理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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私は、奴隷との主従関係のことを、私から見た場合には、”奴隷を飼っている”と表現する事が多い。

たまに、”持っている”とも言う。

ノーマル男女の付き合いで言えば、”彼女と付き合っている”、”好きな人がいる”とでも言うのだろうが、私は、こういう表現をしたことがあまりない。

私の主従関係を知っている、裏の世界の知り合いと話をする場合には「今、飼ってる奴隷は…」というような、言い方をしていた事が多い。

そして、表の世界に対しては、「今、付き合っている彼女は…」と言って紹介すればいいのだろうが、私は、そもそも、奴隷のことを、表の世界の人にあまり言っていない。

つまり、私が奴隷を飼っていた時期、”彼女”として、紹介した、表の世界の友人は、本当に、数えるほどだったし、家族には、一度も言ったことがない。

結婚するとか、そういうところまで話が進めば、また別なのだろうが、そこまでは行けなかった。

だから、私はこんな感じだった。

でも、他の御主人様と話をすると、奴隷のことを、”彼女”として、表の世界の人にも、普通に会わせ、交流を持つようにしていたという人も、結構いた。

それに、奴隷と結婚した人もいたから、そうなると、表向きには、”奴隷”ではなく、”妻”として、友達にも、家族にも、親戚一同にも、紹介しているのだろうと思う。

表の世界と裏の世界の接点というのが、ちゃんと存在する人は、いる。むしろ、そのほうが多いかもしれない。

だから、私も、親に、「彼女でもできないの?」なんてことを聞かれたとき、「居るよ」とでも言っても良かったのかもしれないが、そういうことは、しなかった。

「居ない」と答えていたし、これからも、そう答えるだろう。

いまだに奴隷がいた事は、言っていないから、親は、「うちの息子は女性と縁がないのではないか?」と、思っているのかもしれない。

それは、わからないが…。

少し話がそれた。


私が、奴隷のことを、表の世界の人に、言わないことには、理由がある。

それは、まず、精神的な意味での必要性が無いということが、一つ。

彼女が居ないと思われることに、特に屈辱感とか、劣等感とか、そういうものを感じなくなったからだ。

最初の奴隷(その初期は彼女だったが)ができるまでは、自分に彼女ができないこと、モテないことに、強烈な劣等感があった。

正直、恥ずかしいと思っていたし、周りの友人に彼女ができて、その話を聞いたり、紹介されたりするのが、何よりも苦痛だった。

だから、私も、早く彼女を作りたかったし、虚栄心なのだろうが、友達に自慢したいと思っていた。

実際、美佳が彼女として、できた時、私は、彼女ができたことを、友達に言って、優越感に浸っていたりもした。

劣等感の裏返し。自慢したくて仕方がなかった。


でも、奴隷を飼ってから、私は、それを言わなくなった。

その頃には、もう、”彼女が居る”ということを他人に言うことに、何らの価値も感じなくなっていた。

”彼女”の価値というのは、他人に自慢するものではなく、私にとって、幸せな存在であるかどうか?というものに変わっていたのだろうと思う。そう思うように自然になっていたのだろう。

というよりも、美佳が、私がそのように思えるような存在であってくれたのだと思う。自然に、隣にいるだけで、幸せに思う。それだけで満たされる。そんな体験をさせてくれた。

だから、わざわざ、他人に言って優越感を得る必要もなくなったのではないかと思う。

そんなことをしなくても、幸せだったから。

そんな風に思うようになっていたから、奴隷を持つ頃には、精神的な意味でも、奴隷を表の世界の人に紹介する必要性というのは、なくなっていた。


そして、もう一つの理由は、表の世界に裏の世界が発覚するリスクがあるから、だと思う。

私は、奴隷のことを、一番良くて、”お前”もしくは、その奴隷の名前の呼び捨てで呼ぶ。

でも、”おい”といって呼びつけることもあるし、さらには、”犬”とか、”穴”とか、”牝”とか、そういう風に、奴隷を呼ぶことが、それなりにある。

表の世界で、これをやってしまうと、ちょっとまずいことになるのは、わかるだろう。

でも、私は、こういう呼び方に慣れてしまっている。

奴隷を呼ぶとき、注意していなければ、おそらく口をついて、ものすごく自然に出てくる。

そして、決定的なことは、私は「付き合っている」とか、「お付き合いしています」とか、そういうことを、あまり言ったことがない。

「付き合っている」という言葉に違和感を持ちそうなくらい、使っていない。

つまり、奴隷との関係を表す言葉として、「飼っている」を日常的(といっても、もちろん、話す相手は裏の世界の人だが)に使っていた。

私にとって、主従関係を結んだ奴隷というのは、「飼っている」もの。

その表現が、私には、しっくりきているし、染み付いている。

というよりも、主従と思っているから、”飼っている”のが、当たり前と、思考している。


だから、こんな場面を想像してみると、苦笑してしまう。

表の世界の誰かと、食事でもして、その席に”彼女”として、奴隷を伴い、紹介するような場面。

「彼女と付き合ってどのくらい経つの?」

なんて類の質問は、こういう席なら、多分、かなりの確率で、発せられるものだろうと思う。

それに対して、私は言ってしまいそうだ。

というか、多分、言ってしまう。

「半年くらい、飼ってるかなぁ」

と。

なんの躊躇もなく。

そして、おそらく、それを聞いた、表の世界の知り合いが、眉根を寄せて、

「飼ってるって?」

なんて、突っ込まれて、やっと気がつくのだ。自分が、言ってしまったことのアブノーマルさに。

そんな情景が、容易に想像できる。

そして、それを、穏便に収拾するするような話術、「ああ、冗談、冗談」なんて、余裕を見せた言葉で、笑って流すような機転は、私には、備わっていないような気がする。

突っ込まれたら、それに本気で、”しまった”という顔をしてしまうような気がする。

そんなことをしたら、勘がいい相手であれば、”彼女”として紹介した女と私の関係が、アブノーマルなものなのではないのか?というのを疑われると思う。

だから、私は、奴隷を表の世界の知り合いに紹介することを積極的にしたいとは思わない。

だったら、普段から、”飼っている”なんて思わずに、普通に”付き合っている”と、考えていればいいのだろうが、私にとって、”奴隷”というのは、やっぱり、”飼う”ものであって、”付き合う”ものではない。

奴隷は私の”所有物”であるという意識は抜けない。

もちろん、「奴隷との”付き合い”」という表現はする。ブログにもこれは書いているが、私自身が、自分の奴隷との”付き合い”を、考えるときに、一番最初に頭に浮かぶ言葉は、”飼う”だ。

それが、いつのころからか、私の中のスタンダードになっていた。

もう、これは、消せないものなのだろうと思う。

主従として、そして、パートナーにする女を、”奴隷”としてしか、見られなくなっている。

だから、私は、表の世界の人に、奴隷を紹介するようなことは、あまりしない。


それにしても、”飼う”という言葉は、非常に魅力的な表現であり、主従関係にとてもしっくり来る言葉だなと、私は思う。

私が、奴隷との間の言葉の中で、かなり気に入っているものの一つだ。

やはり、私にとって、奴隷は”飼う”ものであり、所有物という意識が高い時には”持つ”ものであり、”付き合う”ものではない。

その形が、周りから見て、明らかに、男女付き合いに見えたとしても、やはり、私は、他のどんな表現や、付き合う方法でもなく、奴隷を”飼いたい”と思う。

”飼う”以外に、奴隷というか、女(牝)と濃密な関係を持つすべを、私は知らない。


テーマ:主従関係 - ジャンル:アダルト


こんばんは、vetさん♪
無意識って恐いもので、後に注意を受けても、全く記憶にないから困ったものですよね。

やはり主従となると、飼うという表現が適切で、しっくりくる言葉だなって私も思います^ ^
[2014/05/14 01:02] URL | もものすけ [ 編集 ]
はじめまして
私も付き合ってると言われるより飼ってるって言われる方が嬉しいと思います

胸がツキンって来るんじゃないかなと思いました

言われてみたいなぁ〜
[2014/05/14 11:36] URL | 美夜 [ 編集 ]

こんにちは。
飼うっていいですね。何もかも支配されたような気持ちになれます。

裏の世界と表の世界のギャップを楽しむのは主従関係で重要な要素なのでしょうね。

ただ、お互い納得して裏の世界のみで過ごす関係の場合は良いですが(不倫関係とか)そうでない場合、いつか必ず終わる関係だと示唆されているようで少し辛いかな。個人的な意見ですが。
[2014/05/17 11:36] URL | ぐり [ 編集 ]

>もものすけさん
慣れてしまうと、無意識に出てしまうことなので、怖いですよね。私も気をつけないとと思いつつも、いつ出るのだろうと、思ってしまいます。

もものすけさんも、主従では、”飼う”という表現がしっくり来ると思われるのですね。言葉遊びだと言う方もいらっしゃるかもしれませんし、実際にそうかもしれませんが、その言葉ひとつで、主従の雰囲気の中には入れるなら、それは強力な手段だと私は思います。

>美夜さん
はじめまして。ブログ、読んでくださってありがとうございます。
私が、御主人様側の考え方として、”飼っている”とかんがえるほうがいいと思うのと同じように、奴隷の側も、”飼われている”という意識があり、それが嬉しいと感じるなら、とてもいいなと思います。
ですから、美夜さんのように、そのように、言われることで、胸がツキンとなるなら、それだけで、雰囲気にうまく入っていっているということですよね。
言われてみたいということは、御主人様はいらっしゃらないのでしょうかね? であれば、私のような感じで、”飼っている”という感覚でいる人の奴隷に、美夜さんは向いているのだろうなと思います。

>ぐりさん
”飼う”という言葉には、その相手を支配するという意味も大きく含まれますよね。私も奴隷への支配欲というのが、とても強いので、そういう意味でも、この言葉は好きです。
主従というのは、ノーマルな関係に比べると、そのまま夫婦など、ずっと続く関係に移行するイメージが湧きにくいものですから、”飼う”といわれると、いつか終わる関係を連想されるのも、わかる気がします。
そのように思うなら、やはり、それは辛いなと思いますし、私も実際、すべての奴隷と別れていますので、そのことを考えると、きついことでもありますね。

でも、やっぱり、私は飼うこと以外は出来ない気がします。
[2014/06/03 23:41] URL | vet [ 編集 ]
こんにちは
ばかくせー自慢
[2014/06/18 08:42] URL | 山野 [ 編集 ]

>山野さん
はじめまして。
ご感想をありがとうございます。
[2014/06/21 20:05] URL | vet [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

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 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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