当然の気持ちですから。
そして、何もしなくともだんだん進行していく姿も多く見てきている私とすれば、将来的なことを考えずにはいられなかったのです。


私の願い…本当に叶うかはわかりませんけどね。
ちょっと難しいことですし、叶えることができるとしても、ずっと先のことになりますから(笑)
それを聞いて、受け入れてくださったご主人様には感謝しているんです。





[2014/01/10 22:05] URL | dollis [ 編集 ]

>りん子さん
かわいくない視点とは思わないですが、りん子さんらしい考察だなと思いました。
私は、このブログで、御主人様として隠すものはないといいますか、奴隷がいたら、おそらく、言えない話を書いているので書きますが、逆の立場で、奴隷を好きに使う、と御主人様が言い、そうしたとして、本当に好きに使ったのか?というのは、考えますね。
私も、奴隷に対して、お前を好きに使うとは、よく言いましたし、実際、好きに使ったと、思っています。
でも、奴隷が望んでいたことというのは、私は、奴隷にする前の話とか、奴隷にしたあとの様子などから、ある程度はわかっていたわけで、それを全く無視したのか?というと、どうだったのだろう?と、首を傾げるところです。
ここって、きっと、奴隷にとっても、御主人様にとっても、阿吽の呼吸といいますか、「好きにする!」「好きにしてください」ということの裏には、お互いをわかっている信頼感というのがあってこそ、本当の意味で「好きに」使い、使われた、ことになるのかなと思います。
結局、そう考えていくと、”ちゃんと”「好きに」使う、使われるといことには、やっぱり、時間がかかるようにも思います。
りん子さんが書いてくださったことを読みながらそんなことを思いました。
情熱ということを書いてくださいましたけれども、それって、その相手を思うから湧いてくるものであると思いますので、そういう意味で、真の願いとして、私の好きにして欲しいと思えていたのであれば、私が、奴隷を思っていた気持ちというのは、伝わっていたのかな?とも思えて、嬉しいです。

それから、最後に書いてくださいましたが、私のところにご相談をくださる方の中にも、御主人様のすることを素直に喜べないのは、自分が悪いのではないか?ということで悩んでいる方もいらっしゃいました。ですから、「御主人様のしたいように」ということの裏には、ちゃんと御主人様が、奴隷を見ているという前提があるということを、考えてもいいのだろうと私も思います。


>dollisさん
前回のコメントに関しては、本当に、あのように書いてくださって私も別の視点をいただけたので、ありがたかったです。
dollisさんは、普段、障害を持った方と接する機会が多いのですね。であれば、障害を持つ方や、そのご家族、その後の人生なども考えるべきだというのは、肌身で感じられておられるのだと思います。
そういう方向から考えるというのも、必要だと私も、気が付きましたので、とても素晴らしいコメントを頂いたと思っております。
人と違うということは、難しいのだと、私は思います。それは、私もSMという、表の世界には知られてはいけない世界で、S性を満たす欲求を持ってしまった者として、感じます。それと、障害を持つ方の思いが同じとは言いませんけれども、健常者や、SMで言えばノーマルな方々との間に、分かり合うのには、難しい壁があることというのは、実感します。それを関わりのある人たちだけでも、うまく、乗り越えられるといいですよね。

dollisさんの願いが何かはわかりませんけれども、そして、ずっと先で、叶うかどうかもわからないとのことですが、御主人様が、それを受け入れてくださっているというのは、とても良かったですね。願いが叶いますように。
[2014/01/13 19:35] URL | vet [ 編集 ]
はじめまして
はじめまして。かしぐれと申します。
私も以前ほんの少しの間ですが、奴隷がいた期間があります。
それっきりで、それ以降は主従とは無縁の人生を歩んできましたが、ふとこちらのブログへ辿り着き、一気に読んでしまうくらいのめり込んで読ませていただきました。
私の奴隷は男性でした。女の私では、押し倒したりすることができなかったので、精神的に責めることばかりしていました。しかし奴隷は肉体的にも調教してほしい、と言ってくるので、そのうちする、という返事ばかりしてました。
自信がなかったのです。中途半端になってしまうのではないか?という不安があり、逃げてしまっていました。
その奴隷とは、奴隷の転勤で主従を解消することとなり、肉体的調教は結局せずに終わりました。
奴隷の願いを聞くことができなかった...後味悪く終わってしまったことを思い出しました。
長々と申し訳ありません。
これからも拝見させていただきます。
無理せず、本年もお過ごしください。
[2014/01/16 23:42] URL | かしぐれ [ 編集 ]
願い事
私は既婚です
SMパートナーも既婚です
お互い愛する伴侶がいます
世間からみたら不倫でしかないことは重々承知しています
その上で割り切った関係とも言えますし、先のない関係とも言えます
私がパートナーに一番望むことは、やっぱり「好きに使ってほしい」に尽きます
私の苦手なこと・出来ないことを熟知してますから、安心して身を委ねられるんです
SM以外の部分では私がわがままばかり言って振り回してます(○○が食べたいとか○○にお出かけしたいとか)
パートナーにSの目で見られたら、触れられたら、どこであってもMになってしまう
もういくらでも好きにしてくださいと思います私のわがままからSMモードへの降り幅が大きいほど心地よくてたまりません
散々縛られて責められて泣かされて
終わったら気がすむまで甘やかされて
お別れの抱擁をしたら、そこで魔法がとけて私はただの人妻に・パートナーは良き夫に戻ってそれぞれの家庭へ帰っていきます
愛とか恋とかそういうのじゃないけれど、いつか終わりがくるけど、それが1分でも1秒でもこの関係が長く続いてほしいと願います
[2014/01/21 18:33] URL | rei [ 編集 ]
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[2014/01/23 13:46] | [ 編集 ]

>かしぐれさんへ
ブログ、読んでくださってありがとうございます。

奴隷をお持ちの時期があったとのことですね。
私は、S女性(女性の御主人様)とも、過去にお話をさせて頂いておりますが、やっぱり、特有の難しさと言うのはあるみたいですね。
いくら、Sとはいっても、男性に本気で抵抗されたら、抗えないから、それをどうするか?ということは、考えるという話は聞いたことがあります。
かしぐれさんのように、精神的な調教になるということも、一つあるのですね。
私が聞いた時には、最初に、手を拘束してしまうとか、そういうことをしている人なんかもおりました。
でも、調教に自信がないことって、私もあった気がします。そういうときは、その調教をしないで、他のことをしていましたので、似ているかもしれませんね。

その奴隷の方に対して、願いを聞くことができなかったとのことですが、そういう思いというのは、残るものですよね。
でも、全ての願いを聞くことも、きっとできないことなのだろうと、私は思います。
ですから、本当に、願いって、難しいのだなと思います。

こちらこそ、これからもよろしくおねがいしますね。


>reiさんへ
そうですか。両方共に、既婚での、主従関係をお持ちなのですね。
そして、願いというのは、やはり、「好きに使って欲しい」ということなのですか。
今回、書いてくださった中で、SM行為をしている時、というか、S側が好きにしている時と、reiさんが、甘えている時の、振れ幅が大きいほどいいとのこと。
それは、確かにわかるなと思いました。
私の奴隷も色々と、性格が違っていたので、一概に言えることではないのですが、普段は甘えるというか、比較的、言いたいことを言ったり、やったりする奴隷が、奴隷として、キリキリに、調教された後、開放感が、また快感になるというようなことも、話していたのを思い出しました。
それは、やはり、そのギャップによって、気持ちが一気に変わることがいいのでしょうね。
ある意味、それも、一つの願いだったのかもしれませんね。


>2014/01/23 13:46にコメントくださった、匿名希望さんへ
好きにする、また好きにされる、どちらにしても、快楽を得ること、そして、幸せな気持ちになることを目指しているわけですよね。
SとMという、真逆の存在であるがゆえにそれができるというのは、私も、すごいことだなと思いますし、こういう風に2種類が存在していることが、不思議でもあります。

でも、やっぱり、別れることはあります。というか、そのほうが多いのでしょうね。私もそうですが、何かの事情とか、心のすれ違いとか、そういうものを、乗り越えられなかった結果だと思います。
本当に、難しいものです。
[2014/01/26 17:30] URL | vet [ 編集 ]
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[2014/02/04 00:59] | [ 編集 ]

>2014/02/04 00:59にコメントくださった匿名希望さんへ
はじめまして。ブログ、読んでくださってありがとうございます。
初心者奴隷の方とのことで、色々と、戸惑うこと、不安なことも多いようですね。
でも、新しい世界に入るということは、そういうことにぶつかるものなのだと思います。今までの常識が、変わってしまうようなものですから。
でも、その中で、私のブログを見てくださって、ホッとしていただけたのでしたら、嬉しく思います。ありがとうございます。

[2014/02/19 00:11] URL | vet [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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当ブログの管理人、vetへのメールは以下のリンク先のメールフォームから送っていただければと思う。2つあるが、どちらのメールフォームからでも、良いので、都合の良い方を使ってもらえればと思う。

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