前回の続き。
奴隷に押し切られるように、イチゴ狩りに行くことが決まってから、一週間後。
私は、少し早起きして、奴隷と千葉に向かっていた。
連れて行け、とは言ったものの、車を運転していたのは私だ。
そして、奴隷が隣で、嬉しそうに、ナビをしている。
やっぱり、奴隷の言うがままになっていることに、なんとなく悔しい気分がしていたが、別に嫌というわけでもなかった。
この心境は、多分、御主人様という立場とか、そういうものを意識した時の独特のものだと思う。
行くことに決めたなら、もっと、潔く、素直に楽しめ、と、あの頃の私に言いたい。
だが、あの頃の私というのは、そういうものだった。
そして、奴隷のナビで、何度か道を間違いつつ、そのたびに、
「お前の罰が増えたな」と言っては、奴隷を追い詰め、
でも、奴隷はそれを聞き、少し緊張しながらも、なんだか嬉しそうにもしながら、車を進めた。
そして、午前中のうちに、奴隷がその友人と行って楽しかったという、イチゴ農園に着いた。
そこは、かなり、家なども少ない、農地がメインの地域で、奴隷が案内したイチゴ農園は、ビニールハウスが何棟か並んでいて、
その前に、事務所を改造したような小屋があり、その中に、イチゴや、イチゴのアイスなどの加工品を食べられる椅子と机や、地方発送するためのブース、そして、イチゴ狩りの受付などがあって、農園の人が何人か、働いていた。
早めだったからか、お客は他にいなかった。
受付で、奴隷が、
「イチゴ狩り、二人分、お願いします」
と言うと、そこに居た、農家のおばちゃんが、笑顔で対応してくれた。
「あっ、お客さん、先週の?」
どうやら、私の奴隷が来たことを覚えていたらしい。
「はい。美味しかったので、また来ました」
「そう。ありがとう。今日は、彼氏と来たのね」
そういいながら、ニヤッとして、私を見る、おばちゃん。
こういうのが、照れくさくて、居心地が悪い。私は、顔を背ける。
「あ、えっと…、はい」
奴隷も、ちょっと、口ごもってから、頷いた。
おそらく、奴隷が、躊躇したのは、”彼氏”ではなく、”御主人様”だからだ。
もちろん、表の世界の友達などに言う時には、彼氏がいるということにしておけと言ってある。
だが、私がいる前で、奴隷が、私を”彼氏”と言うことには、やはり少しの抵抗があるようだった。
でも、そんなこととは、全く知らない、おばちゃんは、奴隷のそんな態度を見て、見事に勘違いをしていた。
満面の笑顔で、こう言った。
「あ、もしかして、まだ、付き合ったばかり?」
そんなどうでもいいことを聞くな、と、私は心の中で叫んでいたが、そんな声は、おばちゃんの耳には届かない。
そして、聞こえないから、話は勝手に進む。
「なんか、初々しくて、いいわねぇ」
「あ、ありがとうございます」
奴隷も、少し、タジタジになりながら、応対している。
そして、私は、もう、完全にそっぽを向いている。
こういう話は、本当に苦手だ。
「せっかく、彼氏と来てくれたから、オマケしないとね」
そう言って、おばちゃんは、受付カウンターの後ろから、イチゴ狩り用のプラスチックのお皿を2つ取り出すと、そこに、練乳をこれでもかというくらい、入れた。
おそらく、普段は、もっと少なめなのだろう。
しかも、
「今日、お客さん、まだ、来てないから、時間制限、気にしないで、食べていいからね。彼氏のお腹いっぱいにしてあげなさいね」
どんだけ、食わせる気だ?
と思いつつも、おばちゃんの配慮には感謝して、お皿を受け取ってから、奴隷と一緒に、ハウスに入った。
正直にいえば、私は、イチゴ狩りにあまり期待はしていなかった。
イチゴは、そこまで好きな果物でもなかった。
でも、そのハウスの中の甘い香りと、大きく実ったイチゴに、「おっ」と思った。
予想以上の場所だった。
そして、奴隷が、その中から、大きくて、赤色が濃いものを選んで、ニコニコしながら、私に手渡す。
「これ、美味しそうですよ」
「ああ」
私は、自分の中での、今までのイチゴ感が、覆り始めていることを、必死で隠しながら、そのイチゴを、食べてみた。
美味かった。
手に持ったお皿には、練乳が入っていたが、それを付ける必要は全く無かった。
甘い。
「どうですか?」
奴隷は、私の表情から、してやったと思っていたのは確かだ。それが、わかるのに、否定できないイチゴだった。
「ああ、いいな」
「ですよね!御主人様、どんどん、食べてくださいね!」
「ああ」
そこからは、坂道を転げ落ちるようなもので、私は、奴隷に対して、意地を張っていたことなど、忘れて、イチゴを食べまくった。
うまいものの誘惑には、御主人様のプライドなど、勝てないということだ。
奴隷が、そんな私を見ていることなど、どうでも良くなって、とにかく、イチゴを食べていた。
いくつ食べたかわからない。本当に、イチゴでお腹がいっぱいになった。
私が食べたかったというのもあるのだが、私の手が止まると、奴隷が、また、美味そうなイチゴを選んで持ってきて、
「これも、美味しそうです。どうぞ」
なんていうものだから、それも食べてしまう。
イチゴで、タプタプの状態。
もう、最後は、喉まで、イチゴでいっぱいになっている感じだった。
あんなに、イチゴを食べまくったのは、後にも先にも、あの時だけだ。
ものすごい満足感と、満腹感で、いっぱいになっていた。
そんな私を見て、奴隷が言った。
「御主人様を、お連れして、良かったです」
ちょっと誇らしげに。
そんな奴隷を見て、私は、やっぱり悔しかったのだが、美味いものの誘惑には負けた。
私の意志は、あまり強くないのだ…。
でも、意地だけはあるから、
「お前にしては、上出来だな」
なんて、偉そうに言っていたのだが…。