理系Sの牝奴隷には言えない話
元、”御主人様”だったvetのSMに関するいろんな話。
はじめに

 いらっしゃいませ、とでも書くべきだろうか。とにかく、あなたが見に来てくれたことは素直に嬉しい。ありがとう。

 このブログはSM、男女の主従関係に関することを主に取り上げて書いている。なので少しアブノーマルだ。だから、初めてこのブログを訪れた人は、右側の欄の”このブログについて”をまずは読んで、それに同意できた場合のみ、読み進めて欲しい。

 また、このブログ、少々ややこしい構成になっている。そのあたりも説明してあるので、それも理解してから読んでもらえればと思う。説明を読んで問題がなければ、二度目以降からは以下のエントリーを好きなように読んでもらえればそれでOK。

 AVや他の本格的なSM系サイトなどとは、多少違った視点からのSMの世界を知ってもらえれば、幸いだ。特に読者を指定するつもりはないが、御主人様を探しているM女などにはSMの実態を知るということで、参考になるのではないかと思うので、御主人様を選ぶ前に、SMの世界に飛び込む前に読んでもらえれば嬉しく思う。

 私への意見や質問、相談、その他の話などがある場合には、右側の欄の中段あたりにある”管理人、vet宛メール”のところのリンクから、メールフォームにいき、メールを送っていただければと思う。メールフォームは2つ用意してあるが、どちらから送ってくださっても構わない。また、各エントリーのコメント欄に書いてくださってもいいので、気軽に話しかけてくれればと思う。


※パソコン以外で見ていて、何故かここしか表示されずに困った方は、以下のボタンを。

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奴隷になるのだから、M性があるのが当然で、それに悩むなんて、おかしいと思う方は多いのかもしれないが、実際には、そういう奴隷は存在する。

私の奴隷の中にもいた。

そのことを、思い出したので、それについて、私の思うところを、書いておこうと思う。


私の過去の奴隷や、オフ会などで知り合ったM女性、このブログを始めてから、メールなどで話をさせていただいた方の中にも、自身のM性に気がついてはいるのだが、それを自分の中で、肯定できずに悩んでいる女性に出会うことは多い。

逆に、M性を肯定し、それを謳歌している人にも、出会ってきた。

ご主人様に飼われ、積極的にSMプレイを求め、さらには、SM関連のイベント(プロによるSMプレイの体験会など)にも参加したりして、M性を満たして楽しむ。

そんな人も、いる。

私の奴隷の中にも、M性があることをとても喜び、その快感を求め、楽しんでいるように見えるのもいた。

たっぷりとSM行為をした後に、

「お前は、やっぱり変態だな」

なんていうと、その奴隷は、

「はい!」

と、すごく嬉しそうに、何の曇りもない笑顔で答えていた。

そんな風に、M性を認め、自分のものとして、肯定的に納得している女もいる。

だが、自分がMではないか?と思っている女の中で、このように、肯定的に、M性を捉えられている人と、否定的にM性を捉えている人とでは、私が出会った中では、後者の方が、かなり多い。

私の何匹かの奴隷も、奴隷にした当初は、M性を否定的に捉える、もしくは、なぜ自分には、そんな性癖があるのか?という疑問を持って、肯定的にはなれずに居たものの方が多かった。

つまり、M性は悪いものだと、思っている女性、M性など、なかったらよかったのにと、思っているM女は、多いと思う。

自分が、M性を持っている。

つまり、変態だ。ノーマルではない。

変態は、いけない。

変態は恥ずかしいことだ。

なんで、変態なんだろう?

…。

そんなことを思い、自分の中のM性に悩み、苦しんでいる。

そして、そんな人たちの中には、「そういう自分が嫌い」だと言っていた人も、多かった。

M性が自己嫌悪、そして、自己否定にまで繋がってしまっている人もいる。

そういう話を聞くたびに、私は、何とも言えない気持ちになる。

私が、奴隷と出会い、そして、主従関係を結べたのは、私にS性があり、そして、奴隷に、M性があったからだ。

私の奴隷になる前、その女が、自身のM性を自覚していたからだ。

最初の奴隷だけはちょっと事情が違うが、それ以降の奴隷は、M性がなかったら、少なくとも、主従関係を結んではいなかった。

だから、私は、奴隷たちが持っていたM性に、とても感謝している。

M性を持っていてくれて、ありがたいと思う。

私に、奴隷を引き合わせてくれたのは、その女のM性だからだ。

それがなければ、主従関係など結べなかった。

その奴隷との幸せな時間など、無かった。

でも、そのM性に悩む奴隷も飼っていた。

なんで、こんなものがあるのかと、苦しんでいるところも、たくさん見てきた。

「御主人様、私のMを無くしてください!」

取り乱し、大声で泣きながら、そう言ってすがりつかれたこともある。

その時、なんとか、その苦しみが、奴隷から、なくなればいいと私は思った。

でも、もしも、無くなったとしたら、その時には、私とその奴隷の、主従関係は壊れるということでもある。

興奮していた、その時の奴隷は、そこまでは考えていなかったのかも知れないし、もしかしたら、M性をなくして、私との主従関係を解消するほうが、幸せだと思っていたのかもしれない。

それはわからない。

でも、その悩み、苦しみが、消えるには、奴隷から、M性を無くすることが、たぶん、一番いい解決策なのだろう。

それは、わかっている。

ただ、私がこれまで見てきたM女の中で、M性を完全に消せたと思えた女はいない。

私は、M性は、薄れることはあっても、消えることはないものと思ってる。

でも、M性を我慢し、その欲求に打ち勝ち、押しとどめることに成功している女は、何人か見たことがある。

もう、主従やSMはしなくていい。M性を押さえて生きていく。

そう言って、この世界から、去った女も知っている。

一生、M性を封印することを覚悟して、ノーマルな男との結婚を選んだ女も知っている。

そういう意味での、M性への対処法というのは、ある。

ただ、これには、おそらく、だが、強い覚悟が必要なのだと思う。

ちょっとしたことで頭をもたげてくる誘惑を退けることができないといけない。

実際、そう覚悟して、この世界を去ったはずなのに、ノーマルな夫では、耐え切れず、戻ってきてしまった女も、残念ながら知っている。

そして、誰でもが、そんな覚悟を持てるとは限らない。

それは、その女が、弱いとかそういうことではないと思う。

強い意志を持っていても、M性を抑えきれない女も居る。

M性というのは、おそらく、その女に備わったもので、なおかつ、それぞれに個性的なものだと私は思う。

身体のパーツとして、目や、鼻や、耳が、備わっているのと同じように、食欲や、睡眠欲や、性欲があるように。

そして、その形や大きさが、人によって違うように。

心のパーツとして、備わっているもの。それが、M性だと思う。

M性というのも、備わっている人には、備わっているものであり、また、その強さも個人によって違う。

だから、意志の力で、どうにかなる人もいれば、どうにもならない人もいる。

何人もの、M女を見てきて、私は、そう思う。


だから、選択するしかないのだろう。

M性と、どう向き合うのか?

M性を否定し、嫌悪し、それを呪い、そんな自分をも呪って生きるという、選択もある。

M性を肯定し、その快楽に身を委ね、そんな自分を認めて生きるというのも、選択だ。

M性があるのを認め、でもそれを抑えこみ、ノーマルな自分をその上にしっかりと構築して生きるというのもある。

他にも、おそらくやり方はあるだろう。

気になるほどのM性があるなら、何かを選ばないといけない。


私(御主人様)というのは、多分、奴隷たちにとって、その選択肢の一つだったのだと思う。

M性を肯定していた(ように思える)奴隷の御主人様にも、なった。

これは、多分、一番自然なのだと思う。

S性を持った私と、M性を認め、それをポジティブに満たそうとする奴隷。

利害が一致している(という言い方が、適切かどうかはわからないが)から、スムーズに関係を持っていられる。

でも、そういう奴隷ばかりではなかった。

M性を否定的に捉え、さらには、自己嫌悪、自己否定にまで、思考が及んでいた奴隷もいた。

そんな状態で、私の奴隷になった。

M性を嫌悪してはいるが、それを私にさらけ出し、受け止め、満たしてもらったなら、何かが変わるかもしれないという思いで、この選択肢を選んで、私のところにいたのだと思う。

そして、奴隷になってからも、悩み続けていた。

M性について、そして、自分というものについて。

M性を認められず、さらに、自分をも認められずに、私のそばに居て、苦悩していた奴隷。

私には、その苦悩を、直接的に、取り去ってやることはできなかった。

M性を消してやるすべは、私にも無いからだ。

そんな私が、奴隷にしてやれたことは、M性を満たしてやることと、受け止めてやること(主に話を聞いてやること)くらいだ。

だから、せめて、奴隷が、M性を「苦しいけれど、あっても、悪くないかもしれない」と、思えるくらいには、M性を満たしてやりたいと思った。

そして、奴隷が言う、M性の否定や、そこから派生する、自己嫌悪や、自己否定を、徐々に、徐々に、ではあるが、受け止めていたつもりだ。

足の下に組み敷き、縄で縛り、鞭を振るい、穴を使い、苦痛や、羞恥や、屈辱を与えながら、ではあるが。

「惨めな姿の、お前は、可愛いな」と言って、奴隷を肯定してやる。

御主人様である、私には、そんな方法でしか、できなかったが、それでも、奴隷の、自己嫌悪が、少しでも減って欲しいと思った。

前にブログにも書いたが、奴隷が、「自分は、自分でいいんだ」と、思って欲しかった。

私と別れた時、奴隷が、自身のM性について、また、最初に持っていた自己嫌悪や、自己否定について、どう思っていたのか?はわからない。

M性が満たされて、よかったと思ったのか、それとも、こいつでは、満たされないと思ったのか。

私に、自己嫌悪を受け止めてもらえて、少しは楽になれたのか、何も変わらなかったのか。

もしくは、全て、諦めたのか…。

そこのところは、私には、よくわからないが、奴隷が、否定したがっていたM性について、私との主従関係を始める前よりは、楽に考えられるようになっていてくれたなら、いいなと思う。

それが、M性を肯定するところまでいっていたなら、何よりだし、そこまで行けなくても、自己嫌悪や自己否定が、多少なりとも、減っていたなら、私も、少しは役に立ったのだろうと思える。

今更ながら、だが、M女が持つ、M性というのは、難しいものだと思う。

M性だけでもそうだし、そこから出てくる、自己嫌悪なども含めたら、本当に大変なことだ。

それを、私はどうしてやれたのだろう?

過去の奴隷についての、こんなことを、思った。



お久しぶりです
私の紹介した本などは読まれたでしょうか。
論理なき思考は妄想と同じだし、その論理的な思考をするには知識や情報が必要不可欠ですよ。
これがないとタダの思い込みだということに気づかなくなります。
[2016/04/28 06:49] URL | まりさ [ 編集 ]
M性で辛い思いをされているかたもいるのですね
またまた失礼いたします。
私は、運よく、心から尊敬できるSのご主人様に出会い、奴隷にして頂いています。ですので、今の私にとりましては、M性は長所なのかなと、錯覚しています。
でも、奴隷をされている人も、立場や状況によっては、M性が無くなればいいのにと、思い詰めてしまうかたがいらっしゃるのですね。
このブログの注意書きにも書かれていますが、皆さんが幸せなSMを楽しめるといいなと思います。なかなか、難しいことなのかもしれないですが。。。。。
[2016/04/30 01:44] URL | mie [ 編集 ]

私は自分が干渉されたくないので、奴隷とは一線を引きます。
SM嫌なら、去ればいいのです。
そのほうがお互いのため。
[2016/04/30 18:43] URL | タケ [ 編集 ]

はじめてコメントさせて頂きます。うさこです。
SMパートナーを探していますが、なかなかお相手が見つかりません。
時々、M性がなくなればいいなと思うことがあります。
vetさんのおっしゃるように、完全に性癖を無くすのは難しという自覚もありますが・・・(^^;)
[2016/05/01 19:06] URL | うさこ [ 編集 ]

壁ドンが流行ったとき、「S男の時代来るか?」と思ったけどオワタ。
壇蜜も最近テレビで観なくなって、M女ブームもオワタ。
SM下火だな。
[2016/05/02 01:41] URL | ニンニン [ 編集 ]

もしも、M性を嫌悪しているvetさんの奴隷さんが、めでたくM性を無くせたら。
vetさんとから卒業して、主従関係も解消してしまうという事になるのかな。
ご本人はそれを望んでいたのかな?
謎です。
[2016/05/02 12:12] URL | めいこ [ 編集 ]
SMの陰鬱な要素
解決の難しい悩みを持つ、奴隷の陰鬱な雰囲気は、SMの構成要素として悪くないと、私は思います。
本当に心が病んでしまうのは問題ですが、SMで悩みを発散出来るなら、良いのかなと思います。
本当に奴隷の心が病んでしまうなら、病院などで手当てを受けないとならないですので、そこはご主人様がきちんと管理してあげてほしいですね。
[2016/05/07 23:30] URL | choco [ 編集 ]


>まりささん
本は、機会があれば読ませていただきますね。
私も論理は必要だと思いますので、まりささんのご意見には賛同いたしますが、このブログは、私の経験に基づいて書くことが多いですので、まりささんの知識や情報、論理に合わないこともあるのは、当然かと思います。

>mieさん
M性を長所と思えるということは、良い主従関係を持たれておられるのでしょうね。それは、素晴らしいですね!
私が出会った方の中には、奴隷をしていても、M性がなければいいと思っている人もおりましたから、やはりそういう悩みを持たれる方は、それなりの数、いらっしゃるのだろうなと思います。でも、消すのは、難しいものだと思っておりますので、本当に、辛いのだろうなと、思います。ただ、良い人に出会って、mieさんのように、長所と思えるようになれるなら、それは一つの解決策ですよね。
本当に、幸せな主従が増えると良いなと思います。

>タケさん
はじめまして。
奴隷との関係の持ち方というのは、本当に色々ですよね。
しっかりと線を引いて、付き合うというのも、主従の一つのあり方ですよね。
そういう部分でも、相性ということもあるのだろうなと思います。
お互いにそういう関係で良いのであれば、それがきっと幸せなのだと思いますから。

>うさこさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
M性があると、自覚してしまいますと、ノーマルな相手ではなく、ご主人様探しを、ということを考える方向に行く場合も多いですよね。
そうなると、ノーマルなパートナーを見つけるよりも格段に難しくなりますので、そういう”出会いの難易度”の意味でも、M性がなければと思うこともあるのかもしれませんね。
それに、これを無くするのも、難しいと、うさこさんも思われるのですね。
本当に厄介な性癖ですよね。

>ニンニンさん
はじめまして。
確かに、SMは、下火かもしれませんね。
でも、本来は、SMとか、主従っていうのは、M性やS性を持っている人が、マイノリティである以上、流行らないのが、普通なのだと私は思っています。
ですから、逆に、「私の奴隷になりなさい」とか、ああいうものが、ある程度、世の中に浸透したことのほうが、珍しいのでは?と、あの映画が出た時は思いました。
私が、主従を始めた頃などは、今よりも、もっと、世間的には、肩身が狭かったですから。ちょっとびっくりしたくらいですね。

>めいこさん
もしも、の話になりますが、私の過去の奴隷が、M性をなくすことができていたなら、どうだったでしょうね。
私もわからないですが、少なくとも、主従関係を結ぶための条件は、お互いに、S性、M性があることではあると思いますが、その後の主従関係の中での人間関係というのは、もしかしたら、また別の感情が関与しているのかもしれません。
私は、奴隷のことが好きでしたからね。もしも、奴隷も私のことを好きだと思ってくれていたなら、M性がなくなっても、私のそばに居てくれたかもしれないな、とも思えます。
ただ、仮定の話なので、本当にどうなるかは、私にはわからないですね。

>chocoさん
はじめまして。
SMや主従というのは、どちらかと言うと、明るい雰囲気ではなく、おっしゃるように、陰鬱な雰囲気の中にあるというイメージが有りますよね。それは、私もそうだと思いますし、明るいSMっていうのは、私は、したことがないですし、あまり想像できない部分です。
ただ、その雰囲気が、奴隷の悩みから出てくる場合は、やはり問題であると思います。あくまでも、そういう緊張感のある雰囲気というのは、ご主人様が作り、その中に、奴隷を取り込むという形がいいと私は思いますので。
ですので、奴隷の悩みというのも、ご主人様がなにか働きかけることで、解決できるものであれば、解決して、解決できないくらい病んでいるものであるならば、おっしゃるように、病院など、然るべきところで手当をした上で、正常な形での、主従の雰囲気で、楽しめるものであるべきだと私も思います。

[2016/05/08 15:56] URL | vet [ 編集 ]

>まりささんの知識や情報、論理に合わないこともあるのは、当然かと思います。


その通りです。だからこそ、その経験が思い込みや、
自己を正当化させているだけの言い訳に過ぎないかを確かめるために、
これらの知識と照らし合わせることが必要になってくるんですね。

オットー・ビスマルクの有名な言葉に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
というものがあります。
意味は愚者は自分の経験のみを信じ、経験から学んだつもりになるが、
賢者は他者の経験やデータから考察するという意味です。

この言葉を聞いたとき、私は感銘を受けました。
私も実は思い込み(バイアス)で生きているのかもしれないのではないかと、
ドキッとしましたよ。
そして私だけじゃなく、私の周りの人間もそうではないのかと。

それで実際に見ているとそういう人はやっぱり多かったです。
SさんやMさん、問わず、そういう人もやっぱりいました。
結局、人間は自己のバイアスから逃れる術はないのでしょうか。
難しい問題です。

スペイン・バロック演劇ペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカはこんな言葉を残しています。

「己の正体を知ってしまった人間には何の慰めもない。
だからこそ人は己の好む幻想の中で生きている」と。
[2016/05/31 04:02] URL | まりさ [ 編集 ]

>まりささんへ
うーん…。
そもそも、このブログを私が書き始めた動機は、何度も書いておりますが、自分の過去の奴隷たちとの経験やその時の気持ちを書きたい、またそれを整理していきたいということなので、他のデータ等は、基本的に気にしておりません。なので、まりささんがここで、こういうことを、引用されたということは、私のことを、愚者だと言いたいということなのでしょうね。
それはそれで構いません。私も自分が賢者だなんてことは思っていませんし、愚かな行為をたくさんしてきたことは自覚しておりますので。
何より、まりささんが、私をどう評価するか?というのは、まりささん次第なので、それは、良いのですが。
ただ、私が、思ったのは、他人を、軽々しく、愚者と呼ぶような人間に、私はなりたくないなぁということです。
私は、御主人様、なんてやっておりましたが、上から目線で話をしていい場所や相手と、そうではない場所や相手の区別くらいは、つくかなと思っておりますので。
[2016/06/08 10:50] URL | vet [ 編集 ]

過去の話を羅列していくだけなら、それは日記です。
しかし、そこから自分で思考して、こうすればよかったかな、
あるいは相手の気持ちはどうだったんだろうなと、汲み取ろうとすることは現在のvetさん自身です。
つまり、三十代の現時点のあなた自身が言っていることなんですよ。

そして、主従のセオリーでもお話したように、人間はきちんと検証しないと思い込みで終わってしまうのです。
実体験も同じで、理解したことと理解したと思い込むことは別物です。
例を挙げてみましょうか、vetさんがファミリーレストランにいったとしましょう、
レストランの外にバイクが一台停まっていたとします。

vetさんはこのバイクの持ち主は誰なんだろうかと気になった。
バイクのデザインは男性的で若者向けという印象を受けたので、vetさんは二十代から三十代の男性じゃないかと考えた。
これが仮説です。

次にレストランに入って、席に座り、客を見渡してみる。
客層は主婦が三人とサラリーマンの男性が二人、それとツナギ姿の若者が一人。
vetさんはそこでツナギの若者に当たりをつけた。
これが検証です。

最後は誰がバイクの持ち主か、vetさんは窓の外からバイクを眺めた。
ツナギの若者がバイクに乗って走り去っていくのを見届け、
予測が当たっているのがわかった。
これが結果です。

そして、何事もそうですが、仮説、検証、結果の三つ、特に一番大事なのは結果で、これがわからないと、
人間はそれらの物事を理解できたとは言えないのですよ。
所が、世間の人間は仮説や検証まではしても、結果までは見ていない人が多いのです。

私は実体験主義はむしろ肯定しているのですが、
実体験主義を通しての理解と、
実体験によって理解したと思い込んでいるだけの区別が付いていない人が多いと感じています。

むしろ、本当の意味での実体験主義者からすれば、後者の人たちが、
実体験という言葉を盾に振りかざすのは不愉快な話でしょう。
私の経験上、後者ほど自己の経験を過信し、逆に他者を軽視する傾向があります。

そして、この上の方のビスマルクの言葉で重要なのは「自分の経験のみを信じ、経験から学んだつもり」になるか、
「他者の経験やデータから考察する」か、という部分です。
愚者という言葉にばかり目がいっていると他の部分に目が行かなくなります。

vetさんが私に向かって、「他人を、軽々しく、愚者と呼ぶような人間に、私はなりたくないなぁということです」

「上から目線で話をしていい場所や相手と、そうではない場所や相手の区別くらいは、つくかなと思っておりますので」

というのであれば、私だって「私の経験に基づいて書くことが多いですので、
まりささんの知識や情報、論理に合わないこともあるのは、当然かと思います」というvetさんの言葉に、
私が頭でっかちの知識バカで、実体験を伴っていない理屈屋だと言ってるのですかと、皮肉交じりに問いかけることもできますよ。

勿論、そんな事を言っていたら、ただの水掛け論や罵倒になるだけで、
お互いの知識や思考を高める為には良い結果になるとは思えませんので、私はその時は言いませんでしたよ。

私の言い方も悪かったでしょうから、ここは不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ないとは思っています。
vetさんが怒るのももっともです。
では言い回しを変えて、こういうのはどうでしょうか?
「他人の失敗から学びなさい。それらを全部自分で経験できるほど、私たちは長くは生きられないのだから」
エレノア・ルーズベルトの言葉です。
今回の話し合いで、vetさんと私がお互いに一つ成長できれば、これほど喜ばしいことはありません。
[2016/06/08 16:36] URL | まりさ [ 編集 ]

vetさん、こんにちは。お久しぶりです。

私も自分のM性を受け入れられておらず、自己嫌悪してしまっていました。何でこんなものを持っているのだろうと、随分悩みました。でもご主人様と出会い、ご主人様に受け止めてもらったことで、少しずつではありますが、受け入れられるようになってきました。
だから、vetさんの奴隷の方たちも、vetさんに受け止めてもらうことで少なからず、救われていたと思いますよ。vetさんは、お話していると素敵なご主人様だったんだろうなって伝わってきますから。

それから、私の考えを一つ。
結果が大事だと書かれており、それには納得できるのですが、vetさんにそれを押し付けるのはどうでしょうか。そもそも、vetさんの場合は、結果というと過去の奴隷の方たちにしかわからないことですよね。恐らく今連絡をとることはないと思いますので、結果を得ることはできません。
それに、主従とはいえ、人と人との関係です。関係は人それぞれであり、何が正解とかはないと思うのです。他者の経験から学ぶことは大事だと思いますが、人と人との関係ですから、相手のことを考え、自分のことを考えるのが一番なのではないでしょうか。百聞は一見に如かずと言いますからね。経験も、とても大事なものですよ。

あくまでも私個人の考えです。vetさん、不適切でしたら、削除お願いします。

また、更新を楽しみにしております。
[2016/06/10 12:41] URL | みさ [ 編集 ]
日記でも読み継がれる名作は沢山あります
日記でも、とても価値があるものはたくさんあります。
日記だったとしても、vet様のブログを楽しみに拝読している読者はたくさん居ると思います。
私もその一人です。

>そして、何事もそうですが、仮説、検証、結果の三つ、特に一番大事なのは結果で、これがわからないと、 人間はそれらの物事を理解できたとは言えないのですよ。

それでしたら、疑問なのは、まりささんは熱心にに心理学を勉強していて、
その結果として

○周囲の人とのコミュニケーションがとても上手く、
○思いやりがあり、友人も多く、周囲から慕われ
○愛するパートナーと良好な関係が築かれいる

ということでないと、収集した心理学の知識による結果が出ていると言えない気がしますが。

あくまでも私の印象ですが、まりささんは心理学の知識を、他人を見下す理由づけに利用していることが多いのではないかと感じます。
[2016/06/11 01:58] URL | mie [ 編集 ]

mieさん、論点がずれていますよ。
論点ずらしによる批判は何の意味もありません。
私もブログを読ませて頂いていますが、逆にmieさんは結果もきちんと見ているのかどうか、疑問に思われたことはないのですか?
mieさんさんの主観で私を叩かれても仕方がないのですよ。
[2016/06/24 22:49] URL | まりさ [ 編集 ]

まりささんが、私の意見に意味がないと思われるのでしたら、無視して下さって構いません。

まりささんがお書きになっている文章も、論旨が一貫していると読み取れません。
例えば、、「バイクの持ち主」の下りは、何がおっしゃりたいのか、まったく意味が解りません。
結果という言葉の、言語学的な意味を説明したのでしょうか?
だとしたら、あのような説明は不要です。
vet様は理系ですから、実験レポートなどを沢山書いていらっしゃると思いますし、正式な学会への論文提出も、何度かご経験があると思いますので、あのような抽象的な説明は不要だと思われます。

まりささんが求めている「結果」というのは、具体的にどういった事を指しているのかも、全く解りません。

vet様と奴隷さんの関係に関しては、このブログに書いていない事柄もたくさんあると思います。ですので、一読者でしかない私が、何らかの結果を求めたとしても、それは想像の域を出ないと思います。

それから、私は、まりささんに対して、主観で意見と質問を書かせて頂きました。
でも、まりささんの文章も主観でしかないと思います。
まりささんは、偉い心理学者や哲学者の著書や実験結果を引用をしてれば、客観的な文章になるとお考えでしょうか。
それは違うと思います。
学者の論文であろうと、実験であろうと、解釈は人それぞれ、主観による解釈ですし、引用として選び出し、抽出したのも、まりささんだけの「主観」でしかないと思います。
[2016/06/25 22:11] URL | mie [ 編集 ]

結果結果と仰っていますが、私もmieさんの言うとおり、まりささんが具体的にどんな結果を指しているのかわかりません。

vetさんは結果が見えていないと、まりささんは仰りたいのですよね。では、結果とは何でしょう。それはどうすればわかることができるのですか。過去の奴隷の方たちに連絡をしろということでしょうか。
奴隷の方たちと別れたという結果なら、vetさんはきちんと見ておられると思いますよ。だからこそ、このブログを始められたのだと思います。

また、他者の経験から学べということについてですが、これはビジネスなどには当てはまると思いますが、人と人との関係には当てはまらないのではないでしょうか。他者の経験から学ぶなら、老若男女どんな人にも同じ対応でいいということですよね。それで関係がうまくいくとは到底思えません。

そして、そもそもコメントは主観で書くものではありませんか。ブログは主観を書く場所だと思います。私も主観でこれを書かせていただいており、まりささんも主観で書かれていると思います。それの何がいけないのでしょう。
mieさんの主観で叩かれても仕方がないと書かれていますが、それでしたらまりささんの主観でvetさんを叩かれても仕方がないですよ。

ご自分の考えを披露するのは構わないと思いますが、それを押しつけるのはやめませんか。
[2016/06/26 12:34] URL | みさ [ 編集 ]

今回のvetさんの記事も考察の部類なんですが、他の過去の記事を繋げて、この記事などを読んでいくと、
ちょっと待ったを思う箇所が出てきました。
今回もM性を満足させることが幸せだという文脈をvetさんの記事から、私は読み取ったのですが、
足を挫いたMさんを放置したり、何か意見を言うMさんに奴隷の分際でと思うことは、
果たして性癖を満足させる行為なのでしょうか。

最初と二番目のこの記事のコメントなども、vetさんに宛てたコメントなので、
第三者の方にはちょっと意味がわからない部分もあったでしょう。
それはこちらの言葉足らずでもあるので、勘違いさせたら申し訳ありません。

私は過去の記事からも読み込んだりしながら、vetさんの発言を考え、読み取ったりもします。
過去の記事を読んでいると、相手はMだから、酷いことをしても、M性を満たせたのではないか、
そういう論調の記事もあったりするわけですが、
この手の話はSさん側が言うと、自分の行為を正当化させるだけに陥る危険があります。

過去の記事については、これはブログで記事を書かれているvetさん自身が、よくわかっているはずです。
私はSさん側が自己を肯定し続けているのも、ちょっと違和感を感じてしまいます。
自分だけならともかく、下手をするとそれで他者に被害を加えたとなったら、目も当てられません。

さて、満足や幸福についてですが、人間、通常だと、他人のことなんてよくわからないというのが、正直な話です。
幸福だって同じです。

人間の脳波を調べて、幸福度を測定するなんていうのは機材が無ければ難しいでしょう。
ノンバーバル(非言語、行動、表情、仕草)から相手の感情を読み取るという方法もありますが、
これもスキルなどの個人差があるのが難点です。

あと、他の方法は何か。直接、幸せかどうか尋ねるか、あるいは同じMさんを使って聞いてみるか。
直接だと、相手は気を使って嘘を言う可能性が高い、次は同じMさんからそれとなく尋ねること、
こっちは前者よりは、本音を漏らす可能性は高いです。
ただし、言うまでもなくどちらも確実ではありませんが。
でも、何もしないよりはいいかもしれません。少しでも知りたいのなら。
そして、vetさん自身はこれらは行われていますか?
過去の記事などを読む限り、どういう考察をしたのかが、見えてこないのですが。

そして、これらは押し付けでしょうか?
むしろ、理系なら仮説を立てる場合、論証と結果を踏まえるのは当然ですが。

気になるのなら、悩むよりも調べたほうがいいのです。
だから、私は結果を見たほうがいいと言ったのです。
問題を解いても答え合わせをしなければ、知識にならないのと同じです。
間違ってたか、正しかったのかは、結果である答えを見なければわかりません。

それと前回のmieさんの言う幸せや良好な人間関係については、
カーネギーの言う人間関係論なのか、それともソクラテスやヘーゲルの言う良好な人間関係論なのかで、
また違ってきます。

私が前回、mieさんに対し、主観での叩きだと呼んだのもここら辺です。
結果の話で、何故、私への幸福の話が出てきたのかが、よくわからなかったのですが、
前回のmieさんのコメントを読むとカーネギーの言うような幸福や人間関係だと、
私は読み取ったのでしょうが、どうでしょうか。
間違っていたらお詫びします。

カーネギーは良好な人間関係を築きたいなら、相手を肯定し続けて、決して否定するな。
例え疑問を持っても批判するな、間違っていても絶対に正すなと言っているのですが、
確かにこれ、相手から好かれたい場合は有効なんです。
その代わり、議論はできなくなるし、言いたいことは言えなくなります。
こうなると、ストレスが溜まりそうですね。

次にソクラテスやヘーゲルの場合ですが、これは議論ができるかどうかなんですね。
ソクラテスはみんなで話し合って、少しずつ良い方向を目指すこと、
そして、ヘーゲルは、ソクラテスのこの思想を受け継いで「弁証法」を生み出したのです。

要するに大勢で大いに議論をし、考察し、論証していくこと。
これで世の中が発展していくと、ソクラテスもヘーゲルも考えたわけです。
私の場合は幸福というと、後者のほうになります。
とにかく、互いの意見を出して、根拠や理屈を示しながら議論していくこと。
これが私の幸せです。
ただ、万人から慕われたり、良好な関係を築けるかは、また微妙です。

良好な関係を築けるかどうかは、相手がカーネギーを好むか、
ソクラテスを好むかで違ってきます。
そんなソクラテスは当時の政治家の主張に意見を繰り返して、
怒りを買い、死刑を言い渡されましたが。

[2016/06/27 03:32] URL | まりさ [ 編集 ]

>まりささん
もう一つのエントリーにもコメントいただいているのですが、心理学者?とか、歴史上の有名人の方々のお名前など、出てきておりますが、私にはそういう方の著書をちゃんと読んだ経験がなく、よくわからないため、具体的なことについて、細かく触れることができないので、まとめてお返事させていただきます。

というよりも、正直に言いますと、お返事を書くのに困っています。まりささんが頻繁に引用される方々のことなど、よく知らないですし、本来であれば、きちんと私も調べてお返事を書くべきなのでしょうけれども(実際、以前のコメントで、そういう書籍を読むようにと書かれておられましたよね。でも、読んでおりません)、私は、仕事もしておりますし、他の方のコメントやメールへのお返事も、しっかり書きたいですし、何よりも、ブログの本文を書きたいので、丁寧に調べている時間はありません。
ですので、そういう方々の知見を引用して、(おそらくそういう方々の考え方を基礎として)書いておられる、まりささんへのお返事に困っているわけです。実際、前回、お返事したときも、私が、まりささんの真に言いたいことを理解できていないのだろうなと感じましたから。
また、失礼なことを言うようで、ご気分を害されたら申し訳ないのですが、文章から感じる違和感とでもいいましょうか、うまくいえませんが、そういうものも、感じておりまして、お返事、どう書こうか?と悩み、書けずにおります。
議論を放棄しているようで、私も不本意ではありますが、なかなかうまくお返事が書けないので、こんなコメントをお返ししております。

ただ、まりささんの、ご意見、その大まかな趣旨は分かるつもりですので、それについては、しっかりと受け取らせていただきます。ご指摘、ありがとうございます。


>みささん、mieさん
まりささんに向けた、コメントだと思いますので、私がお返事することではないように思いますが、コメント欄で、私向けではないお話をすることは、問題ありませんので、それについては、ご心配なさらないでください。
コメント欄で、来てくださった方同士で、お話が盛り上がることは私も歓迎しておりますし、その中で、様々な意見が出てくることで、私も勉強になりますので。
お二人が書いてくださったことも、とても大切なことだと思いますので、大事に、受け取らせていただきますね。ありがとうございます。
[2016/06/28 03:07] URL | vet [ 編集 ]
???です
>私が前回、mieさんに対し、主観での叩きだと呼んだのもここら辺です。
>結果の話で、何故、私への幸福の話が出てきたのかが、よくわからなかったのですが、

私は、まりささんの幸福についての話などしていません。
そのような単語は使っていないと思いますが・・・

まりささんの議論というのは、私としましては、かなり話が噛み合わない感じがします。
同様に、まりささんも、私の文章が理解しにくいのだろうなと、感じています。

もしかして、
○周囲の人とのコミュニケーションがとても上手く、
○思いやりがあり、友人も多く、周囲から慕われ
○愛するパートナーと良好な関係が築かれいる
これを、まりささんの幸福だと、私が申し上げたことになっているのでしょうか。

だとしたら誤解です。

○周囲の人とのコミュニケーションがとても上手く、
○思いやりがあり、友人も多く、周囲から慕われ
○愛するパートナーと良好な関係が築かれいる

これらは、まりささんの人格における、社会性とコミュニケーションスキルに関する項目です。
まりささんが必須だとしている、心理学や哲学の知識というのは、実のところ、どんなことに役立つのか、まりささんの文章を拝読していると、全く解らなくなるのです。
まりささんの文章が、参考になるな、とか、勉強になるな、とか、全く感じないのです。

まりささんが心理学や哲学を勉強しているなら、社会性や、相手への思いやりや、高いコミュニケーションスキルを身に着けているのかな?と思うのですが、まりささんの文章からは、そういった印象が全く感じられません。

○周囲の人とのコミュニケーションがとても上手く、
○思いやりがあり、友人も多く、周囲から慕われ
○愛するパートナーと良好な関係が築かれいる

これらの要件をまりささんがどの程度達成しているのか?ということと、
まりささんが幸福かどうか?という事は、別次元の事だと思います。

ですが、実際に、まりささんは、現状、この場において、ソクラテス的な議論を展開していて、それが幸せだと、お感じになっているということでしたら、辻褄があいますね。
[2016/06/29 00:53] URL | mie [ 編集 ]
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[2016/06/29 23:53] | [ 編集 ]

>私は、まりささんの幸福についての話などしていません。
>そのような単語は使っていないと思いますが・・・

これは私はmieさんの詭弁にしか見えません。
なら、何故上のコメントのような話が出るのでしょうか?
そして、前回申し上げたように論点のズレを私は指摘しました。
論点がずれているなら、その意見は無価値であると私は感じたのですが、
逆にmieさんにお尋ねしたいのですが、mieさんは自分自身で自分の言われた発言に価値があると思いましたか?

>それでしたら、疑問なのは、まりささんは熱心にに心理学を勉強していて、
>その結果として

>○周囲の人とのコミュニケーションがとても上手く、
>○思いやりがあり、友人も多く、周囲から慕われ
>○愛するパートナーと良好な関係が築かれいる

>ということでないと、収集した心理学の知識による結果が出ていると言えない気がしますが。


私の名前を出し、この状態を差して、mieさんは幸福と呼んでるように思うのですが、
違うのでしょうか?
それならmieさんがおっしゃりたい事って最終的にはなんだったのでしょうか?

次に

>vet様は理系ですから、実験レポートなどを沢山書いていらっしゃると思いますし、
>正式な学会への論文提出も、何度かご経験があると思いますので、
>あのような抽象的な説明は不要だと思われます。
>まりささんが求めている「結果」というのは、具体的にどういった事を指しているのかも、全く解りません。


と、mieさんは私に対して具体的だと言われますが、vetさん自身はあなたがおっしゃるように
論文などから引用したり、根拠を出したりしながら話しておられますでしょうか?
私が知らないだけかもしれないので、mieさんさんが事例を出してもらえますか?
言い出した本人が根拠を示すのは、むしろ議論では当たり前の話ですよ。

それとmieさんもみささんも主観と客観の区別がついていないようなので、
申し上げますね。
主観とは何の根拠もないことです。逆に客観的とは根拠を示すことです。
同じように思い込みを主張するだけか、それとも筋道と論理、根拠から組み立てるか。
この違いが出てきます。

そして、私が仰る事がよくわからないと言われますが、
どこら辺がよくわからなかったのでしょうか?
私のvetさんとの会話などを全て目に通して頂けているなら、
ぜひ教えてください。

逆にこの記事のコメント一つだけを取って、判断されているのなら、
それはわからないと思いますよ。
[2016/07/03 17:45] URL | まりさ [ 編集 ]

>vet さん

わかりにくいというのは問題ですね。
私も今後、どのように他者様に伝えていくか、考えていきたいと思います。
ご指摘ありがとうございました。
[2016/07/03 17:48] URL | まりさ [ 編集 ]

>mieさんへ
まりささんへのコメントだと思いますので、私は、直接のお返事はしませんが、お話をしてくださるのはかまいません。コメントをくださってありがとうございます。


>2016/06/29 23:53にコメントくださった匿名希望さんへ
メールでお返事させていただきましたので、そちらを見ていただければと思います。


>まりささんへ
伝えるというのは、難しいものだなと私も思います。
[2016/07/05 22:51] URL | vet [ 編集 ]
初めまして
昨日から 偶然こちらを見つけて、お邪魔させて頂いています。私は……SMという世界は、本などで知っています。が  実際にはわかっていません。

少しずつ読ませて頂きながら、吸収させて貰いたいと思っています。_(._.)_(*- -)(*_ _)ペコリ
[2016/10/06 13:33] URL | あけみ [ 編集 ]

>あけみさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
私はブログの中で、SMや主従の世界のことを、裏の世界。普段、家族や友達、仕事などで、生活している世界を表の世界と、書くことが多いのですが、裏の世界というのは、あまり見かけないものですよね。
昔に比べると、SMに関する情報なども、今は得やすい時代になってきているとは思いますが、まだまだ、マイノリティなものであると思いますし、多分、これから先もそうであろうと思います。
ですから、あけみさんのように、本では知っているけれど、実際にはわからないという人は多いと思います。やはりこの世界に入るというのは、勇気のいることだと思いますので。
でも、こういうことに幸福を感じる人達がいて、こういう世界があるというのは、確かなことですから、もしも、あけみさんに、SやMの性癖があるような気がして、興味があるのであれば、私のブログが多少なりとも、参考になれたらうれしいです。
また、よかったら、コメントくださいね。

[2016/10/07 14:38] URL | vet [ 編集 ]














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 ※このブログには、エロ動画やエロ画像、官能小説のようなものは一切無いが、内容が内容なので、SMや主従関係という、恋愛の形に不快感を覚える人、違う世界の話だと思う人などはすぐにブラウザを閉じて、このブログのことは忘れるように。

 私は以前、牝奴隷を飼っていた元”御主人様”。でも、今は飼っていない。奴隷を手放した経緯とか、過去の奴隷の話、そのときの気持ち、奴隷への想い、今だから考えられること、言えること。書きたいことを書きたいままに綴るブログ。
 また、今、これを書いている私の現状について、ご質問を頂くことが結構あるので、それについては、
 ◆私について
というカテゴリの中に、”現状の私”というエントリーにして書いておいた。このカテゴリには、私自身のこと(私の好みや、調教の方針など)をメインに書いているエントリーを入れてあるので、興味のある方がいるかどうかは分らないが、もしも気になるなら、見ていただければと思う。

 SM話はストイックになりがちなので、多少軽いタッチのコラムも交えて書いてみようと思う。奴隷を飼っていない今だから書ける御主人様の本音などをできるだけわかりやすく、そして正直に。今、奴隷になっている牝や、御主人様を探しているM女なんかには、御主人様の側の気持ちが少しは分かってもらえるかもしれない。ちなみに、私は理系的な思考傾向なので、考えすぎることが多く、そのために、なにやらややこしいことになることも多々ある。そのあたりも笑って読んでもらえれば、幸い。

 メールやコメントなども楽しみにしている。気軽な恋愛話、気楽なSM話から、SMや主従関係のこと、Mであることなどについての悩みや、相談、質問など、真面目なお話まで、どんなことでも、しっかり伺おうと思っている。恥ずかしいとか、こんなことを言っては変に思われるのではないか?とか、考えることもあるかも知れないが、私は、それなりに長くSMや主従関係の世界に居たので、それほど驚くことは無いと思うし、他人と変わっていることでも、変だとは思わないできちんと伺うつもりなので、メールやコメントは、遠慮せずに送ってくださればと思う。

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 このブログは、私が奴隷と過ごした日々を時系列で綴った続き物の話と、SMに関するちょっとした小話や、SMに対する私の考えや体験、見聞きした面白い話題などを個々に書いた単発物のコラムとが混在している。

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