理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


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人の性格というのは、色々とあるものではあるが、大人になってしまうと、結構決まっていて、それは、奴隷になったからといって、特別に変わるものではない。

私は、過去に飼った奴隷たちから、そう感じた。

もちろん、奴隷になったという自覚からだと思うが、”奴隷らしく”なるし、躾などで、私の好みに変えていくということも、していくのだが、性格の根本的なところというのは、変わらない。

三つ子の魂百まで。

というのが、正しいのかどうは知らないが、もともとの表の世界に居た時の性格が、奴隷になったからといって、いきなり豹変するということは無い。

もう少し、正確に言えば、奴隷になったことで、表の世界では隠して生活していた性格を、思いっきり、さらけ出せるようになる、という意味で、表の世界の顔とは全く違う顔を見せる奴隷も居るが、

そういう、隠していたというか、表の世界ではなかなか出せなかった性格も含めて、もともとの性格なのだとすると、やはり、奴隷になったことで、性格自体が大きく変わってしまうとは、私は思っていない。

少なくとも、”奴隷”になるということは、”もともとの性格の影響を受けた奴隷”になるということだと思う。

これに関しては、奴隷たちを、何匹か、見てきたので私は断言できるから、主従関係を持ったことのない男と話をしていて、勘違いしている人がたまにいることには、困ったものだなと思う。

「奴隷になったら、女が従順になる」というのは、勝手な理想であり、妄想であって、現実には、元の性格は、そう簡単には変わらないし、世に言うところの”奴隷の性格”とは、真逆にあると思われる、”気の強い女”なのであれば、まずは、”気の強い奴隷”になるのだと私は思う。

主従は、そこから、始まる。

そういう、元々の性格から、徐々に奴隷を、自分(御主人様)に合うように躾けていくのが、奴隷を持つこと、もっと言えば、支配し従属させることの醍醐味であるのだと私は思う。

これが、結構すぐに、うまくいくこともあれば、失敗が多く、手間取ることもある。

何事も、一筋縄ではいかない。

奴隷は、”人”ではなく、”物”だと私は認識させるし、そう振る舞うが、普通の物体とはまた違って、個々に別々の性格を持った、どれも、厄介な(そして、何よりも、面白い)、”物”なのだから。

なんだか、蛇足的なことを、ごちゃごちゃと書いたが、要するに、奴隷にも、性格はあり、それは、表の世界の性格を、ちゃんと反映している、ということ。

それを認識せずに奴隷を飼うのは、金魚を飼うのに、水槽に水を入れることを知らないのと同様の愚かさだと思う。


やっと本題。

今回は、私に対して、何かを言うのが、苦手だった、ある奴隷のことを書きたいと思った。

その奴隷は、自分からは、私に何も言わなかった。

私が話しかけて、はじめて口を開く。

というよりも、もともと、無口だったのと、自分の意見があっても、主張するのではなく、内に秘めてしまう癖があったのだと思う。

とにかく、おとなしい性格の奴隷だった。

この奴隷の話を書こうと思ったのは、そういうM女の方が、意外と多くて、そういう方に、御主人様側(といっても、私だが…)が、その性格を、どう思っていたのか?ということが、わかってもらえるかと思ったからだ。

私が思っていたことは、奴隷にはあまりちゃんと言っていない事柄になる。

牝奴隷には言えない話の一つだと思う。


その奴隷は、私が、話しかけなければ、何も話さなかった。

本当に、そうだった。

調教後、ホテルを出て、お互いに、アパートに帰るまで、少し時間があったから、喫茶店にでも入ろうということになって、席についても、黙ったままうつむく。

私が

「何を飲む?」

と聞かなければ、多分、何も頼まずに、出された水だけ飲んで出てきてしまう。

私が、何か話しかけなければ、そのまま。

また、私の部屋で、一緒に過ごしている時も、黙って、私の隣や、前や、私とのいつもの位置取りをとって、ひたすらに、私からのアクションを待っていたようにも思ったことがあった。

でも、待ってすら居なかったのかもしれないと、だんだんと思うようになった。

待っているようにも見えるのだが、そうして黙っているのが、その奴隷の”普通”の時間の過ごし方なのだと。


私と、その奴隷で過ごす時間には、沈黙が多かった。

私も、女性を喜ばせるような、軽快で、楽しい会話は苦手だ。

何気ないおしゃべり、というのも、それほどうまくないし、もともと、口数が多い方ではないから、何も話をしなくても、別に構わないと思っているタイプだ。

だから、その奴隷との時間は、とても静かに過ごしていたことが、多かったと思う。


はじめは、本当にそれでいいのか?と、思った。

コミュニケーションが不足することを不安にも思った。

だから、私は努めて話しかけるようにしたのだが、それでも、奴隷から話をしてくることというのは、とても少なかった。

そのことに、つい、イライラしてしまったこともあった。

そして、「何か、お前から話せ」と言った。

そうしたら、奴隷は、

「御主人様に楽しんでいただけるような、お話が、私にはないです。すみません」

といって、とても申し訳無さそうな顔をして、土下座した。

「そうか…」

「私に、何もなくて…。すみません」

また、頭を床に擦り付ける。

その姿、そして、奴隷が、あまりにも、簡単に、「自分には何もない」と言ったことが、妙に悲しかった。

「じゃあ、無理に、話さなくていい」

私は、そう言っていた。

普段なら、命令したなら、それを実行させるのが、普通だったが、奴隷のことを、私が悲しいと思ってしまったから、私は自分の出した命令を、取り下げていた。

投げやりに言ったわけではない。

ただ、その時の奴隷を見ていたら、それ以外に言えなかった。

でも、その時、奴隷が顔を上げ、私を見つめて、少しだけ、ニコッと微笑んだ。

私は、その微笑みの意味が、その時には、よくわからなかったし、あまり、大きな意味を感じることなく、ああ、こういう奴なんだなと、思った。

せめて、笑顔だけでも、返そうとしたのか、と。

結果として、それ(私が言ったこと)は、良かったのだった。後になって、そのことがわかった。


その奴隷との時間には、沈黙がとても多かった。

私は、何もない沈黙が、よくないことだと、最初は思っていたのだが、その奴隷にとっての沈黙というのは、別の意味を持っていた。

つまらないから、退屈だから、沈黙するのではなく、沈黙であることに、何も問題はない。

それが普通。

そこまでは、理解した。

性格的に、自分から話すのが苦手で、大人しいから、話さなくてもいい時間が、好きなのだと、私は、触れ合ううちに気がついた。

それが、この奴隷が、主従になろうと決意した動機の一つでもあるのだろうと思った。

もちろん、M性を満たしたいということはあったのだろう。

でも、主従でいるなら、自分のこの性格でも、無理に話をしなくても、御主人様である、私の足元に居るだけでいい。

それで、幸せに時を過ごせると、その奴隷が思っていたということを、私は後から知った。

その奴隷が、珍しく、饒舌に(といっても、その奴隷にしては、という意味で、他の女の普通の会話よりも少ないのだが…)話した時だ。

何がきっかけだったのかは、忘れたが、その奴隷が、私との主従を始める前に、ノーマルな男と付き合ったときの話をしていた。

ノーマルな男との付き合いの様子を、奴隷は、こう語った。

「何を話していいか、わからなかったんです」

と。やはり、積極的に話ができなかったことが、一番大きなことだったようだ。

「なんでも、いいだろう。その日の昼飯が、うまかったとか、まずかったとか、そんな話でも良かったんじゃないのか?」

「そう、でしょうか?」

「ノーマルな恋人同士が何を話すのかは、俺もわからない。でも、何気ない話で、いいだろ」

「でも、私、それが思いつかないんです…。いつも、何も話さないから、だから、その人を何度も怒らせてしまって…。すぐにフラレました」

「そうか…」

「もう、誰とも付き合うことは無いって思いました」

「じゃあ、なんで、俺の奴隷になった?」

「御主人様も、私に似ている気がしましたから」

「俺が?」

「はい」

「で、本当に、そうだったか?」

「半分だけ…」

「半分?」

「奴隷から、御主人様のために動かないとダメだって、わかりました」

「そうだな。俺の快適のために、尽くすために、お前がいるのだから」

「はい」

「で、残りの半分は?」

「はい。話さない雰囲気を、お持ちでした」

「俺も、おしゃべりは苦手だ」

「”無理に話さなくていい”って、前におっしゃってくださいました。とても、嬉しかったです…」

それを言った時、やはりその奴隷は、ニコッと微笑んだ。

「そうか」

その奴隷にとって、おとなしくしていること、というのは、別に、抑圧されていることなのではなく、

自然に、そうしたいと願うことであるということ。

それが、分かったから、私は、以前に何気なく言った、「無理に話さなくていい」という言葉が、その奴隷を認め、受け止めたことになる、一番嬉しい言葉であり、とても良かったのだなと思えた。

その奴隷が、私のところにいる大きな理由を与え、性格をそのままにさらけ出して、過ごせる雰囲気をも、与えてやることができたのだなと思えた。

最後まで、その奴隷は、そういう感じではあったのだが、私の前では、それでいいと心から思えたからなのか、徐々に、よく話をする時間というのも、出てくるようになった。

沈黙を許したら、逆に、話すようになった。というのは、ちょっと苦笑してしまう部分ではあるが。

とはいえ、基本、その奴隷との時間は、沈黙が支配することが多かった。


でも、私は、そんな奴隷の性格が、とても気に入っていた。

それだけは強調しておきたい。

そこが、その奴隷らしさなのだなと、認識した時から、それでいいと、本当に思えるようになった。

おとなしく、あまり自己主張ができないことは、表の世界、特に仕事などの場では、損をすることも多いと思う。

やはり、世間を渡るのに、自分の意志を、口に出して、主張することは大事だ。

それに、明るく、その場の雰囲気をうまく掴んで、上手に話のできる人というのは、男女問わず、それだけで、評価されることもある。

「女は愛嬌」なんて言葉が、今もまかり通るとは思わないが、女性は明るさ、かわいらしさを、世の中から、要求されていることが多いようにも思う。

そういう意味でも、その奴隷は、損をしていたのだろう。

でも、損をしてばかりだった奴隷でも、私にとっては、良かった。

私は、一緒にいて、楽しかった。幸せだった。

だから、そういう性格だったとしても、良かったと思う。

沈黙の時間も、大切な時間だったと思う。

これは、私が、昔飼っていた、ある、とてもおとなしい奴隷について思っていたことだ。

私が、思っていたことだから、世の御主人様が、皆、同様に、思うことではないかもしれないが、少なくとも、そういう奴隷を認め、受け入れてもいいと思う、御主人様も居るということ。


最後に、余談だが、私の過去の奴隷は、様々な性格をしていて、一匹として、同じ物はなかったのだが、それでも、どちらかと言えば、おとなしめの奴隷が多かったなと思う。

なぜ、そういう奴隷を持つことが多くなったのか?というのはわからない。

私と、そういう奴隷が相性が良いのかもしれないし、たまたま、そういうM女と出会う機会が多かっただけかもしれない。

それはわからないが、私は、おそらく、おとなしめの奴隷を、扱うほうが慣れているとは言えると思う。

私の方から、アクションをかけて、なんとか、言葉や行動を、引き出してやるようなことは、多分、自然にできているのではないか?と、自惚れかも知れないが、思う。

なんだか、妙な特技が、身についたものだ。

御主人様というのは、変わらないものだと思われるかもしれないが、奴隷が違い、性格が違えば、御主人様も影響を受け、変わる。

もちろん、根幹の部分、御主人様として、自分が満たされるための部分、譲れない部分、というのは、変わらないのだが、コミュニケーションの仕方は変えられる。

私は、それを実感しているし、それが、嫌なことではなかった。

だから、これも良く質問されることではあるのだが、どんな性格のM女でも、奴隷になることはできると私は思っている。

性格のことが気になって、奴隷になれないのではないか?と思うM女がいるなら、それは、あまり気にしなくていいのではないかと私は思う。

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[2014/09/09 01:03] | [ 編集 ]

vet様

奴隷としては主に肯定していただける事
特に自信がない部分などを
受け入れていただける事はとても安堵する事です。
だけれども肯定していただいても肯定していただいても
何度も何度も肯定していだだき
それを受け入れていただける事で
これでいいもいいんだ。って思うまでには
時間がかかるのですが、これが得られた時は
自分への自信になるのです。
ホント手がかかる奴隷でごめんなさい。って
思うのですが、それはありがとうございます。なんだ。
って最近思えるようになりました。
きっと大人しい奴隷さんもこれを繰り返し
自然にお話しも出来るようになっていかれて
ありがとうございます。と思われていたと私は感じます。
[2014/09/09 15:04] URL | マル [ 編集 ]
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[2014/09/09 21:29] | [ 編集 ]


>2014/09/09 01:03 と、2014/09/09 01:04 にコメントくださった匿名希望さんへ
2つコメントを頂いておりましたが、同じ内容でしたので、おそらく、間違って、二回送信されたのだと思います。
片方は消しておきましたが、気にしないでくださいね。こういうことはよくあることですので。

それで本題ですが、数日前にお別れを経験されたとのこと。
今は、とても、複雑なお気持ちでおられるのではないかとお察しいたします。

性格のために、別れることになってしまったとのことですが、自分を優先するということが、多くなってくると、主従関係における奴隷という立場で居るのは、確かに難しいことかもしれません。
ただ、そういう、匿名希望さんの性格を最初から、相手が認識しているのであれば、それなりの接し方というか、関係の作り方というのは、あるのではないかと、私は考えます。
奴隷向きかどうか?といわれると、向いているとは言えないかもしれません。確かに、向き不向きはあると思います。でも、主従というのも、関係ですから、関係である以上は、お互いに、相手と合わせていくことというのは、必要であり、可能なことかなと思います。そういう認識の上に立って、考えるというのも、ありなのではないか?と、私は思っています。


>マルさん
確かに、何度肯定しても、まだ、自分に自身が持てずにいる奴隷の様子というのは、私も見てきました。
「私、ダメですよね…」って言葉を、何回聞いたかわからない奴隷も居ます。
でも、そのたびに、「ダメなら直せ」といいつつ、「それでもいい」とも、言って、奴隷のことを受け入れているということを、私は、示してやりたいと思っていました。
奴隷が、泣くのを見るのは私は好きですが、それは調教や、M性を刺激されて泣く場合だけであって、コンプレックスなどで、悩んでいることで、泣いている姿を見るのは、本当に悲しかったですし、それを何とかしてやりたいと思いました。
ですから、御主人様としては、あまり使わないのかもしれませんけれども、肯定の言葉を重ねたことも、何回もありました。
その結果として、奴隷の持つコンプレックスの深刻さが、少し和らいで、自分は自分でいいのだと、笑顔を見せてくれた時は、本当に嬉しかったです。
でも、全ての奴隷にそういう風にしてやれなかったことも認識していますので、それが、残念でなりません。

マルさんが、コメントで書いてくださったように思えるようになられたのは、とても素敵なことですね!
奴隷というのは、多分、本来は、手がかかるものなのだと思います。それを楽しめるのが、御主人様なのかなと私は思います。


>2014/09/09 21:29にコメントくださった、匿名希望さんへ
無礼だなんて、思っていませんよ。
コメント、本当に、返事が不要な方もいらっしゃいますので。でも、私は、コメントをいただくと、つい、返事を書きたくなるので、お節介かな?と思いつつも書いておりました。
読んでくださって、ありがとうございます。

人を信じられないということ、確かにあると思います。相手を完全に信じきるということは、おそらくないのではないか?とも思います。逆に、もしも、そうなったら、盲信ということになってしまって、自分をなくしてしまうのではないか?なんてことも思います。ですから、心を許す、信用するといっても、段階というのは、あるのではないかと考えます。
そして、相手をどこまで受け入れるか?というのは、その人の性格や、経験などで決まることなのだと思います。
もしも、裏切られた経験が多いとか、ものすごく精神的なショックが大きな裏切りにあった場合などは、別の相手だったとしても、信じることに慎重になると思いますし、逆に信じてきたことで、とても幸福な気持ちを得てきた人は、人を信じることに抵抗が少ないのだと思います。
仰るとおり、相手に心を許すかどうか?ということは、私も、ご自身の問題がとても大きいと思います。でも、時間をかけて、相手とコミュニケーションをとり、理解を深める事や、相手が歩み寄ってくれることが、無意味だとも思いません。そういうことがあれば、心を許さずにいること、なかなか、相手に心を見せられないでいることからも、徐々に脱却できるかもしれませんね。

何度も言うようですが、人を信用することには、段階があると思います。そして、その段階を広げていく一つの方法が、相互理解なのではないかと私は思いますし、そのためには、時間も、相手の協力も、必要なのではないかと思います。そして、性格だからと、諦めてしまうのではなく、自分から歩み寄る努力といいますか、相手を深く知ることができれば、どのくらい信用できるか?ということも、わかってくると思うんですね。
ですから、相手を知る努力をすることで、信用することもできるようになるのかな?と、私は考えます。

奴隷なのだから、玩具や便器になるのがいいと、言ってしまうのもありなのかもしれませんが、やはり、心が、伴ったSM行為と、心がない行為では、感じるものも、大きく違うのは、私も経験していますので、諦めずに、心を合わせる努力をすること、心でつながった相手を得ることは、価値のあることではないかと思います。
[2014/09/09 23:53] URL | vet [ 編集 ]

vet様へ

人にはいろいろな性格がありますものね

私自身も、お話しすることがうまくないという自覚があるため
基本的にはご主人様のお話しにお返事するだけになってしまうことが多かった気がします

時々そんな自分ではご主人様が退屈されてしまうのでは・・と不安に思い
ご主人様のお好きな事柄や興味を持たれていることを、少しでも勉強し

「最近こういう事柄がありましたが その中の○○とはどういう意味なんでしょうか?教えていただけませんか?」とお聞きしてみたり
「先日ご主人様にお勧めしていただいた ○○という本を読ませていただきました
私は~のように感じたのですが、ご主人様はどのように思われましたか?」

など
私からもお話をさせていただくようにはしているのですが
やはり、
ご主人様は楽しんでいただけているのだろうか、あまり私から色々とお聞きするのは失礼なのではないだろうかという思いに駆られてしまうことが多く
最終的に、何も話せなくなってしまうのです

以前、あまりにも不安になった私は
「あまりご主人様に楽しんでいただけるお話ができず申し訳ありません
・・・それでも、側においてくださいますか?」とお尋ねしたことがあります

そのお返事は
「お前は、黙って俺の側にいればいい。それに俺の話に返事するお前の声は安心する、疲れているときにはお前の声を聞きたくなる」と予想以上のお言葉をいただくことがありました

その時の私の気持ちと
vet様に
「じゃあ、無理に、話さなくていい」と言っていただけた奴隷さんは同じような気持ちになったのではないでしょうか

単純に嬉しくて この方のお側にいさせて戴きたくて
それ以上に
救っていただいたような
認めていただけたような 
何からも守っていただけるような そんな気持ちに

今でも、ご主人様とお話しさせていただく時に
ふと不安になることはありますが
以前いただいたお言葉を信じて 不安を口にする様なことは我慢しています

ご主人様がどう思われているか
私と過ごす事をどう思ってくださっているかを心配するよりも

ご主人様がお疲れの時には
私を使っていただけるように努力することが、あの時認めてくださったことへの
お返しとなるような気がしています。

vet様の今回のエントリーの意図とは、少し外れた感想を持ってしまったかもしれません
長文、申し訳ありませんでした

[2014/09/10 14:12] URL | 草音 [ 編集 ]
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[2014/09/12 13:08] | [ 編集 ]
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[2014/09/12 18:40] | [ 編集 ]
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[2014/09/16 09:48] | [ 編集 ]

>草音さんへ
とても素敵な御主人様ですね。
そういうことを、しっかりと口にして、奴隷を安心させてくれるというのは、私には、多分、うまく出来なかったことだと思いますので、すごいなと感じます。

それでも、不安の種は付きないというのは、私もわかります。
沈黙していることというのは、「つまらないこと」「退屈していること」と、直結していることが、日常生活では多いですよね。
そのように思う人も多いと私は思います。
でも、心地よい沈黙というのもありますし、そばにいるだけで感じられる幸福感や、一言だけで、得られる、幸せというのも私はあると思います。

「口数が多い、会話が弾む=楽しい」

というのは、ある程度、間違いではないと私も思うのですが、それだけではない、楽しみ方、幸福感の感じ方というのも、あると考えると、沈黙もそれはそれで、とても意味のあることなのだろうと私も思います。

奴隷の側が、会話が少なければ、「話さないと」と思い、会話が多くなると、「こんなことまで話をしていいのかな?」と思ってしまうというのは、主従ならではの、奴隷の悩みかもしれません。でも、奴隷の性格というのを、認めて、受け入れた上で、御主人様が、奴隷にしているのであれば、自然に、話をしたいときに、したい話をしていれば、それでいいのだろうと私は思います。
私の勝手な推測ですが、きっと、草音さんの御主人様も、そんなふうに感じておられるのではないかと思います。

不安に思って出た言葉というのは、相手も不安にさせることが多いですよね。ですから、あまりそういうことを思わずに、いられるといいですよね。

草音さんが、考えておられるように、心配するよりも、努力することを優先し、実践するならば、とてもかわいい奴隷だと、私も感じるなと思います。

長文でも、うれしかったですよ。ありがとうございます。
よろしければ、遠慮無く、また書いてくださいね。


>2014/09/12 13:08にコメントくださった匿名希望さんへ
はじめまして。ブログを読んでいただき、コメントもくださってありがとうございます。それから、リンクまでしてくださって、とても光栄です。
相互リンクのご依頼ではないとのことですが、せっかくのご縁ですから、私の方からも、リンクさせていただきました。
もしも、ダメでしたら、そのようにおっしゃってください。

後輩なんて、おっしゃっていただきましたが、ブログを拝見させていただきまして、私よりも、人生としても、SM歴としても、匿名希望さんのほうが先輩ですよね。私の方こそ、色々と学ばせていただくことが多いかと思いますので、よろしくお願いします。

男性、特に、S男性からのコメントも、私は別に気にしていません。というか、同じ境遇でお話しできること、「これはそうですよね」と、Sならではの感覚で、同意できることも、あると思いますので、私は、コメントをありがたく思いました。感謝いたします。これからも、もしも、よろしければ、またお話できればと思います。


>2014/09/12 18:40にコメントくださった、匿名希望さんへ
2つ、同じ内容で、重複して投稿されておりましたので、片方、削除しておきました。

恋愛のようだと、書いて頂いて、なんだか、照れくさい気が致します。
でも、私は、主従というのは、恋愛の中の一つの形である部分もあるのだと思っていますので、そういう意味で、そこが出た話だったのかなと、振り返ることも出来ますね。
このようにして、コメントをいただくと、私だけの考えではなく、色々なご意見が伺えるので、嬉しいです。

性格というのは、本当に十人十色で、奴隷になっても、性格は出るものです。
でも、どんな性格でも、私は奴隷になることはできると思っています。それを、御主人様が許容できるなら。
ですから、おっしゃることは、その通りでして、そういう御主人様と出会うことというのが、多分、一番難しいのだろうなと私は思います。
そして、多くの、奴隷志願の方々が、ご自身を受け止めてくれる、御主人様に出会えるといいなと私は思います。


>2014/09/16 09:48にコメントくださった、匿名希望さんへ
なかなか、御主人様に本当の気持ちとか、言いたいことを言えないというのは、あるようですよね。私の奴隷もそういうことは、とても多くありましたので。
普通の人間関係ですら、その関係を悪くしないために、本音を言えないことというのは、よくあるわけでして、それが、上下の関係がはっきりしている主従においては、さらに、言い難くなってしまうというのは、当然のことなのかもしれません。
ただ、御主人様というのも、全てを察することはできませんから、ある程度のことは言ってもらわないと分からないということはあります。
ですから、言ってくれて助かった経験というのも、私もありますので、口にだすのは難しいのかもしれませんが、言えることから言ってみるというのも、関係を維持するための一つの、方法かと思います。
とはいえ、言えない場合には、言えないのですよね。ですから、なんとか、わかってもらえるようにと、願います。
[2014/09/20 17:09] URL | vet [ 編集 ]

話さなくてもいい、という関係が築ける人と出会えるのは、ごく稀なことなんじゃないかなって思います。

あまり話さない男性とは、気持ちがわからず、歩み寄れないまま終わってしまいましたが、主従ともなれば、また違うのかなぁとも思います(((uдu*)ゥンゥン
[2014/09/22 10:34] URL | もものすけ [ 編集 ]

初めまして。昨日、野に放たれたばかりのMです。私は逆に、おとなしくなれない奴隷でした。
主の事を唯一無二と思って良い奴隷を演じていましたが、主のご希望する奴隷の形が見えず、ただただ長い放置とお心の見えない不安に押し潰されて…主に怒りをぶつけてしまいました。私が悪いと思いながらも未練がのこり、記事を見て。
主はこんな風に赦しを私に与えてくれなかった…私を見ていてくれなかった。どんな自分であっても許されて、こうしてそのままお側に居させてもらえたらそれでよかったのに。
そう思って哀しいと同時に、静かな奴隷さんの幸せが、私の幸せのようで涙が出ました。やっと感情を認められて泣くことが赦された…そんな気持ちです。
いつか私も赦しを頂いて、こんな風に幸せな時間が送れればいいと思います。
お目汚し失礼しました。
[2014/09/30 21:14] URL | nein [ 編集 ]

>もものすけさん
確かに、話さなくても良いという関係はなかなかないと思います。話をしないと、相互理解が進まないことのほうが多いですから。
でも、話さなくても、お互いを理解できる関係を持てたなら、それはとても素晴らしいことでもあると私は思いました。
雰囲気などで、今の心境が伝わるのですから、言葉すらいらない関係なんて、かなり理想的かなと思います。
といっても、そこまでにお互いを知るには、やっぱり話さないと難しかったりしますから、ジレンマかもしれませんね。
話は大事です。それは間違いないことだと思いますが、話すのが苦手な相手に歩み寄ることのできる何か?を持てたらと、私は思います。



>neinさん
はじめまして。コメント、ありがとうございます。

お別れを経験されたのですね。私も、奴隷と別れたことが、たくさんありますので、お気持ち、お察しいたします。

neinさんのお気持ちを書いていただき、また私のエントリーを見て思ったことも、添えてくださったこと、嬉しかったです。
私は、この奴隷が、話をするのが、苦手だったにしても、私のそばに居て、ただ、居てくれただけで幸せでした。エントリーを長々書いていますが、私の気持ちというのは、それに尽きます。
なかなか、話をしなくても、居るだけでいいという心境になる相手に出会うというか、そういう関係までもっていくのは、難しいものだと思いますが、この奴隷とは、そのようになれた気がするので、うれしかったですね。
また、その奴隷のありのままのというのが、多分、おとなしく、あまり自己主張ができない、口数が少ないというものだったのだと思いますので、それを全部とはいえないまでも、ある程度、受け止められたことが、私の嬉しさの一つの要素でもあります。
この奴隷はこういう感じでしたが、それにかぎらず、各々の奴隷ごとに、奴隷のそのままを、受け入れてそれが、気持ちいいと感じられたとき、私は幸せだなと思えたと思います。
ですから、これから、奴隷を持つ機会があれば、その時には、その奴隷のそのままを受け入れて気持ちいいと思えるといいなと思っております。

neinさんも、これから、また新しい幸せを得られますように、願っております。neinさんを受け止めて、ただ、そのままに側においてくれる人、また私も側に置きたいと思う相手が見つかるように、お互いに頑張りましょう!

お目汚しなんて、そんなことはありませんよ。コメント、嬉しかったです。また、よろしければ、遠慮無く、コメントくださいね。
[2014/10/11 22:38] URL | vet [ 編集 ]
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[2015/09/04 11:15] | [ 編集 ]














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このブログについて

著者:vet

 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

 リンクフリーなので、気に入ったら、好きにリンクしてくださればと思う。言っていただければ、私からもリンクするので、そういう意味でも気軽に声をかけてもらえれば幸い。

 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

 続き物の話は、エントリーの題名に第何話という番号が書いてあり、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●最初の奴隷
 ●二匹目の奴隷
 奴隷と私とのストーリーを読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムは、以下のカテゴリにまとめてある。
 ●四方山話:1エントリーでひとつの話
 ●四方山話(続き物):複数エントリーでひとつの話
 短い話を気軽に読みたい場合にはこちらを読んでもらえればと思う。

 単発物のコラムの中でも、SMの技術的な話だけは別にしてある。それは、
 ●SM技術
にまとめておいた。技術的なことに興味のある場合には、こちらを読んでもらえればと思う。

 カテゴリの記事は古い順に並べてあるので、カテゴリ名をクリックしてもらえれば、続き物の記事でも最初から順番に読めるようになっている。


  当ブログ内に書くことは、私が実際にやってみたことや考えたことであって、それが正しいかどうかを完全に検証したわけではない。だから、もしも同じことを試す場合には自己責任で、細心の注意を払って実行して欲しいと思う。SMなので、体への損傷などの可能性もなくはないから。とにかく気をつけて欲しい。そして、このブログ内のことを試して、いかなる不利益が生じたとしても、私、vetは免責されることとする。そのことはしっかりと承知した上で読んでもらいたい。
 奴隷のためにも、そして御主人様のためにも、本当に無茶なことはしないで、幸せなSMを楽しんで欲しいと願っている。

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当ブログの管理人、vetへのメールは以下のリンク先のメールフォームから送っていただければと思う。2つあるが、どちらのメールフォームからでも、良いので、都合の良い方を使ってもらえればと思う。

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掲示板形式で話ができる場所。ブログにコメントできない時のための非常用に作ったが、それ以外でも、私と参加者、また、参加者同士などで、話をするのにも気軽に使っていただければと思う。

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