理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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私と奴隷だけでいるときには、奴隷は裸に首輪をつけた状態にしておくことが多かった。

そのことに何の疑いも持っていなかった。

奴隷が私の部屋にきた時、私が奴隷の部屋に行った時、ホテルの部屋に入った時、

私と奴隷だけの場所、主従の雰囲気で満たされた空間を得た瞬間から、私は、

「脱げ」

と、特に躊躇もなく、それを当たり前のように、命令していた。

でも、奴隷はその命令に、最初、簡単には従えない事が多かった。

脱げと言われて、すぐに脱げない。

”羞恥心”と戦っていた。

でも、私は、再度、命令する。

「脱げ」と。

静かに。

でも、強い目で。

そのうちに、奴隷は、ゆっくりと脱ぎ出す。

上着を脱ぎ、スカートを下し、ブラウスのボタンを外す。

下着姿になったところで、また、手が止まる奴隷も居る。

私に向ける視線が「これも脱ぐのですか?」とあからさまに聞いてくる。

でも、やっぱり、私が言うのは、「脱げ」という短い命令。

「脱がない奴隷になど興味はない」と言わんばかりに、奴隷を視線で射抜き、告げる。

奴隷の顔が、少し歪む。

奴隷は、そこから、おずおずと、下着に手をかける。

本当にゆっくりと脱いでいき、それをすべて脱ぎ終わった時、やはり、手で、性器と、胸を隠す。

私は、命じる。

「その手をおろせ」

と。

その命令に、抵抗しつつも、やっと奴隷は手をおろし、私の前に、その裸身を晒す。

ここまでするのに、かなりの時間を要する。

これが、初期の奴隷。

羞恥心と、必死で戦っていた時の奴隷。


だが、そのうち、奴隷は、裸でいること、服を脱ぐということの羞恥心がだんだんと薄れてくる。

羞恥心との戦いに簡単に勝つようになってくる。

始めのうちは、上記のように、裸になるように言っても、かなり躊躇しながら服を脱いでいたのだが、

そのうち、私と二人だけになると、「脱げ」という命令への、抵抗感は少なくなっていく。

さらには、部屋に入ること、主従だけの空間が出来上がることへの条件反射のように脱ぐようになり、

もっと進むと、奴隷の部屋に私が行く場合などに、私の到着時間を見計らって、脱いで、全裸で土下座をして、私を玄関で待っているようになる奴隷もいた。

それについて、当初、私は、何も言わなかったから、奴隷は奴隷として考えて、私が、すぐに調教に入れるようにという気持ちから、したことだったのだろうと思う。

だから、これは仕方がないことだし、全裸の上にさらに恥ずかしい色々な調教を施すのだから、全裸くらいでいちいち、恥ずかしがっていては、それ以上のことが出来ないという事情が一つ、主従というか、SMプレイをする上では、あるのは事実だ。

だが、一方で、私は、奴隷が”羞恥心をなくすこと”というのは、問題だと思っていた。

恥ずかしがらない奴隷に羞恥心を刺激する調教などしても無意味だ。

それに、あまりにも羞恥心がない奴隷は、面白くない。

恥ずかしがることもなく、さっさと服を脱いで、「はい、どうぞ」と、体を差し出す奴隷は、私の奴隷としての自覚がとても大きくあるのだから、可愛らしいものではある。

それを否定する気はないのだが、そこに羞恥心が見えなければ、私は不満を感じてしまう。

これが、羞恥心の矛盾。

というよりも、私の理不尽な考え方。

私自身、思っていること、望んでいることと、実際にさせていることが、矛盾していると、自分で苦笑したところだ。

部屋に入り、二人きりになったら、すぐに「脱げ」と命令し、また、普段から、「奴隷の分際で人間の服を着られると思うのか?」などと言って、全裸にさせておきながら、

「裸でいることの羞恥心を持て」などと、また厄介なことを言い出すのが、御主人様という生き物だ。

少なくとも、私は、そういう理不尽なことを望んでいた。


前にも、ブログに書いたことがあるが、私は、奴隷には、女であって欲しいと願っていた。

女らしくあれ。

淑女であれ、と。

別に、派手に化粧をしろとか、着飾れとか、そういうことではなく、女であることを強く意識し、古臭いのかもしれないが、”女の美徳”とされることに忠実であろうとすること。女としての自分を磨くモチベーションが常に高いこと。

それを、私は、奴隷に求めていたのだと思う。

そんな、”女の美徳”の中に、”羞恥心”という項目は、しっかりと入っているのだった。


人前で裸身を晒すこと。

それを恥ずかしがる気持ち。というのは、私が奴隷に求めたものだ。

なのに、私は、奴隷を頻繁に脱がせた。

一緒に部屋にいるとき、奴隷だけが裸で居ること。

それが普通の状態にさせた。

「奴隷のくせに、なんで、お前は服を着ている?」

なんてことも、言った。そうやって、裸で、長い時間、過ごさせた。

そんなことを繰り返すから、奴隷は、裸で居ることに否応にも慣れる。そして、私の前では、裸で居るべきなのだと、覚え、実践しようとしていく。

それは、奴隷にとっては、自然な思考の流れだと思う。

でも、それが、私は、嫌だった。

「奴隷なのだから、裸でいるのは当然だ。でも、それをものすごく恥ずかしいことと思え。裸で居ることに慣れるな」

無茶苦茶な言い草だと自分で思う。

もしも、私が、言われたなら、確実に腹が立つだろう。

でも、私が、奴隷に求めたのは、こういう矛盾だった。


主従という関係には、そもそも、矛盾点が多い。

それは、いくつも、私は意識していたことで、その中の一つが、これだ。

特に、奴隷にとって、どちらを選択しても、結局は手詰まり、という、ジレンマに陥るようなことは、たくさんある。たくさんさせる。

そして、それは、御主人様の理不尽を、奴隷が許容するという形で、処理されていく事が多い。

それが「主従という関係なのだ」と、言ってしまえばそれまでなのだが、

理不尽を許容することを嬉しく思えるから奴隷をやることができ、

理不尽を受け止められる奴隷かどうかを見極め、それに対して、平気で理不尽を言えるから、御主人様でいられる、と言えるかもしれない。

矛盾を矛盾と知りつつも、それを、両者が、快感や、楽しみや、幸せに変えていく。

そう、”思える”。

これは、主従関係を成立させる時の、一つの重要な要素なのだと思う。

もしも、そう、”思えない”なら、主従関係は成り立たない。

というよりも、奴隷が、その矛盾に耐え切れなくなって、関係が崩壊に向かう。

少し話が大きくなってしまった。


こんな風に、色々と、考えを巡らせたとしても、やっぱり、私は、自分の望みを変えることはできない。

私は、奴隷に羞恥心を忘れさせたくはない。女として、淑女としての羞恥心を忘れた奴隷は、とても残念だと思う。

でも、奴隷の正装は、裸に首輪だと思っている。

やっぱり、私は、奴隷に、「脱げ」と、命じるだろう。

これは変わらない。

絶対に。


望みと行動の矛盾。

私の中に、普通にあるものだ。なくならないものだ。

本当に、厄介なものだなと、思う。

でも、これがあるから、主従でもあるのだと思う。


※今回は続きがある。

下の”続きを読む”のリンクから、読んでもいいけれども、恥ずかしいので読まなくてもいい。(スマホ版だと、リンクがなくて、勝手に続いているみたいだが…)



たまに、「vetさんって、オチを書かなければ、カッコイイのに」というようなことを、メールに書いてくださる方がいらっしゃるのだが…。

申し訳ない。

でも、私は、そもそも、カッコよくはないので、許して欲しい。


今回の、言葉の定義をしておかなければ、と思った。

ちょっと照れくさいが。

上記、奴隷の”裸身”、”裸”、”全裸”というのは、本当に一糸まとわぬ姿のこともあるが、私の奴隷の場合、”裸にパンストのみを履いた姿”も多々含まれている、ということは、やっぱり書いておかないと、なんだか嘘を書いているような気がして、どうも、居心地が悪い…。

これだから、フェチという人種は…。

こんな余計な説明が増えて、矛盾以上に厄介な存在だと思う。

テーマ:SM・拷問・調教・凌辱  - ジャンル:アダルト


vet様
こんにちは。
昨日、主から「お前が思うようないい人ではない
理不尽だし、自分勝手だ。」などと
メールでお話しし、それでも
私は、主をお慕いしてるし、
お考えがブレない主様を尊敬しております。
と、お返事していて、今日vet様の
ブログを拝見したら、理不尽の文字が・・・
主様もこのようなお考えから自分は理不尽などと
おしゃったのかもしれないな・・・と。
例え理不尽であったとしても、自分勝手であっても
主様の世界で生きる奴隷には、主様の理不尽は
許容範囲であるし。自分勝手でいいとさえ思います。
ただ、それは普段の関わりの中で
このご主人様に付いて生きたい。と
想える愛情や信頼をいただいてないと
許容できないのではないでしょうか。

[2014/06/09 14:27] URL | マル [ 編集 ]
こだわり続けてほしい!
vet様
エントリーが続いて、とても嬉しいです。
筆がのってきたのでしょうか?
パンストへのフェチズム、さすが!大好きなのが伝わってきて、微笑ましい。
黒ストにブーツ、ニーハイ、ガーターストッキング等々、男性達のこだわりって面白いですね(^^)

それにしても、膝下ストッキングだけは。はくなって言われます。
理由は「おばさんくさいから」同じ素材、同じ足なのに。長さが違うだけでまったく別物になりますね、ストッキングというものは。
[2014/06/09 20:44] URL | みーたん [ 編集 ]


>マルさん
世の中に主従や、SMというものが、昔に比べれば、浸透してきたというか、多少なりとも、認めてくれる人が増えたとはいえ、まだまだ、変態と言われ、普通ではないものであると、思われているのは、普通に考えたら、どうしても、理解し難い、理不尽とか、矛盾とか、御主人様の勝手な振る舞いや、奴隷の、あまりにも自分を大切にしていないかのように思える言動など、そういうものを抱えて存在しているからではないかと思います。
でも、中にいて、ちゃんと、その世界のありようを考え、悩んだりして、理解しようとした人は、その理不尽や、矛盾も含んだ世界であることを、わかっているのだと思います。そして、それをも、楽しめる、幸せに繋げられる回路を持っているのだろうなと、私は考えます。
マルさんの主様も、そういうことを仰りたかったのかもしれませんね。そして、そんな、一見、いびつな世界にいても、考え方がぶれないということは、この世界のありようを、主様なりに、しっかりと把握されておられるのだと思いますから、素晴らしいことと思います。

また、マルさんが仰ることには同感です。そういう、御主人様の世界にある、理不尽や矛盾を受け入れられるのは、そこに信頼や、愛情があるからというのは、その通りだと思います。奴隷は、その主に向ける気持ち(愛情や信頼があるから、その気持ちを持っていられるのだと思います)で、そういうものを受け入れ、また、嬉しいと感じたり、幸せに想ったりするのだろうなと私も思います。


>みーたんさん
エントリー、久しぶりに、短い間隔で、書けましたね。良かったです。筆がのっているというか、あまり書いていない時期でも、書きたいことは、たくさんあったのですが、仕事が忙しい時期で、時間がなかったというのが、正直なところです。やっと、それも解消されてきていますので、エントリーもそうですし、コメントや、メールのお返事も徐々にできるようになってきました。なんとか、このまま行きたいのですが、また仕事の都合で、色々変わるので、気長にお付き合いいただけると幸いです。

パンストフェチのことは、そんなふうに言われますと、というか、どう言われたとしても、恥ずかしいですね(苦笑)なので、笑っていただけると、何よりなのですが、やっぱり、こだわりというのは、なかなか捨てられないものです。
黒ストにブーツなんかもいいですね。私の好きな服装です。

膝下ストッキングは私も却下ですね。私は、おばさんくさいとは思わないのですが、なんというか、最低限、膝が完全にストッキングに覆われていることが、私のフェチポイントを刺激するので、それより短くなると、全く、反応しなくなりますね。ニーハイでも、ちょっと微妙なところですから。本当に、長さだけの違いなのに、なぜなのか?とても不思議です。
でも、みーたんさんのご期待には、添えると思います。こだわりを捨てたくても、私は、捨てられませんから…。
[2014/06/09 21:41] URL | vet [ 編集 ]
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[2014/06/10 06:01] | [ 編集 ]

こんばんは

「羞恥心を表面に出すな 全てを曝け出すことで
従っていることを示せ

けれど女でいる慎みを持て」

私もご主人様に言われてきた言葉です

主従関係ということだけでなくても、男性は若干そういった意識がどこかにあるんではないでしょうか
女性としての慎みや、それからくる羞恥心による表情や態度
けれど、自分だけに曝け出してくれる表情を見たいという感情

女性もそれに対して相手に身を任せて、すべてを受け入れてもらいたい
曝け出しても構わないと思えるほどの感情と
いつまでもときめきを与えてくれる男性の側で、衣を剥がしたくなるような女性として有りたいという感情

それを命令し強要させ 実行し従う相手がいることが
“普通”と呼ばれている方たちとの違いかもしれませんね

ただ
矛盾と思えるご自身の命令に、もし悩まれ 心を痛めていらっしゃるならば
奴隷である私はご主人様が悩む必要のないように
“全てを曝け出せ 羞恥心を捨て主に仕えろ”と仰っていただけること
“慎みのある女として 主の足元で大人しく言うことを聞け”と思っていただけること
かけていただける言葉は私のみに与えていただける喜び

ご主人様が理不尽だと思っていらっしゃる要求を受け止め その場でご主人様が求めている女になる
そうすることでご主人様に喜んでいただけるなら
それこそが奴隷にとっての喜びではないでしょうか

それは無意味な理不尽ではないと思うのです
[2014/06/11 03:08] URL | 草音 [ 編集 ]

>2014/06/10 06:01にコメントくださった匿名希望さんへ
やっぱり、私以外にも、奴隷を脱がせておきながら、恥ずかしがる姿を楽しむという方は、いらっしゃるのですね。
やっぱり、それは矛盾であり、また、奴隷が裸でいることが普通であるように、してしまうと、いやが上にも、奴隷は、それに慣れてくるものだと思います。
ですから、これはジレンマですよね。
私の奴隷も、きっと、匿名希望さんと同様に、私のことを知っていたと思います。恥ずかしがる姿を楽しんでいたことは、わかっていたのだと思いますが、やっぱり、それでも、脱げと言われれば、脱いでいましたので、ジレンマは感じたのではないかと思います。
奴隷たちがどこまで余裕があったのか?はわかりませんが、それでも、奴隷なりに、考えていたのだろうなと思います。


>草音さん
草音さんの御主人様も、私のようなことをおっしゃるのですね。
本当に、困った御主人様というのは、世の中に多いものですね。
確かに、男女の関係でもあるのかもしれません。男というのは、もともと、そういう、面倒なことを考えている生き物のような気がします。でも、それが、理不尽であると、気づけば、ノーマルな男性はそれを強制するようなことは、あまりしないでしょうね。
でも、それが、主従になるから、余計に、奴隷に対して言いやすくなってしまって、理不尽を理不尽とわかりながらも、奴隷に対して、言っていたのかなと思います。
でも、草音さんが書いてくださった、最後の方の文章、「御主人様を受け止めて、求めている女になる」という部分、それを喜びとして感じるというのは、とても素敵な奴隷だなと思いました。
そういう気持ちをもって奴隷をされているというのは、素晴らしいことだなと。
”無意味な理不尽ではない”というのは、とてもありがたい言葉だなと思いました。私の奴隷たちが、そのように思ってくれていたのであれば、嬉しいですね。今となっては、確かめようもないのですが。
[2014/06/21 20:04] URL | vet [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

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 ●二匹目の奴隷
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